4.ハーバル城内
「遅い、いくらなんでも遅すぎる。」
ソーシャが檻から出ていってから今日で4日目だ。牢番は2日目から来ていない。奴隷相手には見張りも適当なのだろう。
光も入らない、蝋燭一本ほどの明るさの薄暗い地下で牢番が持って来ていたカビたパンを食べる。肌寒く、視界も不明瞭な状況にロリアはげんなりした。
「いい加減、気が滅入ってしまいそうだ。」
牢番が来なくなってからは、体内時計を信じて日数を数えていた。石の壁には鎌で傷つけた4本の印が付いている。ハーバル男爵が帝都に行くまで3日ある。
「あと、3日。あと3日待って私もここから出よう。」
ソーシャが心配だ。どうか無事でいてくれと願い続けた。
ガリっと7本目の線を書く。今日で7日目だ。
ソーシャは帰って来なかった。裏切ったのか殺されたのかすら分からない。だが、もし殺されていたら牢にいるロリアも連帯責任として殺されるのではないか。
しかし、裏切っていたらそれこそロリアは処刑されるだろう。ソーシャはロリアが無魔人であると知っているのだから。
思考はまとまらない。
「……。」
ロリアはとうとう重い腰を上げた。鉄格子を外して外に出る。目前には暗い階段が上に続いていた。
鎌を握り締め、一段一段登っていく。1週間前にソーシャも一人でこの暗い階段を登ったのだ。
扉を開けるといつも通りのハーバル城内だった。時間は夜らしい。暗く、人の気配も少ない。男爵はもう帝都へ向かってこの城には居ないだろう。
ロリアはソーシャを探す事にした。もし居なかったら、もう外に逃げたのだと判断し、今日、この城を出る。そう決断した。
地下牢と違い、廊下の床には柔らかな絨毯が敷かれていた。足音が吸収され隠密行動がやりやすい。
近くの適当な部屋に入ると、中には使用人の服や掃除用具など色々な物が置いてあった。一目で奴隷と分かるようなボロい服を脱ぎ捨て側にあった執事服を着る。
合うサイズが無かった為、裾を引き摺るほどブカブカだった。
「もう!時間がないのに!めんどくさいな!」
屈んで、走っても邪魔にならないよう両足首に掛からない所で裾を折った。
鎌は小さくして、すぐ取り出せるようにベストのポケットに入れた。
キイッとなるドアを静かに押して廊下に出る。もし、まだソーシャがこの城にいるとしたら、おそらく奴隷達が住んでいる場所、家畜小屋の隣にあるタコ部屋にいるかもしれない。
ロリアは早足で家畜小屋へ向かう為進んだ。短い期間だったが城内で過ごしていた為おおよその間取りは覚えている。
中央にある大きなシャンデリアを目印に進んでいくと、ある部屋から物音が聞こえてきた。
ここもおそらく備品庫だろう。ドアが比較的質素だった。もしかしたらソーシャかもしれないと思い、窺うようにソッと扉を開けた。
「あっ、やめて下さい!」
「今は男爵がいないんだ、いつもやってるんだろ?少しくらい味見させろよ。」
「そんな事しません。本当にやめて下さい、後悔しますよ。」
「なんだよ、奴隷の分際で!静かにしろ、お前が黙ってたら男爵にバレねーよ!」
「待ってください、私実は男なんです。」
「はは、それは見て確かめてみねーとな!」
ロリアは思わず飛び出し、鎌の柄の部分で体重をかけ思いっきり男の頭部を殴った。
ボグゥと鈍い音がし男は地に伏した。ハッと我に返り、見れば鎌の柄に血がベッタリと付着していた。男の頭からツーと血が流れ落ちた。
殺人現場のようだった。
「ち、違う!私は殺すつもりは無かった!ただコイツがあまりにも気色悪かったから……」
誰に言うでもなく一人でに言い訳する。人殺しなんてした事がない、これでは本当に死刑囚になってしまう。
「大丈夫ですよ、彼は気を失っているだけです。」
声を掛けられロリアは被害者を見た。主人のメアリーだった。二重の意味で驚愕した。こんな小さな子に酷い事をしようとしたのか。
「ご主人様、なんでこんな夜中にこんな所にいるんですか?」
「ふふ、助かりました。ありがとうございます。アトゥ、お久しぶりですね。その執事服似合ってますよサイズは合ってないようですが。」
「どうも、それで幼いご主人様。なんでこんな時間にここにいるんです?」
「うふふふ、実は私、男爵にこんな物を貰いまして。」
メアリーは首元から何かを取り出した。
ロリアに見せるように手を差し出して広げると、そこには宝石がついている金色の鍵があった。
