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第二章 罰編 第十三話「エンタングルメント」

「警告。18階デフコン・デデッキで異常な…ググ群衆行動を感知。即時制御フェイズへ移ココ行します。速やか…に退避シシして下さい。」リルの無機質なアナウンスが船内に流れる。


50層からなるノアズアーク全ての主要通路、各フロアが、隔壁により寸断される「緊急遮断プロトコル」が発動されていた。


金属がねじれるような低音とともに、床下から隔壁がせり上がり、通路を寸断していく。通常時には床面に収納されていたそれらは、ナノ構造体が自己展開し、わずか2.7秒で完全封鎖を完了。半透明の液晶シールドがその内側で波打ち、熱・音・振動を遮断する。


一部の隔壁は可変密度材でできており、衝撃吸収と耐火機能を兼ね備えている。フェイズロックは、単なる遮断機構ではない。リルがリアルタイムで人の動きを監視し、「暴力性」や「興奮値」のしきい値を超えた区域を即時に切り離すのだ。


「隔壁が降りた!クソ、こっちに来い!急げ!」

数名の乗員が走り抜けようとするが、最後の一人が間に合わず、カチンという音とともに鋼鉄の壁が閉じきる。通路の向こうから聞こえてくる怒声も、激突音も、まるで異空間の出来事のように遠くなる。こうして方舟は今や巨大な牢獄へと変貌した。一部の空間を除いて。


唯一、隔壁のない空間。それはシャトルポッドのトンネルである。万が一の場合、シャトルポッドそのものが脱出機になる為、その通路となるトンネルは非常事態でも隔壁が降りる事はなかった。


 今、そのトンネル内にも悲鳴に似たアラート音が響き渡っていたが、すぐに別の物音にかき消されてしまった。


初めは微かな金属の擦れる音だったものが、徐々に複数の機械がぶつかり合う音に変わり、やがて耳を弄する程のうねりを伴った轟音へと変貌していった。


音の主は想像もしていないものだった。


挿絵(By みてみん)


リトルドッグ。整備、補充、清掃等船内のあらゆる雑務を一手に引き受ける四足歩行ロボット。それが今、数千機の大群となってシャトルポッドのトンネル内をよじ登っていた。


正面に取り付けられた複数のステレオカメラの怪しい光と、マットブラックの機体をひしめき合わせながら進む様はさながら昆虫の群れを思わせ、この大群は意志も感情もなくただひたすら本能に従って前進を続けているかの様だった。


押し寄せる黒い波の様な群れの中に、明らかに異質で巨大な機影が一つ、その姿を現した。

「ビッグドッグ」。火星探査用に準備された非戦闘型無人機の筈だったがその無骨な背中には、信じられない事に1人の人物が跨っていた。


それはマックス・ブレナンだった。彼は本来、人が乗るべきでない場所で、表情をこわばらせたまま無人機の背中にしがみついていた。

その後方でもう一機のビッグドッグが同じ様に人間を1人背中に乗せて、マックスの後を追っている。


その人物はヴィンセント・クルーガー。


エグゼクティブラウンジから剥ぎ取ってきたゴヤの「我が子を喰らうサトゥルヌス」の絵を旗のように振りかざしながら、ナノフォンで誰かと話をしている。


「そうだ!準備が整い次第決起しろ!そうだ!ブレナン氏も一緒だ!我々にこそ義があるのだ!まずは上級居住区域を制圧しろ!我々は本丸に向かう!リトルドッグはインサイトでコントロール出来る!スタンスパイクを使え!


いや。そのまま突っ込ませて殺す事も出来る!移動はシャトルポッドのトンネルを使え!フェイズロック対策だ!そう!プランはまとめてインサイトで見れる!そうだ!号令を出すんだ!」彼の目は完全に常軌を逸した光を放っていた。


どうしてこんな事になったのか。本当にこれが私の求めていた事なのか?マックスは自分の正気を疑っていた。


「あいつに関わるべきではなかったのか…今更言っても遅い事だが…」誰に言うでもなくマックスは呟き、数刻前の事を思い出していた。


**************************************************


「私です。返事はいりません。そのまま聞いてください。近いうちにバーニング・フラッグの構成員があなたに近づいてくるはずです。何を言うか見当はつくと思いますが、全て受け入れてください。話に乗るのです。そうすればあなたが求めていたものに辿り着ける。今度はどこにも行かない様に。」


**************************************************


エクソダス・アームダ福利厚生総監アレクセイ・ユージンからの一方的な連絡が入ったのはマックスがエグゼクティブラウンジにいる時だった。アレクセイの話す人物が今、正に目の前にいる事にマックスは心臓が止まる思いをしていた。


ヴィンセント・クルーガー。ノアズアーク保安統括官。まさかこいつがバーニング・フラッグだったとは!


