5-2
「てわけで、主様が最近本当に距離が近いと思うんです。私の心臓が持ちません」
長時間、本に集中するのも限界があるので、お茶飲んだら、そのまま空になった食器もって退散。
と、いうか主に瞬間移動で台所まで送ってもらっちゃった。
終了が早いって?
いや、主みたいに何時間も書物とにらめっこできるのも、ある意味才能が必要だと思うんだよ。
そして、残念ながら、私にその才能はなかった。
いや、ちょっとはがんばってみたんだよ?
でもね、解読できない文字を無理やり読もうと眺め続けるのはきつい。
誰か辞書をくれ!って叫びたい。
けど、辞書があったら、そもそも解読されてるって言うね。
この世界の古語にまで精通している主すら、解読できなかった超難解文字だよ?
私に太刀打ちできるはずがないと思わない?
いや、もうちょっと頑張るつもりはあるんだけど、とりあえず一冊は読んだし、本日の解読業務は終了って事で。
私これでもメイドなので、他にもやらなきゃいけないお仕事もあるんですよ。
何しろ、このお屋敷。
規模の割に使用人少ないからね。
主に主の事情で……。
てわけで、自称メイドといえども、やることはそれなりにあるんですよ。
お掃除とか、料理の下処理とか。
基本、お手伝いではあるけれども。
いや、それでも、始めたころに比べたら手際は良くなっているはず。
たとえ私がジャガイモ1個剥いている間に、サムスンさんが4個は余裕で剥いているとしても。
私がちまちま床を拭いている間に、先輩メイドのメリッサさん(この屋敷のメイドの中では一番若手。永遠の二十歳)に他の部分を全てピカピカに磨き上げられているとしても!
小さくとも一歩は一歩だもん。
お茶は美味しいって言ってもらえるようになったもん。
泣いてなんかないやい!
話しが飛んだ。
そう、今困っているのはそこじゃない。
私に対する主の距離感がおかしいって話なんだよ。
「別に無体を働かれてるわけじゃないんだろ?なんか問題があるのか?」
手元も見ずにするするとジャガイモの皮が剥かれる様は本当に魔法のようだ。
あ、ちなみに魔法で皮をむくこともできるけど、仕上げが雑になるから嫌いというサムスンさんの意向で、このお屋敷ではすべて手作業で賄ってるんだよね。
まぁ、手間暇かけるのも愛情だというサムスンさんの主張も分からんでもない。
「作る量が少ないからこそ出来る業だね!」
ってのはメリッサさんの言葉で、庭師のおじいさんやそのお弟子さん含めても20人いないからね。
もっとも、サムスンさんの仕事が早いおかげってのが、時間に間に合う最大の理由だと思ってる。
だって、本気モードに入ると、マジで包丁さばき早すぎて残像見える時があるもん。
「無体……は、ないかもしれないけど、至近距離であの笑顔爆弾食らうと、心拍数とか本当にやばいんですって。血圧上がってくらくらするし」
「オウ。そりゃあ、大変だ。ま、そのうち見慣れるだろ」
私的には本当にヤバいと真面目に訴えているのに、サムスンさんは面白がるばかりで真剣に取り合ってくれない。
今も、軽く肩をすくめると剥き終わったジャガイモの籠をもって、コンロの方へと移動してしまった。
「見慣れないから、困ってるんです~。そもそも、なんだかキラキラ具合に拍車がかかってるんですって、最近」
唇を尖らせながらも、諦めずにサムスンさんを追いかけて訴える。
ちなみにこちらはカットされた葉野菜のカゴ持参だ。
「サムスンさんも想像してくださいよ。絶世の美女が至近距離で惜しみなく笑顔を振りまいてくるんですよ?悶えたくなりません?」
「ん~~。そんな時は、嬉しくなって悶えるよりも抱き上げてるが?」
「は?抱き上げる?」
サラリと返された言葉が、なんか……ちょっと?
「ん?嫁さん」
「……のろけゴチです」
ジャガイモを鍋に移しながら、サラッとのろけられた!
はいはい。
サムスンさんにとっての絶世の美女はマリアさんなんですもんね。
結婚数十年経っても熱々か~~い!うらやま!!
「こっちの人たちって、一途な人が多いですよね。庭師のおじいちゃんも家に帰るときは、いつも奥さんにお花持って帰ってるし」
庭の手入れのほかに、おじいちゃん、品種改良みたいなことしてるんだけど。
毎日1輪ずつそこから奥様にプレゼントのお花摘んで持って帰ってるのよ。
その日、一番綺麗に咲いたお花なんだって。
新婚時代からの習慣なんだって!
