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1.始まりの神途境


 

 魔法を使えない人間は殺さなければならない。どの国にも法律でそう定められてある。

 

 人々が呼吸をする様に魔法が使える世の中でロリアは魔法が使えない無魔人(むまびと)であった。

 無魔人であるとバレたら殺される。だが、そんな生まれついての死刑囚でも生きられる唯一の場所があった。


 そこは国と国の境にある無法地帯。違法建築が盛んに行われ、人口も建物も異常に過密しており迷路の様な町だった。

 薬の売買は日常的に行われ、殺人や人身売買も当たり前の場所。

 そこらへんに垂れ流されている糞尿や死臭、化学薬品や下水で匂いも強烈だ。一度入ったら出られない世界最凶のスラム。

 ――死の都、神途境(シェンズキョウ)

 少女のロリアは一人、そこに住んでいた。



 

「はぁ、仕事の時間だ。行かなきゃ。」

 

 ロリアは退屈そうに、癖がかった朱殷(しゅあん)色の髪の毛を細い指先で弄んだ。

 長い前髪で隠された眠たそうな瞼の下には不吉な金の瞳があった。

 

 ボロボロの黒い外套のフードを被り人形のような青白い顔を隠す。

 職業は何でも屋で、毎日その日暮らしで小銭を稼ぎ生活していた。

 太陽の光が届かない薄暗い路地を渡り、違法建築のせいか異常に段数がある階段を下る。

 地面ではネズミが慌ただしく逃げ回っていた。

 

 ロリアの棲家は最上階にあった。天井は剥がれ雨漏りもひどく、壁も割れて一部無くなっている。

 ほぼ野宿のような様相だが割と気に入っていた。


 長い階段を降り外に出ると空はいつも通り薄暗い曇天だった。


 ――憂鬱な気分だ。

 今日の仕事は郵便配達だ。配達物は茶色い小包でかなり軽い。ふるとカサカサと音がする。

 だが中身はもちろん確認しない。好奇心は猫をも殺すのだ。

 

 薄暗く狭い道を通る。側にはガリガリで、虚な目の人が座り込んでいる。悲しいことにこれが日常なのだ。

 

 ヒュンッと音がし視界の端で何かが通った。

 反射的に右手に持っている草刈り鎌で飛んで来たそれを打ち払った。

 

「うわ、びっくりした!」

 

 地面には槍の様に尖った折れた氷柱が突き刺さっている。

 魔法が飛び交い、毎日の様に火や氷が降り注ぐこの物騒な場所でロリアが生き残れていたのは、ひとえにこの魔法道具のお陰だった。

 

 なんでも切れる伸縮自在の草刈鎌。幼い頃、その辺に落ちていたのを偶然拾ったのだ。

 

 時刻は昼過ぎ。時間通りに約束した裏路地に行くと男が一人立っていた。血走った目をギョロギョロと動かし、時々体を震わせている。おそらくソイツが受取人だろう。

 

 

「受取人のザバさんで間違いないでしょうか?」


 近づくと挙動不審な男はロリアを見た。

 

「そうだ、俺が受取人だ。」

「こちら郵便物です。受取書にサインを書いて下さい。お代は500ピートです。」

「……お前、歳いくつだ?」

「さぁ、10代後半から20代くらいだと思います。」

「なら……いい。」

「?」

 

 サインと代金を受け取る。

 

「またのご利用をお待ちしてます。」


 

 男は小包を受け取ると慌てて走り去った。微かに血の香りがする。多少嫌な予感はしつつ、ロリアもその場を足早に後にし帰宅した。



 灰色のコンクリートジャングルの壁を背景に赤や青のネオンが所狭しと並び、煌々と光っている。

 店舗の看板だ。

 

 無数に並ぶ露店群に近づくと鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが漂っていた。


「どうだいお嬢ちゃん。500ピートで肉をうってあげよう。おまけも付けるよ。」

 

 誘惑に負けた。涎が止まらない。なけなしの金銭を全て使い果たし謎の干し肉を買った。久方ぶりのマトモな食事だった。


 

 軋んだ音がするボロボロのドアを開け外套を脱ぎ部屋にある簡易ベッドに寝転ぶ。

 買ったばかりのジャーキーをチマチマ食べ、欠けた壁から外を眺めた。

 この部屋は隠れ絶景スポットだ。高い景色からは町の様子も外の世界も見ることが出来る。

 

 神途境は深い森に囲まれていた。森の向こう側には何があるのかは分からない。


 この光景を現時点でロリアと分かち合える人間はいない。無魔人である限りどこまで行っても孤独で人の輪に入る事は出来ない。

 

 神途境で暮らせているのは一重に他人に深く踏み込んではならないという暗黙の掟があるからだ。

 

 幼い頃、無魔人であるとバレた時は酷い目にあった。この町ですら皆、目の色を変えてロリアを遠くへ追い払う。

 

