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6.男爵の秘密基地からの脱出


「うぎゃああぁーーー!!痛い、痛いよぉ!!」


 部屋に野太い絶叫が響いた。

 カランとペンチが千切れた腕と共に落ちる。


 悲鳴をあげたのはハーバル男爵だった。


「ヒッ、なんで貴様が動けている!魔法で縛ったはずだ!」


 ゆらりと其れは幽鬼のように立ち上がった。腹からも口からも血が流れていても、それでも男爵を金色の眼で睨みつけ、今にも死にそうな有様でありながらも、その男の命を刈り取ろうとしている。

 ロリアは大きな鎌を片手に持ち、喘鳴を漏らしながらも男爵に襲いかかった。


 

「クソ、奴隷の分際で死神きどりか、……いや待て貴様、その目、その魔力の無さ……おのれ無魔人かぁ!!なぜ此処にいる⁉︎」


 

 ハーバル男爵は半狂乱になり片手で杖を振るった。


「私とて貴族の端くれだ!国を愛している。私の先祖は国を守る為、邪神討伐に参加したのだ!」


「国と民の為にも貴様だけは此処で殺さなければならない。邪神を復活させる訳にはいかない!!〈食い殺せ火炎獅子〉」


 

 男爵の杖の先端が発火し、そこから大きな火の獅子がロリアに向かって飛び出した。唸りながら突進してくる獅子をかわす。

 ロリアは冷静に鎌で火の獅子と応戦した。決着は早く、ロリアが大鎌で横に一閃しただけで、たちまち獅子は消え去った。


「馬鹿な!」


 ハーバル男爵が慌て次の攻撃に移る前に、ロリアは相手の懐に飛び込み、小さく縮めた鎌を男爵の脇に当て、稲を刈るように引いた。すると面白いくらい簡単に、もう片方の腕も落ちた。


「ぐああぁーーー!!」


 男爵の魔法の杖がコロコロと床を転がる。両腕を失った男爵は芋虫のように床でのたうち回っていた。

 ロリアはコホコホと血反吐を吐きながらギャスパーの拘束を解いた。


「無魔人めぇ!はぁはぁ、いい気になるなよ、貴様はもうすぐ死ぬんだ。酸で内臓を溶かされ苦痛の中、無惨に死んでいく!ヒヒヒッ、ギャハハ!!」


 ロリアは男爵の断末魔を聞きながら力を振り絞った。最期にやらなければならない事がある。

 腐臭を放つ女性の前に立ち首に鎌をかけた。殺されることを理解したのか、腐り落ち飛び出ている眼球からキラリと涙がこぼれおちた。


「……ごめん。救えなくて。……私は貴方を必ず殺す。なにか最期に言い残す事は?」


 喉も食道も灼かれ、ガラガラの喉からなんとか声を絞りだし椅子に(はりつけ)られた相手の言葉を待った。


『あ、……ぁぃがと……』


 

 ロリアは唇を噛み締め両手に力を込めた。

 世界はなんて残酷なんだろう。

 処刑人のように両腕を上に持ち上げる。骨が露出している頚椎はいとも簡単に打ち落とされた。


 

 不死の魔法が掛かった人間は既に人ではない。鎌で首を落とされた女性は、みるみるうちに黒い灰へと変貌し次第に空気中へ溶けていった。


 

「メアリー!!やめてくれ!私のメアリー達を殺さないでくれ!悪魔め!この悪魔がぁ!」


 ハーバル男爵の糾弾を無視し、ロリアは淡々と女性を灰へと変えていく。

 ――なにもかもが気持ち悪い、吐き気がする。

 

 内臓も現在進行形で焼かれ続けている。今にも倒れてしまいそうな体を無理やり動かし、最後の女性に手を掛けた。


「……ソーシャ。」

「ハァッハァッ、待て!そのメアリーは殺すな!まだ新しい!私がどれだけ苦労して不死の魔法を掛けたと思っている!」


 ロリアはソーシャの頬に手を当てた。身体はゾッとするほど冷たく1週間前に抱きしめてくれた、あの温もりは無かった。

 割れ物を扱うようにソッとソーシャを抱きしめる。そのまま無表情で首に刃を突き立てたが、先程のように腕は動かなかった。カタカタと手の震えが増していき、狙いも定まらない。


 

「フー、フーッ……あぁ、あぁ、無理だ、私には出来ない。ぐぅ……ソーシャを殺せない。」

 

 ついにロリアは鎌を投げ捨てた。ソーシャの椅子の下で屈み、ゴホゴホと血を吐いた。自分の命も残り僅かだ。精神的にも、もう限界だ。何も見たくないと項垂れ、その場で嗚咽をあげながら平伏した。


 ヒタリと顔に手を当てらた。氷のように冷たいそれに思わず上を向く。


「ロリア、私の友達……お願いよ。最後は貴方の手で人として殺されたいのよ。」


 

 ニコリとソーシャは笑った。

 

(嘘つき、嘘つき!なんで笑ってるんだよ!一緒にここから出るって約束したのに!)