初めて聞いた時、思わず悲鳴上げたもん。
素敵エピソードすぎて。
ちなみにプレゼントされた花は、ドライフラワーやポプリなどに加工されていると聞いて、もう一回悲鳴上げた。
奥様の対応もかわいすぎる!
旦那様からのプレゼントだもんね!
少しでも長く、手元に置きたいよね!!
「いやあ?人それぞれじゃないか?浮気するやつはするし、たまたまシャナが知り合った人間がそうだっただけで、うちの国は一夫多妻も認めてるしな」
「夢がない!」
ドボドボとブイヨンを鍋に投入しているサムスンさんがヒドイ!
「俺は意外にシャナが夢見がちだったことにびっくりだがな」
「それは、本気で失礼ですからね!いいじゃないですか、夢見たって!」
年の数=彼氏いない歴だからね。
まだまだ夢みたいお年頃なんです!
ゲラゲラ笑うサムスンさんに、ぶうぶう文句を言いながらも、皮をむいた野菜を次々に手渡していく。
最後にフライパンで焼いて焼き目をつけた鶏もも肉の塊を投入すれば、サムスンさんお得意の鳥のポトフの下準備は完了である。
豪快に丸まま具材ゴロゴロのスープは、シンプルに見えてとても美味で主の好物だ。
もちろん私も大好き。
胃袋がもう一つ欲しいと思うほど、本気で美味しいんだよね。
「さて、もうこっちの手伝いはいいから、マリアの方に行ってもらえるか?書庫室の方の整理しているはずだから」
「はーい」
下準備がすんだから、お役御免である。
残念ながら、まだメインとか味付けに関わる調理はさせてもらえてないんだよね。
日頃からもうちょっと真面目に料理しとけばよかったかな、と反省したりもしたけど、そもそもプロの味なんていくら練習してもセンスがないと無理でしょ。
下ごしらえ任せてもらえるようになっただけ成長って事で。
次行ってみよ~!!
手を洗って、書庫室の方へと移動する。
書庫室とは言っても、実はちょっとした高校の図書室並みの広さがあって、とても個人所有の規模じゃないんだけどね。
さすが、王族所有のお屋敷。
なんでも、過去この屋敷を利用していた王族達の蒐集の結晶、だそうで。
小難しい法律書があると思えば、綺麗な画集や図鑑、異国の珍しい本や子供の絵本まで。
カオスといえばカオスなんだけど、暇つぶしにはもってこいで、私も随分お世話になってるんだよね。
あ、なんと屋敷で働く人は自由に利用できる。
本は高価なこの世界で、だ。
主、太っ腹!
「マリアさーん、お手伝いに来ましたよ〜」
「右奥の図鑑の方にいますよ」
入り口から声をかけると、奥から返事が返ってきた。
「よかったわ~この区画だけでも空気通したいのだけど、以外と時間かかってしまって」
「この区画を一人作業は無理があるかと……」
天井まである本棚から梯子使って本を下ろすだけでも一苦労だというのに、ここの区画、図鑑を集めてあるんだよ。一冊一冊が重すぎる。
「うふふ。やっぱりシャナもそう思いますか?初めてすぐに無理かもとは思ったのだけれど、ねぇ」
「笑ってる場合じゃ。筋肉痛になっちゃいますよ」
ぎっくり腰と言わないのは優しさ4割保身6割。女性はいつまでも若く見られたいものなのだ。
と、ふざけるのはこれくらいにして。
「あっちの床に出しちゃえばいいんですよね?マリアさん、そこから降りてくださいな」
自分でやろうとするから疲れるわけで、せっかくこの世界には便利な力があるんだから使いましょ、ってね。
「精霊さん、どうか助けてくださいな。本をあっちの敷物まで運んでほしいんです」
小さくつぶやいた瞬間、フワリとそよ風が吹いたと思ったら、本棚からバサバサと図鑑が飛び出した。
そのままパタパタとまるで羽ばたくように図鑑が列をなして床に広げられた敷物の上に飛んでいく。
「あら、便利」
不思議の国のような光景に目を丸くしたマリアさんがポツリとつぶやいた。
「ですねぇ。自分でもびっくりです」
実は自分の使っていた魔法と思っていたものが、精霊たちのお手伝いで引き起こされていた現象だと昨夜ネタバレされてから考えてたんだよね。
私には見えないけれど、精霊という自分の意思を持って動く存在が手助けしていたというなら、具体的にお願いすれば、動いてくれるんじゃないかって。
というわけで、やってみたら予想以上の現象が起きてるっていう。
「もしかして、マリアさんの作業を見てたりしたのかな?」
頼んだのは本棚からの移動だったのに、そのついでに本を空気に触れさせる動きをしてるように見えるし、そのうえ……。
「やっぱり。カビとかも綺麗になってるみたいですねぇ」
飛んでいく図鑑に手を伸ばすと、一冊がふわりと手に納まった。
パラパラとめくれば長く触れられることのなかった本にありがちのカビ臭さが感じないし、下手したら劣化した紙の黄ばみまで無くなっている気もする。
「あらあら。頼られたのがうれしくて、張り切ってしまったのでしょうね、精霊様」
同じく図鑑を手にしたマリアさんがおかしそうにクスクス笑う。
「その言い方だと、もしかしてマリアさんも私が使っているの魔法じゃないって知ってました?」
私的に驚愕の新事実は、実はちっとも新しくなかったとか?
