7.大炎上
「まず一緒に3階にある武器庫に行って火薬に火をつけましょう。時間を稼げる筈です。」
城内をコソコソと忍び足で歩きながら、ギャスパーは計画を話した。
「いや、別々に行こう。私は先に奴隷達を解放してくるよ。」
「はぁ?そんなの解放して何になるんです?」
「同じ奴隷仲間だからね、助ける。」
「あなたは無魔人ですよ?変な所で世間知らずですね。外世界では無魔人の方が奴隷より下の存在です。ハッキリ言って、ロリアは人類全員の敵なんですよ。」
思わずムッとして口を尖らせた。
「……ソーシャみたいな人もいるじゃん。」
「彼女はイレギュラーです。……はぁ、私も一緒に行きます。第一、武器庫には結界が張っていてロリアがいなければ開きません。」
そう言うと、不貞腐れたようにギャスパーは頬を膨らませた。
見回りの使用人を隠れてやり過ごし、歩みを進めると先に武器庫が見つかった。というよりギャスパーに連れてこられた。思わず不満げに生意気な子どもを見下ろす。
「先に火をつけ混乱を招いた方が得策でしょう?奴隷達は外にいます。巻き込まれて火事になる事も多分ない。」
まぁ、一理ある。
ロリアは結界を破り武器庫へ侵入した。
中には沢山の木箱が積まれており、火薬や刃物、銃火器があった。男爵の武器庫というだけあり上等な武器ばかりだ。火をつけ、燃やす前に使えそうな物は頂きたい所だ。
ロリアとギャスパーは示し合わせたように武器を漁り始めた。
「これも魔法銃か……。こっちは魔剣かぁ。」
魔法銃も魔剣も魔力が無ければ使えない。無魔人であるロリアが使える武器を探しても、なかなか良いものが見つからなかった。
「これなんかどうですか?」
肩を叩かれ振り返ると、手に細長い何かを持ったギャスパーがいた。
「え、なにそれ木の棒?」
「短刀っていう武器です。魔法が無くても使えますよ。」
鞘を抜いて刃を見る。その辺にあった木箱を切ると中から火薬が溢れ出た。鎌ほどではないが切れ味は良い。刃渡も短く魚や狩った動物を捌くにも便利そうだ。
「ギャスパー、これ凄くいいよ。実は鎌でサバイバルするの結構不便だったんだ。料理とか特に。」
「料理に使うには一旦洗った方がいいですよ。それ、人の血をかなり吸っているので感染症が心配です。」
よく見ると確かに古い。沢山使われたのだろう。
「あ、ロリアも私に武器を選んで下さいよ。いいでしょ?お願いです。」
断ろうとしたが、子どものキラキラとした眼差しを受け気後れする。
「私、魔法道具なんてわからないよ。」
「なんでもいいです。あなたに選んで貰えるのなら。」
ロリアは暫く考え武器を漁ると、30センチほどの黒い棒を箱から取り出した。意外と重く金色の縁で彩った先端には、尖った刃が付いていた。
持ち手に嵌め込んである透明な玉石も趣きがある。
「これはどう?何か分かんないけど、これで殴ったらダメージ入りそう。先っぽで切れるし。」
ロリアは何度か素振りをして具合を確かめた後それを手渡した。ギャスパーは無言で受け取り横に広げた。バッと音がし、棒の形が変わった。
「これは砂傀鉄扇ですね!魔力を注ぐと砂が操れます。」
「……へー、扇だったんだ。」
「閉じると魔法の杖にもなりますし、いい品です!さすがロリア!お目が高いです。」
「……。」
ロリアは口を尖らせ、火薬に向き直った。
「武器も手に入れたし早く火をつけて此処から出よう。」
「そうですね。火を付けたら通路を出てすぐ近くの窓から脱出しましょう。家畜小屋の隣に奴隷達もいるのでそこまで走ります。」
「わかった。」
ギャスパーが閉じた鉄扇を杖のように振ると小さな火が出た。火は線香花火みたいにポトリと火薬の上に落ちた。
黒い火薬に小さな火がつきジジジと焦がしていく。
「見てて下さいロリア。花火が上がりますよ。」
「え、今⁉︎ ここにいたら私達もっ……⁉︎」
