2-2
そうして台所に舞い戻った私を、サムスンさんが可哀想な子を見る目で迎えてくれた。
私の表情で、令嬢探しがうまくいかなかったのを察してくれたのだろう。
そっと茶器とお茶菓子の乗ったワゴンを渡された私は、しおしおとその場を後にした。
そうして、主の執務室の扉の前でふと足を止める。
(…………気まずい)
何きっかけかは分からないが、突然血迷った主を止めた事は後悔してない。
絶対後々黒歴史になるのだから、むしろそれに関しては感謝してもらいたいくらいだ。
だけど、仮にも主に頭突きはないだろう。
そろりと今はなんの痛みもない額を撫でる。
実は、この世界に落ちてきたとき、神様が憐れみでもしたのか、私は2つの能力と幾ばくかの魔力を手に入れていた。
能力その1、言語チート。
ラノベとかでよく見るやつだよね。うん。ありがちだけど、本当に助かった。
見知らぬ場所で意思疎通ができないとマジで死ねると思う。聞くのも話すのも読むのも大丈夫。しかし書くには努力が必要だった。
まぁ、私の場合文字の上にルビみたいに意味が浮き上がる形だったんで、多分比較的楽に文字を覚えられたんだけどね。
間違えた文字を書くとそのルビが****って出るから、ある意味わかりやすかった。
能力その2、やたら体が頑丈になる。
はい、そこ、笑わない。
これが結構な便利能力だったんだって!
おそらく、簡単に死んだりしないようにって気遣いだったのかもしれないんだけど(神様とやらに会った事ないんで詳細は不明)、病気をしない、怪我をしにくい。さらに、万が一怪我をしても、ありえない速さで治癒するんである。
初めて見た時はビックリしたけどね。
野菜の皮むいてて指先切った時、まるで早送りしたみたいにスゥッと傷が消えていくんだもん。
気持ち悪くて悲鳴あげたのはイイ思い出。
コレはなにかあると教会で鑑定かけてもらって発覚したんだけど、ね。
いやぁ、おかげで異界で生水飲もうが謎食材食べようがお腹1つ壊さない。
だから多少の毒じゃ死ぬ事もないだろうと毒味役を買って出たら、みんなに全力で止められ、主には説教された。
なんか理不尽。使える便利機能は使ってなんぼだと思うんだけどな……。
そんな訳で、結構な勢いで頭突きしたダメージも、直ぐに発動した自然治癒(特大)のお陰で綺麗さっぱり無かったことに………。
あれ?
ちょい待ち。
私、ダメージ受けにくい体=ありえないくらいの石頭って事で、そんなのに全力頭突きを食らった主はかなりマズイんじゃ………。
「主さま、生きてますか?!」
ザッと頭から血の気が引いて、勢いのまま執務室の扉を開けた。ら、キョトン顔の主が執務机から顔を上げた。
残念ながら仮面装着につき私のやらかした額は隠れて見えないものの、最悪の事態は避けられたようだ。
生きてる。
ホッとして足の力が抜けた私はその場にへたり込んだ。
いくら自分自身テンパっていたとはいえ、頭にダメージ与える攻撃はシャレにならん。
良かったあ、脳挫傷とか起こしてなくて。
今の私の身体だと冗談にならないって。
「どうしたんだ、シャナ!大丈夫かい?」
突然飛び込んできて大声出した挙句にへたり込んだ私に、主が驚いたように駆け寄ってきた。
「アタマ、ズツキ、ケガ……」
安心したあまり言語能力がすっ飛んで、片言でつぶやく私に主が「ああ」と納得したように仮面越しに額を触った。
「もう治したからなんともないよ。大丈夫」
フッと唯一見えるサファイアブルーの瞳が細められる。
間近にあるそれを見ながら、私は手を伸ばして主から仮面を外した。
目視オッケー。
白い額に異常は見られない。
しかし、こんな所まで形が綺麗とか、美形っぷりに隙がない。流石、主!サスアル!!
そういえば、主、この世界でも珍しい治癒魔法も使えるんだったね!
本当に、どこまでチートなのかな、この人。
むしろ、他がチートすぎて神様が慌ててこの顔にしたんじゃないかと最近は思えてきたわ!
