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10.出立


「おかしいわね、回復魔法が効かないなんて。」


 ロリアは町に戻り手当を受けていた。急所は外れており大事には至らなかった。が、痛いわけだ、肋骨も折れていたらしい。

 

 勝手に森に出かけた青年達は町の大人にしこたま叱られていた。


 

 結局、魔法は効かず止血し患部を冷やすだけに終わり、そのまま宿に帰された。


 痛む体を庇いながらヨロヨロと歩いて宿に向かっていると、青年が少し気まずそうにロリアの元に現れた。


 無言で紙袋を手渡してくるので反射で受け取る。中を見ると黒い毛糸が入っていた。


「それ、あの魔獣の毛で出来た糸。町の特産品だしな。詫びだ、お前にやる。」

「いや、いらないよ。この糸でなにすれば良いのか分からないし。」

「編んで服でも作ればいい。ほら、編み物の本と道具が入ってるだろ。」


 ロリアは押し黙った。奴隷相手に普通こんな事するのだろうか。何か裏があるのかもしれない。

 

「何で私にこんな事を?私は奴隷だよ。」

「お前に!……さっき、お前に庇われた。だからその礼だ。どうせ怪我が治るまでこの町に滞在するんだろ。」

「まぁ、そうなるかも。」

「安静にしてるのも暇だろ。それに、俺たちで狩った魔獣の素材だから、元々お前の取り分だ。これで貸し借り無しだからな。」


 それだけ言うと青年は走り去って行った。



 日はすっかり沈んでしまっている。宿に戻り部屋へ行くと、明かりは付いていなかった。ギャスパーはまだ寝ているのだろうか。


 魔法が使える事が前提のこの世界で、ロリアは明かりをつける事すらままならない。


 窓から降り注ぐ月明かりを頼りに手探りで、あまり広くない部屋の中を進む。

 窓のところで黒い影が動いた。


「ロリア、どこ行ってたんですか?」

「……!!――っぅ!」


 驚いた。そして驚いた拍子に体がびく付き折れた肋骨がさらに痛んだ。


「驚いた、ギャスパー、起きたんだね。」

「えぇ、まだ全快ではありませんが。ところで随分と怪我をしているようですが?」

「さっき、魔獣狩りを手伝ってきた。」


 先程貰った紙袋をギャスパーに渡すと、興味深そうに毛糸を品定めした。


「私も狩りに行きたかったのに何も言わずに置いていくなんて酷いです!」

「お腹に穴があいて肋骨が折れたみたいだから私は暫く安静にしなきゃいけないんだ。ギャスパーも好きに町に行っても良いからね。」

 

 木の仮面を外し、体を庇いながら布団に包まる。寝返りに気をつけながら眠りについた。



――――――――――――



「これを見て下さい。今朝の新聞です。」


 朝の散歩から帰ってきたギャスパーが開口一番に言った。編み物をしている手を止め寄越された新聞を読む。


 

『ハーバル男爵行方不明⁉︎ 城は火事で大荒れ。国の定例会議を早退した後に行方をくらます。』


 

「私たちのことが書かれてない。あんな事件を起こしたのに。」

「奴隷の大脱走は男爵の大きなスキャンダルになる。おおかた箝口令でも敷いているのでしょう。」

「この町はハーバル領から近い。早く出よう。」

「でも、あなた怪我してるでしょ?それを治してからにしましょう。それに、まだ私も本調子ではないので。」


 ギャスパーの顔が青白い。本調子でないというのも嘘ではないだろう。


 二人で駄弁っているとコンコンと部屋をノックされた。咄嗟に、枕元にある木の仮面を被り武器を掴む。

 ギャスパーも警戒しながら戸を開けた。


「あ、奴隷の飼い主のガキんちょ。」


 そこには昨日ロリアが庇った青年がいた。腕に袋をかかえ、ソワソワしながら佇んでいる。


「なんの用ですか?」


 ギャスパーが少し低い声で言った。ガキと言われたのが気に食わなかったのだろう。


「お前の奴隷に会いたいんだけど。」

「彼女は今寝ています。」

 

(嘘でしょギャスパー……。)


 部屋は狭い。ロリアの所からドアもギャスパーもその奥にいる青年も丸見えだ。呆れながらも急いで仮面の下で目を瞑り布団をかぶって寝たふりをする。


「寝る時に仮面をつけて寝る奴がいるかよ。」

「彼女はそういう人間なんです。で、何の用ですか?用が無いなら帰って下さい。また私の奴隷を囮に魔獣狩りでもするんですか?」


 

 ギャスパーが強く出ると男は怯んだように言葉を詰まらせた。


 

「これ、奴隷の見舞いに。……ただのお礼だ!昨日助かったから。その、……悪かった、ありがとう。」


 声が小さくなったり大きくなったり騒がしい。青年はギャスパーの返事も待たずに袋を押し付け慌ただしく立ち去った。

 暫くポカンと立ち尽くしていたギャスパーは戸を荒々しく閉め鍵をかけた。


「ロリア、なるべく早めにこの町を去ります。ポーション作るので明日には出立しましょう。」


 

