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落ちた世界でメイドになりました。  作者: 夜凪


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3-2 レンバード視点

目覚めた少女は「さなえ」と名乗った。

聞き取りは出来るのに、いざ口にしようとすればうまく発音ができずに、どうしても「シャナーエ」になってしまう。


四苦八苦する周囲に、早々に諦めた少女が「シャナでいいです」と妥協してくれた。

が、寂しそうな目に、絶対に呼べるようになってやろうと心に決める。


たくさんのものを無くしてしまったであろう少女の、大切な名前まで奪ってしまいたくなかった。

そうして、きちんと呼べるようになった頃には、名前を呼びたい意味が違ってしまっていた、のだが……。

まぁ、今はそれは置いておいて。


1週間もしないうちに気持ちを切り替えて元気を取り戻したシャナは、「働かざるもの食うべからず!」という謎の格言の元、我が家でメイドの真似事を始めた。


幸い、魔法の適正もあったからと、小さな体でチョコチョコと屋敷を走り回り、掃除をしたり食事のセッティングをしたりと忙しい。


見えてる私からすれば、実はシャナが使っているのは魔法ではなく、精霊たちが手伝っているだけなのだが、まぁ、わざわざ指摘する事でもないだろう。


チョコチョコ動く姿は可愛らしく、屋敷の者の癒しとなっているようだが、それは私に取っても例外ではなかった。

いちいち戻るのが面倒で研究室に籠もりがちだったが、出来る仕事は執務室でするようになった。





そうしてシャナが家にいることに慣れてくれば、存外居心地は悪くない。

仮面越しとはいえ真っ直ぐに自分を見つめるシャナの瞳は新鮮で、どこかくすぐったいような感情を私にもたらした。


慣れていない為に抽出時間を間違えて渋くなった紅茶ですら、シャナが淹れてくれれば悪くないと思える。

もちろん、味見と称して同じテーブルにつかされた挙句、あまりの酷さに肩を落とす小さな姿が目の前にあるのが前提だけれど。


「まぁ、まだ習い始めたばかりなのだし、そんなに落ち込まなくても。ミルクを入れれば丁度いいよ」

「あぁ〜、主様にフォローまでさせるなんて……。本当にメイド失格です」

ぎこちなく慰めてみれば、なぜかますます落ち込んで肩を落とす様子も可愛くて、思わず笑いがこぼれた。


「笑うなんて酷いです。本気で反省してるのに」

「分かった分かった。次は美味しく淹れてもらえるのを期待しとくよ」

向かいにある小さな頭を撫でていたのは無意識だった。サラサラの髪が気持ちいい。


「オォ、これが伝説のナデポか。これだから無意識イケメンは……」

なぜか固まったシャナが、何かブツブツ呟いてたけど、手触りのいい髪を撫でるのに夢中になっていた私は気づかなかった。


あ〜〜、癒される。






そうして、穏やかな時間を過ごすうちに、私は油断していたんだ。


自室のカウチで本を読んでいるうちに、眠気に襲われてうとうとしていた。

夢うつつに入室を求めるノックが聴こえたから無意識に返事をして、近づいてくる小さな足音に「あぁ、シャナか……」と思った瞬間。


ガチャンっと、不自然に食器が鳴る音がして、ガバッと身を起こした。

そうして、飛び込んできたのは、何かに驚いたように大きく目を見開くシャナの姿。

そうして、その大きな瞳に映り込む、「私」の姿。


「………あ……るじ、さま?」

震えるか細い声は、深い戸惑いが滲んでいて………泣きたくなった。


今日は、とても天気が良くて。

風が気持ちよくて。

なんだか気分もスッキリしてて……。


私は自室という油断もあって、仮面を外していたのだ。


私の心が、絶望に塗りつぶされていく。

せっかく、穏やかな関係を築いていたのに。

見られてしまった。この、醜い姿を。


アァ、でも。

嘘の上に築かれた関係など、なんの意味もないと知っていたではないか。


過去の経験が脳裏をよぎる。

恐怖と嫌悪に彩られた顔が……。


きっと、直ぐにシャナの顔も歪むのだろう。

嫌悪に?

それとも欺かれていた怒りに……?

……それならいっそ「化け物」と恐怖に震えられるのが一番マシ、かな……。


(そうだ。いっそ、全て自分から壊してしまおう)

フラリと立ち上がり、固まるシャナに手を伸ばす。

その真っ直ぐな視線が、逸らされてしまう前に……。


「……シャナ、どうしたんだい?そんなに固まって……。私の姿は……そんなに恐ろしい?」

引き寄せた体を抱き込んで、そっと顎の下に指をそえ顔を仰向け、至近距離から覗き込む。


自分の顔がうっそりと歪むのがわかる。

きっと、今、私は酷い表情をしているんだろう。


悲鳴をあげるかな?それとも、気絶するかな?