 

 思わず歯を食い縛り拳を握った。友と再会して、ロリアが思ったのはそんな恨み言だった。惨殺死体のようにズタボロのソーシャが笑っている。

 口を開くのも痛むだろうにロリアと会話をしてくれている。……解放をロリアに願っている。

 

 その期待に報いる為にも、顔に力を入れロリアは笑った。歪でブサイクな顔だったのだろう。

 ソーシャが微笑んでいる。


「っソーシャ!私もすぐに行くよ、一緒に旅するって言ったし。」

「駄目よ、ロリア。無魔人のあなたと一緒に旅なんて出来ないわ。ふふ、生きてこの世界を旅してね。」

「……ソーシャ。私の初めての友達。達者でね。」

「お元気で。ロリア、ありがとう。」


 どちらも酷く掠れた声で言葉が聞き取れたのが不思議なくらいだった。


 ロリアは再び落ちていた凶器を拾った。ソーシャは目を瞑っている。忘れないよう、その顔を目に焼き付け、首に鎌をかけた。

 

 初めてこの鎌がただのナマクラだったら良いのにと思った。


 

 ロリアが手を動かすと友の首は刎ねられた。少しの期待も虚しく、鎌の威力は絶大で、友はサァっと瞬く間に黒い灰となり大気へと消え去ってしまった。

 

 骨も何も残っていない。その場には血がこびりついているソーシャの服だけが存在していた。


 ガクンと膝が折れ崩れ落ちる。ロリアの体は既に限界のようだった。咳が止まらない。

 

 視界がどんどん狭くなり、次第に強く感じていた痛みも引いていった。

 

(はは、ごめんソーシャ、私、世界を旅出来そうにない。)


 意識が朦朧としている。瞳を閉じ、ヒタヒタと迫ってくる死を受け入れる。不思議とこんな場所なのに気分はさほど悪くない。

 


「ロリア、私のアトゥ。早く起きてください、貴方はまだ死なせませんよ。」


 スッと意識が遠のき眠りの際にいるロリアに声がかかった。キュポンっと気が抜ける間抜けな音がした。口元に瓶が押し付けられ、無理やり謎の液体を流し込まれる。


(誰だ?まだ、私を痛めつける気か。もう解放してくれ。)


 ロリアが液体を吐き出そうとすると、口を手で覆われ鼻を摘まれた。息が苦しい。ついには根負けし、苦くドロっとした得体の知れない物質を反射的に飲み込んでしまった。


「ヒュー……ゴホッ、ゲホゲホっ!何をするんだ!」


 息を吹き返したかのように咳をし、血の塊を吐きだした。ロリアは上半身を起こし眠りを妨げた犯人を見る。


「おはようございます、寝起きに悪いんですが、さっさと此処から出ましょう。朝になると使用人の方が来てしまいます。」



 ギャスパーだった。瓶を片手にいつもの笑顔を貼り付けている。ロリアがジッと見ていると首を傾げた。


「どうしたんです?……あぁ、この瓶ですか?これは男爵の化学薬品を拝借して即席で作った回復ポーションです。毒じゃありませんよ。ほら、あなたの傷も治っているでしょ?」


 

 そう言われ、体に意識を向けると確かに痛みは感じなかった。あんなにも内臓が溶け、死の淵を彷徨っていたにも関わらずピンピンしている。


「さぁ、立ってください。行きますよ。」


 手を引っ張られ立ち上がる。

 こんな凄惨な現場なのに、男爵に殺されかけていたのに、目の前の子どもは平然としていた。まるで何事もなかったみたいに異様に冷静だった。

 

 立ち上がって初めて気が付いたがハーバル男爵は既に死んでいた。頭に一本のナイフが深々と突き立てられ、ピクリとも動かない。


「あぁ、それですか。私、いつも護身用にナイフを数本持っているんですが……現場に凶器を忘れていくところでした!ハハハ。」


 ギャスパーは食材から包丁を抜き取るように、当たり前の事象であると言うが如く悠々と死体からナイフを抜き取った。

 血が付いたナイフを男爵の服で拭い、懐に収めるとロリアの手を取り出口へと向かった。


 おかしい。やはりギャスパーはおかしい。普通じゃない。言動も行動も到底12歳になる子どもとは思えなかった。それとも生粋のサイコパスというやつなのか。


 

「ロリア、これからが勝負ですよ。この城は使用人もある程度の強さがあるので、なかなか骨が折れそうです。この部屋には有りませんでしたが宝も見つけた事ですし……さっさとお暇しましょう。臭いですしね、ここ。」


 

 ギャスパーは呆然としているロリアを引っ張り、秘密基地から出た。先程の悲惨な部屋が夢だったかのように、目の前には綺麗で豪華な男爵の部屋が広がっていた。


ブックマークと評価ありがとうございました。

一段落ついたら1話を少し改稿しようと思います。

これからもよろしくお願いします。

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