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第二十八話「ニュートンのゆりかご 10回目」

「もうこれだけ繰り返してんのに、言ってもしょうがないんだけど…。」グッタリと椅子に腰掛けたままショウランは話し出した。


「サーバー壊せば止まるかもって言ったでしょ?これだけ木っ端微塵になってるんなら、当然サーバールームも破壊されてると思うのよね。だけどループは止まらない。コアとかどうなってんのかしら。全然関係ないのかな。」同じ様に椅子に体を預け、息も絶え絶えながらヴィンセントが返事をした。


「そうかもな。常識じゃ説明できない事しか起こってないし。既存の物理で物を考えるのはやめた方が良いだろうな…。俺もエレナ・ローウェルの事を考えるのはもうやめたよ。」彼もまたグッタリしていた。


灼熱のループ地獄は肉体は元に戻すが、意識はそのまま継続させる為、精神的なダメージが凄まじかった。このまま心の安定を保つ事が出来るのか。恐らく無理だろう。ヴィンセントは辺りを見回して覚悟を決めていた。


「あんたも結構タフね。私は多分、あと2、3回でダメになると思うわ。あそこの2人みたいに。」ショウランは顎でマヌエルとミランを指し示した。


マヌエルは椅子に腰掛けて、コンソールに頭を何度も何度も打ちつけていた。


「お許しください。お許しください。お許しください。お許し…。」額から噴き出す血潮が喉に流れ込み、人間が話す言葉とは思えない音声でひたすら許しを乞う言葉を吐き続けていた。


一方、ミランは全乗組員達一人一人に抱擁を続けていた。ただしそれは彼にとっては皆、妻であり、息子である様だった。


「やあ。会いたかったよ。」「元気だったか?」「もうどこにも行かないよ。」その表情は穏やかなものだった。大方の乗組員も既に精神に異常をきたしており反応は様々だったが、ミランの抱擁は分け隔てなく、満遍なく行われていた。


それは自分の直属の上司、ゼノン・アマミヤに対しても同様だった。優しく抱擁し、それが終わるとまた他の者の所へ歩み寄っていった。


当のゼノンはと言うと全く気づいていなかった。ただ号泣するばかりであった。直通エレベーターの映像に映るエレナの姿。それだけを凝視し、話しかけていた。


「エレナ!お願いだ!話を聞いてくれ!エレナ!会いたいんだエレナ!あああああー!」


モニターを抱きかかえ、子供の様に泣きじゃくっている。その姿を、冷ややかに見つめながらショウランは話を続けた。


「私は私のキャリアの中で、他人から見れば非人道的と呼ばれる様な事を数々やってきた。

その事について今さら弁明もしないし、反省もしない。そもそも悪い事してた自覚ないし。でも。目の前の事に執着し過ぎてたかもって。それは今。初めて感じてるかも…しれない。」


「それで?」ヴィンセントが先を促す。


「うん。それでね。ふと考えたのよ。この『前』って何だろうってね。私たちの意識は前へ前へと『進む』。でも物理現象は1分前に『戻る』。


目の『前』の事に執着し過ぎて、それがずいぶん『前』に手の届かない所へ行ってしまった事に気づけない。」


「そりゃあんた、マッピングの概念で説明がつくだろ。『前』の前に立ちゃそれは後ろになるし、『前』の後ろに立ちゃそれは前になる。主観的観測の問題だな…ま、でもあんたの言いたい事も分かるよ。」ヴィンセントの言葉に頷いてショウランは先を続ける。


「前とか後ろとかってホントはどうでもよくって、もっと高次の目線で物事を捉えれば、位置とか時間とか、あらゆる事象が、同時に存在している事が、気づける様になるのかなってね。あいつを見てたら、そんな事が思い浮かんだのよ。」モニターにかぶりつくゼノンを見ながら、ショウランは、最後は独り言の様に呟いていた。


「エレナアアア!助けてくれえええ!ああああ!」泣き叫ぶゼノンを、少し哀れんだ顔で見つめるヴィンセント。


「自分でも信じられない事なんだが、少し気の毒に見えてきたよ。」


「昔はあんな奴じゃなかったんだけどね。」


「付き合いは長いのか?」


「話すと長いわよ?」


「いいよ。どうせ時間は永遠にあるんだから。」


もう誰も数えなくなった連鎖爆発が起こり、3,000℃の炎がセントラル・デッキにもなだれ込む。溶鉱炉と化したデッキ内は白く光り、悲鳴も、怒号も、彼らの姿も、白く飛ばして見えなくした。


              第二十九話に続く

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