第十八話「インタープリテーション・出力」
「はい。こちら首相官邸前です。元々記者会見室での発表を予定していましたが、急遽取りやめになっています。
えーこちらをご覧ください。先程30分前でしょうか。身を切る様な寒さの中、この様なビラが通りかがりの車からばら撒かれました。
会見場所での爆破を予告したビラです。
大量にばら撒かれており、車は現在逃走中。首相会見は中止され、後日、談話の形で発表…お待ちください!オザキ総理が移動する様です!
総理!総理!ISMOのプロジェクトマネージャーに指名されたというのは本当ですか!総理!…え?…銃声です!別館の方で銃声が!車が突っ込んできました!激しい撃ち合いに!あ!ちょっ!バイクです!バイクが飛び込んで来ました!危ない!運転手が!今、燃えた日の丸の旗を掲げた女性が門の方へ駆け込んで行きキャーッ!!!」
「タカギさん?タカギさんどうしましたか!」
「爆発です!自爆テロです!リュックを背負った女性がオザキ総理の方へ!多数のSPや機動隊員を巻き添えにして!ダメッ!これダメッ!映さないで!やばいってダ」
「…はい。あ、はい。い、一部映像が乱れました事をおおお詫びいたします。えー…はい。一旦CMです。」
私は日本の報道番組を見て、何が起こったのか全てを理解した。1秒にも満たない映像だったが、あれは確かにツギコだった。燃え盛る日の丸を掲げ、群衆の中に突っ込んでいく女性。
私はその場で吐いた。吐くものなどなくなっても、えずきが止まらなかった。
全てを理解して一番最初に思った事は自分のキャリアが崩壊する事への危機感だった。
これは不味い。捜査の手は確実に自分にまで及ぶだろう。計画を外されるどころの話ではない。犯罪者だ。その日から私は何とか私にとって不利な状況にならない様、ほとんどの時間を証拠隠滅に費やした。
幸い、ハビタブル計画はまだ中止されておらず、データベースへのアクセス権があった為、ほとんどハッキングと言えるレベルでありとあらゆる改ざんを行なった。
完全に存在を消す事は不可能だった。何故なら妹の行動はデータ上は抹消できても、私がいる限り妹の存在は必ずついて回る。だから渡航記録や監視カメラの映像等、あの子の行動範囲を修正する事しかできない。
ネット上に記録された一次データとバックアップを同期破壊。クラウドは偽情報を上書きし、交友関係にもSNSを通じて偽装工作を行い、あたかも彼女が自分の意思で行方をくらましたというシナリオを作り上げた。
あくまでもあの自爆テロは別人が行った事。
そう。私はあの子の死を、なかった事にしようとしたのだ。
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私はおよそ3日間、本来の仕事を放り出してほとんど寝ずにこの隠蔽工作だけに全精力を注いでいた。思えばこの時の私は社会的にも、個人的にも、徹底的に追い込まれた状態であり、論理的な思考能力が完全に欠如していたと思う。
だから、日本で起こった自爆テロに関する秘匿ファイルに行き当たった時は「こんなファイル作った覚えはない。」と随分動転してしまった。
しかし、それがISMOのブラックファイルであり、尚且つそのファイルに対して何者かの手による情報操作の痕跡に気づいた事で、私は、私以外にもこの事件に関わる何かを隠蔽しようとしている動きがある事を知った。
厳重なセキュリティを解除して、私はその内容の閲覧に成功した。それは日本の総理大臣「尾崎明」に関するファイルだった。
尾崎首相は自爆テロにより死亡したと発表があったばかりだった。しかしこれによると、彼は一命を取り留め、全身整形を受けて全くの別人になる予定だという驚くべき内容が記されていた。
全体の指揮を取るのは尾崎首相本人。「グローバルオーダー」の名の下に「エルバートン計画」を進行中。今回の事件は逆にグローバルオーダーにとっては追い風になる。ISMOを掌握し、人口削減…選抜者のロボット化…無限の調和…真…美…愛。
全体を把握した訳ではなかったが私は、とんでもない事実を掴んでしまった事に少し浮ついた気持ちになってしまった。強力な切り札を手に入れた気になっていたのだ。この秘匿ファイルさえあれば、もしかしたら有利に話を進められるかもしれない。
