13.不良品と王
一人の金髪の男が気だるげに玉座に座っている。
数段下の床には男が二人、平伏していた。
「ハーバル男爵の消息はまだわからんのか。」
「はい、王よ。火事の焼け跡からも何も見つからず……奴隷が複数人逃げたようです。」
「奴は所詮他国からやって来た移民の子孫。責任も矜持もないということか。」
「不注意で奴隷を逃した事が知られるのを恐れているのでしょう。」
「くだらんな、見つけ次第殺せ。」
「はっ、仰せのままに。」
王と呼ばれた男は立ち上がった。ゆったりとした白い衣服を身にまとい、金色のウェーブがかかった髪は神々しく、キリッとした赤色の目は獰猛さを秘めている。
彫刻の様に整った顔と体は見る物を惹きつけ、一目でわかる濃い魔力は周りの人間を畏怖させる。
王を体現したかのようなその人間。
“ガガガ・ドラーガ”
この国の王の名前だ。
王が通った後には1つの燃えカスがあった。もう一人はガタガタと震えながら、頭を床につけ平伏している。
「我に不快な知らせを持ってくるな。忌々しい。」
男は王が通り過ぎるまで恐怖に怯えながら、ひたすら床を見つめていた。
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町は賑やかで音楽が鳴り響き花やシャボン玉が舞っている。滞在している期間の中で一番賑やかだ。
「ロリア、どうです?この服似合ってます?これも魔物の毛で出来た服でして……。」
「似合ってるよ、この町の人はもう、ギャスパーが来たら目を逸らすけどね。」
「この格好にはマフラーは外したほうがいいですね。」
「そうだね。」
ここ1ヶ月、ロリアとギャスパーは金のカードを出して豪遊しまくった。ゴールドのカードを見せるとなんでも無料になるのだ。
勿論、監視の眼はあった。いつも外出時にはストーカーのように兵が付いてきている。よそ者だからだろう。
帝都からは出られないが、町を歩けばお腹いっぱいご飯が食べることが出来、暴漢などにも脅かされない最高の日々だった。
収納出来ないロリアと違い、魔法で収納出来るギャスパーの散財は酷かった。目についた物を雑費と称し、全て買っていた。
衣服、靴、民芸品、本、魔道具から子ども向けの玩具まで様々な物を蒐集していた。商人でもやるつもりなのだろうか。
「よし、王宮に行って花を刈ってこよう。」
「ヒソクレフには注意して下さい。」
二人でピエロの仮面を被り、下ろしたての服を着て用意された魔車に乗り王宮へ向かった。
パーティが始まる前に、ささっと不意打ちで花を刈り取り二人で蒸発する。それが今日のスケジュールだ。
「城内を案内させていただきます。着いてきて下さい。」
受付で金のカードを差し出すと一人の案内人が出てきた。制服を着てガッチリとした体格。騎士だ。
まだ定刻時間より前にも関わらず、王宮は沢山の人で溢れかえっている。
平常時ならば入る事も一苦労する王宮のセキュリティも今日に限ってはロリア達にとって無いのも同然だった。
城内では、廊下や部屋の中に様々な絵や彫刻が飾られていた。金色のシャンデリアに金色の額縁。どこを見ても金色ばかりだ。
上を見上げると天井一面に絵が描かれており、なんとなく落ち着かない気持ちにさせられた。
「ロリア、あの案内人を巻きます。」
コソッとギャスパーが耳打ちした。ロリアも無言で頷く。
「案内人さん。絵と彫刻の説明をしてくれませんか?興味があるのです。いいでしょう?」
ギャスパーがピエロの仮面を外し、ウルウルとした瞳で案内人を見つめた。
「う、し、仕方ないですね。今回は特別ですよ!」
案内人は張り切って絵の詳細を解説している。彼が絵に夢中になっている間にロリア達は少しずつその場を離れ走った。
早足で部屋を通り抜け人混みに紛れる。
「ギャスパー、源魂花の場所は?」
「おそらくこっちです。」
人の波を切り抜け、無駄にたくさんある豪華な階段を昇り下りし、角を左右なんども曲がる。
段々と人が減っていった。
ついに外に出てしまった。きちんと手入れされている花畑に剪定された木々、シンプルな白い噴水。
水が太陽光に反射しキラリキラリと光っている。
ギャスパーはある一点で止まった。庭の端の目立たないところに地味な木がある。その下には60センチ程の高さのある古臭い石碑があった。
その石の前には一輪の花がおいてある。まるで墓のようだった。
「まさか、源魂花ってこれ?」
「いえ、ですがここから気配を感じます。」
二人で石碑の周りを歩き観察しても何も見つからない。
「もしかして、地下にあるんじゃない?これ多分、墓だ。」
「そうかもしれませんね。」
「鎌で掘ってみるよ。」
ロリアが鎌で地面を削ると電撃が走った。体がビリビリする。思わず飛び上がり態勢を立て直そうとするが一足遅かった。
既に石碑が緑色にひかり、地面には魔法陣が浮き出ている。
