15.昔馴染み
「ロリア! そいつは強い、気をつけて!」
落ちてきた男にロリアが鎌で攻撃を繰り出すと、ヒョイと軽々かわされた。
水色の髪にピエロの仮面。丁度、ついこの前この場所で会ったばかりだ。
「ヒソクレフ⁉︎ ……なんで今こんな場所に?」
ロリアはギャスパーを守るように立ちはだかった。何故かは知らないがヒソクレフの狙いは、おそらくギャスパーだろう。
――こんな切羽詰まった状況なのに!
威嚇するロリアを無視してヒソクレフはギャスパーに話しかけた。
「おいおいギャスパー。水くせぇじゃねぇか。俺のこと無視するなんてよ。なぁハニー。」
「は、ハニー⁉︎ 」
思わず、裏声で驚愕の声をあげたのはロリアだった。
「俺とギャスパーはコレなんだよ。だからお前はお邪魔虫だ。さっさと失せろ。」
ヒソクレフが小指を一本立てたジェスチャーする。
これは要するに、アレという事なのだろうか。驚愕の事実にロリアは口をあんぐりと開けたまま固まった。
「え、こ、恋人⁈ 」
「そうさ。まぁ、もっと深い関係だがな。ギャハハ!」
「……犯罪では?」
「違ぇーよ。節穴な金眼のお嬢ちゃん。コイツはジジイだ。」
「ロリア、ここには貴方と私以外誰もいませんよ。火山岩で埋め尽くされる前に早く行きましょう。」
魔法陣を描き終えたギャスパーが、表情をごっそり落とし、暗く紅い瞳でロリアだけをただ見つめていた。
よほどヒソクレフのことが嫌いなのか意地でも視界に入れないようにしている。
ロリアは促されるまま魔法陣の中へ入った。その後ろから何故か当然のようにヒソクレフもついてきた。
三人仲良く転送された。
変な事態になってきている。
ヒュオンと転送され、ついた場所には、眼前に大きな川が広がっていた。近くには壊れかけた小さな小屋がある。
昔は漁をしていたのだろうか。すぐそばに寂れた小型の木の船、網や縄があった。
「ここは国境の近くです。事前に目印をつけていたんです。この川の向こうにまた別の国があります。」
ロリアが尋ねる前にギャスパーが答えた。
「無視すんなよぉ〜知ってるかギャスパー?お前の源魂花、あの王に食われてるぞ。王家は代々花を食うんだと。」
「……。」
ギャスパーはまだ無視したままだった。肩を組まれ頬を突かれても無視している。
「仲良しなんだね。」
ロリアは人生において人と関わった経験があまりなかった。
ギャスパーは苦虫をすり潰したかのような顔を浮かべた。
結局、成り行きでヒソクレフは旅の途中までついて来ることになった。らしい。
廃屋の中へ入り、ギャスパーは空間から地図を取り出した。
「一つの大陸の中に5つの国がある。ってこと?」
「はい、そう言う事です。この黒い線が国境ですね。」
今ロリア達がいた大炎帝国も噴火している山の名前も、ハーバル領の文字も書いてある。
その大陸の中央は、ぽっかりと穴のように丸く黒塗りにされており異彩を放っていた。
「この黒塗りの所は?」
「あなたの故郷の神途境ですよ、どこの国にも属していない禁足地です。」
「禁足地?」
「えぇ、まぁ、今は気軽に入れるみたいですけどね。」
ギャスパーが皮肉げに笑みを浮かべた。
「さて、私達の次の目的地はここです。」
そう言って地図を指差した。そこは大炎帝国の横にある国だった。光白国と書いてある。
「この川の向こうが光白国です。」
水平線が見えるほど大きな川のそのはるか向こうに微かに陸地が見えている。
「行こう。」
ロリアは頷き、隣国へ侵入するためボロボロの船を川へ運ぼうとした。
「おいおい、正気かよ。ギャスパー、魔法も碌に使えねぇお前に何が出来る? 死ぬだけだぜ。やめとけよ。川の向こうはこの国とは段違いだ。」
ヒソクレフは急に、歩いていたロリアの首を片腕で絞めあげ人質にするようにギャスパーへ向き直った。
「こんな足手纏いのペット連れて行ったら間違いなく捕まって殺されるなぁ。」
「……ロリアを離してください。」
「何かするつもりなんだろギャスパー。また何かやらかす、お前はそう言う奴だ。俺は知ってる。言え。」
「命令しないで下さい。不快です。……この世界の覇者になります。今度は邪魔しないでください。」
ヒソクレフは一瞬、沈黙した後大声で嘲笑った。
「ボコボコに負かされて落ちこぼれて魔法も満足に使えない今のお前が⁉︎ あははっ、いいね!」
その間にも腕にじわじわと力をこめロリアをヘッドロックしている。締め落とすつもりなのだろうか。
「本気で言ってんならこの女、洗脳しちまえよギャスパー。自我があったら裏切られるぞ。よくよく知ってるだろ?」
正面を見ると、ギャスパーが無言で佇んでいた。
ギリギリと気道が狭ばり呼吸が出来なくなってくる。
