第二十六話「ニュートンのゆりかご 4回目」
船団の爆発は爆炎の帯を作り出し、凍てついた地表を照らした。
その後、カシミール効果により発生した時間反転の為、炎の塊は個々に収束していき、中から船団が、破壊される前の、元の姿を見せ始める。
セントラル・デッキの乗組員達も地獄の業火に晒されて灰も残さぬほどに焼き尽くされていたが、広がり切ったエネルギーが端点に達すると、まるで宇宙の終焉と再生を模倣するかの様に、物理現象が巻き戻され、人体の修復が始まった。
炎が踊る中、空気中の水分がひと所に凝縮され、血と脂を示す赤と白の塊が枝葉の様に広がり出す。
臓物が、まるで風船が膨らむ様にして再生され、その周りを筋肉が覆う。
皮膚、髪の毛、眼球が炎を吸収して蘇り、歯の隙間から苦痛の叫びが漏れる。
体中を舐め回していた炎が消えると、そこには衣服をまとったマヌエル・ロドリゲスが立っていた。
「…ど、どうなってるんだ…一体…。」無傷な自分が信じられず、呆然と立ち尽くすマヌエル。
「死ぬ事すら許されないのか…。」唖然とした表情で見つめるミラン。
縛られたままの体勢でモニターに映るコードを読み上げるヴィンセント。「そうだ。ループの起点はここなんだ。今さっきあんたが言った様に俺たちが観測者である限り、このサイクルは変わらない。この結果は、あらゆる可能性の中でも唯一変わらない、あらゆる平行宇宙でも唯一変わらない、それくらい強固に確定された結果なんだ。まさしく『閉じた宇宙』だな。」その口調には諦観の情がこもっていた。
「嫌だ!こんなの!絶対に嫌だ!」突然、子供が駄々をこねる様に泣き叫ぶ声が轟いた。ゼノンだった。
「何でこんな目に遭わなくちゃならないんだ!誰か!助けてくれ!」唇を震わせ、目を血走らせながら周りを降り仰ぎ一人一人に視線を合わせるが、誰も顔も合わせようともしない。
「助けてくれ!頼む!もうあんな思いをするのはごめんだ!熱いんだよ!熱すぎて痛いんだ!何でもするから俺をここから出してくれ!」あれほど無慈悲で驕り高ぶっていた男が、まるで別人にでもなったのか、哀れで、威厳のかけらもない、惨めな小物に成り下がっていた。
ゼノンは急に立ち上がり、マヌエルの側にあったリトルドッグを掴むとそれを抱えたまま走り出し、セントラル・デッキの自動ドアまで走った。
そしてリトルドッグごと扉に体当たりする。何の変化も見られないドアに対してゼノンは泣きながら、何度も何度もリトルドッグを打ちつけた。
「出してくれ!俺をここから出してくれ!」狂った様に同じ動作を繰り返す。
その姿を冷ややかな目で見る乗組員達。
必死の形相で扉を叩き続けるゼノンの背後では、スクリーンに同じ様な表情でアマミヤ博士の首を絞める彼の顔が写っていた。
「『揺らぎの収束』を確認しました。これよりエクピロシス計画を実行します。」リルの無機質な声がセントラル・デッキに響き渡る。
「これってサイクルタイムどれくらい?」冷たい視線でゼノンを見つめたままショウランはヴィンセントに聞いた。
「そうだな…。50秒くらいか。もうちょっと短いかもだな。」モニターを見ながら答えるヴィンセント。
「インターバルは?」
「それも1分くらいか…。」
「体感的にもっと長いかと思ってた。」
「俺もだよ。」
「第一段階、弾性衝突開始。」
「妻と息子に会いたい…。」ポツリと呟くミラン。それは誰かに聞かせると言うよりは、虚空に小石を投げ落とす様な行為だった。
「息子は幾つだ?」尋ねるヴィンセント。
「…10歳だ。」
「そんな子供も罪人だって言うのかね。」皮肉な笑みを浮かべる。
「アマミヤ博士の考えではそうなのかも…。ただ…今言えることはあんたの家族は恐らくクローンの攻撃を受けただろうから、少なくともここよりかはマシな精神状態でいるんじゃないかしら。」ショウランがふと優しい表情を見せた。
「第二段階、エクソダス・アームダ。プライマリー・リアクター開放。」
「…だったら良いんですが。」少し意外そうな顔をするミラン。
「そういや他の連中はどうなってんのかな…。」誰にともなく呟くヴィンセント。それぞれがそれぞれの思いをはせる中、なだれ込んできた地獄の業火がセントラル・デッキを再び溶鉱炉に変えていた。
第二十七話に続く




