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17.光白国の聖花


 暗闇の中で星だけが煌々と光っていた。

 

 真っ黒な水面もキラキラと星あかりで所々輝いている。川は荒れていた様子が嘘のように穏やかだった。

 ただし寒い。

 寒い日は天体観測に適しており一等夜空が綺麗に見えるのだ。


 川岸の葉っぱを踏み付け現実逃避から戻り、ロリアは覚悟を決めた。


 目線の先には宙に浮いた砂が矢印を形どっており下を指している。先は黒い川の水面だ。

 おそらく、そこにギャスパーは沈んでいるのだろう。


「ギャスパー、流石に明かりがなかったら見つけられないなぁ。」


 スルスルと星明かりに照らされた砂が動いた。砂が固まり手の形になっている。そして拳を握った状態で親指を挙げた。


「OK、大丈夫……ってこと?いや、こっちが大丈夫じゃないんだよ、寒いし。遠回しに救助を拒否しただけで……」

 

『私も寒い、はやく』


 砂文字が自己主張し出した。一つため息を吐いて、そろりと墨汁のような川に爪先をつけた。

 足先から頭まで悪寒が走り鳥肌が立つ。


 口に短刀を咥え、両手を空ける。

 暫く足首まで冷たい水に浸かっていたが意を決して川に肩まで飛び込んだ。


 砂に導かれるように川の中を進んでいくと、急に水深が深くなった。


 砂が水中に入っていく。そこにギャスパーがいるのだろう。深呼吸をし呼吸を整えロリアも潜った。


 ゴボゴボと耳に水音が響く。視界は真っ暗で何も見えない。

 だが底に蛍のような一つの淡い光が見えた。


(ギャスパー!)


 急いで深く潜水するとギャスパーはいた。髪を藻のように漂わせ、水底でギラリとした赤い瞳がこちらを覗いていた。

 しかし、よく見ると下半身が大きな岩に押し潰されている。身動きが取れないのだろう。


 

 岩を退かそうと両手で押すがびくともしなかった。


 どうしようか迷っているとギャスパーが隙間を指差した。


 なるほど。

 

 空気を吸いに一旦戻り、もう一度挑戦する。

 隙間に咥えていた短刀を入れ、てこの原理で岩を持ち上げると簡単にギャスパーを救出することに成功した。


「ぷはぁっ!」


 ザブザブと音を立てて岸に登る。服に水が染みて重い。ギャスパーのマフラーをわし掴み這う這うの体で陸地についた。

 

 座りながら服の裾を絞れば水が大量に出てきた。乾かすのにも時間がかかるだろうと出来るだけキツく脱水する。


「もう寒中水泳はこりごりだ。」

「奇遇ですね、私もです。」

「濡れ鼠みたい。」

「あなたも。」

「無事で良かった。」

「こちらの台詞です。」


 彼は酷い有様だった。全身ずぶ濡れの泥だらけで、足が折れているのかタコみたいにフニャフニャで上手く歩けていない。

 ロリアは立ち上がりプルプル震えているギャスパーを連れて部屋に戻った。


「私の部屋に案内するよ、ここは光白国の修道院なんだ。」

「ええ、ずっと見ていたので知ってます。」

「……お腹減ってない?」

「川の中で新鮮な魚を食べていたので大丈夫です。」

「……その足ポーションで治せば?」

「はは、ポーションは不味いので普通は飲みません。魔力が回復したら魔法で治しますよ。」

「……。」


 肩を貸すために掴んだギャスパーの腕はゾッとするほど冷たく軽かった。まるで死体のようだ。本当に生きているのかと不安に思う。

 

 しかし、魔法とはなんて素晴らしい物なのだろう、水中の中でも生きていられる。ロリアには逆立ちしても出来ない所業だ。



 

 部屋に戻るとロリアは拾ってきた石で勝手に作った暖炉に火をつけた。

 火種は石を打つと簡単に出る。

 

 石に敷いた枯れ葉に火をつけるとあっという間に燃え上がった。暖炉と言っても殆ど焚き火のようではある。温かい。芯まで冷えた体に火の温もりがよく染みる。


 火で二人分の服と髪の毛を乾かしながらロリアはポツリと話した。


「鎌、なくしちゃった。」

「はっ⁉︎」

 

 ギャスパーはギュンと振り返り大きく目を開けて驚いている。


「あと私、明日の朝早いからもう寝るね。おやすみ。」


 それだけ言うとロリアは隠れるようにベッドに潜り毛布に包まった。

 すると、すかさず小さい手で体をゆすられた。


「私も寒いので布団に入れてくださいよ。」

「足、折れてるじゃん。余計悪化するかも、危険だよ。」

「自然回復するので大丈夫です。それと神器の件ですが……。」

「……見つかるかなぁ?」

「ええ、腐っても神器です。いずれ然るべき時にまたあなたの前に現れるでしょう。」


 それなら一安心だ。

 ロリアは欠伸をし、引っ張られる毛布を無視してぐっすりと深い眠りについた。




 ――――――――――――――――


 


 ロリアは本日、最悪な一日を迎えることとなる。

 起床の鐘が鳴る前にトントンと部屋のドアが叩かれた。

 

――寝坊した!

