8.新しい朝
小鳥の囀りが聞こえる。瞼の外側の太陽の光が眩しい。どうやら今日は晴れの日のようだ。
筋肉痛やら負傷やらで軋む肉体をほぐすように少しずつ伸びをした。暫くゴロゴロして、体をムクリと起こす。
横を見るとギャスパーがぐっすり眠っていた。余程疲れていたのだろう。
こんな穏やかな朝を迎える日が来ようとは……。
ロリアは立ち上がり、小屋から出て外へ向かった。
外には豊かな自然が広がっている。木々の隙間から溢れた木漏れ日が体を優しく温めた。
昨夜、城から逃亡した後もしつこく兵達が追って来た。絶影馬に乗った他の奴隷達と共に、少しでも生存率を上げようと縦横無尽にバラバラに逃げたのだ。
それにも関わらず遠くへ走り続け撒いても撒いても、城の魔法使い達はロリアとギャスパーを見つけ出し、追ってきた。
なんの事はない。男爵は希少性の高い魔馬に追跡魔法を掛けていたのだ。
それに気がついたギャスパーはひとしきり兵と距離を離した所で泣く泣く馬を手放した。
ギャスパーとロリアが降りて自由になった馬は嬉しそうにいななき、人を乗せずに、ものすごい速さで駆けて行った。
名残り惜しげに見送るギャスパーを引き摺るようにして歩きまわり、やっと辿り着いたのが、この山の中にあった廃屋だ。
随分昔に元の住人はいなくなったのだろうか。ところどころ朽ちている箇所もあったが、衣服や寝床もあり最高の住処だ。
知らない土地で馬に置き去りにされ、山で遭難し掛けていたロリアにとって渡りに船だった。
「ロリア、何処にいくんです?」
眠そうに目を擦りながらギャスパーが起きて来た。
「少し探索してくる。水が欲しい、体に血がこびり付いていて気色悪い。」
「待ってください、私も行きます。この辺、きっと良い場所がありますよ。」
そう言うと懐から昨日盗んだ扇を取り出し掲げた。
「砂傀鉄扇……さぁ、砂犬よ。私たちを導いてくれ。」
ギャスパーの前に砂がスルスルと集まりだし固まり、形が作られる。キャンと一つ吠えた。それは手のひらに乗せられるくらい、小さな犬の形をしていた。
「なんか、……小さいなぁ。」
「……私の今の魔力量が少ないんです。本当ならもう少し大きいくてカッコいい。」
「そうなんだ。」
ロリアはしゃがみ、人差し指で砂犬の頭を撫でると砂の尾をブンブンと振った。
「魔力切れでもう今日は魔法使えないので、くれぐれも厄介ごと引き寄せないで下さいね。」
「ははは、さも私がトラブルメーカーみたいな言い草じゃん。」
「……。」
小さな犬は地面の匂いを嗅いでロリア達を導いた。草木が生い茂る中、砂犬を追って歩いていると開けたところに白い煙があがっている池があった。
「おぉ、池だ!」
「温泉ですよ。ここ、大炎帝国は火山地帯なんです。」
服を脱いで飛び込む。温泉って温かい。冷たい水しか浴びた事のないロリアはすっかり気に入ってしまった。
少し傷に滲みるが、全身がポカポカと暖まりとても気持ちが良い。
「ふわぁ〜、凄いよこれ。気持ちいい。生き返る。ギャスパーも入れば?薄汚れているよ。」
「あの私、一応男なんです。」
「チビじゃん。気にしないよ。」
「……。」
バシャバシャと足をバタつかせて泳いでも問題無い広さだ。
「ちょっと、……ちょっとロリア!水飛沫が当たってます、やめてください。」
背が低いからか口元までお湯につかっていた濡れ鼠のようなギャスパーが目を吊り上げてロリアを睨んでいる。
「いいじゃん、折角だし髪も洗いなよ。灰を被ったせいで灰色になってるよ。」
「もとからです。」
「元は白髪じゃん。」「違います。」
ロリアはもう一度ギャスパーの顔にお湯を掛けた。その数秒後、倍以上の水量になって返って来た。温泉は塩辛かった。
小屋に戻ったロリアは旅支度を始めた。小屋にあった黒いローブを勝手に拝借し身に付け鎌と短刀を手に持つ。
その様子をボロい椅子に座ったギャスパーが、これまたボロいテーブルに頬杖をついて見ていた。
「知っていますか?ロリアの持っているその鎌。人の骨から出来ているんですよ。」
「え?そうなの?」
マジマジと鎌を見る。確かに骨っぽい。……かもしれない。柄の部分に装飾が施されていてよく分からなかった。
