4-2
「そう言えば、昨日の夜の続きをお聞きしてもよろしいですか?」
キッチリとメイド服に着替えて心の平安を取り戻した私は、向かいに座って食後のコーヒーを飲んでいる主に声をかけた。
「ああ、その話、・・・だね」
カップを置きながら、主の顔からすっと、全ての表情が消える。
整った顔から表情が消えると一種独特の迫力が出る。
一瞬、飲まれかけて、息を飲みこみ持ち直す。
「ごまかされませんからね、主様」
ジッと見つめ返せば、しばしの沈黙の後、へにゃりと主の眉が下がる。
やっぱりごまかそうとしてたな。
「早苗は、私の仕事を知ってるかい?」
渋々と話し出した主に、はて?と首をかしげる。
「古文書の研究や新たな魔法の開発でしたっけ?」
確かそんな風なフワッとした説明を聞いた気がする。
「そう。その古文書の中に、過去の愛し子の文献もあるんだけど、その中には、解明されてない言語で書かれた愛し子の手記、なんかもあるんだ」
「………解明されてない、言語?」
突然の情報にドキドキと心拍数があがる。
そんな私をみて、何を感じたのか、主が少し困ったように微笑んだ。
「もしかしたら、早苗と同じ世界から来た人がいるかもしれない。そうでなくても、愛し子はあらゆる文字の自動翻訳が恩恵として持っているはずだから、読めると思う」
ゆっくりと言葉を探すように話しながら、主様はジッと私を見つめる。
「……何が書いてあるのか、私には分からない。けれど、その中に早苗の欲しい情報が、あるかもしれない」
ゴクリと息を飲む。
私の欲しい情報………。そんなのひとつしかない。
「前に、早苗に言った「帰り方は分からない」って言葉は嘘じゃない。ただ、過去の愛し子の中に、ある日突然居なくなった人がいる。まるで……消えてしまったかのように」
「愛し子の手記!見たいです!」
思わず立ち上がり叫ぶ。
突然目の前に差し出された希望に興奮していた私は、その時、主がどんな顔をしてたか、気づくことができなかった。
その事を後悔するのは、少し後の事。
主の仕事場に来たのは初めてではない。
お仕事に没頭しちゃうと寝食を忘れがちな主を、引っ張り出すのも私の仕事のひとつだったり、したから。
半地下にあるその部屋は、大きな物書き机と、よく分からない道具がゴチャッと置かれた大きな作業机、そして壁一面を埋め尽くす大きな本棚が主張する場所だった。
てっきり、その本棚に件の手記があると思っていた私は、本棚の前に主様が立った瞬間、音もなくスライドした本棚にポカンと口を開けた。
いや、だって壁一面を埋め尽くす巨大本棚がスゥと横に動いたんだもん。
ビックリするでしょ。
ちなみに埋め尽くしてたのにどうしてスライドできるんだって?
動いた分は横の壁にめり込む?吸い込む?感じになってたよ。
流石魔法のある世界。なんでもありだな。
「早苗?」
固まる私に、本棚の後ろから現れた扉を開けていた主が不思議そうに振り返った。
その顔に、はっと我に帰り、慌てて主に駆け寄る。
「すみません。予想外の動きについ。こんな扉があったんですね」
「ああ、そういえばここを見せるのは初めてだったね。一応機密扱いの本もあるから、厳重なんだよ。今は、私と父以外には開けないようになってるんだ」
大袈裟だよね、と笑う主に、追いかけて扉を潜ろうとした足が止まる。
「………それって、私が入って大丈夫なんですか?」
「私が許可してるから大丈夫。まあ、流石に1人では入れてあげれないけど」
あっさり頷かれたよ。
………まぁ、悪用するとか、ないし。
うん。考えたら負けだと思う。
先に立って歩く主の背中を追いかけて階段を降りる。
灯りらしいものはないのに、ほんのりと明るい。
よくよく観察してみたら、壁とか階段自体がほんのり発光してた。
どうなってんの、これ?
