宇宙に行きます!
このニコニコ惑星は、もうすぐ破壊されてしまうそうです。少し、政治的な話になりますが、先日の宇宙会議で、ニコニコ惑星には生産性がないという結論が出ました。だから、会議の末、ニコニコ惑星は、星の住民ごと破壊されてしまうことになったのだそうです。悲しいことですが、政府の決定には逆らえません。
「アリサ、ハイナハイナ!」
「あ、ユキちゃん、ハイナハイナ」
席に着いたら、ユキちゃんが話しかけて来ました。ユキちゃんは、私の親友です。ニコニコ星人には、緊急渡星禁止令は関係ありません。だから、爆破が決まっても、こうしてちゃんと会うことができます。それは、とても素敵なことだと思います。
「あれ、マリネちゃんはいないね」
「仕方ないよ。渡星人の生徒は、みんな緊急渡星禁止令で来られなくなったから」
「そっか、マリネちゃんは、タガイ星からの渡星だもんね......」
ユキちゃんは、少し寂しそうな顔をしています。渡星人の生徒は、自分の星に強制送還されました。緊急渡星禁止令で、ニコニコ惑星への渡星が禁止されたからです。席も、三分の一くらいは空席です。でも、みんなニコニコ。それがニコニコ星人だからです。だから、学校も授業も、いつも通りあります。
「昼休みは外でお弁当食べよっか」
「そうだね。今日は天気いいもんね」
カーテンの揺れる窓から、冷たい朝の風が吹き抜けていきます。隙間から見える晴れた空は、美しい黄金色をしています。思わず見惚れてしまいます。
お昼休み、約束通り外でお弁当を食べた後、ユキちゃんは放送部のお仕事に行きました。私は、ひとりで風に吹かれています。気持ちいい。遠くの木の枝で、小鳥がチュンチュ鳴いているのが聞こえます。
「おい」
「きゃっ!?」
突然、誰かに声をかけられて、ビックリしました。振り返ると、そこには男の子が立っていました。見たことのない子です。制服を着ていないし、頭のアンテナがありません。緊急渡星禁止令が出ていて、ニコニコ星人以外はいない筈なのに。
「お前、ひとりで何をしている」
「け、景色を見ていたの」
男の子の口調は、とても冷たい。そして、鋭く私を睨んでいます。いや、睨んではいないかもしれないけど、ちょっと怖い目つきをしています。
「あなたこそ、ニコニコ星人じゃないみたいだけど、ここにいて大丈夫なの?」
私は尋ねました。男の子は黙っています。黙って考えているのか、ただ単に睨んでいるのか分かりません。こんなに人の気持ちが分からないのは、初めてのことです。
「景色を見て、何を考えていた」
男の子は、質問に答えませんでした。しかも逆に質問をされました。何をって、えーっと。
「空は綺麗で、風が気持ちよくて、小鳥が鳴いていて、今日も幸せだなって、思ってたの」
「もうすぐ殺されるのにか!?」
「きゃ!」
男の子は、血相を変えて言いました。私は急に大声を出されたので、ビックリして、座っていたところから落ちそうになりました。流石にそれを見て、男の子も悪いと思ったのか、今度は、息を整えてゆっくり話し始めました。
「お前たちは、もうすぐ星ごと破壊されてしまうんだぞ。そんなときに、なぜ幸せだと思っていられるんだ?」
「し、幸せだと思っちゃいけないの?」
咄嗟に、私も質問で返してしまいました。困らせちゃったかな。男の子は一瞬戸惑って、それから言いました。
「俺はエージェントだ。別の星から来た」
「え?」
どういうことだろう。エージェント?よく分かりません。緊急渡星禁止令で、ニコニコ惑星と他の星は行き来できない筈なのに。男の子は私の顔を見て、ハアッとため息をつき、それから続けました。
「つまり、スパイだよ。お前たちのな」
「どういうこと?私たちをスパイしてるの?」
「正確に言うと、今からお前を拐う」
「ええ!?」
スパイ!スパイに拐われる!?でも、なんで私なんて拐うんだろう。やっぱり、よく分かりません。
「詳しいことは宇宙船で話すから、とりあえず黙って拐われてくれ」
男の子は私の腕をガッと掴んで、無理やり立ち上がらせました。もしかして、このまま宇宙船に行くの?ど、どうしよう。
「あの......」
「なんだよ」
「このまま、宇宙船に乗るの?」
「そうだ。断る権利はない」
「いや、断るわけではないけど、その......お手洗い行ってからでもいい?」
「......早く言えよ」
私たちは、ニコスパ・ジャンボに来ました。通称ニコスパは、ニコニコ惑星で唯一の温浴施設です。すごく広くて、施設内にはたくさんの温泉があります。来るだけでワクワクする、遊園地みたいなところです。え、でも、なんでこんなところにいるの......
