表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
15/85

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 15

「……まただ……」


モニターを見つめるふりをしながら、キリカは自分の胸の奥が、じわじわと熱くなるのを感じていた。


先ほどの会話。

ヒロトが、わざとらしいほど雑談を振ってきたあの時間。


分かっている。

仕事とは関係ないって、分かってる。理由なんかない。あれはただの優しさだった。


「仕事に関係ありますか?」


吐き出した瞬間、自分でも分かった。

先輩社員に対して、失礼というレベルじゃない。仕事にだって支障をきたすほどの酷い態度。


ヒロトの顔が、ほんの少しだけ動いた気がした。

だけど何も言わず、彼は静かに引いていった。


「……バカみたい」

そう叫びたかった。


誰も自分を責めてないのに。

ちゃんと手を伸ばしてくれてるのに。

それをはね除けてばかりいるのは、自分のほうだ。


優しさが、怖い。

見透かされるのが怖い。


仕事に専念することしか、自分には誇れるものがない。

だから、誰かの前で甘えたり、弱音を吐いたりするのが、たまらなく下手だった。



遠くのテーブルから、笑い声が聞こえてきた。


ちひろ、すみれ、しおり――あの3人が、楽しげに話す輪の中心には、ヒロトがいた。

自分のことを話してるんだろうな、と、なんとなく分かった。


ヒロトの横顔。

すみれが静かに何かを言って、しおりが笑って。

ちひろがこっちをちらりと見て――


「……!」


とっさに顔をそらした。

ちひろの手が、おいでおいでと招いていたのが、視界の端に見えてしまったから。


……せっかく、きっかけをくれたのに。バカじゃないの?

自分の中のどうにもならない部分を、もう一人の自分が責める。


一度でも、素直に手を伸ばせば、きっとあの人たちは受け入れてくれる。

それくらい、分かってる。


でも、自分のなかの安い意地が、それを許してくれなかった。


期待されることに応える自信がない。

でも、期待されないのも、耐えられない。

ぐっと、奥歯を噛んだ。

「……はぁ」

自然と視線が、少し離れた席にいた井口たちのほうへ向く。


そこには、何もない。

期待も、気負いも、責任もない。


くだらない話。適当な相槌。ちょっとした冗談。中身のない雑談。

それだけで成り立つ、浅い関係。


本当は、心が温かくなることなんてひとつもない。

でも――その温度のなさが、いまは妙にちょうどいいように思えてしまった。


『そんなことしてても、意味ないし、いつかきっと後悔するよ』自分の中で自分が囁く。

『分かってる。黙ってて』強い言葉で、無理やりそれをかき消す。


ほんとうは、欲しいものがどこにあるのか分かってる。

でもそこに行くには、自分の中にあるものを壊さないといけない。

その覚悟が、まだ足りなかった。


明るい笑い声が、遠くから届いてくる。

その輪の中に、入りたいと思った瞬間を――

キリカは自分で、静かに打ち消した。

※夏休みなので、8/1~8/16までの間、【12:30】と【20:30】の1日2回更新になります。

(8/12はお休みです)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