「石自体が発光する特別な鉱石で作ってあるんだよ。ここにあるのは書籍が主だから、火気厳禁なんだ」
壁をペタペタ触って首を傾げてたら、主様がくすくす笑いながら教えてくれた。
魔法でどうにかしてるんだと思ったら、まさかの不思議鉱石だった。
ファンタジー!
変な感動を覚えつつ、キョロキョロしながら降りてたら、突然フワリと抱き上げられた。
なにごと?!
「主様?!」
「だって、気もそぞろだから、足滑らせそうで怖くって」
ニコリといい笑顔でそんなこと言ったって、誤魔化されませんよ?
何が楽しいのか、隙あらば抱き上げようとするのだ。
体小さくても大人なので、恥ずかしいから断固拒否!の姿勢なんだけど、3回に1回は押し切られてしまう悲劇。
え?確率高い?
自覚はあるけど、なんでか丸め込まれるんだよ?
誰か対策教えておくれ……。
「はい、到着」
今回も、あわあわしている間に階段を降り切っちゃうし。
そうしてついた先は、10畳ぐらいの部屋で壁2面が本棚。
そして机と椅子。
なぜか角の方に座り心地の良さそうなデッカいソファー。
あれ?なんか一角に不思議なものが……?
ていうか、なんか見覚えがあるんだけど??
「早苗が来るから、とりあえず部屋のソファーを持ってきたんだけど、気になるなら、他のを搬入するよ?」
はい。
まさかの主様の部屋のソファーが移動してました。
なんでだ?!
てか、いつのまに?!
一瞬突っ込みたい衝動にかられたけど飲み込んだ。
時間は有限なのだ。
不毛な会話に費やすのがもったいない。
というか、こんなことのためにわざわざ新しい家具を購入するのももったいないし。
だって、王族が使う家具だよ?絶対お高いに決まってる。
「・・・・これでいいです。ありがとうございます」
「そう?遠慮しなくていいんだよ?」
包み込むような笑顔は美しいですが、言ってることは単なる甘やかし。
主様、ペットとか飼ったら、絶対貯金つぎ込んじゃうタイプだと思う。
「それより、日記、見たいです」
はよ。
手を差し出して主張すれば、スイっと逸らされる主様の目。
やっぱり、時間稼ぎだったか。
なんか分かんないけれど、ずいぶん渋るなぁ。
「とりあえず、早苗が使ってた言語と同じと思われるのが、これと、これ」
じっと見つめたら、小さくため息をついて本棚の方に向かうと5センチほどの厚みがある本を二冊ほど持ってくる。
ずっしりと重いそれは、臙脂色の皮で装丁された立派なものだった。
「拝見します」
受け取って、ソファーに座り、そっと表紙をめくる。
そして……。
「……まじか」
「早苗?」
思わず崩れ落ちた私に、主様が目を丸くしている。
「違う言語だった?早苗が教えてくれた文字に似てると思ったんだけど」
きょとんとしてる主様可愛い。……じゃなかった。
現実逃避してる場合じゃない。
「えっと、一応同じ国の方だと思うんですけど、時代が違うというか……。こっちでいう古語っぽいというか……」
どうにか体を起こして答えると、主様が首を傾げた。
「読めない?」
「いえ、努力すれば、なんとか?読める……かなぁ?」
そこには流れるような筆跡でつらつらと文字が書かれていた。
草書で。後、くずし字っていうんだっけ?変体仮名とか?
要するに、明治後期とか昭和初期くらいの人の手紙みたいな。
資料館とかで「読めないし!」って騒いでた記憶あるなあ……ははは……。
「文字には翻訳機能でルビが入るって言ってなかったっけ?」
肩を落とす私に、主が不思議そうに首を傾げる。
「そのはずなんですけど、なんでかルビがつかなくて……」
頼みの綱の翻訳さんが仕事しない件について。
バグったのかと、この国の言葉で書かれている本を見るときちんとルビがつくし、なんでだろう?
