11.道化師面接会場
入り口の門から入ると円形の広場には沢山の人が集まっていた。
地面には砂が撒かれており歩きにくく、靴に砂が入りこみ気持ち悪かった。
靴から砂を出しながら周りを観察していると、どの人も化粧や仮面を被り奇抜な格好をしている事に気がついた。
その中で着の身着のままのロリアとギャスパーは変に目立っている。
「おい、ここは何も知らないガキが来るとこじゃねーぞ。早く帰れ。」
化粧を施した真っ白い顔に大きな丸くて赤い鼻。チリチリの明るい赤色のカツラを被っているピエロ男がオラつきながら話しかけてきた。
「いえ、私たちも道化師になりに面接に来たんです。」
その男はいきなりギャスパーの首根っこを捕まえ、入ってきた門に向かう。ロリアも慌ててそれを追いかけた。
「ギャスパーを離して!ピエロ野郎!」
ロリアが男の腕をはたき落とすと、ギャスパーは解放された。いつでも武器を出せるよう準備をし、男を正面から睨みつける。
「奴隷の分際で俺に盾つきやがった!クソっ!……お前らこの場所が何をする場所か分からないんだろ。」
無言で見続けていると、とうとう男はキレ出した。
「ここは死の闘技場だ、死ぬまで殺しあうのさ!この国の王は残酷な事が大好きで毎年、王を笑わせる為殺し合いをさせる強い道化師を選ぶんだ。……ここは、イカれた殺人ピエロ選抜大会なんだよここは!!」
――そんなの聞いてないし書いてなかった!
「そして、ここで勝っても建国記念の日に国で一番強い道化師に皆殺される。死ぬんだよ、俺らは!」
ロリアは絶句し呆れた。この国の王はとても野蛮な生き物らしい。
目的のない殺し合いに何の意味があるというのだろうか。
よくよく周りを見てみると、皆、道化師のおちゃらけた格好をしているにも関わらず緊張し顔を強張らせている。場に不釣り合いな悲壮感すら漂っていた。
「帰ろうギャスパー、たしかに此処にいる人達は強そうだ。こんな場所退散するに限るよ。王宮には別口から入ればいい。」
「そうですね、まだ私たちの実力では分が悪いです。帰りましょう。ただ……、あなたはどうしてこんなイカれた大会に出ようとしたんですか?」
ギャスパーが尋ねると男は一枚の青い紙を取り出した。
「この青い紙を国から貰ったら必ず行かなければならないんだ。行かなければ殺されるか奴隷落ちだ。」
「ここに来たくなかったの?」
「俺は辺鄙な田舎に妻子がいる。まだ死ねない。」
ロリアが覗き込むとそこには、道化師召集令状と書かれてあった。
『この令状を受け取った者は然るべきドレスコードをし期日に下記記載のもとへ、この令状を持って召集されよ。』
ドレスコードとはこのトンチキなピエロの格好の事なのだろう。ギャスパーとロリアは顔を見合わせた。
「なかなか、この国の王も趣味が悪くて面白いね。ドレスコードが変な格好の事なんてギャグセンスある!」
「うふふ、ハハハ!まぁ私は王の気持ち分かりますけどね。必死で無様な様が面白いんでしょうね、きっと。」
「舐めやがって!……胸糞悪い、さっさと帰れガキども。」
「「忠告、どうもありがとうございました。」」
一つ男に礼をして門をくぐり出て行こうとすると、急にけたたましい、つんざく様な警報音が鳴り出した。おそらく騎士なのだろう、制服を着た人物が小走りで向かってくる。
「一度この門を通った人は面接が終わるまで出られないのです。お戻り下さい。」
「おいおい、こんなガキ共別に見逃してもいいだろ?何も知らなかったんだよ。」
ロリア達を庇う様にピエロの男が間に立った。
先程から無知な子供達に忠告してくれたりと根は優しい男なのだろ。
だが侮蔑の表情を浮かべた騎士は吐き捨てるように言った。
「あなたお名前は?青紙を出してください。」
「……マロティウスだ。」
「ほぉ、この紙によると妻子持ちですね。なるほど、だから子どもを気にしているんですね。」
制服の男がニコリと笑ってマロティウスに青い紙を渡した。
「だったら、今回はマロティウスさんとそこにいる奴隷とガキを同じチームにしましょう。今年は三人一組で面接を受けて貰う事になっておりますので。」
マロティウスはザッと顔を青くさせた。
「お集まりの諸君、ご機嫌よう!」
マイクから馬鹿でかい声が聞こえ、会場にいる者たちは皆一斉にそちらを振りかえった。
VIP席なのだろうか。一際目立つ観客席のところに一人の道化師が立っていた。
ストライプ柄の燕尾服を着て薄水色のストレートな髪の毛をオールバックにし、両頬に三日月のマークがついたピエロのお面をつけている。
