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落ちた世界でメイドになりました。  作者: 夜凪


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4-1

夢を見て、夜中に目が覚めた。


細かいところは覚えてない、けど。

多分、母さんとか数少ない友人とか出てきた気がする。

特になんて事のない日常の記憶。

懐かしさに胸が痛くて、頬が濡れてた。




ある日、突然異世界に来た。

そうして、元の世界にもう戻れない事を知った。


幸運にも落ちてすぐに、主に拾ってもらえて、生活に苦労する事はなかったし、周りの人も良い人ばかりで、とても優しくしてもらって……。


幸せだな、って思ってる。


だけど、この世界の事を知って、日々に慣れてきた頃から、夜中にこうして目を覚ます事が増えた。


中身はよく覚えてないけど、起きた時には大抵泣いてて、胸が苦しい。

うっすら残る記憶から、どうやらホームシックにかかってるんだろうと結論付けた。


事故に遭ったとか、通り魔に遭遇した記憶はないし、こちらの世界に来た時も姿形や持ち物にすら変化は無かった。

私の感覚では、コンビニからの帰り道がいつの間にか森の中に変わってた感じだった。


多分、向こうの私は行方不明になってるんじゃないかと思う。

「また明日」と別れた友人。

母さんと最後に電話したのは確かひと月くらい前だったかな?


突然消えた私に、みんなは…‥母さんはどうしたんだろう?

驚いた?

慌てた?

………泣いたり、したかな……。


物心ついた時には母1人子1人で支え合って生きてた。

能天気で明るい母さんだけど、女手1つで子供を育てあげるのは、大変なこともあった筈で。

だけど、そんな辛さを決して見せない強い人だった。


「………辰巳さん、いるし。……大丈夫だよね?」

数年前に恋人として紹介された男性は、イケメンでは無いけど優しい笑顔が印象的な穏やかな人だった。


「私の部屋も空くし、もう一緒に暮らしちゃえば良いのに〜〜」

「例え一緒に暮らすとしても、早苗ちゃんの部屋はそのままに決まっているだろ?早苗ちゃんの帰る場所なんだから、当然だよ」


私が大学進学のために家を出る時の会話。

チャカしたつもりが大真面目に返され、なんとも言えない顔をした私の隣で、母さんが爆笑してた。

けど、その眦に涙が滲んでいたのに気づいて、なんだかホッとしたのを覚えてる。


「…………父さんって、呼んでみたかったな」

すっかり目が覚めて、ベランダに出て空を見上げた。

眩しいほどに明るい月は、綺麗過ぎて怖いくらい。

光が強過ぎて、側にあるはずの星はひとつも見えなかった。


光が滲んで、頬を水が流れていく。

顎に溜まったそれが雫となって落ちそうになった時、ふわりと背後から抱きしめられた。


「………こんな夜中に不法侵入、ダメですよ」

「うん………ごめんね………」


私より2回りも大きな身体は、抱きしめるというより、包み込まれるみたい。

じわりと染み込んでくる温もりで、自分の体がスッカリと冷えてしまっているのに気づいたら、また涙が溢れた。


ここに来た時、ようやく梅雨が明けたくらいだった、のに。

暑い日々を、魔法の風で冷やしてもらってクーラいらず!とはしゃいだのがつい昨日みたいなのに……。

外の木々は赤く色付いては散って、もう随分寂しくなってしまった。


「………家族や友達の夢を見るんです」

ぽつりと。

気づいたら言葉がこぼれ落ちていた。

ギュッと抱きしめる腕に力がこもる。


「こっちに来る前、母さんから電話でそろそろ恋人と籍を入れようと思ってるって。アンタも一緒にって言ってくれてるけど、どうするって……」


電話越し、少し照れ臭そうな母さんの声。

母さんのそんな様子に嬉しくて。

母さんだけじゃ無く、私も一緒に家族になろうと言ってもらえた事が、照れ臭くて。

すぐに頷けば良いのに、「次に会った時に」なんて勿体ぶって返事を引き延ばした。


「次なんて……なかった。………無かったのに!!」

いなくなった私に、二人はどう思っただろう。

いっそ事故なら。

死体があれば。

不慮の事故として折り合いをつけれたかもしれないのに!