鼓膜が破れる程の轟音が響き目の前が白く染まった。全身に衝撃が走り息が出来なくなる。爆発に巻き込まれたのだ。
木箱一つ分の火薬でロリアとギャスパーは部屋から吹き飛ばされ壁に激突した。
「ウゲェ、ゲホッいたた。ギャスパー無事?」
横に転がっている塊を見る。頭から出血している。返事がない。完全に気を失っている。
「げえー!!ギャスパー、君ねぇ!!」
体を揺すっても、頬を叩いても起きない。次の爆発の気配を感じ、ロリアはギャスパーを小脇に抱えて走り出した。
背後では爆音が鳴り響いている。魔力と火薬が大爆発の連鎖反応を起こしロリアを巻き込もうと迫っている。木片やら色々なものが飛んできた。首がヒリヒリと熱い。
あと少しで脱出口の窓だ。ロリアは走りながら体を丸め、肩から窓に突っ込んだ。
パリンとガラスが割れる。
(あ、ここ3階だった。)
気づいた時にはもう遅く、体は重力に従い落下している。頭上では、つい先程まで自分達がいたところまで火が噴き炎が上がっていた。
だが、あと少しでギャスパーもろとも地面に激突する。こんな所で間抜けな死に方をするつもりは毛頭なかったのに。
「ひぃ、あああぁー!ギャスパー!起きて、起きろ!」
懸命なロリアの呼びかけに腕の中のギャスパーがピクリと動いた。しかし依然として返事はない。
目の前には地面が迫っている。もう駄目だとロリアが目を瞑った瞬間、時が止まったかのように空中で体が止まった。
「は、何これ。」
砂に包まれ、浮いている。腕の中を見ると、ギャスパーの手に少し広げた鉄扇が握られていた。
一陣の風が吹き、砂が全て飛ばされると、ロリアは地上に背中から落ちた。
衝撃は小さかったが背中が少し痛い。腹の上でギャスパーがモゾモゾと動いた。
「凄い爆発でしたね。見て下さい、石造りの屋敷が燃えています。」
見上げると確かに城は炎上している。熱気がここまで伝わってくる。
ロリアはキラキラとした瞳で火事を鑑賞しているギャスパーを自分の上からどかした。
「いいから、早く奴隷達の所に行こう。」
「えー、もう少し見ていきましょうよ。」
「使用人が来ちゃう。逮捕される前に行こう。」
背後からブーイングが飛んで来るのを無視して先を急ぐ。奴隷達が火事の巻き添えにでもなったら可哀想だ。
奴隷がいる小屋には、まだ火の手が回っていなかった。ドアを蹴破り中に飛び込む。
「一緒にこの城から逃げましょう、助けに来ました!」
ロリアがそう叫ぶと奴隷達は慌てて飛び起きた。
「急に何を言っているんだ君は。そんなの無理だ。」
一人の奴隷が疲れたように呟いた。
「俺たちはもう終わっているんだ。この首輪が見えるだろ?これがある限り、この城の外では無魔人なんかと同じ扱いさ。飼い主がいなければ良くて殺処分。悪くて拷問責めだ。」
「……分かった。その首輪が無ければいいんだね?」
ロリアは鎌で奴隷達の首輪と枷を切断して回った。皆、驚いてロリアを見ている。
「これで君たちは自由だ。あとは自分次第だよ。」
既に小屋にも爆発で飛んできた火の粉が落ち少しずつ燃えている。黒い煙が部屋に入り、こちらも命に関わる一刻を争う事態だった。
ロリアはそれだけ言うと踵を返した。
「はぁ⁉︎ちくしょう!お前……お前ぇ!余計な事をしやがって!俺らは俺たちなりに奴隷として生きようとしていたのに!!」
一人の男が叫び出した。唾を飛ばす勢いでロリアに食ってかかる。
それを無視してロリアは走り出した。城の使用人や兵が混乱している間に脱出しなければいけない。
「ギャスパー、着いてきて!行こう!城の外へ!」
この場所には見覚えがある。そこらには綺麗な花が咲いていた。生まれて初めて見た天国のような、色彩豊かな庭園。
それが今では風で飛んできた火の粉によって焼け野原となりめちゃくちゃだ。
火の赤と灰の色で地獄のようだ。
既に、警備兵が少ないところは把握済みである。暫く走ると城壁に辿り着いた。大鎌を両手で構えて壁を切り裂く。
バリバリバリッ!!