マックスはかつてエクピロシス計画を批判した事で失脚し、職を失うどころか人生の全てを奪われていた。そして、自分をどん底に突き落とした張本人、トウコ・アマミヤ博士を激しく憎悪していた。


復讐の鬼となり、恨みを晴らす事だけを生き甲斐としていた彼が最初にした事は当時、反体制派で構成されたテロ組織「バーニング・フラッグ」のメンバーに接触する事だった。


報道特派員として培ってきた経験を活かし、反体制派として猛威を奮っていたバーニング・フラッグに自分が知る限りの情報を流す事で、エクピロシス計画を潰す。


そうする事で自分の汚名が雪がれる。マックスは決して自分の素性は明らかにせず、一「情報屋」として、第三者の立場でひたすら仇敵の撲滅の為暗躍した。そうして自身の名誉を、民衆目線で公平に回復しようとしていた。


エクピロシス計画に関する重要拠点の情報を入手したバーニング・フラッグは世界各国で自爆テロを敢行。その攻撃の正確さに世界の高官、特権階級、選抜者達は戦慄した。そんなある日、マックスにとある人物が近づいてきた。それがアレクセイ・ユージンだった。


当時、欧州連邦の首相を務めていたアレクセイが何故、自分の様な落ちぶれた人間に接触してくるのか。まさかテロ組織との繋がりに気づいたのか。マックスは警戒したが、アレクセイの発言は意外なものだった。


「あなたの望みを叶えてあげましょう。」アレクセイはマックスのこれまでの行動を、どういう訳か全て把握していた。その上で協力を申し出てきたのだった。


「破壊活動幇助の証拠を当局に提出して、あなたを逮捕する事は簡単だ。だがそんな事をして何になる。地球が破滅しようとしている今、人々が求めている事は『真実』だ。本当は何が起こっているのか。上級国民は何をしようとしているのか。それを明らかにする事で初めて人々は真に取るべき行動に気がつける様になる。


あなたが求めている事、それは全ての虐げられた人々が求めている事でもあるのだ。あなたは正しい。遠慮なく、積極的に、やるのです!私はあなたの『スクープ』を期待している。」


アレクセイもまた、マックスに持てる全ての情報を提供し始めた。その結果、世界41ヵ国の宇宙船発射基地の詳細な情報がバーニング・フラッグの手に渡り、集中的な攻撃が開始される事になる。この波に非選抜者達も同調し、やがて第三次世界大戦へと発展、人類を二分した戦いが始まる。


素性を隠していた筈のマックスは知らぬ間に戦争を仕掛けたフィクサーとして、テロ組織の指導者として、公平に、民衆の口の端にのぼる存在になっていった。


だがそれはマックス本人にとっては本意ではなかった。あくまで個人的な恨みから行動を起こしていたつもりだったのに、気がつけば「革命の人」として、大義を背負った人物として祭り上げられていたのだ。


自分は本当はどうしたかったのか?世界大戦にまで膨れ上がった人類の争いを前にしてマックスは自分の行動に迷いが生じてしまった。そしてそれまでの反体制派活動の一切から手を引き、雲隠れする。した筈だった。しかし悪魔は彼が一線から退く事を許さなかった。


アレクセイが彼の所在を突き止め、更なる責務を突きつけてきたのだ。


ISMOから、方舟の乗船権となる「アークパス」のコードをマックスのナノタグに送信してきたのである。しかもそれはアメリカ大統領の認証コードだった。


基本的にアークパスはIDと同義であり、コピーや偽造は不可能とされている。それなのに何故、自分の元に大統領名義のIDが送られてきたのか。この計画は一体何を目的としているのか。自分は一体どんな陰謀に巻き込まれているのか。


追い詰められたマックスが唯一、救いを求められると思った人物、それは他ならぬ、トウコ・アマミヤ博士だった。


彼女だけが、今自分が置かれている状況を正確に説明出来る唯一の人物だ。もう一度、もう一度だけで良い。彼女と話がしたい。マックスは船に乗った。


それが何故。今、自分はこんな所にいるのか。自分は本当はどうしたかったのか。後ろではヴィンセントが狂った演説を続けている。自分も狂いそうだ。いや。いっそ狂ってしまえばどんなに楽か。


もつれにもつれた糸が解ける見込みなど、カケラも感じられず、マックスは途方に暮れていた。

リトルドッグの群れは目的の場所、セントラル・デッキを目指し、ひたすら行進を続ける。


**************************************************


50層からなるノアズアークの41階から45階は「上級居住区域」と呼ばれ、いわゆる特権階級の居住区、サロン、リラクゼーションエリア等が完備されていた。


なかでも41階のハイ・ガーデンはフロア全体が公園として整備されている。ノアズアークは1フロア、30万平方メートルあり、一般的な都市部の数ブロック分に当たる広さがある。


今、その広大な公園は避難しようとしている上級国民で溢れかえっていた。アラートはこのフロアでも鳴り響いており、狼狽えた人々が上級国民専用の特別なシャトルポッドに乗ろうと、搭乗口に大挙して押し寄せていたのだ。


