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まだ夜が明け切る前に起き出して、手早く身支度を整える。
部屋の窓を開ければ、まだ空には薄っすらと星が残っていた。
ヒンヤリとした早朝の空気は結構好き。
あっちにいる頃は、こんな早起きしたことなかったけど。
3ヶ月前のある日。
夜中にプリンが食べたくなった私は、無事にゲットしたプリン片手になんでか異世界へと迷い込んだ。
もの○けの森かよ!って突っ込みたくなる巨大樹だらけの森で途方に暮れていた私を拾ってくれたのが、現在お世話になっている屋敷の主人だった。
森の精霊が騒いでたから、と様子見に来た主は、周りの巨大樹と同様デカかった。
推定2メートル越え。
しかも、白いズルズルした神官っぽい服に白い仮面つき。対峙した時人生終了の鐘が頭の中で鳴り響いて気絶した私は悪く無いんじゃ無いかと思う。
そんな私を拾ったのも何かの縁だからと屋敷に置いてくれた主は、命の恩人というひいき目を引いてもかなりな「良い人」だった。
メイドや家令に対して無茶は言わないし、休みや待遇、お給金だってかなり弾んでくれる。
なのになかなか新しい人が居着かない。
私を除くと使用人の平均年齢50過ぎ。
主の子供の頃からいて、主に免疫のある人達、だそう。
理由は、この世界の特徴にあった。
1つは長身。
デカイと思った主人の身長、なんとこの世界の平均だった。
成人だと男性で大体200〜220、女性で190〜210が一般的な身長だったのだ。
おかげで、最初は子供と間違われ、家具や小物の巨大さに振り回される日々だった。
そうして、この世界のもう1つの特徴。
元の世界との美醜の感覚がちょっと違ったんだよ。
この世界の美形の条件。
引き目鉤鼻下膨れ。色白で髪は真っ直ぐな方が良い。ふっくらとした体は富の象徴である。
え?どこかで聞いたって?
うん。平安時代くらいの美人の条件だったんじゃなかったかな?歴史の教科書とかに載ってたの覚えてる?
その絵の十二単や狩衣をドレスや洋服に変えて黒髪を金髪や赤毛のカラフルに変えたら、この世界の美形の出来上がり。
で、うちの主。
この基準でいくと目も当てられない不細工さんだったんだよね。
人によっては、「生理的に無理〜」ってレベルの。
くっきり二重の大きな瞳。すっと通った高い鼻筋に少し厚めのセクシーな唇。美しい白金の髪は緩くウェーブを描き光を振りまく。食べても肉がつかない体は細マッチョ。
辛うじて色の白さだけは美点として数えられるそうだ。
日本人の私からしたら、後光が差して見えるレベルの美形なんだけどね〜。
芸能人なんか目じゃ無い。直視したら途端に顔が赤くなって思考停止。動悸息切れでめまいがするレベル。眼福です。
未だに油断すると赤面するもんな……。
か弱い良家のお嬢様の中には、顔を見た衝撃
で気絶しちゃう人もいるみたいで、人の良い主は申し訳ない、と仮面で顔を隠すようになったそう。
ある意味、怪しさ倍増だと思うんだけど、本人は大真面目だった為、周囲も何も言えなかったらしい。
うん、不憫。
そんなだから人前に出る仕事なぞ当然できるはずも無く、古文書の解読や研究を専門に行う神官っぽい事をしているそうで。