私はこの隠蔽工作に没頭しすぎて、エレナが突然私の前に姿を現した時、彼女が1週間以上無断欠勤していた事にも気づいていなかった。
彼女の姿を見て私は、どうして最も警戒しなければいけない人物の事を失念していたのかと、この3日間で何十回目かの自暴自棄に陥っていた。
久しぶりに研究室に顔を見せたエレナはまるで別人の様だった。
あの、聡明で、活発で、本当に魅力的だった彼女とは程遠い、起動前のクローンと言ってもいい様な冷たさを全身に纏わせていた。
しかし今の私にはその違和感に囚われている余裕はなく、ただ偽りという名の弁明を、考えるより先に口に出していた。
「あ!あの…ツ…ツギコの事だけど…なんか、た、旅に出るとか言って…行き先も告げずに…で…出て行ったわ…どうしちゃったのかしらね本当に…あの子ったら…。」
「その嘘はすぐバレますよ博士。」私の挙動不審な態度と対照的にエレナは真っ直ぐこちらを見つめたまま、冷静に答えた。
「う…嘘だなんて…か書き置きもちゃ…ちゃんと家に…。」
「データベースの改ざんは完璧だと思われます。でもツギコの交友関係についてはどうしようもありませんね。」まるで私の隠蔽工作をずっと見ていたかの様な口ぶりに私は背筋が凍る思いをした。
「でもそれももうしばらくすれば、それほど問題ではなくなると思います。博士はそれよりももっと重要な出来事と重大な結果に関わる事になるのですから。」エレナの口ぶりは相変わらず一切の感情がなかった。
「一体何の話をしているの?」
「博士。私、東京に行ったんです。私もあの日、あの現場にいたんです。ツギコが自爆テロを起こした、あの場所に。」私の体から完全に血の気が引いた。
「彼女が計画を決行する話は聞いてました。博士に告白したあの晩。私は必死で止めたんです。だけど逆に別れ話を切り出されて…。そこへ博士が帰ってきて…。あれからツギコは出て行きました。日本へ行ったんです。
私、あんまり心配だったんでナノタグで追跡してたんですけど、東京へ向かった事はそれで知ったんです。何をする気かも分かってました。だから私、彼女の後を追ったんです。日本へ。私も。」
待って。それ以上言わないで。私は金縛りにあった様に固まって声も出せずにいた。
「日本の首相を狙っている事は分かっていました。決行の日時も、場所も。だから私そこで待ってたんです。彼女が来るのを。もしかしたら説得できるかもしれないって。でもダメだった。本当に一瞬の出来事で…私…見てる事しか…。」声を震わせるエレナ。
だけど彼女の表情は変わらず冷たい眼差しのままだった。その眼は私をみている様で、もっと遠い別の場所を見ている様だった。
「爆発が起こって、皆んな散り散りになりました。私は爆発のあった方へ、皆んなとは逆の方へ進んだんです。地面にはいろんなものが散らばっていました。
銃、靴、盾、燃えたSPや警官…。その中にあったんです。ツギコが。ツギコの一部が。多分、顔だったと思います。鼻みたいな形をしてたので。」
やめて。
「私はそれを手に取って、話しかけました。『願い事は叶った?』って。ほら。彼女、流れ星が好きだったでしょ?いつも願い事の話をしていた。日本と違ってアメリカは流れ星がよく見えるって。だからいっつも夜空を見上げてた。」
やめて。やめて。
「私、何故だか、そうしなければいけない気になったんです。そうしなければもう二度と、彼女と一つになれない。そんな気がしたんです。」
やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。
「私はツギコを食べました。」
私はまた吐いた。血が混じっていた。
「そうしたらね。それから見える様になったんです。この世の『揺らぎ』が。宇宙に混在する全ての可能性が。見える様になったんです。」エレナの視線はやはりここではないどこかを見ていた。
「それだけじゃない。過去も。未来も。実際には起こらなかった事も、起こったけど人知れず消えていった事も、あらゆる事象が、この宇宙には、同時に、重なって、揺らいでいる事が、分かったんです。」そこまで言って彼女は、初めて私を認識したかの様に、ハッキリと目を見据えてこう言った。