 慌てて飛び起き目元に包帯を巻く。


「ロリア、起きていますか。」


 ルシーラだ。まずい。そう思った時にはすでに遅く、急いで返事をし横に寝転がっているギャスパーを無視して部屋を飛び出すと怖い表情をした彼女が立っていた。



「私、昨日あなたにおっしゃいましたよ。準備して礼拝堂に来て下さいと。」

「ごめんなさい。」


 パチンと頬を張られた。目覚めの一喝フルスイングビンタだった。結構痛い。


「早く行きましょう。本日は教皇様にお会いします。あなたはただの荷物持ちですので言葉を発さず静かにしていて下さい。」


 礼拝堂は同じ敷地内にあるが一度外へ出なければ行けない。ロリアはヒリヒリする頬をさすりながらついて行った。

 

 外に出ると日が登りかけているのか、黒い空の下方がオレンジ色に染まっておりグラデーションになっている。


 

 礼拝堂には見知らぬ人物が立っていた。顔は黒のベールで覆っており身長はそれほど高くない。

 ロリアと同じく黒い修道服を着ているので、おそらく女性だろう。そして首輪。



 とてつもなく嫌な予感がする。


 

「ロリア、こちらはマリーです。これから御二方でとある所に荷物を運んで頂きます。ただし神聖な場所なので決して騒いではいけませんよ。」


 

 ロリアとマリーはお互い会釈して挨拶を済ませた。

 ルシーラが礼拝堂の奥にある扉を開けると、ロリアは驚きの光景を目の当たりにした。

 

 そこは鬱蒼と茂った森だった。

 神途境から見えていた森に似ている。薄暗く冷たい雰囲気だった。


 扉が魔法陣の代わりになり別の所へ移動させられたのだろう。



 ルシーラに釣られ、ロリアともう一人の女性も森の中へ足を踏み込むとたちまちドアは消え去った。


 森にも関わらず生き物の鳴き声が聞こえない。薄気味悪い。とても不気味だった。


 

「この荷車を森の奥にある光に捧げて下さい。マリー、ロリアは盲目です。あなたは二度目でしょ?先導して下さい。」

「ですがルシーラ様、私はすでに洗礼を受けて」

「マリー、行きなさい。命令です。あの部屋から出たいですよね?その首輪も外してほしいでしょ?」

「あっ。……。」


 マリーが青ざめ押し黙ったあと、ルシーラは手のひらサイズの鐘を取り出し厳正な態度で言い放った。


 

「この場所には掟があります。一つ、決して声を上げない事。二つ、私が鐘を鳴らし合図するまで荷物を運んだらその場から動かない事。」


 

 そこには荷車があった。荷台には2メートルほどの高さの箱のようなものに目隠しの布がかけられており中身は見えていない。

 カタカタと動いた気がした。


「わかりましたね、ロリア、マリー。では行ってきて下さい。」




 ロリアとマリーの二人は無言で荷車を引いていた。一人では引けないほどの重量と慣れない獣道でかなり体力が消耗される。



「あなたは良いわね。盲目で。」

「そうかなぁ?」

「ええ、嫌な物を見なくてすむもの。」

「あれって?教皇にこの荷物届けるだけじゃないの?」

「……。知らない方が幸せよ。」


 意味深なことを言い、また無言になった。


 同じような風景を尻目に黙々と歩き続けていると前方に光っている物が見えた。

 あれがルシーラが言っていた光なのだろうか。


 ――しかし光に荷車を捧げてどうなる?


 よく分からなかったが、そんなロリアの素朴な疑問はすぐに解決された。



 光がゆっくりと、こちらに向かって動いている。


 

 それは3メートルはあるであろう、巨大な冬虫夏草のようだった。茎の先端に芋虫の様な物がついていた。いや、芋虫じゃない。

 おじさんだ。少しハゲた芋虫のようなおじさんの尻から茎が生えている。

 

 まるで本物の芋虫のような胴体に丸々として手のひらと赤い目が沢山ついている。

 

 顔についている目は白目を剥き、口からはダラダラと涎を垂らし続けていた。

 最早胴体と同じ太さの首からは申し訳程度に黄色い花弁が生えている。

 


 胴体部分の紅の目がギョロギョロと急かしなく動きロリア達を見つめた。

 茎の部分がズズズと動きゆっくり移動している。

 

 そして、大炎帝国にあった源魂花(げんこんか)のように、こちらも光のように黄色に発光しており腐敗臭を発している。


 クケェェェええっ!えっ、え!


 気持ち悪い鳴き声だ。

 

(これ、ギャスパーの魂のカケラなのか……。)


 思わず眉間に皺を寄せた。

 ……キショイ。その言葉だけがロリアの思考を埋め尽くした。



 だがそんな柔な思考はすぐさま失せる事となる。


 がシャァァン!!


 源魂花が荷台に顔を突っ込み檻を壊して布を剥いだ。荷台の中身は檻に囚われ、猿轡をされ声を発する事の出来ない4人の人間だった。


 一人の人間が耳まで裂けた芋虫の口に咥えられた。

 

 ブチんっと音がし肉片と血液がその場に散らばった。


よいお年を。

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