「みなさん、まずはリロケーションのプロセスをオーガナイズしますので、ステークホルダーとしてのマインドセットをしっかりホールドしてください。」これだけ多くの避難民がいるにも関わらず、誘導を担当するのはたった1人。アレクセイ・ユージンだった。ナノフォンを公園のスピーカーに接続して、先程から人々を励まし続けている。


「サバイバビリティをマキシマイズするために、コミュニティベースのエンパワーメントがキーになります。ディザスターリカバリーのフレームワークをインプリメントしながら、インクルーシブなアプローチで進めましょう!はいそこ!列からはみ出さない!」


「テロリストはシャトルポッドのトンネルを使って攻め込んできてるって聞いたぞ!ここは大丈夫なのか!」1人の貴族風の人物がアレクセイに詰問した。


「最新のデータによると、プライオリティをアラインして、リソースのディストリビューションを最適化していますね。」タブレットを見ながら答えるアレクセイ。


「こっちは大金払ってるんだぞ!なんでこんなに待たせるんだ!せっかく助かったと思ってたのに!」軍の高官らしき老人が抗議する。


「私の財産は保証されるんでしょうね!1つでも傷がついたら訴えるわよ!」子犬を抱いたマダムが子犬以上に吠えている。


「まず、ディープブレスしてください。エモーショナルなリアクションはナチュラルですが、ここはコンストラクティブなダイアログでソルブしましょう。」軽く受け流すアレクセイ。


「ほら。到着した様です。皆さん順番にお進み下さい。」


見ると3台のシャトルポッドが搭乗口に滑り込んできた。磁気浮上式のこの乗り物は通常タイプは青のカラーリングを施しているが、ここ、上級居住区域を走るシャトルポッドは金色の特別仕様だった。50人乗りの大型機で路線も特別なルートが割り当てられている。


このポッドは非常時の際、一気に最下層の緊急脱出システム「ターミナス・デッキ」まで降りる事ができる上に、これ自体を脱出機として船外に射出する事も可能だった。「さあ。進んで進んで。押さない様に。」


猫なで声で誘導するアレクセイだったが、上級国民達は我先にポッドへ乗り込み、アレクセイの事など見向きもしていなかった。その様子を確認するとアレクセイは静かにその場を離れ、とある建物の中へ入って行った。


そこはヨハン・アーカート専用のエグゼクティブフロアが入った建物だった。アレクセイはまるで勝手知ったる我が家の様に、なんの迷いもなく奥の部屋へと進み、目的の場所へ辿り着いた。重々しい扉が目の前にあった。


アレクセイは少し周りを見渡し、すっかり無人になっている事を確認してから、右手に埋め込んだナノタグを操作した。どこからともなく監視用ドローン「リトルバード」が飛んでくる。アレクセイはその場を離れ廊下の角から様子を伺う。

リトルバードは勢いを増して廊下を突っ切るとそのまま扉に激突した。


小さな爆発が起こり扉は周りの壁ごと部屋の内側に倒れてしまった。かなりの衝撃と爆発音がしたが上級国民達は皆、脱出した後でありハイ・ガーデンには誰一人残っていなかったので、この騒ぎを知る者はいなかった。涼しい顔をしてアレクセイは部屋の中に入ったが、一瞬ギョッとして思わず立ち止まってしまった。


部屋の作りが豪奢だった事に驚いた訳ではない。最初に入ったリビングの中央に首なし死体が転がっているのを発見したからである。


しかしそれはよく見てみるとロボットだった。ちぎれた首の断面から配線が飛び出している。


悪い冗談だ。肝を冷やした事に若干の苛立ちを感じながらアレクセイは屈んでそのロボットをじっくり観察してみた。当初の目的としては、人気のいなくなった上級居住区域で、何かめぼしい情報はないか物色して回るつもりだったのだが、まさかこんなものに出くわすとは。


目線を壁に移すと、このロボットの頭部らしき物が壁にめり込んでいるのを見つけた。その顔は紛れもなくアマミヤ博士だった。


「これはこれは…。」我知らず独り言を呟くアレクセイ。


ヨハン・アーカートの部屋で、一体何が行われていたのか。これはとんでもないネタを掴んだかもしれない。ふと見ると、ロボットの首の付け根に起動中のニューロメモリが刺さったままになっている事に気がついた。


「けしかけるのが少し早過ぎたかとも思っていたが、予期せぬポジティブなシンクロニシティが私のライフジャーニーに訪れた様だ。」言いながらニューロメモリを引き抜く。


「このチャンスをマキシマイズして、次のステージへとセルフアップデートしていくモチベーションが湧いてきたな。」


自分が舌なめずりをしている事に気がついていないアレクセイだった。

              

               第十四話に続く


*今回の引用元「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997年の映画)

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