「博士。私も博士に見せる事ができます。ツギコが見ていた世界を。」
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それからの私は全てエレナの言いなりだった。
まず初めの数週間で指示された事は人口超知能の開発だった。失敗に終わったハビタブル計画とは全く別のプランを導き出す次世代AIの開発。
これが実現すれば、遥かにローコストで、遥かに短期間で目的を果たせると彼女は言った。
「目的?」私は尋ねた。
「ツギコの願っていた事です。でもそれは博士の願いでもあるんです。」
「分からないわ。私にはもう何もないのに…。」
「確かに今はそうですね。だけど必ずその時が来ます。もう既に未来は確定しているのです。大切なのはその結果を収束させるタイミング。それさえ間違えなければ必ず願いは叶えられます。」
その時の私にはエレナの言う事が全く理解できなかった。ただ、言われるがままに人口超知能の開発に携わるしかなかった。
エレナの導きは、私のこれまでの人生の中で培ってきた経験や知識が全く通用しない、考えた事もないものばかりで、正直、着いていくのに必死にならざるを得なかった。
エレナは本当に全てを見通していた。話す言葉に迷いがなく、指示も的確だった。かえって私が足を引っ張っている気にもなったが、彼女はそんな私の気持ちすら見通していた様で「これは博士が成し遂げなければ意味がないのです。先を続けましょう。」そう言われた事もあった。
この取り組みの中で私はニューロメモリの原型を思いついていた。もしも自分の意識を、コピーではなくオリジナルの意識をメモリに保存する事ができれば、ハビタブル計画の様な、冷凍睡眠技術に頼る必要がなくなる。
過酷な環境でも、気の遠くなる様な年月でも、安全に乗り切る事ができる。メモリさえ無事なら。そしてそれを受け入れる受け皿があれば。
宇宙の熱的死が観測されてから、特に富裕層の間でクローン素体の買い占めが横行していた。
不測の事態に備える為、クローンの「備蓄」がブームになっていたのだが、この頃のクローン産業は極端な寒冷化の煽りを受けて、傾き始めているのが現状で、倒産する会社も多かったのに、そこへ急激なV字回復が起こったせいで在庫が底をつき始めていたのだ。
クローン素体は今や非常食でもあった。それが手に入らないとなると、まず最初に被害が及ぶのは低所得者層や移民、難民等の貧窮層である。
しかし、ニューロメモリが普及すれば、食事の必要もなく、環境が回復するまで何万年でも待つ事が出来るのだ。資源を節約し、命を節約できる。全ての人が救済される。私は浮き足だった。
人口超知能開発を始めて4ヶ月経った頃、私は興奮気味に「エレナ!これはイケるわ!」とアイデアを持ちかけた。対して彼女は変わらず冷静にこう答えた。
「驚きました。これほど早くそこに辿り着くとは。流石は博士です。」
…そうか。これもお見通しって訳ね。
「ニューロメモリの開発も並行して行いましょう。但し使い方は博士が思っている方法とは少し違います。」
「違う?どういう事?」
「人口超知能が完成した暁には、ハビタブル計画とは全く別のプランを公表します。そのプランのキーアイテムとして使用するんです。」
「具体的に言って欲しいんだけど。」
「今、開発中の人口超知能は既存の量子コンピュータの計算速度を遥かに凌駕しています。その能力を基に、宇宙の熱的死を逆転させるんです。膨張を続けたエネルギーがゼロになる瞬間、カシミール効果を応用して広がりきったエネルギーを引き戻す。
つまりエントロピーを減少に転じさせ、宇宙の再生を人為的に始めさせる。地球の周辺に、独立した『閉じた宇宙」を作り出すんです。」
「…それで?」
「但しそのエネルギーの反転『ビッグバウンス』を起こす為には外側から莫大なエネルギーを加えなければいけません。
今の劣悪な地球環境ではこの計画の準備すら出来ない。
そこで既に開発が進められている火星に移り住み、完璧に整った設備を用いて宇宙の再生を図る。私たちはこれを『エクピロシス計画』と名付けます。」