「友達が欲しい。一緒に自由に世界を旅してみたいな。」

 

 無機質な声がポツリと部屋に響いた。




 その日も郵便配達の仕事だった。場所は6通り向こうの晩羅通り、日が一番高くなる頃に待ち合わせだった。そこは他の所と比べ、看板がなく薄気味悪い所だった。


 配達場所はそこにある建物だ。表札もなく本当にこの場所であっているのか不安になるほど人の気配も感じない。

 古いコンクリート作りのドアを3回ノックすると静かに扉が開いた。

 

「あ、配達に来ました。ラウラ様のお宅で間違い無いでしょうか?」

 

 出て来たのは黒い髪にピアスを沢山付け、狼のタトゥーを腕に入れた見るからに危なそうな男だった。思わず視線を下げると、相手の手には鉄パイプ。

 ロリアが反応する前に男は腕を振りかぶり頭を殴った。


ガっ!!


 ぐわんと頭が揺れる。次第に意識は遠のいた。



「……はっ、何これ?」


 ロリアが気がつくと、そこは檻の中だった。大型動物用のケージのようで狭く、足も伸ばせない。起きあがろうとすると勢いよく頭を天井にぶつけた。

 

「――っ!」

 

 思わず無言で悶える。

 頭に手を当てると、ここ数年は経験がなかった程立派なたんこぶが出来ていた。おそらく鉄パイプで殴られた時にできたのだろう。


 

 薄暗い室内を見渡すと、そこにはロリア以外にも人が捕えられていた。町中で売られている犬や猫のように一人ずつ檻にはいっている。


 

 一人だけ檻に入らず部屋の中央で椅子に座り白い煙を吹かしている人間がいた。見張の人間だろうか。

 黒い髪に狼のタトゥー。間違いなくロリアを鉄パイプで殴ったであろう人間だった。

 

「ラウラさんですか?」

 

 男はロリアを一瞥した。

 

「あの、ここから出して欲しいんですけど。」

「はは、出すわけねーだろ。イカれてんのかお前。」

 

 男は笑いながらこちらを見た。どうやら話を聞いてくれるみたいだ。

 

「何で私を捕まえたんですか?」

「理由か?理由ね……先週、俺たちの仲間のザバが死体で発見されてね。おまけに受け取る予定だった薬も持っていなかった。」

「なるほど。」

「お前が犯人だ。」

「違いますけど……。」

「幸いお前は女だから生きたまま売れる。犯人探しなんてめんどくせぇ、大事なのは失った金をどう取り戻すかだ。」

「はは、は。」

 

 ロリアは引き攣った笑みを浮かべた。最悪だ。

 いつか起こる可能性のある事で、覚悟はしていたが予想以上に理不尽な目に遭うのはキツイ。精神的にはもう瀕死状態だ。

 

「逃げようとしても無駄だぜ、お前らのその首輪は魔力封じが掛かっている。魔法が全く使えないだろ?」

 

 ロリアには関係のない事だ。ポケットを確認すると小さくした鎌が入っていた。脱出のチャンスはまだある。


 暫くすると別の男の人が入って来た。二人は何かを話し、また部屋から出ていった。

 ラウラが鉄パイプを振り上げた。

 

「出荷の時間だ家畜共。〈闇の奥底で彷徨え〉」


 呪文を唱えると鉄パイプの先端から青い光が出て檻の中の人達を包み込む。

 

 世界を滅茶苦茶にして来い無魔人

 

 ロリアに猛烈な睡魔が襲い掛かり、最後に聞こえた声について考える間もなく意識は落ちていった。


 

 

 

 気がつくとまた檻の中だった。鉄格子が目の前にある。地面がガタンガタンと揺れている。魔車に乗せられて売られていくのだろう。思わず大きな溜息が漏れ出した。

 

「はぁ、今日はこんなのばっかりだ。」

 

 ロリアが起き上がると、目の前にボロい服を着た男女が10人ほどいた。出荷する牛のように一つの檻に入れられている。


 皆、魔力制御の首輪をつけられており暗い顔で項垂れている。体調も悪そうだ。魔車は魔力を動力にしている。おそらく無理やり魔力を取られているのだろう。

 

 外は布で目張りされており見えないが、ここはおそらく荷台の上だ。

 

「俺たちは外の世界に連れて行かれるんだ。」

 

 ボロ切れを纏った筋肉質の男がそう呟いた。同じく神途境で攫われたのだ。

 ロリアは両膝を抱えて座り、俯き耳をそばたてた。暇だ。

 

「外世界だって?嘘だろ!神途境には誰も外に出られない結界が貼ってあるはずだ。」

「そう思うだろ?だが、俺たちみたいな下の人間は入ったら二度と出られねぇが、上級の人間は通行証を持っていたら出入りが自由らしい。」


 初耳だ。まだまだ未知のことがたくさんあるようだ。

 

