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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
11/88

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 11

夜。

外の喧騒から切り離された自室のソファの上で、スマホの画面を開いたまま、ヒロトはしばらく動けずにいた。


指が、何度も入力と削除を繰り返している。

言葉を探しては消して、また探して――そして、ようやく短く打ち込む。


『今、ちょっといいか?』


要件も、挨拶も、何もない。

けれど、既読のマークがつくまでに、そう時間はかからなかった。


『うん、大丈夫だよ~。どうしたの?』


変わらない口調が、文字越しに届いた。


優しい。でも、その優しさの裏を、今のヒロトはなんとなく想像できた。

メッセージの相手は、白石ヒカリ。


『いや、部下のことでちょっと……うまくいかないことがあって』


『部下……その子、女の子?』


「やっぱバレるか」ヒロトは苦笑を浮かべた。


ヒカリの鋭さは、昔から変わらない。

一見ぼんやりしてるように見えて、本質を見抜くのが異様に早い。


『……うん。ちょっと距離の取り方が難しくて。

放っておくわけにもいかないし、かといって注意すると余計にこじれるっていうか』


『ふーん。ひろくんがそんなに悩むのって、珍しいね』


その言葉が、少し胸に刺さった。


そう。

らしくない。――麻衣にもそう言われた。


自分でも分かってる。

本来ならこんなことでこんなに悩まない。

割り切って、上手くやり過ごすのが、いつもの自分のはずだった。


それなのに、今日も。

悩むどころか、ヒカリにまで相談して――。


と、画面に新たな通知が届く。


『う〜ん、文字だと伝えづらいかも。ひろくん、今大丈夫だよね?』


「えっ」


まさか――と思うより早く、スマホが震えた。


着信。

画面には、懐かしい名前が光っていた。


ほんの数秒、指が止まる。

出るべきか。出ないべきか。

ここで声を聞いてしまったら、きっと……。


「…………」


でも、ヒロトは――その電話を取ってしまった。


「……もしもし」


『……久しぶり、だね』


静かな声だった。

耳元から伝わるような、あの独特の柔らかいトーン。


ほんの少しの空気の揺れも、懐かしさの中に混じっている。


その瞬間、ヒロトの胸の内が、ぐわん、と音を立てて揺れた。


過去に戻りたいわけじゃない。


でも――戻れるかもしれないという想像が、こんなにも心を掻き乱すものだとは、思っていなかった。


今、誰よりも遠くにいたはずの人と、

一番近い場所で、声を交わしている。


それが、今のヒロトにとって、どれだけ『らしくない』ことだったか――


それでも、声を聞いた瞬間、そんな理屈はどうでもよくなっていた。



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