 袋の中には干し肉が入っていた。昨日の魔獣から獲れた肉なのだろうか。


「この肉美味しい。」


 塩辛さが丁度いい。弾力がありながら歯が沈むような柔らかさもある。今まで食べてきた中でもトップ5に入る美味しさだ。

 

 ギャスパーの口にも押し込むと無言でモクモクと食べていた。


源魂花(げんこんか)って帝都のどこにあるか知ってる?」

「行ってみない事には分かりませんが、おそらく王宮にあると思います。」

「ギャスパー、私、昨日、こんなパンフレットを見つけたんだ。」


 パンフレットには1ヶ月後にパーティーが王宮で開かれる旨が掲載されている。そして宮廷道化師の募集も。これを利用しない手は無いだろう。


「ギャスパー、一緒に道化師になろう。」

「これは、いいですね。」


 パンフレットを見ながら二人はニンマリと笑っている。


「ふふ、我々の力で建国記念日を亡国記念日にしましょう。ね、ロリア。」

「ははは、魔法が無くなるだけで国は滅ばないでしょ。」

「やってからのお楽しみです。」

 

 ギャスパーは嬉々としてポーション作りに取り掛かった。一方、ロリアは優雅に編み物に取り掛かる。

 糸だけ持っていても旅には邪魔だ。

 


 出来上がった茶色く濁った色の舌が痺れるほど不味いポーションを飲むと、みるみるうちに体が回復していった。

 今までの痛みが嘘だったかのように無くなり、自由に動き回れるようになった。


 

 帝都に歩いて行くには距離がある。そこでロリア達は丁度、毛皮を売りに行く町の商人の魔車(ましゃ)に乗せてもらう事となった。


 歩くと7日はかかるが、魔力が動力源の魔車でなら4時間ほどで着くらしい。


 毛皮を積むのを手伝い、ぎゅうぎゅうに敷き詰められた荷台に無理やり入り込む。

 中は窓もなく昼なのに薄暗い。

 

 体に当たっているフワフワの毛に意識を向ける。この毛皮達の巨大な生前の姿を思い出すと気分が萎えた。

今にもロリアの体を突き刺してきそうだ。


「ギャスパー、このマフラーあげる。」


 ロリアが編んでいたのは、編み物初心者も作れるマフラーだ。首に巻くと、かなり暑苦しそうに思える。そもそも、この荷台が四方を毛皮に取り囲まれ布団の中のように熱が籠っている。


「暑いです。」

「似合ってるよ。」

「……、有り難く貰います。」

「どういたしまして。」


 ギャスパーがマフラーを触ると、それは瞬く間に硬化し鋭く尖った。


「これは……魔力を込めると形を変える事ができます。防御に最適ですね。」


 ロリアは魔獣に刺された腹を思い出し苦々しい表情を浮かべ肩をすくめた。


 

 

 ゆらゆらと車に揺られ4時間、やっと帝都の近くに辿り着き、人気(ひとけ)のない丘の上で降ろしてもらった。

 商人とは帝都についてからの目的地が少し違うのだ。


 暑苦しい荷台を脱出し、仮面を脱ぎ外の新鮮な空気を吸う。あまりの太陽の眩しさに目を細めた。

 柔らかな草原を踏みつけ少し歩くと、急に視界が開けた。


「うわぁぁ!」


 ロリアは思わず感嘆の声を上げた。

 そこにはボカンの町で見た火山よりも大きな山が聳え立っていた。その麓で一際目立っているのは王宮だろう。


 かなり栄えており、ひっきりなしに人が空を飛び交い何処かへ急いでいた。


 そして不思議な事に空に浮かぶ大きな画面では人が話をしている。大きな円形の壁で囲まれている広場もあり、神殿のような物もあった。

 

 見た事もないような不思議な石造りの建物が沢山あった。

 

 住宅街であろうか、岩で出来ている家々が所狭しと均等に並んでいる。


「神途境から出て来てから、見るもの全てが目新しいよ。」

 


 そよ風が、ロリアの血のような朱殷色の髪を靡かせた。この世界で存在を許可されていない金の瞳が静かに界下の都を眺めている。

 

「ロリア、魔法使いは貴方より遥かに強いです。そしてこの国は奴隷に当たりが強い。気をつけて下さい。」

「わかってるよ。」

「まずは道化師の面接会場ですね。きっとあの丸い広場ですよ。絶対に私から離れないで下さい。富を得て平和ボケしているとは言え人間の本質は変わらず邪悪です。」

「知ってる、私は無魔人だからね。大丈夫、ちゃんと警戒するよ。」


 仮面をつけ歩きだす。向かうは広場だ。風に乗って、ガヤガヤとした愉快そうな雑踏の音が聞こえた。


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