1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 14
「……はあ」
撃沈した気配を隠すでもなく、ヒロトは椅子に背中を預けて、深くため息を吐いた。
そんな彼のもとへ、すかさずぴょこんと現れたのは、佐原ちひろだった。
笑いを堪えきれないという顔で、手元に抱えたファイルをぱたぱた仰ぎながら近づいてくる。
「ヒロトさ〜ん、撃沈ですねぇ」
「……見てたのか」
「そりゃ見ますよ、あんな分かりやすいチャレンジ」
とどめの一言を浴びせるちひろの後ろから、今度は藤田すみれが静かに近づいてくる。
「ちひろ、ダメだよ。笑っちゃ」
「あ、すみれ。だってさぁ、レアだよ? なかなかないよ? あそこまで見事な返り討ち」
「中町先輩、頑張ってたじゃない」
「……その割には、口元が緩いぞ」
淡々と指摘すると、すみれはめずらしく「ふふ」と口元に手を当てて笑った。
「まだ緊張してるみたいですよね、明坂ちゃん。素直になったら、絶対かわいいのに」
そう言って肩をすくめたのは、【山崎しおり】。
三人の女子グループの中では、しおりだけが一つ年上だが、
同級生のような距離感で、三人はいつも仲良くつるんでいる。
ちひろはムードメーカー、
すみれはしっかり者で冷静ポジション、
しおりはちょっとからかい気質だけど根は面倒見がいい。
三人とも、それぞれ違う方向に個性的ではあったが、『優しい』という点は共通していた。
職場の人間関係に不器用なキリカにも、ちゃんと関心を持って、見守ろうとしているのが伝わってくる。
「あっ、ほら、こっち気にしてる」
しおりの声に促されて視線を向けると、少し離れた席でこっちをちらちらと伺うキリカの姿があった。
その様子は――まるで何か言いたいのに、うまく言葉にできない子供のようだった。
ちひろが「おいでおいで」と手招きすると、キリカはビクリと小さく肩を震わせたあと、
ぷいっと顔をそらしてしまった。
「……あーん、ダメだぁ」
「なんか、野良猫を相手にしてるみたいですね」
すみれが真顔で呟くと、三人の中で小さな笑いが起きた。
ヒロトはそのやりとりを聞きながら、「野良猫とは、言い得て妙だな」と無駄に納得してしまう。
構ってほしくないわけじゃない。
でも、構われすぎると逃げたくなる。
そのくせ、放っておくと後ろからついてくる――完全に、今のキリカそのものだった。
「ヒロトさん、もし再チャレするなら、私たちで話題考えますからね……!」
「話題……?」
「そうです! 今時、犬派か猫派かなんて、話すのに困ってるってバレバレですよ!」
「うるせぇよ」
一切の手加減なくダメ出しを食らって、少しだけへこむ。
だが、それ以上に真剣な顔で言ってくるちひろを見て、ヒロトは思わず笑ってしまった。
「……頼もしいな、俺のサポート体制」
「ヒロトさんが不甲斐ないんですよっ」
「中町先輩じゃなくて、明坂ちゃんをサポートしてるんですけどね」
「ま、ひとまずは今日も観察でしょ」
そう言って小さく笑う女子たちの輪は、あたたかくて、どこか頼もしい。
この人たちに囲まれてるなら、
きっとキリカも、いつか素直になってみてもいいかなと思ってくれる日が来る――
ヒロトはそんなことを思いながら、再びキリカに視線を向けた。
彼女はいつもより一瞬遅く、気恥ずかしそうに顔をそむけた。