だけど、シャナは。


私の想像のどれとも違う反応をしてみせたのだ。


まろやかな頬があっという間に朱に染まる。

瞳が潤み、眩しそうに細められた。


そこには、見慣れた嫌悪も恐怖もなく……。

でも、私が向けられたことのないその表情を、私はよく知っていた。


それは、誰もが羨む美しい私の兄に向けられる表情にそっくりで……。


「………シャナ?」

自分が向けられるにはあまりにも不自然なその表情に、おもわず首を傾げれば、突然シャナが動き出した。


「近い!近いです!無理無理無理!目が潰れる!神々しすぎて目が潰れますから!!仮面!仮面はどこですか!?」

頬どころか顔全体を真っ赤に染めて叫びながら両手を振り回し、私から逃げようと暴れ出す。


咄嗟に逃すまいと囲う腕に力を込めれば、さらなる悲鳴が上がった。


「いやぁ!チョッ!ほんとに放して!ヤバイ!鼻血出そう!不味いですって!なんで仮面かぶってるかと思ってたら!美形も行き過ぎると有害とか初めて知ったわ!」


あまりに早口で叫ぶ声に所々意味が聞き取れなかったけれど、そこに、私が恐れていたような感情がないのだけは、ハッキリと伝わってきた。


「シャナは私が気持ち悪くないの?」


「はぁ〜〜?!何言ってらっしゃってございますか?!いえ、ある意味刺激が強すぎてチョット血圧上がりすぎでクラクラはしますけど!?気持ち悪い?って私?むしろ私の反応が変質者チック?!あ、マジで鼻血出そうなんでなんか押さえる物ください」


恐る恐る問いただせば、怒涛の勢いで返事が返ってきた。


その頃には騒ぎに気づいた執事長やメイドが駆けつけていたんだけど、みんな、シャナの反応に呆気にとられている。


だって、シャナの主張は、どう考えても私に向けられてる言葉とは思えないものばかりで……。


「あ、やっぱもうダメかも」

「え?わぁ!シャナ?!」


呆然としてた私(達)は、私の腕の中でシャナがくたりと崩れ落ちたことで、ようやく我に返った。


覗き込んだシャナの顔は真っ赤で(というか見えている肌全てが紅く染まっていた)、だけど、なぜか顔は幸せそうな笑顔のまま気を失っているという、不思議な状態になっていた。


「………これは、どうなってるんだ?」

「…………さて?とりあえず、どこかに横にしましょう」

助けを求めるように、同じように我に返って駆けつけてきた執事長を仰ぎ見れば、困惑したように返された。


そうして、目を覚ましたシャナにマリアが聞き取りしたところ、シャナの来た世界の美意識が著しくズレていることが判明する。


なんと、シャナのいた世界では、私のような顔が絶世の美形と認識されている、というのだ。


にわかには信じられない話だったが、試しに仮面を外せば、不審なほどに目線を泳がせながらも紅く頬を染める様子に、嘘をついているようにはとても見えなかった。


只でさえ好ましいと思っていた相手が、素顔を晒しても目を逸らさず(別の意味で大変そうだったけれど)、真っ直ぐに自分と向き合ってくれる。

その喜びを、なんと表現すればいいのか。


私は、その日、心の底から神に感謝の祈りを捧げた。

私の元に、シャナを遣わせてくださった幸運を。






「さなえ、こっちを向いて?」

背後から抱きしめ、紅く染まった耳に囁けば、激しく首が横に振られた。


「そんなに私の顔を見るのはいや?」

少し哀しげにつぶやいてみれば、ガバッと顔が挙げられた。


が、振り仰いだ先、触れ合いそうなほど近くに私の顔があることに気づけば、「ひゃぁ!」と可愛らしい悲鳴とともに、また俯いてしまった。


「分かってるくせに悪趣味ですよ!!」

「だって、やっぱり信じられないから何度でも確認したくなるんだよ」


叫ぶような抗議の声に、くすくす笑いながら返せば、ジタバタと腕の中で暴れ始める。

そんな風に抵抗したって、さなえの華奢な体じゃ、私から逃げられるわけもないのに。


まるで子猫が戯れているかのような可愛らしい抵抗に、むしろいたずら心が刺激されてしょうがない。

だけど、恥ずかしがり屋のさなえはあんまりやり過ぎると本気で怒ってしまうから、引き際が肝心。


「ゴメンね。もうしないから許して?」


そうして、私の顔に弱いさなえは、しょんぼりした顔を見せれば、直ぐに折れてしまう。

ちょろ過ぎるよ?さなえ。

そのうち、悪い人に攫われてしまいそうで心配でしょうがない。


「さなえの好きなお菓子をもらったんだ。美味しいお茶、淹れてくれる?」

お菓子をエサにティータイムに誘えば、いそいそとついてくる姿に、本気で心配になってくる。


「飴をくれるって言われても、ついて行っちゃダメだよ?」

「子供どころか幼児扱い?!」

心外だと叫ぶけど、お菓子につられてる姿を各所で見るんだけどね?


「この間、兄から「東方の珍しいお菓子」もらって来てホクホクしてたよね?」

チラリと視線を流せば目が逸らされた。


「……知らない人では無いですし。主様の好物とお聞きしましたし……」

「うん。まぁ、美味しかったよね」

「…………身内からだけですよ?」

「是非、そうしておいて」


サラリと髪を撫でれば、「信用ない」と肩を落としてる。

そんな姿も、可愛いな。


時が過ぎ、さなえは上手にお茶を入れれるようになった。

この国のことを学び、常識を知り、そうして、私の側にいる。


真っ直ぐに見つめて、笑って怒って泣いてくれる君が、早く私だけのものになってくれればいい。


だけど、今は。


恥ずかしがり屋の君が、頬を赤く染めながら、丁寧に淹れてくれたお茶を飲んで、私は幸せに微笑んだ。



読んでくださり、ありがとうございました。


ジワジワと執着が増していく様子を丁寧に書いてみました(笑

素敵と思うか気持ち悪いと思うかはあなた次第!

夜凪的には微妙なライン。

不遇な日々を思えば、実害出てなければやむなし、みたいな?



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