最初に私が落ちた森は聖域で、普段人が立ち入る事を禁止されている場所だった。
で、森に住んでいる精霊が(そう、精霊がいて魔法もあるファンタジーな世界だったのよ!)異常を主に伝えて様子見に来て、わたしを見つけた。
そんな人の顔を見て気絶してしまったのは本当に未だに申し訳ない。
「仮面つけてても滲み出る何かがあるのかな」と落ち込む主の誤解を解くのは本当に大変だった。
あ、ちなみに私はこっちでは「そこそこ可愛い」レベルみたい。ちっこいのが愛玩動物的な人気ももたらしてる気はするけど。
……うん、まぁ、良いんだけどさ。
まぁ、いろんなカルチャーショックに襲われつつもどうにかメイドとしての仕事にも慣れた今日この頃。
1日の最初の仕事である主人の起床の手伝いへとやってきたのである。
「主さま〜朝ですよ〜起きて下さい〜」
厚いカーテンの引かれた部屋は薄暗い。
ずかずかと入り込むとまずは窓に向かい、カーテンを開いた。
途端に、朝の清々しい光が部屋に差し込む。
ついでに窓も開けば少しヒンヤリとした空気が流れ込んでくる。
うん、今日も良い天気だ。
スッキリとした気持ちでこの部屋の主がいるベッドを振り返れば、こんもり布団の山が1つ。
………潜り込んだな。
「朝ですよ〜。お仕事、遅れちゃいますよ〜」
「…………」
馬鹿でかいベッドに乗り上げるようにして布団の山を揺すってみるが返事は無い。
…………ただの屍のようだ。
って、お約束のボケを思い浮かべてる場合では無い。
時間は有限で、このままでは私の主は朝食抜きで出かけなくてはならなくなってしまう。
しょうがない。
今日も強硬手段、か。
布団の端を掴み、勢いよく引っ張る。
大きいものの、上質な羽布団は軽やかに宙を舞った。
「あぁ!ヒドい〜〜」
温かな布団の中から出てきた中味が情けない声を上げるがキニシナイ。
「おはようございます。朝食の準備が出来ませんので、早く起きて身支度をして下さい」
薄手とはいえ大きめの布団をいささか持て余しつつも声をかける。
天気も良いし、このまま天日干ししちゃおうかな〜。
「………眠い」
ノロノロと体を起こした主の言葉はスルー。
日本人なら10人いれば10人が見惚れそうな麗しい顔が悲哀をたたえ哀れを誘おうとしているが、3ヶ月も同じようなやり取りをしていれば流石に慣れた。
ここで負けていると仕事が滞るのだ。
「シャワーでも浴びてきてください。その間に食事の準備をしておきますので」
ゴウ!とばかりに浴室の扉を指差す。
仮にも主に対して態度が悪いんじゃ無いか?って。
大丈夫。
この程度で目くじら立てるような方では無いし、そもそも、丁寧にやってると本当に起きないんだもん。
深い深いため息の後、諦めたようにノロノロと丸められた背中が浴室の扉に消えていった。
その姿を確認してから、抱えていた布団を取り敢えずベッドの上に放り投げる。
『風よ』
短く唱えれば、フワリとどこからか吹いた風が布団を広げて、綺麗にベッドへと落ちる。
うん、便利。
その後、同じ要領で窓辺のテーブルにクロスをかけ、部屋の外へと持ってこられた食事を並べていく。
この仕事、実は1つ1つの道具が微妙に大きい為、結構大変なんである。
パン皿が私の感覚の大皿と言えば伝わるかな?
