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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
13/87

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 13

「……ふわぁ……」


大きく欠伸をひとつ噛み殺しながら、ヒロトはオフィスに入った。

マグカップに注いだコーヒーの香りが、今日はいつもより沁みる。


結局、彼らはあのあと深夜まで話し込んでいた。


通話を切ったのは、気づけば二時を回っていたことに気付いたから。

内容は取り留めもなかったはずなのに、いつの間にか時間が溶けているような感覚だった。


「……どうしたの。やけにダルそうじゃない?」


声をかけてきたのは、デスクを回ってきた麻衣だった。

腕組みしたまま、じとっと見下ろしてくる目が、やけに鋭い。


「いや……ちょっとな」


ヒロトは肩をすくめて言葉を濁す。

けれど麻衣は、ほんの数秒で答えにたどり着いた。


「あっ……もしかして、ヒカリちゃん?」


「……なんで分かるんだよ」


「中町くんの寝不足って、だいたい感情が絡んでるときだから。で、そうなるともう答えはひとつ」


どや顔を決める麻衣に、ヒロトは苦笑を浮かべる。


「はいはい、名探偵。まぁ……電話が長くなっちゃってさ」


「ふーん……なんか、中町くんからヒカリちゃんの話聞くの、久しぶりよね」


その一言に、ヒロトの胸がギクリと揺れる。


本人は何気ない軽口のつもりだろうが、鋭すぎて逆に怖かった。


「ま、ラブラブそうならよかった。……仕事中に居眠りでもしたら、許さないけどね」


にこ、と笑って去っていく麻衣。

その笑顔は柔らかく、口調も冗談めかしているが――ヒロトは知っている。あれは、一ミリも冗談ではない顔だ。



「やれやれ……」


肩を回しながら、ヒロトは何気なく視線を巡らせる。


そこでふと、ほんの一瞬だけ、気まずそうに顔を背けたキリカと目が合った。


おそらく、今のヒロトと麻衣の会話に聞き耳を立てていたのだろう。


表情には出さない。

でも、わかりやすく耳がピクリと反応していた。


「よう。おはよ」

「……おはようございます」


ちょっとだけ返事が遅れた。

いつもと違う反応というだけで、それだけでも少し距離が近づいたような気がしてしまうのは――たぶん、気のせいだ。


と、そこでヒロトは昨日のヒカリとの会話を思い出す。

キリカをリラックスさせるために、仕事以外の会話の間口を広げてみよう、というものだった。


ヒロトは自然を振る舞って自席に腰を下ろすと、隣でスマホを見ているキリカに声をかけた。


「そういえばさ、明坂って、家でもコーヒー派?」


「……紅茶です」


「へぇ、なんか意外だな」


「どういう意味ですか」


「いや、なんかこう……仕事じゃなくてもシャキッとしてるイメージがあるから」


「……べつに、そんなことありません。想像で判断しないでください」


……うーん。と、ヒロトは内心で唇を尖らせる。


「じゃあ、週末とか何してんの?」


「寝てます」


「え、ずっと?」


「起きたら掃除して、必要なことを済ませて、また寝てます」


「それは健康的……なのか?」


「悪いですか?」


……なんだか、全部撃ち落とされてる気がする。

そんなことを思いながら、ヒロトはなんとか話題を探す。


「そういえばさ、明坂って猫派? 犬派?」


「……あの」


キリカがぴたりとスマホを叩く手を止めた。


「これ、仕事に関係あります?」


まさに、一刀両断。


ヒロトは、わずかに目を細めて、天井を見上げた。

横で、キリカがほんの一瞬だけ、自分の吐いた言葉に小さく口元を噛んだような気がしたが、確認する余裕はなかった。


「……ごめん、仕事には関係ないな。全く」


短く言って、モニターに向かう。

心の中では、自分のふがいなさと、気恥ずかしさとで、ため息が渦を巻いていた。


それでも、こうして話が続くようになっただけでも、少しは前進かもしれない。


そう言い訳のように思いながら、ヒロトは黙ってマグカップを口元に運んだ。


冷めかけたコーヒーの苦味が、やけに優しかった。


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