「俺は前年の宮廷道化師、ヒソクレフ様だ!今日の面接官は俺だ。お前らには俺が特別に用意した試験をクリアしてもらう。」
この人がこの国で一番強い道化師なのだろう。オーラが全く他とは違う。
彼が指を軽快に鳴らすと、パッと大きな画面が浮かび上がった。そこにはシンプルなルールが書かれていた。
その1.三人一組となりルール無しで魔獣と殺し合いをする事。
その2.10分という制限時間内に殺さなかったら人間の方を殺す。以上。
「まぁ、魔獣だったら三人で戦えばいけるんじゃない?ね、ギャスパー。……ギャスパー?」
ロリアが見ると、ギャスパーはマフラーで顔をぐるぐる巻きにしその上からフードを被っていた。
完全防備だが、暑そうだし視界も悪そうだ。
「ロリア、私の事は気にしないで下さい。それより、マロティウスさん。」
マロティウスは顔面蒼白のままギャスパーを見た。
「今日、生き残りたいのでしょう?私とロリアに協力してくれますね?」
マロティウスはコクリと首肯した。
空からヒラヒラと光の紙が手元に落ちてきた。数字が書いてある。
「ロリアの数字はなんですか?」
「13、ギャスパーは?」
「13、同じですね。マロティウスさんは?」
「……同じだ、13。」
「紙の数字を見たか?雑魚ピエロ共。その数字が同じ奴が同チームだ。そして魔獣と戦う順番にもなっている。数字が6の奴は6番目に戦うって事だ。ほら、1番の奴等は準備しろ。それ以外は控室に行ってろ。」
退屈そうに司会をしていた男がそういうと、何処からともなく制服姿の人達が出てきて道化師達を誘導し始めた。
控室にも大きなモニターがあった。闘技場の様子を映している。
今は1番の人達が三人真ん中に立っていた。道化師の姿をしていて側からみれば楽しそうな状況だが内から見れば残酷な姿だ。
まだ、魔獣は来ていない。
「まず各々できる事の確認をしましょう。ロリアは奴隷なので魔力が使えませんが刃物で切れます。」
「ギャスパーは魔力が凄く少ないから一瞬の足止めしか出来ない。魔力切れで倒れて熟睡しちゃう。」
「……ガキ共。はは、やっぱ今日が俺の命日かもしれんな。家族達に遺言残してきてよかったぜ。グスっ。」
ロリア達がポジションの確認や作戦を立てていると丁度、闘技場に魔獣が興奮しながら入場して来た。
顔が鰐、額に一本の長いツノ、胴体が熊、背には大きな羽が生えていて尾は巨大な二匹の蛇。
一番のピエロ達が反撃する暇も無く無惨に散らされ、生きたまま食われた。
『どうだ!俺が作ったキメラはよぉ。強いだろ?なんたって俺のお手製だからなぁ、ひひひ、アハハハハッ!』
画面の向こうでヒソクレフが自慢げに高笑いしている。控室はシーンと静まりかえった。
「なかなか素早そうだね。どうする?羽から切る?」
「いや、動脈のあたりにロリアが一太刀でも入れてくれればそこから……」「おい!」
話を遮るように、知らない水玉柄の道化師が話しかけて来た。ロリアが顔を見る間もなく、急にドガっと蹴り飛ばされ地面に転がされた。
「奴隷が生き生きと喋ってんじゃねぇーよ!!黙れ、殺すぞ!奴隷は鬱々とした顔でビクビクと怯えながら死ね!」
確かに奴隷としての態度はなっていなかったが、いきなりの事で単純に驚いた。
こんな今際の際のような状況下においてはあまりにも不釣り合いで、関係の無い与太話だ。
木の仮面の下で相手が何を思っているのか訝しげに観察していると気がついた。
相手は震えている。怖いのだ。怖くて仕方ないから気を紛らわす為に奴隷のロリアに当たったのだろう。
「ちょっと、私の奴隷に乱暴しないで下さい。あなた他者の飼い犬が五月蝿いからと言っていきなり蹴飛ばすんですか?器物損壊罪ですよ……はぁ、しょうがない。慰謝料くれたら許してあげます。はい、1万ピート。」
ギャスパーが金をくれとばかりに手を差し出した。ロリアは呆れた。たしかに懐事情は心許ないが……。
「おい辞めろ。これから俺たちも戦わなけりゃいけないんだ。くだらない事で怪我を負ったらかなわん。」
マロティウスが仲裁に入った。
「は、マロティウス。お前も不運だな。こんなガキと魔力無しの奴隷に何が出来る。死ぬのは確定だ。」
「お前の数字はなんだ?俺たちは13だ。」
「……14。お前らの次だ。俺はお前の臓物を踏む事になるかもな。」
その間もキメラにやられたピエロ達は散っていき、闘技場の砂はどんどん赤く染まっていく。
10番目の人たちが殺された。最初の一人が殺されると防御を固めても、なし崩し的にジリジリと全滅に追いやられる。
魔獣相手に10分も持ったグループはいなかった。
さすがは魔獣キメラ。ただただ強い。
闘技場はコロッセオをイメージしました。