「まずは腹ごしらえだな」
「ちょっと待ってよ!宇宙船に行くんじゃなかったの?」
「お前がお手洗いにと言ったんだろ」
「いや、ここはお手洗いじゃなくて......確かにトイレも行けたけど」
「トイレってのはバスルームだ。バスルームってのは温浴施設だ」
「そ、そうなのかなぁ......」
彼の言うことは、よく分かりませんでしたが、とりあえず、宇宙船に直行じゃなくて安心しました。
「お、瓦そばがあるぞ!俺、瓦そば大好きなんだ。行くぞ......えっと、名前何?」
彼は、瓦そば屋に走りそうになりながら尋ねました。もう、顔に瓦そばと書いてあります。
「わたし、アリサ」
「そうか、じゃあ、アリサ。瓦そば食うぞ!ちなみに、俺の名前はパイポのシューリーガンだ。もちろんコードネームだがな」
「うん、よろしくね、パイポ」
私が笑顔で答えると、パイポは急に目つきの悪い顔に戻って言いました。
「......お前、拐われ中ってこと、忘れるなよ」
あ、そうだった。お店の中はがらんとしていました。薄暗い店内。ちょうどお昼時なのに、カウンターにも座敷にも、誰もいない。あれ、空いてるのかな?
「ハイナハイナ」
そう思ったら、奥から着物を着たお婆さんが出てきて、とっても丁寧にお辞儀をしました。
「お二人様ですか?ではこちらのお席へどうぞ」
お婆さんは、他にお客さんはいないからと、角の一番いい席に案内してくれました。
「誰もいないね」
「当たり前だ。瓦そばは地方の食べ物だからな。タイヤグミと一緒だよ。他の奴らは口にしただけで吐いちまう」
「そうなの?美味しいのに」
すると、お婆さんがメニューを持ってきて言いました。
「そうですね。ただ、渡星人の方には、瓦そば好きな方もたくさんいらっしゃったんですよ。でも......店は今日で、畳もうと思います。私ももう歳ですから」
お婆さんは笑顔で微笑んで、よたよたと厨房へ戻って行きました。メニューは手書きで、いかにも昔の良いお店って感じです。単品の他に定食などもあって、どれも美味しそう。
「俺は、豪快瓦そば定食にするぞ。お前は?」
「私はいいよ、お弁当食べたばっかりだから。お金も持ってないし」
「そうか。じゃあ、俺が頼むやつを一緒に食おう」
「うん」
「瓦がお熱くなっておりますので、お気をつけくださいませ」
「あちっ」
「瓦を見てそれをやる奴は馬鹿だ」
冷たい目で睨みつけられました。確かに、やるべきではなかったです。話題を変えた方が良さそう。
「パイポは、なんで私を拐うの?」
「うおー!美味そう!」
パイポは、もう瓦そばしか見えていないみたい。あつあつの瓦の上で、ジュウと音を鳴らしながら焼ける茶そば。その上に綺麗に並べられた、色とりどりの具材。確かに、これは話を聞く暇もなさそうです。お弁当食べたばかりなのに、なんだか、私もお腹が空いてきました。
「ほれ、お前の出汁」
私が見惚れていると、パイポが出汁の入ったお皿を渡してくれました。
「わあ!ありがとう!」
もはや、誘拐の話はどうでもよくなってきました。瓦そば、食べる!