「実はこれ、男爵の秘密基地の鍵らしいです。」
「秘密基地?」
「えぇ、おそらく宝物庫でしょうね。秘密基地に絶対に入ってはいけないと言われていましたが気になるでしょう?」
「それは……気になる、かも。」
「それで見に行こうとしたんですが其処に倒れている男に絡まれてしまいました。一緒に見に行きませんか?秘密基地。」
ロリアは腕を組み少し考えた。確かに気になる。男爵の秘密基地だ。お宝や色んな物があるに違いない。しかし今はソーシャを探して城から出なければいけないのだ。
「あー、私、人を探しているんです。亜麻色の髪の毛で私と同い年のソーシャと言う女性なんですが見かけませんでしたか?」
「うーん、見ていないですね。」
「男爵の奴隷に新人が入ったとか、城内で処刑が行われたとかはどうです?」
「男爵の使用人と奴隷の顔ぶれも変わっていませんでしたし、誰かを処刑した話もありませんね。」
「そうでしたか。」
ロリアはそれを聞いて頬を緩ませ一安心した。奴隷の中に居ないという事はやはり何か事情があり先に一人で脱出したのだろう。ソーシャは無事なのだ。
「ただ、一箇所だけ情報がない所があります。男爵の秘密基地です。調べても何があるのか誰も知らない。もしかすると、そこにアトゥの探し人はいるかもしれませんよ。」
大人びていて不気味な主人だったが年相応に子供っぽいところもあるらしい。ソーシャがもう城にいない確率の方が高い今、最後に元主人の遊びに付き合ってやろうと思った。
「ご主人様はまた暴漢に襲われるかもしれないですし、私も行きます。」
「ふふ、頼りにしてます。」
「ご主人様、私は今日この城を出ますが貴方はどうします?貴方はまだ年が幼いので男爵の庇護下にいた方がいいとは思いますが……。」
「……首輪が外れないんです。」
「私なら外せます。ご主人様には世話になりましたので最後の恩返しです。」
メアリーは大きな目を細め、子どもには不釣り合いな妖艶な笑みを浮かべた。
「外して下さい。」
ロリアはメアリーの首を見た。赤ん坊の頃から首輪を付けられていたのかと思うほどの傷痕が首にへばり付いていた。
体を傷つけないよう、首と首輪の間に鎌を入れるとバチンと見えない何かに阻まれた。ロリアは息を呑んで驚いた。
こんな事は初めてだった。
「??あれ、おかしいなぁ。ご主人様、少し時間が掛かるかもしれないので私の膝に座って下さい。」
そう言うとロリアは対面するように膝にメアリーを乗せた。メアリーは突然の暴挙に固まり、次第に暴れ始めたがロリアが小さな頭を掴み自分の肩にメアリーの顔を埋めるようにすると大人しくなった。
体格差の前で抵抗は無意味だと悟ったのだろう。
メアリーの首輪はやけに硬かった。なんでも断ち切るこの鎌がまるで錆びた鎌のように切れなくなった。
だがノコギリを使うように少しずつ動かしていくと、次第に裂け目が大きくなっていった。
「やった!やっと終わった!」
床に落ちた古臭い首輪を見て達成感に浸る。結構時間が経ってしまった。最初は横にいる血濡れの男が起きないかハラハラしていたが、今ではその男はいびきを掻いて寝ている。呑気な物だ。
手を開いたり閉じたりしている子どもを見下ろした。てっきり首輪のせいで出来た傷だと思ったが少し違うかもしれない。
綺麗な傷が一筋、首を一周している。まるで切り落とされたかのように。
「それで、メアリー様。秘密基地の場所は?」
「……私の名前はメアリーではありません。」
「?へぇ、そうなんだ。……まぁそう言うこともあるか、奴隷だし。」
「私の名はギャスパーと言います。あなたの名は?」
ロリアはめんどくさそうに肩をすくめた。城から出たらお互い赤の他人になるのだ。名を明かす意味など何もない。
ロリアが今いるのは男爵の宝物庫、秘密基地を知りたいという好奇心から来ているのだ。それが無かったら一刻も早くこの悪趣味な城から出ていっている。
「私はロリア。誤解しないで下さい。もうお互い首輪を外しているんだから奴隷じゃない。私と君の主従関係は解消されている。」
「えぇ、分かっています。」
本当に分かっているのかいないのか、メアリー、改めギャスパーは微笑みを浮かべてロリアの言う事を肯定した。
読んでくれてありがとうございました。
完結目指して投稿していくつもりですのでよろしくお願いします。
今のところ週に2回を目標に投稿していきます。