16.新天地
「ここは……。」
目が覚めると知らない場所だった。天井は古い石で出来ている。誰かの家なのだろうか。
簡素でありながらも机がありその上には花が生けられている。
前に誰かがいたのだろう、そこはかとなく生活感があった。
「起きましたか。」
優しい声が聞こえたと同時にキィとドアが開けられた。思わず目を閉じる。目を見られたらお終いだ。
「はい、あの、ここはどこ?」
「ここは修道院です。あなたが川岸で意識を失っているのを発見したんです。」
「助けてくれてありがとう。」
「いえ、……あの失礼ながら貴方は目が見えていらっしゃらないのですか?」
「えっ。」
ロリアが目を瞑ったままキョロキョロと首を動かしていたからだろうか。盲目だと勘違いしたようだ。
「それに紅石がついている首輪も……もしかして隣国の大炎帝国から逃げて来られたのかしら?」
もしかするとここは既に光白国なのかもしない。渡河は成功したのだ。
誠実そうな彼女を騙すのは気が引けたが、ロリアはその勘違いに乗っかる事にした。ここは穏便に済ませたい。
「あ、はい。実はそうなんです。目もその時に悪くして……。」
「あなたが悔い改めれば神は全てを受けいれます。」
「えっ、」
「神の洗礼を受けましょう。そうすれば貴方の罪も洗い流され一から生まれ変われるのです。」
――なにか雲行きが怪しいかもしれない
ロリアは曖昧に引き攣った笑みを浮かべた。
「あの、連れもいたんだけど何か知らない?」
「いえ、知りません。ですが昨夜は川は増水し、酷い嵐でした。もしかすると既にもう……。」
「……そうですか。」
「なにかあったらそのベルで呼んで下さい。私たちは貴方を受け入れます。」
彼女はそう言うとロリアを部屋に置いて出ていった。
ふと下を見ると服が変わっていた。修道服を着ている。ギャスパーに選んでもらった短刀も白霧骨鎌も無い。
少しまずいことになっている。
ロリアは急いで横にあったベルを鳴らし、言われた通りに人を呼んだ。
呼ばれて来たのは、やはり先程の修道女だった。
彼女の名前はルシーラ。ここの教会の古株らしいがロリアより少し年上くらいの女性だった。
金髪に、ぱっちり二重の碧眼。しみひとつもない綺麗な白い肌。ギャスパーも綺麗な顔立ちだったがこの人も美人だ。
手を引かれて外に出た。敷地が広く、自然豊かで木や草が生い茂っている。
連れて行かれた先は教会のような所だった。窓は色とりどりのステンドグラスになっており祭壇と長椅子が配置されている。
朝昼晩と一日に三度お祈りする場所らしい。
薄目で見ると、シスターが膝を折り、祭壇に飾ってある神の偶像に祈りを捧げている。
ロリアも棒立ちのままおうむ返しで復唱しよく知らない神に祈った。
「あの、私が所持していた服とか物とか……。」
「洗礼は今週末に行いますが、あなたはもう私達の家族です。まだ仮ですけどね。」
「はぁ。」
「ですので、これから衣食住全て私達と同じ生活を過ごして貰います。」
「……。」
絶句しながらも考えを巡らせた。衣類はまだしもどうにか小刀と鎌は返して貰いたい。
「あの、私の所持品に木の棒みたいなのあったよね?」
「えぇ、ありましたね。」
「それ実は視力の無い私が空間を把握する事が出来る杖みたいな物でして……返して欲しいです。」
シーンとその場が静まった。
――少々、強引すぎただろうか?