「いただきまーす♪」
「お前を誘拐するのは、ニコニコ惑星を救うキッカケを作るためだ」
私が箸で麺を掴もうとしたとき、パイポは神妙な口調で話し始めました。え、今!?先に瓦そば食べたい。
「俺は革命軍のスパイとして、このニコニコ惑星にてニコニコ星人を......」
瓦そばが、私の箸の先で美味しそうに湯気を立てています。先に瓦そばを食べたい。
「ニコニコ星人は、この度の会議に参加しておらず、にも関わらず政府は強引に......」
「うん、瓦そばが食べたいです......あっ!」
しまった!相槌のつもりが、つい心の声が出てしまいました。恐る恐るパイポを見ると、もの凄い目で私を睨みつけています。
「お前、ひとがお前らのために闘ってるってのに!!」
グゥ〜。そのとき、情けない音が店中に響きました。パイポのお腹の音です。私が笑うと、パイポの表情が崩れて、みるみる顔が赤くなっていきます。
「......まあ、先に、食うか」
パイポは、恥ずかしそうに瓦そばを食べ始めました。私もようやく箸を動かせました。あつあつの麺を、具と一緒に出汁につけて頂きます。うん!ちょっと喋ってる間に、麺がパリッとなってて美味しい!私たちは、瓦そばをあっという間に平らげてしまいました。
お店を出て、私たちは宇宙船へ......行かず、温泉に入ることにしました。と言うのも、この時間は宇宙船の事故が多いので、警察の見張りも厳しく、今すぐに飛べないのだそうてす。それなら、折角だし温泉に行きましょと言ったら、渋々承諾してくれました。
「ふぅ〜気持ちいい〜」
お湯はちょっぴり熱い40℃。じわーっと温かいです。それにしても、なんだろう?この「内省の湯」って。やけに広々していて、のんびりくつろげます。いい気持ち。すると突然、水の中から、私と同じくらいの女の子がひょこっと出てきました。
「うわあ!びっくりした!」
女の子はじっとこっちを見つめています、って、わたし!?わたしが見てる!女の子は、私と同じ顔をしていました。というか、私そのものです。どうして、わたしが温泉の中から......?
「ハイナハイナ、わたし」
「ハ、ハイナハイナ......」
恐る恐る、挨拶をしました。でも、わたしなんだから、特に警戒しなくてもいいのかも。
「ねえ、あのパイポってやつ、信用できるかな」
「私は疑ってないよ。とても真剣そうに見えるし」
「でも、わたしを誘拐してるんだよ。普通、信用できる人がそんなことする?」
「でも、別に悪いことされたわけじゃないし」
「これからされるのかもよ」
「そんなの、まだ分からないよ」
私は言いました。でも、実際、本当に信用できるかなんて、分かりません。誘拐した理由だって、ニコニコ星人を救うキッカケだって言ってたけど、どうして私なのかも分からないし。
「やっぱり、不安なんだね」
わたしは私に、慰めるように言いました。そして、お湯の中で、私の手をぎゅっと握りました。
「大丈夫。彼が信じられなくても、私が私を信じればいいんだよ。いつだって、私は私の味方だよ」
そう言うと、わたしは湯気の中に消えて行きました。ふと気づくと、私は心の中まで温かくなっているのに気づきました。
「ふぅ、そろそろ出ようかな」
私は時計を見ました。湯気で霞んでよく見えないけど、待ち合わせまで少しあります。
「あと5分〜♪」
もう少し、温まって行くことにしました。長風呂は結構好きです。
「もっと速く走れ!」
「そんなあ、折角温泉に入ったのに汗だくになっちゃうよ」
「お前が長風呂し過ぎなんだよ!」
私たちは山道を必死で走っています。というのも、私、お風呂で寝ちゃったらしくて、集合より1時間も遅れてしまいました。それで、急がないと安全に出発できる時間に間に合わなくて、それで......
「あっ!」
ドサッ!
