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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
17/90

2節~ほんの数秒のためらいに~ 2

会場となったのは、繁華街にある広めの居酒屋だった。


貸し切りではないが、プロジェクトチーム数組で予約していたため、

奥の大テーブルがいくつか並んだ半個室のスペースがまるごと使えるようになっていた。


壁で完全に仕切られているわけではない。

それでも、テーブル同士に視線が届くのは立ち上がったときか、体を傾けたときくらい。


開放感のあるフロアなのに、不思議と死角が多い――そんな空間。


「お、明坂ちゃん!」


すでに到着していた井口が、店の入り口近くでキリカを見つけて声をかけた。


「もう来てたんですね」


「そっちも一人? 女子たち、もう来てるよ。こっちこっち」


案内されたテーブルには、キリカと前のチームで共に働いていた女子社員たちがすでに何人か座っていた。


にこやかに手を振ってくれる彼女たちに、キリカもほっと息を吐いた。


空いた席に腰を下ろし、ドリンクメニューを開いた瞬間。

周囲の笑い声が一気に耳に広がってくる。



隣では石井が無駄に元気よく乾杯の練習を始めていて、

女子たちはそれを「もう酔ってるの?」と笑い飛ばしている。


その輪の中で、キリカも、自然に笑った。



その頃。

ヒロトは、プロジェクトの主力メンバーたちが集まる別のテーブルにいた。


麻衣、ちひろ、すみれ、しおり。

そして数人の男性陣。


あくまでプロジェクトの中心メンバー席という名目だったが、いつの間にかお馴染みのメンツのようになっていた。


「……あれ、明坂ちゃん、まだ来てない?」


しおりがテーブルを見渡しながら尋ねる。


「来てない、ってことはないと思うけど……」


すみれがスマホで時間を確認しながら答える。


「中町くん、見た?」


麻衣が問うと、ヒロトは眉をひそめながら周囲を見回した。


「……いや、俺も見てないな」


そのとき、ヒロトの視線が、少し離れたテーブルの端で誰かが笑っているのを捉えた。


茶色い髪をまとめた女子数人の間に、小柄な姿がひとつ。

笑っているのは、間違いなくキリカだった。

その隣には井口の姿。


「……いた」


ヒロトがぽつりと呟く。


麻衣もその視線をたどって、小さく目を見開いた。


「あら……そっちに行ってたんだ」


「……」


「ま、いいけどね。別にどこ座っても自由なんだし。……でも、ちょっと意外かも」


ヒロトは答えず、グラスを軽く持ち上げた。

自分の隣の席。

今もそこには、キリカのために空けておいたスペースがあった。



「それじゃあ、みなさーん、そろいましたかー!」


誰かの声が場内に響いた。

店員が乾杯用のグラスを配りはじめ、ぞろぞろとドリンクが並び始める。


「じゃあ、プロジェクト成功を願って――」


「かんぱーい!」


一斉にグラスが打ち合わされる音。

冷たい炭酸の泡が弾ける音。

笑い声と、ざわめき。


キリカはグラスを持ったまま、どこか遠いテーブルのほうを一瞬だけ見た。


そこに、自分の名前を待ってくれる人たちがいるのは――

ほんの少しだけ、分かっていた。


でも今は、それを見ないふりをした。


笑っている自分のほうが、居場所があるように見える気がしたから。

けれど、それはきっと――誰かの隣にいないことで手に入った、仮のぬくもりだった。

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