「早苗」

月を睨みつけるように叫ぶ私の体がクルリと回り、広い胸の中、しっかりと抱きしめられる。


「……早苗」

唇を噛み締める私の耳を、優しい声がくすぐる。

そっと、髪を撫でる大きな手は、そうする事に慣れていないと私でも分かるほどぎこちなくて。


「早苗」

それ以外の言葉を忘れてしまったかのように、ただ不器用に囁く声に包まれる。


噛み締めていた唇が解けて、気がつけば顔を押し付けるように泣きじゃくっていた。


「帰りたい!帰りたいよぉ!!大好きなの!かあさん!ちゃんと祝福してたの!嬉しかったの!!苦労ばっかりしてたか……さん、が。やっと幸せになれ……って。私にも、と……さんできるって」


こんな事、主に言ったって仕方ないって分かってるけど、一度こぼれ出してしまった言葉は、ダメだと思うのに止まってくれない。


「こんな消え方したら反対してたって思われちゃう。周りからも変な顔されるかもしれない。いやだ!そんなの。母さんの幸せを邪魔する私なんていらない!」


駄々っ子のように泣き叫ぶ私を、ただただ優しく抱きしめてくれる腕が嬉しくて辛い。

だって、わたしだけ幸せになんて、なれない。


「早苗……。早苗、泣かないで」

叫び疲れて、泣き疲れて、少しずつトーンダウンしてきた私の耳に、私よりも辛そうな声が降ってくる。


「……ごめん。ごめんね、早苗。私は卑怯者だ」

ポツリと、頭に何かが落ちてくるのを感じて、顔を上げた。


「………ある……じ、……さま」

ほろりほろりと主の頬を涙が溢れていた。

月明かりに照らされたそれは、まるで宗教画のように神々しくも美しい姿だった。


「早苗が故郷を恋しがっているのを知ってたのに。見ないふりをしたんだ。疎まれていた私をまっすぐに見てくれる早苗が愛おしくて、幸せで。……早苗は、こんなに苦しんでたのに」


まるで懺悔をするかのような掠れた声は、深い苦悩が滲んでいて、聞いているこっちの胸まで引き絞られるような気がした。


「だって、そんなの、主様のせいじゃない。私が勝手にここにきて。主様はそんな私を助けてくれた人で」

慌てて首を横に振り、手を伸ばしてそっと涙に濡れた頬を包み込む。


主は少し驚いたように目を見開いた後、私の手にそっと頬を擦り付ける仕草をした。

そうして、じっと目を見つめながら、コツンと額を私の額に押し付ける。


「早苗に言ってないことがあるんだ」

まるで、聞こえなければ良いのにと願ってでもいるかのような囁き声。


「早苗みたいな存在は初めてじゃない」

「……うん。たまに迷い込んでくる人がいるんでしょ?聞いたよ?」


なんとなく、いつもみたいに逃げる気にもならなくて。

泣きすぎて少しぼうっとする頭で反射的に答える。


「そう。そんな存在を「精霊の愛し子」って呼ぶんだ。精霊が気に入った魂の持ち主を、こっちの世界に連れてきてしまうらしい」

「精霊の愛し子……?」

聞き覚えのない言葉に、首をかしげる。


「そう。早苗は見えないだろうけど、早苗の周りにはいつも精霊たちがいて、早苗の願いを叶えようとウズウズしてる。早苗が魔法と思って使ってるのは、本当は精霊たちが手伝ってるんだよ」


ここにきての新事実にビックリ。

え?私が使ってたの魔法じゃないの?


「主様が使ってるのは?」

「魔法、だね。空気中に漂う魔素を取り入れて自分の中にある魔力と混ぜて、言魂を与えることで事象を起こす」

前に教えたと思うけど、と事もなく教えてくれる主様。


うん。確かに聞いた覚えがある。

気合を入れて、やりたい事を想像しながら言葉にするんだよね?