鎌が結界を引っ掻くと、強烈な音を放ち空中と壁にヒビが入った。パァンと巨大な風船が割れるような破裂音が響く。
――数百年もの間、ハーバル城を守っていた結界が壊れた。
城ではサイレンが鳴り響き渡り、少し離れた庭園の地面も揺れを感じるほど大勢の人間が走り回っている。
城外に出るにはこの高い壁を登らなければならない。
「いたぞ!逃げた奴隷だ!外に出すな、殺せ!」
背後からは、奴隷の脱走に気がついた警備兵が捕まえようと追って来ていた。上空には箒に跨った騎士が探索している。
前門の壁、後門の警備兵。上空の騎士団。まさに絶体絶命だ。
「ギャスパー、君を城壁の上に投げる。」
「え?」
時間がない。ロリアは有無を言わさず、ギャスパーの襟を持ち上げた。上に投擲しようとした直前、ロリアの動きが止まった。
「捕まえたぞ、奴隷め!手間かけさせやがって。」
ロリアの上半身に縄が巻き付いている。そのまま足蹴にされ地面に倒れ込む。縄はもがけばもがく程、強く巻き付いて離れない。警備兵がロリアを取り囲み前髪を掴んで顔を上げさせた。
「え、え⁉︎ お前……その目!……コイツはこの場で目を抉り出して処刑だ、コイツだけは必ずここで殺さなければならない!」
目の色を変え警備兵が眼球にナイフの刃が近づけた。その時だった。
「うおぉぉぉーーっ!!!いつまでも奴隷だと思ってんじゃねぇぞクソ共がぁ!」
地震のような地響きと共に、その軍勢はやってきた。数十頭もの軍馬を引き連れこちらに向かって来ている。先頭にいるのは先程助けた奴隷だった。
「ぐぁっ!」
ロリアが呆けている間に、眼球をナイフで抉ろうとしていた男が倒れた。
砂が辺りを舞っている。ギャスパーが助けてくれたのだ。
「私の魔力はもうガス欠寸前です。あとは頼みました。」
ロリアを縛っている縄を切りながら、飄々とした顔でギャスパーは告げた。
「でもロリア。見て下さい、あの軍馬。」
ニヤリと笑い奴隷達の方を指差した。奴隷と言うだけであり元は犯罪者なのだろう。
魔法を使いロリアを追っていた警備兵と躊躇なく慣れた手つきで争っている。
「あの軍馬、魔獣ですよ。それもただの魔馬じゃない。少しの食料で三日三晩走る燃費最高、俊足の暴れ馬!その名も絶影馬。久しぶりに見ました、懐かしいです。」
テンションが上がっているギャスパーが馬に突進していくのを慌てて追う。向かう先は激しい戦地なのだ。
「ロリア、私これに決めました!あなたも早くどれかに乗ってください。」
ギャスパーがケラケラ笑いながら暴れている馬に跨っているのを見上げる。
「ギャスパー……私、馬に乗れないよ。」
絶影馬は黒くて大きい。三つ目で額に縦長の大きい瞳がギョロギョロと動いている。馬のいななきは不気味な不協和音。
この馬に対するロリアの正直な感想は、〝うわぁ怖い〝の一言だった。
「じゃあ時間もありませんし一緒に乗りましょう。」
そう言っているギャスパーは、ロデオのように上下に揺さぶられ振り落とされる寸前だ。懸命に馬の立て髪を掴んではいるが時間の問題で振り落とされる事だろう。
「うおぉおおっ!!野郎ども!これで俺たちの奴隷人生は終いダァ!俺に着いてこい!!!」
「「「おぉ!」」」
元奴隷の騎馬軍が城壁に向かって一直線に駆ける。
壁に激突すると思った直前、馬は天高く飛んだ。
「えぇ⁉︎城壁を飛び越えた⁉︎」
後ろにつけている馬達も、続々と壁を飛び越えていく。実に軽やかだ。
「ロリア!早く乗ってください、手を!」
最後尾についていたギャスパーに指示され、反射的に手を伸ばす。パシッと腕を掴まれ引っ張り上げられた。
「しっかり掴まっててください。落ちたら痛いですよ。」
ロリアは慌ててギャスパーの腰に腕を回して掴まった。この高さ、この速度で落ちたら確かに無事では済まないだろう。
ドガーンッ!ヒュー、ドォン!
奴隷達の脱走に気がついたハーバル領の兵士達が一斉に追撃し出した。空からは隕石のような火球が降り注いでいる。世界が終焉するとしたら、こんな光景になるかもしれない。
ヒヒーンと馬が啼いた。
高い城壁が下に見える。あんなに超えたかった柵は、いとも簡単に呆気なく飛び越える事ができた。
だが城の外がゴールではない。追っ手を振り切り安全圏に入った時に脱走は成功するのだ。
走っている馬にも火球が当たり次々と脱落者が増えていく。
「ぎゃーー!あちぃ、熱いぃ!死にたくない!」
倒れていく人と馬を見捨て、ロリア達は前へ前へと駆けていった。火を鎌で弾き馬を守り落馬しないよう必死に魔馬にしがみ付く。
「ギャスパー、操縦は任せた。護衛は私に任せて。」
「えぇ、補助が必要なら言ってください。」
深夜にも関わらず空は明るい。あまりの眩しさに目を細める。ドドッドドッと地面を力強く蹴る蹄の音と火球の爆発音がまざり盛大なパーティーのようだった。
遠くなった城は火柱を立て炎上している。
(ソーシャ……どうか安らかに。)
ロリアは友の死を悼んだ。
ガララと音を立て城が崩壊している。悪夢が蔓延るハーバル城は遂に落城した。
城が見えなくなるまで、ずっとロリアは最期を見つめていた。
亜麻色の綺麗な蛾が一匹、ロリアの髪に止まった。暫くすると風に乗り、月に向かって飛んで行った。
「……。」
満月が静かに全てを照らしている。燃えている城も、戦っている人も、逃げている馬も何もかもを。