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第二十五話「ニュートンのゆりかご 3回目」

玉突き衝突を起こすエクソダス・アームダ。


追突により大爆発を起こすスイユウ。


衝撃で次々に誘爆する後続の船。


地獄の業火は最後尾のノアズアークにまで到達し、乗組員を焼き尽くす。


同時に重力炉が臨界点を突破、全ての方舟が吹き飛び、地球の衛星軌道上に巨大な爆炎の帯を作る。


大気圏を這う様に進む炎からは、負のエネルギーが放出されている。


カシミール効果によって、負のエネルギーが過飽和状態の真空から解放されると、局所的な時空の収縮、反転が発生。これにより、爆発や破壊など全ての物理現象が、その工程をなぞる様にして元の位置に巻き戻っていく。


ゼノン達も、一度体験した地獄の責苦を、今度は逆向きにもう一度体験する。


炎に焼き尽くされた体が、炎を吸い込みながら再生され、吐き出された悲鳴も吸い込まれ、恐怖の表情が再構築される。


セントラル・デッキも元の位置に戻っていたが、乗組員の精神までは元の状態でいられなかった。そこかしこで悲鳴が上がる。


「サ、サーバーを破壊しろ!誰かコア・デッキに行ってサーバーを破壊するんだ!」ゼノンは命じたが、誰もそれどころではない狂騒を呈していた。


コンソールに突っ伏したまま苦しげにヴィンセントが言った。

「無駄だ。ログを見て分かった。コア・デッキに行く手段がない。ポッドも、エレベーターも、全てインサイトの制御下にある。恐らくここから出ることすらできないだろう。」


「何を根拠に!」


「ログを見たと言っただろう。ドアを開けるのにも堂々巡りの計算をしちまうんだ。どうにも出来ないよ。」


「誰か近くの者を行かせろ!」


「誰を?あんたも見ただろ。ここ以外の連中は皆、揺らぎの中なんだぞ。俺たちは文字通り嵌められたんだ。あのエレナ・ローウェルに。絶対に抜け出せない牢獄なんだよここは。」


「その名前を口にするな!」ヴィンセントの後頭部を乱暴に掴むと、ゼノンはそのまま床に引き倒した。「貴様の様な下賤の者が口にして良い名前じゃないんだぞ!」激昂するゼノン。


「だいたいどうして彼女だと決めつける!疑うならアマミヤ博士だって可能性はあるだろうに!」その瞬間。


「『揺らぎの収束』を確認しました。これよりエクピロシス計画を実行します。」


「ウソだろ!」思わず天を仰ぐミラン。


「これ何回やる気なの?」ショウランの問いにヴィンセントが笑いながら答える。


「だから永遠だって言ってるだろう。回数なんか関係ない。永遠に続くんだよ!」


「永遠?は?意味が分からない!熱損失とかどうなってんの!てゆーかそれだったら何で私たちの意識は巻き戻らずに先に進んでいるの?記憶が蓄積されているのは何故?訳分かんないんですけど!」また焼かれる恐怖にガタガタ震えながら金切り声を上げるショウラン。


「第一段階、弾性衝突開始。」


船内に激しい衝撃が走る。ノアズアークがパナケイアに追突した為だったが、予測がつく様になって、今回は誰も倒れなかった。


振動をやり過ごしてから「それはきっとカシミール効果のせいだと思います。」ミランが額の汗を拭いながら言った。


「重力炉の崩壊で放出された負のエネルギーが、カシミール効果を発生させ時間の矢を反転させた。ただしこの反転は粒子や熱、構造や運動などの物理的現象が対象なんです。我々の『気づき』はそこに含まれない。」


「頼むから要点だけ話してくれ!」懇願するゼノン。


「このループの始まりは『揺らぎの収束』です。揺らぎの収束は『気づき』によって起こります。何に気づくのか。我々が『罪人』である事にです。


アマミヤ博士が提示したあらゆる可能性を我々が観測する事で、結果が確定するんです。クローンの攻撃を受けた者は皆、その事に気づいたんです。見たでしょ?あの全てを受け入れた様な態度。」


「私たちはクローンに触れてもいないわよね!」ショウランが割り込んでくる。


「そうです。だから我々は本当の意味で気づいてはいない。それこそがこのループを生んでいる最大の原因なんです。


我々は揺らぎの外にいる。そして気づく。エクピロシス計画が発動し、それを体験する。我々はずっと『観測者』なんです。この物理現象を外から観測しているんです。


計算が停止性問題に陥っている事も、それがリルよりも下位のAIが計算に携わっているからである事も、その結果爆発が起こり、負のエネルギーによって時間の矢が反転してしまう事も、全て外からの観測によって知ったんです。


無数にある可能性を一つの結果に収束させ、確定させているのは、我々なんです!この!我々の『意識』こそが!この無限のループを生み出し!我々の『意識』だけが!この物理現象の外にある為!繰り返しではなく!蓄積され、巻き戻しではなく!前へ前へと進んでいくのです!」ミランは青ざめた顔で、狂気じみた口調になっていた。


「嫌なんですけど!」金切り声を上げるショウラン。すると、その声を聞いてそれまで頭を抱えてぶつぶつ独り言を呟き続けていたマヌエルが何かに気づいた様に顔を上げた。


「それだ…!」


「な、何だ!何が分かった!」事ここに至ってはもう誰にでも縋りたいゼノン。


「それこそが狙いなんです。これは、アマミヤ博士の『遺思』です。物理現象は繰り返されるのに、我々の記憶は積み重なっていく。カシミール効果の適用は、これを再現させる為だったんです…。」


「要点だけ言え!」ゼノンは泣き出していた。


「アマミヤ博士は言っていました。『贖罪』だと。『罪を贖う時が来た』と。我々の記憶が積み重ねられる事こそが、恐怖を、痛みを積み重ねる事こそが、罪を贖う行為なんです。永遠に。」


「第二段階、エクソダス・アームダ。プライマリー・リアクター開放。」


「でも。だとしたら。アマミヤ博士。私には耐えられない。」


一体いつからそこにあったのか。彼は手元のリトルドッグを掴むと頭上に掲げ、飛び出したままのスタンスパイクを頭頂部に突き刺した。


糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちたマヌエルを呆然と見つめる彼らの体を、4度目となる連鎖爆発が襲った。地獄の業火が全てを焼き尽くす。


「第三段階、停止性問題を確認。ループを開始します。」

           

第二十六話に続く


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