「早苗の場合は、魔力を練り上げる前に周囲にいる精霊たちが、早苗が願う事象を実現させてるんだよ。だから、早苗の詠唱は他の人より短いし発現も早い」

「はえ?そうなんですか?私、魔法使うところって主様のしか見た事ないから、そんなものだと思ってました」


なんだか、突然始まった魔法講座?に、涙も乾いてしまった。

興奮でグチャグチャになっていた頭の中がスゥと冷えていく。

それと同時に、ドッと疲労が押し寄せてきた。

そう言えば、この世界に来て初めて泣き喚いたかも。


なんだか瞼が重くて、体に力が入らない。


黙り込んだ私を覗き込んだ主が、少し困ったように微笑んだ。


「この話の続きは明日にしよう。疲れただろ?」

柔らかな声と共に、大きな割に繊細な指先がそっと瞳を覆ってくる。


「……ゆっくりおやすみ、早苗」

その言葉を最後に、私の意識は闇に飲み込まれていった。







「‥…んぅ……」


瞼を刺す日差しに、意識が覚醒する。

だけど、ふわふわと温かいこの場所から起きたくなくて、ギュッと瞼を閉じると、自分を包み込むその温もりにしがみついた。


肌触りの良いさらりとした生地が、手の中に握り込まれる。

サラサラでそれでいてトロリとしたような独特の感触は極上。


だけど……。

あれ?私のベットのシーツってこんな触り心地だったっけ?


それに程よく弾力のある固さの芯が感じられて‥…そもそもなんだか重さのあるものに囲まれ?……ん?


「うにゃあぁぁぁ〜〜!?!」


なんだか嫌な予感と共にソロソロと目を開けた私は至近距離にある極上の寝顔を見つけ、お腹の底から叫び声をあげていた。


「あ、あ、ありゅじしゃぁまぁ〜〜?!なんでこんにゃとこにいるんですか?!」

「あぁ……。おはよう、さなえ……」

まだ少し寝ぼけてるのか、舌足らずにふにゃりと笑う主様。カワイイ!尊い!ご馳走様です!!


「じゃ、無いです!」

一瞬、意識が飛びかけたけどどうにか持ち堪えた私、グッジョブ!

飛び起きようとして、あえなく主様の腕に遮られたけど。ぐぬぬ……。


「早苗が寝ちゃったから……。1人だと心配だし、連れてきた」

ニコッと笑う笑顔、無邪気100%ですよ。


いやいや。

一瞬誤魔化されかけたけど。

ダメでしょ?寝室に女性連れ込んじゃ!


………あれ?女性認識されてない?

あ、あり得そう。幼児?なんならペット?

………泣いて良いかな?


「主様、そういう時は遠慮なく本人のベッドへ戻してください。なんでも拾ってきちゃダメです」


拾われてきた私がいうのもなんだけど、本当にやめてほしい。

心臓に悪すぎる。


「そう?あったかくて、よく眠れた。誰かと一緒に寝るってこんなに気持ちいいものなんだね」

だけど、邪気なくにこりと笑われれば、眉間の皺を保ち続けるのは難しい。


脳裏に、母親にぎゅうぎゅうとくっついて眠った幼い頃の思い出が甦る。

柔らかな温もりは、どんな暖房器具よりも極上の暖かさを与えてくれた。


「あ〜。………確かに、勝手に連れてきたのは悪かったと……思う…けど………」

無言のまま見つめ続ければ、怒るかな?というようにションボリとしはじめた主様の耳にぺちゃんと垂れた犬耳が見える。

クソゥ、可愛いじゃないか。


「………もう!次はちゃんと戻してくださいね!」

結局、主様の可愛さに白旗をあげて「着替えてきます」とその場を退却する。


「………チョロすぎて心配だよ、早苗」


逃げるんじゃない!これは私の心(主に羞恥心的な意味で)を守るための戦略的撤退だ!!

なんて、その場から消え去ることしか頭になかった私の耳に、主様の呟きが聞こえることはなかった。

お読みくださり、ありがとうございました。


突然の変化についていくために心の一部を凍らせていたのが、日々になれて余裕が出てきた頃に吹き出してしまう。

がんばれ、早苗!

と、思いながら書いてました。


主様は…‥うん、君もなんかがんばれ……。

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