無意識に伸びた手がスリスリと主の額を撫でていると、主の眉がヘニャリと下がった。
「………シャナ、さっきはゴメン。チョット余裕無くして暴走した」
へたり込んだ私に合わせて座り込んだ主に、仮面を取り上げるため立ち上がった私。
すなわち、現在私の方が見下ろす形になってて………。
つまり何が言いたいかというと………。
(ふおぉぉぉ〜〜!!ヘニャリ眉の美形の上目遣い!!!)
明らかにションボリして、なんならヘタレたワンコ耳まで幻視できそうなその表情に、鼻血吹かなかった私を誰か褒めてくれ!
思わず鼻を押さえてバッと横を向いて耐える。
フルフルと震える身体を抑えようともう片方の手で自分の胴体を押さえた私に、何を思ったのか主がさらに肩を落としたのが横目に見えた。
「………怒ってる……よな。やっぱり。あんなことしたんだし、当然だけど………」
泣きそうに歪められた目元に、キュッと結ばれた口元。
あ、やばい。自虐スイッチ入る!
『自虐スイッチ』
別名『引きこもりスイッチ』
そして、そのスイッチが入ると地の底まで落ちこんでひたすらに自分を責め続け、部屋にこもって出てこなくなるのだ。
下手に魔力が高いものだから、部屋にこもられると物理で扉が開かなくなり(無意識に結界を張るそうな)、残されたものは天岩戸の前で途方にくれる事になる。
他人から否定され続けた主は、とにかく自己肯定が低く打たれ弱い。
大人になってちゃんと線引きは出来たとかで、有象無象に何を言われてもされても平気らしいのだけど、一度身内と認めた人達からの否定にはひたすら弱いのだ。
ありがたくも、なんでか「身内」枠に入ってるらしい私にもそれは当てはまるそうで、過去に一度おもいっきり地雷を踏んで酷い目にあっている。
扉の前で自分の世界の美醜感を力説して、主の顔が大好きなのだと叫びまくったのは立派な黒歴史だ。
あの日から。気の所為か周囲の目が生温かい。
「ちょっ!待って!怒ってません!怒ってませんから!チョットビックリしすぎて、反射的に体が動いちゃっただけですから!!!」
慌てて主と向き直り、自分も膝をついて、下から主を覗き込む。
閉じ込もられたら、黒歴史再びだ。やめて!
「だって、キスされたのなんて初めてだったし!突然だったし!!主に名前!そう!そういえば名前の発音がちゃんとなってた!あれ、どうしたんですか?!」
一生懸命言葉を重ねるうちに、勢いに押されたのか主の目が驚いたように見開かれ、光が戻ってくる。
「………練習、した。喜んでくれるかなって、思って」
少しはにかんだように微笑むと、主は私の頬をそっと両手で包むと、コテンと首を傾げた。
「さなえ」
少し舌ったらずだけどシッカリと『私の名前』を呼んだ主が少しドヤ顔だ。
成人男性のドヤ顔とか誰得だよ!
オレトクだ!ご馳走様です!
みるみる頬が熱を持つ。
前回は主の謎の色気に当てられて脳みそがボッカンしてたから、そっち方面にはスルーしちゃってたけど……。
名前。私の、名前。
この世界に落ちて大変だったけど、優しい人たちに囲まれて、不自由なんて何1つなかった。
「シャナ」って呼ばれることも慣れて、むしろ分不相応に可愛い名前じゃんって思って、満足してたはずだった。
だけど、名前って大切なものだったんだ。
「シャナ」と呼ばれる事に慣れていくうちに、「早苗」が飲まれて消えていくような恐怖が、知らず胸に巣食っていた。
確かに存在していた18年分の私がどこかにいっちゃったみたいで………。
改めて自分以外の人の声で呼ばれる名前に、なんだか胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、私は大きく息を吸い込んだ。
だけど、飲み込みきれなかった感情は、瞳からこぼれ落ちてきてしまったみたいだ。
ジッと自分を見つめる主の顔がユラユラと歪む。
「さゃなっ、……さなえ。泣かないで」
歪んだ視界の中で焦った主の顔もやっぱり綺麗だと、心の底から思う。
きっと、主は私を驚かせようとコッソリと練習してたんだろう。
何度も何度も繰り返し。
だから、私は精一杯の笑顔を浮かべた。
多分、涙でぐしゃぐしゃで、随分みっともない顔だったと思うけど。
「名前、呼んでくれてありがとうございます」
そうして、コクリと1つ息を飲む。
