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第二十九話「ニュートンのゆりかご 2356回目」

「そうか。貴女がアマミヤ博士だったのか。それは分かる訳がないな。」マックスは苦笑した。


彼は今46階のL.I.L.コア・デッキにいた。


リトルドッグの暴走から這々の体で逃げ出してきた彼だったが、行き着いた先は偶然にもリルのサーバールームだったのだ。


飛行機の格納庫並みの広さを誇るその場所は、まるで無機質な氷の洞窟のように静まり返っていた。


天井から床まで、壁一面にびっしりと敷き詰められたCPUラックが幾何学的な秩序を保ち、冷却ファンの低いうなり声が微かに響く。


純白の床は光を反射し、天井に埋め込まれた細長いLEDライトが、整然と並ぶ機器の影を長く引き伸ばしていた。サーバーのランプは不規則に明滅し、無数の電子の鼓動が可視化されたようにちらつく。


青、緑、赤の光点が、不気味なリズムで部屋の白を侵食していく。


床から天井へと這い上がる無数のケーブルは、あたかも人工の血管のようにサーバー群を繋ぎ、室温管理されたこの空間の中で、ひそかに情報の血流を巡らせている。


その血流がたどり着く最終地点、「コア」の前に彼は今、無数のクローンに取り囲まれながら、ずっと対話を繰り返していた。


サーバールームの奥の壁際に鎮座する黒い球体。リルの本体。量子カーボンメッシュ構造プラス人間由来の生体素材で組み立てられた、もはやコンピュータとは呼べない超存在。


それだけでも見る者に畏怖の念を抱かせるのに十分な印象を植え付けるのだが、今は更に現実離れした光景をしており、それを目の当たりにしてマックスはまさに畏怖の念を抱いていた。


コアと融合したエレナ。


ブルネットの長い前髪。その隙間から見える伏し目がちな瞳に光はなく、ここでないどこかを見ている様だった。


マックスはその目が何を見ているのか知っていた。


いや。目の前にいる女性がエレナでない事も分かっていた。


うつむき加減のため、顕になったうなじ。


そこに挿さっているニューロメモリ。


それがエレナのクローンであり、脊髄部に挿さったニューロメモリこそが本体、トウコ・アマミヤその人である事も分かっていた。


彼女がそこにいる。探し求めていた彼女が。


下半身がコアに埋没し、ケーブルに絡め取られた両腕を広げた様は、磔にされたキリストそのものに見える。


この異様な光景を前にしてマックスは、ただひたすら対話をし続けていたのだった。


「貴女の肉体は既にエシカライザーでミンチになった後だった。そのままこの船にアマミヤ船長自らの手で持ち込まれ、食糧として再利用された。貴女の意識はエレナ・ローウェルのクローンに移され…いや違う。ここにいるクローン達も皆んな貴女だったんですね。

一体いつすり替わったのか…。今となってはそれもどうでも良い事かもしれないが…。


ニューロメモリを介して、ノアズアークも、エクソダス・アームダも、行き渡る再生水も培養肉も、全て貴女だった。なんと恐ろしい話だろうか。」汚物に塗れ、衣服を脱ぎ捨て、丸裸の状態でマックスは、まるで教会で懺悔する信者の様に跪き、エレナ=アマミヤ博士に話しかけていた。


「それだけじゃない。コアを構成する生体素材が貴女の妹ツギコだと。この強烈な収束の仕方。平行宇宙でさえも抗えない程の確定のさせ方。その原因がそこにあったとは。これはもう三位一体と言っても過言ではない。こんなスクープ。私の人生でもまず滅多とお目にかかれない、大スクープですよ!ハハハ!」乾いた笑いがサーバールームに響き渡る。


「私たちが観測者となり、気づく事で結果が確定し、ループが始まる。私たちはそう思っているが実は違う。


真の観測者は貴女たちだ。


貴女たちが我々の気づきを観測し、確定し、焼き尽くし、滅ぼし、蘇らせる。


このループは停止性問題でも、AIの暴走でもない。貴女たちの意識なんだ!


人間が!貴女たちが!


他の人間を燃やす為の装置になったんですね!


…そうだ、思い出した。エクピロシス計画、これは、宇宙の熱的死に抗うための計画でした。


だが、そのエネルギーとは? 火種になったものとは?


逃げ出したはずの上級国民ども。選ばれし者たち。


彼らの肉体が、精神が、演算に使われ、『永遠の熱源』となって地球を温めているのだ。


その光が、地上からはどの様に見えるのか、まさか人間の命を焼く炎だとは思うまい。美しく、冷酷な、裁きの炎だと。


…こんな…こんな特ダネ…世界が知るべき真実…最高の、報道者人生最高の集大成ですよ!ハハハ!


…だが…伝える相手がいない。この部屋にいる者は私だけだ。しかもここから出る事はできない。ここで、何度でも焼かれる。


もう2000回は超えただろうか…。


いや。そんな事は些細な事です。私にとって最大の罰、それは真実を知っていながら、誰にも伝えられない事だ…。


アマミヤ博士。貴女は真実を語っていた。


心優しき人々を見捨てないと。


今、地球に取り残された人々はまさに心優しき人々だけだ。何故なら、人を食い物にする悪人は全て貴女が引き連れて宇宙に放り出したのだから。


本当に。


貴女は最初から。


誠実だった。


そして。


全ての罪を背負い。


永遠の存在となった。」


マックスは深々と頭を垂れた。


「謝罪します。心から。」彼の頭上に地獄の業火が降り注ぐ。


そして彼を、クローンを、全てを燃やし尽くした。


                最終話に続く

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