「それ、神器のうちの一つです。」
「え!そうなの⁉︎」
言われてみるとそうかもしれない。普通、鎌は魔力もないのに伸び縮みしないし、魔法を無効化も出来ない。
「それで私、この世界の覇者を目指していまして。」
「え〝⁉︎そうなの⁉︎?」
「はい、そこであなたのその白霧骨鎌が必要なんです。」
「……。」
ロリアは少し考え、鎌をテーブルの上に置いた。
「これ、君にあげるよ。色々ギャスパーには助けてもらったし。」
「いや、待って待って。行こうとしないで。よく見てて下さい。」
ロリアを引き留めたギャスパーが机の上の鎌に触れた瞬間、バチッと電撃を散らし弾かれた。
「見ての通り、この鎌は魔力を持った者を拒みます。無魔人である貴方しか使えないんです。」
ロリアはパチパチと目を瞬かせながらその光景を見た。
「ロリア、私はこの世界の覇者になりたいんです。協力して下さい。」
痛いくらいに手を握り込まれる。それとは裏腹にギャスパーは無表情でロリアを見ていた。
「思い出して下さい。温泉を。あれ、私が居なかったらロリアは一生温泉の存在を知らずに寿命を迎えるところでしたよ、そんな事がこれから沢山おきるでしょうね。今後の貴方の未来に私が居なかったら。」
「……あは、ははは!」
思わずロリアはその必死さに腹を抱えて笑ってしまった。
「じゃあ……私の友達になるのなら、いいよ。協力する。」
ロリアがそう言って笑うと、怒涛の弁論と必死さを一転させたギャスパーもニコリと笑った。
「私も友達がいた事がないんです。今日から苦楽を共にする良き友人になりましょうロリア。」
ロリアは頷いて手を握り締め返した。
「さて、早速で悪いのですがロリアにはその神器で花を刈って貰います。」
「花?」
「えぇ、一カ国に必ず一つ咲いている全ての魔法の源、源魂花です。この花が刈り取られるとその国の人間は一切魔法が使えなくなります。」
「へぇー、大変だね。」
「ただ、この花がすごい頑丈で貴方の鎌でしか刈り取れないんです。」
ロリアはギャスパーの前にある椅子に腰掛けた。
「分かったよ、私がギャスパーにお花をプレゼントすれば良いんでしょ?」
ギャスパーは目をしばたたかせた。
ロリアは思わず笑いながらギャスパーの頭を撫でる。
「もう友達だから、君が欲しいって言うのなら花くらいプレゼントするよ。」
「……結構大変ですよ。命に関わるかも。」
「いいよ、別に。暇だし。獲りに行こう、世界とそのお花。」
ギャスパー曰く、この世界には5つの国があり、源魂花も計5輪ある。各国はそれはそれは大事に花を守っていて、なかなか忍び込んで刈り取るのも難しいらしい。
「ただ、まだ各国の王達は白霧骨鎌の事を知らない。魔法結界に重い信頼を置いています。そこをつけば良い。」
「そんな上手くいくかな?」
「彼らは魔法に頼り切りの生活を送っています。楽しみですね、魔法の使えなくなった彼等を見るのは。」
ふふっとギャスパーは嬉しそうに顔を綻ばせた。相変わらず不気味な子どもだ。
「ギャスパーって不気味だよね。なんか物騒だし普通の子どもじゃないみたい。」
「さぁ、どうでしょうね。でもそれはロリアもでしょ?貴方も普通じゃない。」
「普通だよ。」
「あぁ、可哀想な私のアトゥ。……普通を知らないなんて。いいですか、普通の人はネズミを食べません。驚きましたよ、山中でいきなりネズミを狩猟して。猫ですかあなた。しかもそれリスです。」
ギャスパーの近くに落ちてある麻袋が蠢いている。
「善意だよ、ギャスパー。君、狩りとか出来なさそうだし。私一人で旅に出るつもりだったから。」
「出来ますよ、何年一人で生きて来たと思ってるんですか。それにもうネズミは二度と食べたくありません。せめて兎にして下さいよ。」
「私だってネズミなんか食べたくないよ。でかい動物の肉食べたい。」
「ロリア、街へ行きましょう。街になら沢山食料がある。」
「いいねそれ。」
捕まえたばかりの獲物を外に放した。捕えられたリス達は全力で森の奥へ走って行ってしまった。ぐうぅとロリアの腹が鳴った。
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