ヒソクレフからは穏やかな殺意が確かにあった。ロリアの顔は真っ赤に染まっている事だろう。
どうにか人質の状態を抜け出せないかと腰のあたりに紐でかけてある鎌を手に取り、刃を大きくして後ろの男を刺した。
その拍子に締め上げから解放され後ろに振り向き、低い呻き声を無視して、貫通したままの鎌を腹に押し込むように思いっきり蹴る。
するとヒソクレフは鎌を腹に貫通させたまま血を流して地面に仰向けで倒れた。
ロリアはすかさず倒れた男の胸元にどかりと座り込み、首に手を掛けた。
「神器……くそっ、ははマジで魔法が使えねぇな!俺たちの天敵め。お前が生きてると世界が滅ぶんだぞ。早く死ね。」
「どうでもいいね、この世界は元々私の敵だよ。今更世界が滅んだところで興味も関心もない。」
「さっきの噴火見ただろ、あれはお前が花を刈って魔力で抑えていた自然現象を発露させたからだ。帝都は今頃灰と溶岩に埋もれて人も全滅したかもな。」
「……知らないよ。第一関係ない、魔力は元々ギャスパーのものだったんでしよ?元に戻っただけ。」
「テメーらが一緒に戦ったマロティウスとかいう男も死んだぞ。灰に埋もれてな。あぁ、可哀想に。」
「……。……彼は強いから生き延びる。」
「希望的観測だろ、能無しめ。」
「彼の家族も田舎にいるらしいから噴火に巻き込まれる心配は無いんだよ!」
「いいや、お前のせいで死ぬ事になっている。魔法が使えないこの国の未来がどうなるか、お前が一番よく知っているだろ?無魔人さん。」
「……。」
「ギャスパーは悪魔みたいなクソ野郎だ。早く離れた方がいい。災害のような奴だ。俺がまだガキだった頃のソイツは――」
「興味ない。ギャスパーは多分そんな人じゃ無い、そのよく回る口を今すぐ閉じろ、殺すぞ。」
ギリギリとヒソクレフの首を両手でさらに締め上げる。
「は、ははは!なんだぁ?ぅ、ギャスパーを悪く言われたから怒ってるのか?こりゃ傑作だ。奴に完全に騙されてのぼせあがってやがる。ヒヒッ、俺の仮面を取ってみろ。」
ロリアは一瞬無言になると、言われるがまま仮面を剥ぎ取った。
……傷だらけの顔だった。口は両端が裂け糸で縫われていた。灰色で狐のようなつり目な瞳には縦に一本ずつ太い傷がついている。
まるで獣にでも襲われたかのようだった。
「醜いだろ?両目と脳が潰れて修復に時間がかかった。誰にやられたと思う?」
「……?獣にでもやられたの?」
「ギャスパーだよ。今はガキのなりをして猫かぶってるが狂人だぜ、そいつ。俺の仲間は皆そいつにやられた。」
その時、急にギャスパーが近づいてきた。驚き、思わず懐に入れていた短刀を握り構える。
そんなロリアを見てかピタと立ち止まった。重い沈黙がその場に流れる。
一拍置いてロリアは武装を解いて、ギャスパーに手を伸ばした。
「ギャスパー、君がどんな人間であろうとも、私が無魔人であろうとも私たちは友達になった。そうでしょ?」
「えぇ、そうですね。」
「過去は関係ない。ギャスパーはあの何の面白みも無い顔に特徴を作っただけだ。君は悪くない。」
「おい、この女イカれてるぜ!今すぐ殺しちまおうぜギャスパー。この世界で窮屈に暮らすのも悪くねぇだろ、な?」
ギャスパーに腕を引き起こして貰い立ち上がる。鎌を抜き取りヒソクレフの服で血を拭うと、再び船の運搬に取り掛かった。
「何すんだよ!あー、くそ、いてぇ。ギャスパーのペットに噛まれたぁ。慰謝料寄越せ。」
空が白い。火山灰がここまで届いてきている。
船は少々ボロいがまだ使えるようだった。その辺に生えている木の枝を拝借しオールを作る。
船は二人が乗り込んでも沈まなかった。ラッキーな事に穴は空いていなかったのだ。
仮面を被り直した傲岸不遜なヒソクレフが何も無かったかのように船に乗り込むと流石に少し沈んだが、隣国までの距離なら問題無さそうだ。
なんてたって陸地が裸眼で見えているのだ、そう距離はないだろう。
「お前らが漕げよ。俺は漕がねぇ。何故ならそこのクソ女のせいで今魔法が使えず腹が痛えからだ。」
「ねぇ、ギャスパー。このクソピエロ川に沈めようよ。」
「ロリア、グッドアイディアですね。賛成です。」
こうしてロリア達の渡河が始まった。……かに思えたがすぐに終わった。
噴火の影響か、川と天候は大いに荒れボロボロの船はギャアギャア騒いでいる間に難破したのだ。
それは川の中央付近で国境線である結界の壁を破った直後だった。
突如下流からやって来た大きな波に飲まれロリア達一行はなす術もなく大河へ放り込まれたのだ。
頼みの綱のヒソクレフは神器による負傷で魔法が使えず、ギャスパーも使える魔力が少なすぎて砂をサラッと出しただけに終わった。
あっという間にロリアは川に流され二人と逸れた。
ハッピーメリークリスマス!