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第二十七話「ニュートンのゆりかご 5回目」

耐え難い熱さにアレクセイは堪らず目を開いた。


何かが爆ぜる音や焦げた匂いが朦朧とした頭を刺激する。部屋の中が火の海になっていた。足が燃えていた。天井が回っている。いや。自分の体が回転しているのだ。そこで彼は思い出した。


私は首を吊った。死んだはずだ。それなのにどうして…。


いや。これは初めての出来事ではなかった。既視感が脳髄を貫く。それも彼は思い出していた。


私はこの状態を、何度も繰り返している。吊られたまま、燃やされ、燃え尽き、死に絶え、そしてまた蘇る。


アマミヤ博士のエクピロシス計画。火星移住という方便にまんまと乗せられて、我先にと寄り集まってきた上級国民達。その数、実に1000万人。


その全てが。本当は。燃料だったと。極端な寒冷化に陥った地球を暖める為の燃料だったと。騙され、閉じ込められ、燃やされる。永遠に!


アレクセイはもがいた。ここから逃れなければ。足の炎は腰、腹、胸と這い上がってくる。彼の全身を舐める様にして、遂にはその完璧な作りを誇る顔を撫でまわし始める。


「嫌だ!こうなる事は分かってたんだ!何故!見逃してくれないんだアマミヤ博士!私は死んだんだぞ!」


首にかかったネクタイを解こうともがき続ける。しかしその努力も虚しく、皮膚が、髪が、爪が、歯が、筋肉が焼き尽くされ、獣の様な咆哮もやがては小さくなっていった。


しかしこれが終わりではなく、また次の火炙りまでの小休止である事を彼は、ベッドメリーの様に回転しながら、否応なしに理解していた。


**************************************************


「ダメです。やはりエレベーターは使い物にならないみたいです。」ミリアムがヨハンに報告する。


「ななな、なんとかならないのか!ここ、ここから出なければ!」ヨハンの焦りは極限に達していた。


セントラル・デッキに移動する為、ヨハン達は直通エレベーターを利用しようとしたが、そこに大量に乗り込んでいたクローンに襲われ、足止めを食っていた。


天使達の人間離れした応戦のおかげでヨハンは傷一つ負う事なく、イブラヒムと共に室内に引き返す事が出来たのだが、数分後エカテリーナの呼びかけで外に出たヨハンは、うず高く積み上げられた大量のクローンの遺体を見る事になる。


その全てのクローンの脊髄部に刺さったニューロメモリ。それらが一様に示す事実。一瞬で理解に及んだヨハンの顔色は即座に変わった。


「はは早くここから出るんだ!」空っぽになったはずのエレベーターに乗り込む為、セントラル・デッキへのボタンを押す。が、扉が開かない。


何度もボタンを押すが一向に動く気配を見せない。


「壊れた?」アンジェが心配そうに尋ねる。


「ヨハン様。いかがなされましたか?」ヨハンのあまりの狼狽ぶりにイリスが声をかける。


「あああのクローン達…。あれはぜぜ全員…アマミヤ博士だ…。」ヨハンの顔色は真っ青になっていた。


「あいつらだけじゃない…。ここここのクローンは…いや。ここのニューロメモリは全て、アマミヤ博士なんだ。いや違う。船が。船団が。エクソダス・アームダ全てが…アマミヤ博士なんだ…。」


「どういう事ですか?」


「ぼぼ僕たちは、最初から博士に利用されていたんだ。エクピロシス計画の材料として。かか火星になんて行かない。ここで実行するんだ。ぼぼ僕たちを燃料にして…!」


「『揺らぎの収束』を確認しました。これよりエクピロシス計画を実行します。」リルの無機質な声がエントランスに響いた。


「不味い!はは早く!セントラル・デッキへ!」ヨハンの声にミリアムが操作パネルを引き剥がす。配線をチェックするが異常は見当たらない。


「第一段階、弾性衝突開始。」リルの声の後、しばらくして船体に激しい衝撃が走った。床が波打ち、鋼材が悲鳴にも似た音で軋む。


「来るぞ…もうすぐだ…裁きの時が始まる…。」それまで虚ろな表情のまま、ここでないどこかを見つめていたイブラヒムが、静かに言葉を発した。それを聞いてますます焦るヨハン。


「早くしろ!ここは不味い!」


「何ですか?何が始まるんですか?」サーシャも不安気に尋ねる。


「『贖罪』だ。僕たち全員の罪が裁かれる。…永遠に!」


「第二段階、エクソダス・アームダ。プライマリー・リアクター開放。」


ヨハンは天を仰いだ。ここで終わりだ。いや。終わるならまだ良い。これから起こる事はとても自分の頭では理解できない、説明もできない事。天才を自負してきた者が、初めて感じる無力感。何もできない事にヨハンはただ天を仰ぐしかできないでいた。


その姿を見て5人の天使達がヨハンにそっと寄り添う。


「何があっても私たちはヨハン様と共にいます。」


「永遠というのなら、それは私たちにとってはむしろ喜ばしい事です。」


「私たちの望みはヨハン様と共にいる事なのですから。永遠に。」


一人の教祖と5人の信者、一人の狂人、そして無数のクローンの遺体で埋め尽くされたエントランスに紅蓮の炎がなだれ込み、一面が焦熱地獄と化した。


              第二十八話に続く

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