首を傾げていたら、主がハッとしたように目を見開いた。
「古語とはいえ、自国の言葉なんだよね?」
「そうですね……って、もしかして?」
主の言葉に、ふと思いついて適当な紙に簡単な英文を書いてみる。っと、しっかりとルビは付いていた。
次に、漢文。……うん。こっちも大丈夫。
じゃあ……。
「主様の推測当たりみたいです。古語とはいえ自国の言葉なんだから、わかる言葉にわざわざルビはいらないでしょうって事ですね」
手元の紙に書かれた枕草子の有名な一文。
「春はあけぼの~」で始まるそれらに一切ルビは付かなかった。
あれって、授業でやったから意味は分かるけど、そうじゃなきゃわからないよね。
「いとおかし」って何が面白いの?ってならなかった?私だけ?
「それが昨日言っていた消えてしまった愛し子の手記だったんだけど。そうか……読むのが難しいんだね」
「そうですねえ。辞書とかないと、私には解明は難しいかもです」
なんだか複雑そうな表情の主様に首を傾げつつ、とりあえずもう一冊の方を開いてみる。
「あ、こっちは普通だ」
そこには見慣れた文字が書かれていて、少しホッとする。
少し丸文字チックだけど、ちゃんと読める。
ざっと目を通した感じ、同年代の子の日記みたい。
「とりあえず、分かるほうから読ませてもらっていいですか?」
自分より先にこの世界に来た人の手記だ。
何かしらの情報はあるかもしれないし、貴重な資料として読ませてもらおう。
この際、人様の日記であるという現実には目をつぶる方向で。
「そう。私はそっちで仕事しているから、何かあったら呼んで」
「は~~い」
手元の文字を読むことに夢中になっていた私は、その時、主がどんな顔をしているかなんて気づいていなかった。
私には読めなかった文字で書かれた、過去の愛し子の手記を読んでいる早苗は、すごく真剣な顔をしていた。
それはそうだろう。
あれは、突然切り離されてしまった早苗の世界につながるもので、希望だ。
じくじくと痛む胸に小さくため息を落として、早苗から目をそらす。
そうしないと、衝動的に早苗の手から本を取り上げてしまいそうだ。
(やっぱり、教えなければよかった)
早苗の感情の揺らぎに気づいて転移した昨夜。
月を見つめてただ涙をこぼす早苗が、あまりにも悲しそうで、そのまま消えてしまいそうに見えて、慌てて捕まえた。
そうして腕の中に囲い込んでみれば、今まで必死に我慢していたであろう早苗の本音が、ぽろぽろと零れ落ちてきた。
突然、ありえない出来事が降りかかり、今までそれに順応するだけで必死だったんだろう。
だけど、いま。
無意識に目をそらしていた現実を、ようやく考える余裕が出てきた。
それゆえの、慟哭。
いつも明るく前向きな早苗の涙に動揺した私は、つい愛し子の手記の存在を口にしてしまっていた。
そこに、何が書かれているのかは分からない。
希望なのか、絶望なのか。
だけど、あの時は、幻でもいいから何かすがるものがなければ、早苗が壊れてしまいそうで、怖くなったのだ。
だけど。
一夜明けて、冷静になった。
そこに、本当に帰る方法が書かれていたら。
早苗が、過去の愛し子のように、ある日突然消えてしまったら……。
無意識に握りしめていたらしい手に痛みを感じて、見れば、爪が皮膚を傷つけていた。
にじみ出る赤を、茫然とした気持ちで見つめる。
…………その時、私は、どうなってしまうのだろう。
唇を寄せた赤色はひどく苦い味がした。
お読みくださり、ありがとうございました。
日々が過ぎるのが早すぎます。
ふと気がついたらあっという間に数日経ってるんですよ。
きっと灰色な誰かが時間を盗んでるんだと思うんです!
だから前の投稿から日にちが空いてしまったのは夜凪の責任ではないはず!!
……………なんて言い訳してごめんなさい。
精進しますm(__)m