「だって、シャナ。普通の人は、魔法は一つか二つの属性しか使えないのですよ?それなのに、シャナったら属性関係なく使えてしまうし、聞いた事もない使い方をしてしまうし。普通ではないと思うでしょう?」
「え?主様に、魔法は想像力だから、やりたいことを言葉に出して願えばいいって言われてたんですけど」
もしかして違ったの?
いや、どこかのラノベで聞いたような設定だったから違和感すら持たなかったんだけど。
目を丸くしたら、マリアさんが大笑いしていた。
「それはすごい教え方されたわねぇ。まぁ、シャナがそれで十分不便なく使えたのだったら、いいのではないかしら?」
「わぁ~。知らないところで非常識人間になってる……」
がっくりと肩を落としているうちに、残っていた本棚一つ分の図鑑が敷物の上に移動終了していて、マリアさんがさっさと空になった本棚からハタキで埃を払っていた。
「マリアさん、私しますよ」
「そう。ありがとう」
慌てて声をあげると、笑顔で乾いた布を渡された。
「え?精霊に手伝ってもらおうかと……」
せっかくできる事が増えたんだし、風で埃を吹き飛ばしてもらうなり、浄化してもらうなりしようと思っていたからそう言ったんだけど、マリアさんは首を横に振る。
「できる事は自分でしましょう。便利だからって、なんでも頼ってしまってはダメよ」
まるで子供に言い聞かせるような口調に目を瞬く。
「精霊様になんでも頼んで、それが当たり前になってしまっては、人は堕落してしまうわ。頼られ過ぎたら精霊様だっていやになってしまうかもしれない。シャナだって、できるからといってなんでも押し付けられるのはいやでしょう?」
「……はい」
好意に胡坐をかくな、って事かな?
そうだね。確かに、便利だからって利用し過ぎたらダメ人間になりそうだし。
マリアさんの言う通りほどほどに、かつ感謝を忘れないようにしよう。
マリアさんがハタキで埃を落とした後を、乾いた布で拭いていく。
「あ、そうそう。シャナの魔法の事だけど。そもそもシャナを連れてきた時、屋敷の者には「精霊に託された」と、レンバード様から通達されていたのよ。それで、ただでさえ異世界に連れてこられて混乱しているのに、一気に情報を与えすぎたら可哀想だから黙っていようと、屋敷のみんなで決めていたの。黙っていて、ごめんなさいね」
掃除のついでにサラリと告げられた言葉は、みんなの優しさだった。
確かに、いっぱいいっぱいだったあの頃に教えられたとしてもパニック待ったなしだっただろうし、下手したら「かってに連れてきて愛し子って何よ!」と八つ当たりしていたかもしれないとも思う。
「いえ。タイミングを見てくださって、ありがとうございます」
小さく頭を下げた私に、マリアさんはふわりとほほ笑んだ。
まぁ、必要なときは使うって事で、図鑑を片付けるのは手伝ってもらったんだけどね。
精霊様、感謝ですって事で、辺りに魔力をたっぷり振りまいていたら、なんだかキラキラ光って見えたから、きっと喜んでるんだと思っとこう。
うん。
お読みくださり、ありがとうございました。




