２５歳差夫婦の新婚事情 夫・ヴィング視点
ピンと張られた真っ白なシーツの上に私は本日、妻となったサラと向き合って座っていた。
バタバタとした結婚式を終え、今晩のために磨き上げられた肌を包む絹の寝衣のまとった新婦。若さが溢れる瑞々しく張りがある肌。
香油の香りを放つ淡い茶髪の下には、小さな顔と大きな丸い緑の瞳。ちょんとした鼻に、ぷっくりとした唇。うら若き乙女が、薄っすらと頬を染めたまま俯いている。
初夜に緊張している初々しい生娘を前に、私は心の中で叫んでいた。
（２５も下の小娘が嫁ぇぇぇぇ！？ 私は、どうすればいいんだぁぁぁぁ！？）
自慢ではないが、私は見た目が良い。そのため、社交界で女に困ったことがない……というのが周囲からのイメージだが、私は色恋沙汰には興味がなく、むしろ面倒とさえ思っていた。
女を相手にするぐらいなら、友人たちと酒をかわし、事業について談義をしているほうが楽しい。そんな私だったが、何故か色恋についての噂が勝手に立ち上がること数回。
それを元に、昔からの友人たちが私の恋愛について、ないことないことを面白がって吹聴した。
その結果、私は恋愛について百戦錬磨の達人のような立ち位置に。
当の私もこの噂を利用するため、イメージを壊さないように振る舞っていたので、拍車がかかる一方で。実際の私は女と手も繋げない程なのに。
私は閉じていた目を薄っすらと開けて、正面に座る妻を覗き見た。
（ここは年上として余裕の態度を見せるべきか……そもそも、女の扱いが分からないのに、どうしろというんだ！）
このような状況になったのは、サラの実家であるユルヴィンガル侯爵家が事業に失敗したのが始まりであった。
負債の金額の大きさと見返りのなさから、誰もがユルヴィンガル侯爵家を見放した。
一方で、自分の社交界での地位をあげるため高位貴族との繋がりを求めていた私。利害関係が一致した私は援助を申し出た。
路頭に迷う寸前だったユルヴィンガル侯爵家の救いの神となった私は、当主から最大の感謝として、目に入れても痛くないという愛娘のサラを捧げられた。
その話が来た時、私は「冗談じゃない！」と盛大に拒否をした。
しかし、タイミングが悪く私は新事業の対応で国を離れていた。そのため、私が不在のまま話が進んでいたらしく、数か月ぶりに自分の屋敷に戻ると同時に結婚式に放り込まれた。
（どうして、こんなことに……）
嫁が欲しかったわけではない。ただ、自分の利益のために援助をしただけなのに、なぜか嫁を押し付けられた私は、ベッドの上で胡坐をかいたまま目を閉じて黙っていた。
私の前にいるのは事実とはかけ離れた噂しか知らない、２５も年下のうら若き乙女。
どう対応するか悩み続け、小一時間が経った頃、いろいろ観念した私は瞼を開けた。
「……寝るか」
覚悟を決めたためか、思いの他、低い声が出てしまった。
己の失態から逃げるように静かにベッドから下りる。
「は、はい！」
緊張した声を背に私は応接用の長ソファーに転がった。
「え？」
背をむけると戸惑い混りの声が。
「あ、あの……」
「私はここで寝るから、君はベッドで寝なさい」
ここで手を出して私が百戦錬磨でも何でもない、経験ゼロの男だと知られなくない。
己のプライドの維持のため、別の場所で寝る決定をした。というか、仕事漬けでまともに休めていない私の思考は明らかに鈍くなっていた。
寝ると決めたとたん、疲労で体が重くなる。
「それでしたら、私がソファーで寝ますから」
その申し出に私は慌てた。どれだけ疲れていても、２５も下の娘をソファーに寝かせて、自分はベッドに寝るなど考えられない。
とにかく説得せねば。
「私はソファーで寝ることに慣れている。君は結婚式で疲れただろう。ベッドを使いなさい」
「ですが……」
「私を初夜に妻をソファーで寝かせたなど男にするつもりか？」
それ以前に『初夜に同じベッドを拒否した男』となるが、この時の私はそんなことを考える余裕はなかった。とにかく、この状況をどうにかしなければ。
私の焦りが通じたのか、サラが納得した。
「わかりました。そうおっしゃられるなら、そのようにいたします。ですが、これだけは……」
掛布が体を包み、甘い香油の匂いが鼻をくすぐる。
「では、おやすみなさいませ」
サラが掛布のないベッドに戻った。
そっと覗き見れば、掛け物がないためか体を小さく丸めており……その姿は私の心の弱いところをチクチクと刺激して。
これでは、どちらが年上か分からない。
「……わかった。私の負けだ」
掛布をサラの体にかかけた私はベッドの隅に体を倒した。これが今の精一杯の距離。
「あの……」
戸惑いを含んだ声に、これ以上の言い訳が浮かばない私は話を切った。
「早く休みなさい」
「……はい」
二人の間には軽く一人分は空いた距離。普通の初夜なら文句の一つでも言われそうな状況だが、サラは無言のまま。
（この対応で良かったのか？ まぁ、２５歳も年上の男に触れられたくないだろうし、このままでいいだろう）
疲労が頂点に達していた私は、いつの間にか深い眠りに落ちていた。この若い妻の心中など、まったく気づくことのないまま。
これが２５歳差夫婦の初夜であった。
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