1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 10
――――またやってしまった。
午後の会議が終わり、ディスプレイに映る自分の作業画面を見つめながら、キリカは眉をひそめ、ため息をついた。
あの空気。
ヒロトの言葉に、反射的に返したあの言い回し。
……あんな言い方、しなくてよかったのに
ちゃんと答えようと思っていた。
ヒロトは、自分の意見をちゃんと聞いてくれる人だと分かっていた。
アドバイスに感謝こそすれ、『主観だ』なんて切り捨てるなんて、もってのほかだ。
それなのに……言葉の出し方を間違えてしまう。
まるで、自分だけがバチバチとピントの合っていない世界で話しているような――そんな気がした。
『頑張らなきゃ』
新しいチームに入ったとき、そう思った。
前のチームでうまくやれなかったことを、今度こそは改善したいと。
年上の先輩女子たちは皆、優しくて、こんな自分のことを、見捨てずに気遣ってくれる。
だけど……それが、怖かった。
どこまで踏み込まれるのか、分からなかったから。
ヒロトが悪い人ではないことだって、キリカには理解できていた。
それどころか、仕事は的確だし、ちゃんと見てくれている。
でも――それが、少しだけ息苦しく感じてしまうときがある。
期待されるほど、それに応えなきゃと身構えてしまう。
そして失敗したとき、自分で自分を強く責めてしまう。
なにより……優しい彼らに失望の眼差しを向けられるのが、一番怖かった。
◆
今日も、昼休みは井口たちのグループに混ざっていた。
前のチームで一緒だった女子たちが同じ席にいてくれることが、キリカの警戒心を引き下げていた。
冗談を飛ばす井口。くだらない話ばかりの石井と杉山。
でも、不思議と気楽だった。
誰も自分を気にしていないような空気でいてくれるのが、楽だった。
……本当は、ちゃんとしたい。
そんなことは、口に出すまでもなく分かっていることだ。
今のチームでもっと馴染みたかった。
麻衣や、ちひろや、しおり、すみれ。
そして――ヒロトとも、普通に話せるようになりたかった。
でも、どうしてもうまくやれない。
うまく笑えない。
一歩を踏み出すには、まだ何かが足りない気がしてしまう。
視界の端に、ヒロトの姿があった。
誰かと資料を確認しながら、真剣な顔をしている。
その横顔を、キリカは一瞬だけ見てから、すぐに目を逸らした。
……近くにいるほど、遠くなる。
そんな気がした。
自分が「うまくやりたい」と思っていることさえ、もう周囲にバレてしまっている気がして、胸が苦しかった。
キリカは、小さく息を吐き、マグカップに残った冷めたコーヒーを見つめた。
――どうしてこんなに、うまくできないんだろう。
独りごとのようなその問いに、答えはまだ見つからない。
けれどその夜、彼女はなかなか寝付けなかった。
明日また、顔を合わせることを思うだけで――少しだけ、胸の奥がざわついていた。