逃げる間もなく沼に沈むように体が下に引き摺り込まれた。
受け身も取れず地面に叩きつけられる。落下したのだ。うつ伏せで悶えるロリアの上に追い討ちのようにギャスパーが落ちて来た。
「ギャンっ!」
「あ、失礼、すみません。」
腰をさすり、口を尖らせながらロリアは辺りを見渡した。ここは地下なのだろうか。
上を見上げても空はない。しかし、何故か滝が流れておりジャングルのように草花が生い茂っていた。
花も草も木もうねうねと動き薄らと発行している。
「え〝……ギャスパーの言ってる花ってあれ?」
指を刺した先には1メートルはあるであろう巨大なラフレシアの花があった。
赤く炎のように発光しており、花弁には白い水玉の紋様がビッシリとついている。
花の中央は黒く牙がある。獣の口の様になっていた。
そして動いている。目の前でゲフっと言いながら液体を吐いていた。
「……どうやって、あのお花詰むの?」
「根本から刈り取って下さい。」
「……変な匂いするけど。」
「歯を磨いていないからでしょう。大丈夫です。優しい子ですよ。さぁ早く来てください。」
ギャスパーが何の躊躇も無く花へ向かうのでロリアもその後を追った。
「誰だ、どうやって此処に入ったのだ?」
「普通に入れましたよ。」
背後から突如聞こえてきた声に、ギャスパーは平然とすかさず答えた。振り返ると金髪の男の人が立っていた。
誰なのだろう。いつのまにか背後に立っていたのか。
少し警戒しながらロリアが黙ったまま見ていると、その男は首を傾げた。
「なんだ貴様ら我を知らんのか?……我はこの国の神聖なる王、ガガガ・ドラーガなり。もうよい、不届きものどもめ、死ね。」
ヒュンと熱い風が走ると共に横にいるギャスパーの首が吹き飛んだ。
ラフレシアに血飛沫がかかる。
「ぁっ、え?」
ドサリと胴体が倒れた。一瞬だった。
目を見開き唖然としているロリアの足元に首がゴロンと転がっている。目が合った。
『ハナヲキレ』
ギャスパーは口パクでそう告げた後、スッと瞼が閉じ赤い瞳が消えていく。
「……ぎゃすぱー?」
ロリアは小さく震える声で彼の名前を呼ぶ事しかできなかった。
「?貴様も攻撃したはずなんだが、まぁ良い。死ね。」
追撃が来る。おそらく次の攻撃でロリアは死ぬだろう。目の前の男は強い。だが、その前に。
「君に花をあげる。花を切る。」
鎌を手に持つ。大きな鎌を。一太刀で花も何もかもを刈り取る事の出来るほどの大きさの鎌を。
「貴様……。」
身構える暇もなく、ロリアの体が後方に吹き飛ばされた。
大木に叩きつけられ、手から武器が落ちる。
相手の方が一歩早かったのだ。
源魂花から距離を離されてしまった。
男はサクサクと草を踏み近づいてきている。
「あぁっ!」
前髪を鷲掴みされ引き起こされた。痛みに思わず悲鳴をあげる。仮面が外された。
仮面は大きな火をあげて塵になった。
男のギャスパーに似た赤い瞳が驚いたように丸くなった。
「無魔人……!……まさか、今のこの世に生きて存在しているとはなぁ。」
「離せ!」
ロリアは唸り、男を蹴ろうとしたが見えない壁に阻まれた。魔法壁だ。
「はっ、クク、ハハハ!冥土の土産だ。なぜ無魔人が迫害対象か教えてやろうか?どうせ低脳な貴様は訳もわからず逃げ続けてきたのであろう?」
「なんだと?」
「各国の王家だけに伝わる御伽話だ。無魔人は平和を渾沌に、渾沌を平和にひっくり返す、世界が生み出した偶然の産物、最終兵器。」
「そんなの私に関係ない。私はそんな事したいと思わない。」
「貴様の思考など関係ないのだ。つまり、平和な時代に貴様が存在してもらっては困る。死ね。」
首に男の右手が掛かる。そのまま指に力が込められ、ギリギリと気道を締められた。息が出来ない。
「ふー、なるほど、無魔人だから此処に入れたのだな。此処は王の血を引く物でなければ誰も入る事が出来ない。無魔人以外は。まさか生きているうちにお目にかかれるとは思いもよらなんだ。」
「ぐ、……ぁヒュっ。」
「その昔、邪神を討伐した時代、貴様ら無魔人はなんて呼ばれていたか知っているか?」
――なんだ?
相手の口数が多い、目の前の男は目を輝かせ興奮していた。まるでUMAでも発見したかのようだ。
ロリアは青い血管が浮いている王の手首を何度も引っ掻き暴れたがびくともしなかった。
「世界の切り札。……はっ、大層な呼び名だな。偶然、世界が生んだ不良品のくせに。」
王は嘲笑し口角を吊り上げた。
「アトゥを殺せて我は光栄だ。古の亡霊はさっさと消え失せろ。」
更に力を込め締められる。酸素を取り込もうと、パクパクと口を動かした。
涎が垂れ目の前が白黒に点滅している。ピクピクと体が痙攣し始めた。
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