それを口にするのは、私的にはとてつもない気力が必要だった。
けど、これくらいは………。
「………レンバード様」
何度も何度も強請られて、それでも決して口にしなかった名前。
自分なりのケジメのつもりで。
この人は恩人で、仕えるべき人なのだと、自分に言い聞かすために、それは必要な事だったから。
だって、考えてもみてほしい。
他に類を見ない美形が、自分を見て、自分だけに微笑みかけるのだ。
他にも、拗ねてみたり、チョット甘えてみたり、わがまま言ってみたり……。
恋愛耐性の無い小娘が勘違いしてもしょうがない。
でも、サムスンさんに言われるまでもなく、分かっていたのだ。
孤独だった主が、他人と向かい合ってまともに会話する事もできないほど孤独だった人間が、それを手に入れた時にどう感じるかなんて。
私まで、勘違いするわけにはいかないじゃない。
だけど、そんな建前どうでもいいくらいに心が震えてしまったのだ。
お手上げだ。
だから、1つくらい。………1度くらい。
「嬉しいです、レンバード様」
震える声で名を呼ぶと、主はビクリと体を震わせた後、ギュッと私を抱きしめてきた。
広い胸に包み込まれるその瞬間、主の頬が赤く染まるのが見えた。
「さなえ、もっと、呼んで……」
まるで私のものと同じように、微かに震える声に胸が引きしぼられるように痛む。
心臓がかつてないほどのスピードで鼓動を刻み、なんだか頭がぼうっとする。
「レンバードさまぁ……」
クラクラするままに名を呼べば、それは随分と舌ったらずな発音になった。
なんだろう。
ほんとうに………クラクラして………。
そのまま、意識を手放してしまった私は知らない。
あのクラクラが、名前を呼んでもらえて感動のあまり、ついリミッターを外してしまった主の魔力に当てられたせいだとか。
吹き荒れた魔力の渦に、敏感な小動物が一斉にその近辺から逃げ出し、飛び立つ鳥や暴走する動物に周囲が「天変地異の前触れか」と大騒ぎになったとか。
魔力の乱れに驚いた使用人や第一王子とんできて、グッタリした私を抱きしめて慌てている主の姿を見つけ「やり過ぎるなって言ったのに!」と説教がはじまる事になる、だとか。
そんな騒ぎの全てを知らず、私はなんだか幸せな気持ちで気絶していたのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
主様、ヤンデレ予備軍疑惑www
〜おまけ〜
メアリ「シャナ、当分はレンバード様のことは主様呼びでイイから」
早苗「??……はい。そのつもりですが、何かありましたか?」
メアリ「いいえ。何でもないわ。レンバード様の鍛錬がまだまだ足りなかったってだけの事よ?」
早苗(主様、あれ以上鍛錬したら神の領域に突入しちゃうんじゃ?)
〜おまけ2〜
兄「…………(呆れた視線)」
弟「そんな目で見ないでください」
兄「いや、だってお前、あんなに自信満々だったのに(笑」
弟「だって想像とはイロイロと勝手が違って」
兄「イロイロと拗らせるとこうなるんだな。………とにかく、国民にメイワクかけるのだけは止めるように」
弟「…………」
兄「魔王の出現かって言われてたからな、今回の騒ぎ」
弟「(早苗を連れていっそどこかに引きこもりたい)」
兄「同意のない逃避行は単なる拉致監禁だからな?」
弟「気をつけます」
〜おまけ3〜
☆絵姿が主に見つかりました☆
主「シャナ………やっぱり僕に気を使ってたんだ」(若干涙目)
シャナ「いや、違いますって!コレはオマケで貰って」
主「良いんだよ、そんな言い訳なんて。彼、カッコいいよね……。あ、なんなら紹介とか出来るし」
シャナ「(まさかの知り合い?!)違います。本当に本当に貰い物で………。あ、そう!メリッサ!メリッサにあげるために持ってたんです!」
〜その後30分ほど拗ねる主に言い訳するシャナ〜
サムスン「お!なんか浮気男並みの弁解をひたすらにくり出してたらしいな、シャナ」
シャナ「もう、勘弁してください〜〜。なんで私がこんな苦労を」
サムスン「なんか顔赤いぞ?どうした?」
シャナ「………(証明の為に)主様にハグされました。本当になんでこんな事に」
サムスン「(そりぁ、絵姿にかこつけて距離詰めようって主の姑息な作戦だろ。ご愁傷様)…………ま、これやるから元気出せ」
シャナ「わぁい!綺麗な飴だ〜〜」