「臓器を取られて殺されるだけならまだ良い方だ。外世界の連中は俺たちを人間だと思わないからな。奴隷になったら死ぬまで酷い目に遭うぞ。」

「最悪だ。オレ死刑囚で神途境に逃げて来たんだ。拷問されて殺されるのかもしれん。死にたくない。」


 

 男が泣き出すと、感情が伝播したかのように他の人たちもシクシクと泣き出した。

 

「どうにか檻を壊せないか?」

「外世界に行くまでに森を通る。おそらく今その森を通っているだろうが……この森には強い魔獣が生息している。出られても死ぬだけだ。」

「最悪だ、奴隷の首輪がつけられてる。これ鍵穴がない。一生外せないんだろ?」

「オレ外世界出身だけど犯罪奴隷の末路は悲惨だった。首輪が外せないから逃げても他の人間に迫害されるんだ。」

 


 今逃げ出すのは得策ではないだろう。森で獣に食われるのも嫌だ。そして、いざという時の為に体力を温存しておいた方が良い。

 ロリアはフードを深く被り眠る事にした。


 

 ガクンと衝撃が走り目が覚めた。車体が停止したのだ。

 眠い目を擦りながら一つ欠伸をした。随分と長い間座りっぱなしで体の節々が痛む。

 どうやら目的地に到着したらしい。

 

「おら、歩け。」

 

 空腹で疲労困憊の中、檻から出され魔法で無理やり歩かされる。

 いい天気だ。一日ほど経ったのだろうか。日差しが目に刺さりとても眩しい。

 目がくらんでいる間に連れて行かれた先は、ブロック造りの広場で屋外のステージのような所だった。


「これから午前の部の奴隷競売を開始します!」

 

 売人が声高々にそう言い放った。

 下を見ると数多くの人間が肉を品定めするかのような目で此方を見ている。自分が商品なのだ。

 地獄のような光景だ。

 

「では1番から!筋肉と体力があるので肉体労働が得意ですよー!はい、10万ピートから!」「15!」「30!」

「この女は不潔ですが洗えばそれなりに綺麗になるでしょう、30万ピートから!」「――!」ガヤガヤ


 眩暈がしてくる。空腹と喉の渇きで気分は最悪だった。数多の下卑た目が此方を覗いている。


「なかなかしんどいなぁ。」


 小言を漏らし、思わず目を逸らした。


 大衆を冷めた目で見ながら考える。

 もしロリアが無魔人であると知られたら奴隷にされるまでもなく殺されてしまうだろう。

 

 買われたら隙を見て逃げ出さなければいけない。

 ――戻ろう。神途境に。

 

 外世界は想像より遥かに恐ろしい所なのだろう。

 

 神途境にも同じく人身売買はあったが、こんなに悲壮感は無かったはずだ。

 あそこは大なり小なり皆犯罪者で、ある意味、人々の間に上下の区別があまり無かったからだ。

 

 ホームシックなのか悲観的になっているのか今は治安が悪く臭い灰色の町が恋しい。


 

 ロリアは25万ピートで買われた。ハーバル男爵と名乗り、身なりも相応に良く、小太りで薄毛の男性だった。横には10歳前後の子供がいる。

 

「来月の今日に、この子の12歳の誕生日でがあってね。プレゼントに奴隷が欲しいって言ったからここに連れて来て君を買ったんだ。よろしく頼むよ。」


 

 ロリアを選んだ子供はかなり綺麗な顔立ちをしていた。男か女かわからない中性的な子どもだった。まん丸で垂れ目な赤い瞳がロリアを冷静に観察している。

 

 夜空に浮かぶ星のように美しい銀色の髪に育ちが良さそうな清潔感のある高級な服装。

 

 それだけに首に着けられた首輪、古くさい魔力制御装置の存在が異質だった。この子も奴隷なのだろうか。


 

「私、貴方が欲しかったんです。ずっと待ってました。よろしくお願いします。」

 

 奴隷相手に随分と丁寧な口調だ。

 ロリアは差し出された右手を見た。水仕事も荒事も知らないような卵のようなスベスベの肌だった。

 その手を握ろうとすると、いきなり頬を殴られ吹っ飛ばされる。


 

 「穢らわしい奴隷の分際で私のモノに触れるな!」


 

 ハーバル男爵はそう言い放ちその子どもを抱えて魔車に乗り込んだ。ロリアは奴隷として荷台に詰め込まれた。


「前途多難だな。」


 どうせ生きてても良いことなんて無いんだ。死んだ方が良いんだ。全てを諦念し目を閉じる。

 

 この子どもとの出会いがロリアの人生も、世界も何もかもを大きく変えるとは、まだ夢にも思っていなかった。

 

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