「おい、大丈夫か!」
「い、イタタ......」
痛い......転んじゃった。走るのに夢中で、足元の木に気づきませんでした。ああ、結構痛いな、走れるかな。
「うわ、すごい腫れてるじゃないか」
パイポが私の足を見て言いました。どうしよう、急がなくちゃいけないのに。パイポの顔を見たら、青ざめていました。私もそれを見て青ざめそうでした。どうしよう、宇宙船が無事に発進できなかったら......
「これで少しは楽だろう」
「うん、ありがとう」
パイポは、服に川の水を染み込ませて、足に巻いてくれました。見上げると、もう日が暮れかけています。
「あっ、ごめんね。じゃあ行こうか」
「馬鹿!」
私が立ちあがろうとすると、パイポが怒鳴り声を上げました。あまりに大きな声で、近くの木に隠れていた鳥が、バタバタと一斉に飛び立ちました。
「動くんじゃねえ!それで歩けるわけないだろ!」
「え?」
私はてっきり、転んだことに怒って、早く走れと言われるんだと思いました。でも、パイポは真逆のことを言いました。鳥の羽ばたきがやっと収まりました。西陽の陰で、パイポの顔は見えなかったけど、物凄く真剣な顔をしているのは、見なくても分かります。
「......ホラ、乗れ」
「......あ、うん」
パイポはゆっくりと、歩き出します。一歩一歩、落ち葉を踏み込む感触が、背中から伝わってきます。自分で歩いてないのに、歩いて前に進んでるって、変な感じ。でも、とても落ち着くというか、安心します。
「ちょっと、揺れるぞ」
「......うん」
パイポは、私を背負ったまま、器用に山の斜面を登ります。しっかり掴まらないと落ちちゃう。パイポの踏んだ地面から、土が下にバラバラと落ちる音が聞こえました。陽はどんどん暮れて、もう月明かりだけが頼りです。それでもパイポは、足取り軽く進んでいきます。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
普通なら大丈夫じゃないかも知れません。今だって、怖くないわけではありません。でも、なぜだろう。怖いのに、怖くない。なんだかとっても、ワクワクするような、そんな気分です。
「お前、最初に言ってたよな」
「え、なに?」
山道を、徐々に速度を上げて歩きながら、パイポが言います。
「幸せだと思ってたって」
ああ、さっき、昼休みに校庭で話したときのことか。
「うん、言ったね」
「お前、今でもそう思うか?俺に拐われて、転んで、怪我して。それでも、そう思うか?」
パイポは、こんな暗い中も、淡々と障害物をかわして行きます。でも、話の仕方はとても慎重で、歩く速度と正反対にゆっくり、重いのを感じました。
「......うん、思うよ。もちろん、拐われたり、怪我をしたりするのは嫌なことだけど」
「宇宙船が見えてきたぞ」
パイポがそう言うのと同時に、私も合金に月明かりが反射しているのを捉えました。あれが宇宙船......三角形の赤い屋根、水色の細長い胴に丸い窓、青い裾広がりの羽。なんというか、ザ・ロケットです。パイポは、ポケットからリモコンのようなものを取り出し、宇宙船の扉を開けました。
「ここから先は、俺たちの基地に着くまで、少し危険な旅になると思う。帰るなら今のうちだぞ」
私は自分で歩けないから、このまま宇宙船に乗せられたら、本当に誘拐です。私は聞いてみました。
「帰りたいって言ったら、帰してくれるの?」
彼は一瞬考えて、そして、答えました。
「......俺はお前を拐ってんだぞ。帰すわけないだろ」
「じゃあ、聞かないでよ」
でも、私も帰りたいだなんて思っていません。パイポについて行くって、もう決めたから。宇宙船のドアが、ゆっくりと閉まります。おぶったまま、パイポは私の体をぎゅっと持ち直しました。
「......嫌なときは、嫌ってはっきり言えよ」
発進レバーに手を手をかけたまま、パイポは私にそう言いました。まさか、まだ迷ってるの!?私はパイポの手を押し除けて、後ろから無理やり手を伸ばしました。
「発進!」
「ちょっ、お前っ!?」
グウィーン!宇宙船は、私がレバーを倒した瞬間、一瞬にして飛び上がりました。宇宙の旅の始まりです!