フォークやスプーンだって、私からしてみれば取り分け用のソレだ。
ちなみにカフェテーブルのフリした物は天板が私の胸近くまである。
セッティングしにくい事、この上無いのだ。
まぁ、慣れたけど。
届かないところはさっきの要領で風に運んでもらう。
本当に、この力が無ければ、私は仕事に大分支障をきたした事だろう。
感謝感謝。
「コーヒーが良い」
最後の皿をテーブルに乗せた時、頭上から声が降ってきた。
振り仰げば、遥か上から見下ろしているご尊顔。別に私が膝をついてたりするわけでは無い。普通に立っててこの身長差、なのだ。
その高さおおよそ60センチ。
安定のデカさだ。
いや、私が小さいんだけどさ。
「………コレ、飲んだら入れて差し上げます」
セッティングされたカップの中身は薬湯茶。
なんでも血の巡りを良くして体を内から温め、その他諸々良い効果があるそうだ。
微妙なえぐみと薬臭さがあり、私は御免こうむりたい代物だが、主の朝の定番だ。
もっとも、目の前の顰めっ面を見る限り、本人も好んで飲んでいるわけでも無さそうだが。
「毎朝のことなんですから、良い加減、諦めてください」
「そんなに言うなら、シャナも飲めば良いんだ。冷え性で辛いって言ってただろ?」
カップを手にため息をつきそうな顔をしている主を促せば、飛び火してきた。
「謹んでご辞退申し上げます」
メイド長に仕込まれた優雅な礼を1つ残して、ススッとコーヒーを入れる道具の所まで退散する。
漢方って苦手なんだよね〜。
ちなみに、私の名前は「早苗」なのだが、この世界の人に発音が難しかったようで「しゃなーえ」になる為、面倒になって「シャナ」で通している。
最初の頃は自分が呼ばれている認識が無くてなかなか大変だった。
「………シャナ、飲んだ」
褒めろ、と主張する主にコーヒーのカップを渡して正面の席に着く。
「いただきます」
主と同じ物を同じテーブルで食べるメイド。
身分制度のあるこの世界ではありえない光景だけど、コレには聞くも涙、語るも涙な理由がある。
主はその「醜さ」ゆえ、他人と共に食事をする事が出来なかったそうなのだ。
物を食べるには仮面外さなきゃだからね。
どうしても外せない会食などの時は、基本的に他人が正面に座ることは無いと聞いたときは心の中でそっと涙したものである。
で、主の顔が平気という奇特な私は、主と食事を共にするという栄誉を与えられたのである。
使用人達には涙ながらに褒め称えられた。
私は別の意味で慣れるまで大変だったけど。
だって、目の前に芸能人ばりの美形が居るんだよ?
小市民の私が緊張でモノが喉を通らなくなってもしょうがない。
「美人は3日で飽きる」って言ったやつは、絶対本物の美形を見た事がなかったに違いない。
「シャナ、今日は城の方に顔出すから一緒に行こう」
「………出来れば遠慮………はい、わかりました」
断ろうとした途端、泣きそうな顔はやめて。罪悪感、半端ないから。
しぶしぶ頷いた途端に満面の笑みが返ってきた。
眩しい。
「シャナ、顔が赤いよ?……本当にシャナは変わってるなぁ」
私の美的感覚がこの世界の人間とだいぶズレている事を知られてから、主は徐々に仮面を外す時間が長くなり、表情が豊かになっていった。
今では、2人でいるときに仮面をつけることは無い。
おかげで私の心臓はとっても忙しいのだが。
まぁ、素顔で目を見て話せる事が嬉しくてしょうがないのだろう。
今まで、家族以外はほとんど居なかったらしいから。
会話してても微妙に視線がズレていたり、時にはあからさまに逸らされたりしてたらしい。
本当に、よくグレなかったよなぁ。
「早く召し上がってください。準備が間に合わなくなりますよ?」
何が楽しいのかニコニコとこっちを見ている主を促せば、慌てて食事を取り始める。
最後のパンの欠片を行儀悪く口に放り込むと、私は食事をとる主をぼんやりと眺めた。
急いでいても決してカトラリーが音を立てることは無く、所作も美しいのは、主の教養の高さの表れだと思う。
それをただ顔の皮1枚で判断されてしまうんだから、確かにやりきれないよなぁ。
「………付いてるよ?」
ひょいと綺麗な手が伸びてきて、指先が私の唇の横を掠めた。
そのまま、何かの欠片をパクリと食べてしまった主に頬が熱くなる。
「行儀悪いこと、しないでください!」
赤い顔で立ち上がり、片付けを始めた私に主はクスクス笑いながら席を立ち、衣装部屋の中へ消えていった。
訂正!
なんかヤッパリ、タチ悪くなってる気がする!
読んでくださり、ありがとうございます。
美醜逆転に体格差。
夜凪の趣味が多大に詰め込まれた作品となっております。
少しでも楽しい、面白いと思っていただけると嬉しいですm(_ _)m