冷や汗が背中をつたい、緊張で手足が冷たくなって来ている。嘘をついたとバレたら大変な事になりそうな雰囲気だ。
「あら、そうでしたの。申し訳ございません。気が効かなくて。」
意外にも簡単に騙されてくれた。ほっとひと息つく。教会のステンドグラスに写っている神が微笑みながら笑っていない瞳でこちらを見つめていた。
また手を引かれ、ついた先は外にある物置のような所だった。
いや、物置ではない。大きなゴミ捨て場だ。生ゴミや塵などと共にロリアの服や所持品も乱雑に捨ててあった。
「着きましたよ、ここにあなたの探し物があるはずです。さぁ見つけて下さい。私、あなたの所持品を覚えていませんので。」
ロリアは盲目を装っている。
意外と広いゴミ捨て場で簡単に短刀を見つけ出すと怪しまれる事だろう。
仕方なしに四つん這いになり、ゴミ山へ飛び込み這うようにして探すフリをした。
境遇故か、ロリアはゴミ漁りが大の得意だった。
取り敢えず生ゴミを掻き分け、少し経った後に短刀を手に入れるかと思っていたロリアの手がピタリと止まった。
――これ、ヒソクレフの仮面だ。
見覚えのあるピエロの仮面。奴はこの場所に辿りついたのだろうか。
急いでギャスパーの物はないかと探す。
これでもない、あれでもない。ガラクタばかりが出てくる。
暫く無我夢中で探したが結局何も出てこず額に汗が滲んだ。
「ふふ、あはははっ!」
びくっとロリアは肩を強張らせた。ギャスパーの持ち物を探すのに必死で、まったく背後の修道女を意識していなかった。慌てて目の色が見えないくらいに瞼を細める。
「ふふ、失礼。少し思い出し笑いをしてしまいまして。」
するとロリアの短刀が動き手元に落ちた。気が済んで助けてくれたのだろう。すかさず手に取った。
「これです、……ありがとう。」
「いいえ、神のご加護のおかげでしょう。あって良かったですね。さぁ次は勉強室へ行きましょう。」
手首を引っ張られツンのめりながら着いていく。怒涛の一日になりそうだ。
歩きながら思考を巡らす。仮面がゴミ箱にあるということはヒソクレフもこの場所に来たのかもしれない。
ギャスパーだって一応魔法使いだ。あんな川で溺れ死ぬなんて事はないだろう。
この修道院は何かを隠している。
気を引き締めて行こう。ロリアはうっすらと琥珀色の目を光らせた。
修道院は規律だらけの生活だった。
朝は日の出と共に起床し神に1時間、祈りを捧げ沢山いる修道士達と共に長テーブルを囲み朝食を食べる。
その後は魔法を使えるにも関わらず畑仕事などを肉体労働でこなし、また神に祈る。
そして勉強室という名の暗くて狭い監禁場所でひたすら神である聖女について延々と語られる。
唯一有難い点は包帯を支給された事だ。光で目が痛むと言ったら簡単に手に入った。
それに針で複数穴を開ければ目隠しの完成だ。
だが、これがずっと続くとなると気が滅入ってしまう。外出の自由はもちろんない。
ゴミ捨て場にも無かった鎌を探しに行きたいのにその時間もない。
一番嫌な時間はこの洗浄の時間だ。
天の川が綺麗に見える寒空の下、川岸の人気のない所でワンピース型のシンプルな薄衣一枚で立たされキンキンに冷えた水と泡を掛けられる。
足の裏を草がくすぐり、こそばゆかった。
単純に寒い。夜は冷える。凍え死にそうだ。
ブルブル震えながら、くしゃみを連発しているロリアをルシーラはにこやかに眺めていた。
「ロリア、あなたに仕事があります。」
「仕事?」
「ええ、働かずに生きていけるはずがありません。洗礼を受ける前の人しか出来ない仕事です。」
「はぁ。」
「出来ますね?」
一切の拒否を許さない、そんな圧力を感じた。ロリアが首肯すると彼女は微笑んだ。
「では、明日の日の出と同時に出発しますので準備して礼拝堂にお越しください。」
手首を引っ張られ部屋へ連れて行かれる。思った以上に力強く、指の形に痣が出来そうだ。
部屋に戻るとロリアはすぐ薄い毛布に包まった。小さな窓からかろうじて光が入りこんでいる。
風が吹くとカタカタとサッシが揺れ冷たい空気が入り冷える。
ぼんやりと窓を見つめていると隙間から小さな何かが入って来た。
砂だ。
「ギャスパー⁉︎」
ロリアは慌てて飛び起き砂に近づいた。
すると砂はたちまち床へ落ち文字を浮かべた。
『川底にいます、助けて』
――マジか。
口をあんぐりと開けフリーズしたあと、仕方なしに短刀を握り締め川へ向かう事にした。
月日が経つのは早いですね。
読了のほど、ありがとうございました。
今年中にもう一話投稿します。