「エクピロシス…。確か宇宙は周期的に炎によって破壊と再生が繰り返されるという話…だったかしら。」
「その通りです。私たちはその計画を実行する為に選ばなければなりません。この計画に携わる適切な人種を。それも相当数の。」
「適切な?専門家を集めるって事?」
「ある意味そうですね。エクピロシス計画には全て、上級国民を選抜対象とします。上級国民だけを地球から脱出させます。」
「階級で分けるという事?今のひどい環境で食うや食わずの生活をしている人たちを見捨てるって事?」
「見方によってはそうです。いや、そう思ってもらった方が都合がいいですね。」
「でもそれって完全に選民思想じゃない?ツギコが最も嫌っていたことよ。」
「選ばれた人種には重要な役割があります。」
「何よ?」
「『燃料』です。」
「ちょっと…。人を燃料呼ばわりってなんか物騒ね。」
「これは博士が言い出した事なんですよ。『寒冷化が進んで日々の食糧にも苦労している今のご時世、どこにそんな潤沢な『燃料』があるというの?』と。」
「まさか上級国民を燃やして暖を取るとか言うんじゃないでしょうね。」私は笑った。
「そうです。搾取する事しか能のない上級国民だけを選抜対象とし、今まで奪い続けてきた借りを返させる。それこそがこの計画の真の目的なんです。」エレナは無表情だった。
「あなた…何を考えているの?」
「私ではありません。今の段階ではどうしても逆説的になってしまいますが、これは本来博士のアイデアなんです。私はただ…そうですね。言わば『結末』を知ってる状態なだけなんです。」エレナはまたここではないどこかを見る目線になっていた。
「映画の結末は決まっている。でも、その映画が最後まで上映されるかはまだ分からない。その不確定な要素を一つの結果に収束させる。
その為にニューロメモリは非常に重要なアイテムになるんです。使い道は違いますが、結果的には人々を救う事になる。博士のアイデア通りになります。」
私は今、途方もない作業に従事している。この瞬間、初めてそれを感じた。そして身震いした。
「エレナ。私は…。」言いかけて私のナノフォンが着信を告げた。義眼を通して映し出されたディスプレイには「ゼノン・アマミヤ」の名が記されていた。
今週新たに着任した二代目ISMO長官。
それまでの経歴が一切不明という怪しい人物ではあるが、初代長官アレクセイ・ユージンが突如「勇退」を宣言した為、流石のISMOも面食らったらしく、その隙をついてどこか他所の組織がねじ込んできた人物らしかった。
いや。それがグローバルオーダーの仕業であり、アマミヤ長官の正体が元日本国総理大臣、尾崎明である事を私は知っていた。
ユージンの勇退というのも方便で、実際は根回しのやり過ぎで敵味方双方から疑惑の目で見られる様になり、身の危険を感じて雲隠れしたというのが実情だった。
まあそのおかげで私のクビ問題も有耶無耶になっていた訳だが、ここにきて遂に年貢の納め時が来たのかもしれない。私は今度こそ覚悟を決めた。ところが。
「ゼノン・アマミヤ長官からですね。」エレナが無表情に言った。「フフ。何でもお見通しね。」最近は私もこの感覚に慣れてきた様だ。
「予め言っておきますが、彼は元日本国総理大臣、尾崎明です。」前言撤回。心臓が止まる思いをした。
「取り敢えず電話に出てください。」
硬直した私の肩に手を置き、エレナは優しく言った。ハッとしてナノフォンのスイッチを押す。
「アマミヤです。少しお話があるのですが博士。お時間よろしいでしょうか。」慇懃な声が耳元で囁く。
「すぐ参ります。」私は努めて冷静に返した。
「行ってくるわ。」エレナに伝えると「今回もクビの話になりますが、粘ってください。新しいプランとAIがもう間もなく完成するので、プロジェクトに残して欲しいと懇願してください。データ改ざんの際に掴んだ、グローバルオーダーの話なんかすればポイント高いと思います。そうすると最後、驚く話が聞けますよ。」
「何よそれ!今言ってよ!」
「お楽しみですよ博士。」エレナは屈託なく言った。それは何だか久しぶりで、懐かしい感覚だった。
第十九話に続く
*今回の引用元「シビル・ウォー アメリカ最後の日」(2024年の映画)




