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第七話 ゴーストガール

 研究所の周辺の街は大混乱だったので、三人の少年は救援活動を手伝った。街がささやかなお礼にと、新しくできたホテルにタダで泊まらせてくれた。

 その夜、DHがホテルにまつわる恐ろしい怪奇物語を聞かせてくれて、それは結局人間が一番怖いといういわゆる『ヒトコワ』な話であった。

「うわ、怖いな……」と、クロオビはつぶやくようにしていった。

「え?」と、ゼトリクスはよくわからなかった。「結局は人間の仕業ってことだろ? じゃあ、やっつけられんじゃん。なんでしないの?」

「いや、怖い話なんだからそんな事言ったら本末転倒だろ⁉」

「けど、オバケとかよくわからない奴の方が怖いじゃん。なんだよ、個人だと思ったら町全体がグルだったって。結局そいつら全員集めて爆弾かなんかでやっつければ終わりじゃん。それか遠くから狙撃すんの」

「なに物騒な事言ってるの⁉」

「やっぱり力こそ全てだな」

「……その通りだ」と、DHが言った。「武力さえあれば気に喰わない奴らを叩き潰せる」

「DHまで⁉」

「やはり金より権力より、それすら通用しない純粋な力を持った者が正義だ」

「じゃあ、やっぱり力でねじ伏せられる人間よりわけわかんないオバケの方が怖いな」

「え……」

「そうだ。訳が分からない者ほど恐ろしいものはない」

「また賛成かよ!」

 力こそ正義で人間よりオバケの方が怖いという考えのあったゼトリクスとDHは、同士の握手を交わした。

 クロオビはそんな二人を見て(なんなのこの子たち……)と、呆れにも似た感情を抱いたが、仲良くなれそうなので嬉しかった。

「なんか拍子抜けだったから、人間じゃなくてオバケの話してよ」

「わがままな子供かよ! てかそんな簡単に……」

「とっておきのがある」

「あるんだ!」

 そして、DHは人間ではなくオバケが出てくる怖い話をした。恨みや怨念を持った幽霊が出てくる、よくある類の内容であった。

 しかし、ゼトリクスにはとても恐ろしかったので、布団どころかマットレスの下にまで隠れてブルブルと震えてしまった。

「ヤバい、寝れないかも……」

「そんなに?」

「おやすみ」というと、DHは平然と寝てしまった。

「はやっ!」

「……クロオビ、まだ起きてる?」

「うん」

「オレも、恨みとか怨念持ったまま死んだら、すごい怖い幽霊になるのかな?」

「いや、どうだろうな……。だけど、死ぬなんて言わないでよ。悲しくなる」

「ああ、ごめん」

「……」クロオビはDHの方を見た後、布団の中のゼトリクスに向き直って優しく言った。「もし人のことを恨めしく思ったり、怒りに耐えきれなくなったら、言ってよ。話せば楽になるかも」

「……わかった。恨みを発散してから死んでオバケになるぜ」

「だから死ぬとかいうな」


 その夜。

 案の定、ゼトリクスは眠れなかった。暇だったので、ホテルの中を歩き回ることにした。

「ちょっとまて、なんで一人で出たし!」

 ホテルの中は照明がついていて明るいが、一人だと心細いし、恐ろし気な気配と雰囲気がした。

「やべ、帰ろ」

 しかし、ゼトリクスは部屋番号を覚えていなかった。

「うっわ、ヤバい……まあ、ここまで怖がることないか。何もドンって出てくることないだろ」

 そう呟きながら自分を励まし、角を曲がると……それはいた。血だらけの美少女幽霊であった。このホテルに憑りついているゴーストガールであった。

「呪ってやる、呪ってやるぅ~!」

「ギャ~⁉ ゾンビの次はオバケだ~⁉」

 ゼトリクスは全速力で駆けだした。

 すると、彼女は凄まじく恐ろしい形相をして追いかけてくる!

どんなに速く走っても追いついてくるに違いない。ゼトリクスはそう思った。どんなに走っても逃げられない。絶望と恐怖に支配される。

 振り返って見ると、彼女は廊下を埋め尽くすほどの巨大な姿になって、ゼトリクスを噛み殺そうとしてきた。

 しかも、だんだんと力が抜けていく。足に力が入らない。恐怖によるものではなくゴーストガールの呪いの力だとゼトリクスは思った。


その頃、クロオビはゼトリクスを心配してホテルを歩き回っていた。

「絶対、アイツ迷ってるよ……」

 すると、そばの部屋から大きな物音がした。

(これ、人が殴られる音⁉)

 躊躇せずにドアを破壊して中に入ると、宿泊客が自分で自分の顔を思い切り殴っているのが見えた。明らかに彼女の意志ではない。

「しっかり! しっかりして!」

 クロオビが彼女の奇行を止めると、気絶してしまった。

「うわ~⁉」「きゃ~⁉」

 そこら中から悲鳴が聞こえてくる。

(まさか、全部の部屋に⁉)

 クロオビはゼトリクスもDHも心配だったが、他の宿泊客を見捨てることはできず、彼らの救助に向かった。


 DHも異変に気付き、ホテルの中を歩き回っていた。

 誰もいない永遠と続いていそうな廊下。思わずたった一人で家に置いて行かれた時の幼少期の心細さを思い出す。

 廊下に飾られている絵画はおどろおどろしく、死や暴力を連想させるものがたくさん描かれていた。黒い野獣に襲われる女子高生、棺桶のようなベビーベッドに入れられた無数の赤ん坊、死神が押す乳母車、『捨て子』と書かれた頭陀袋の中に虫を入れて遊ぶ娘たち、頭を花瓶のように割られて弾丸を詰められるどこかで見覚えがある少年、島に集められた様々な死に方をした子どもたち、そして無数のドクロでできた塔の頂点にいるやはりどこかで見た覚えのある少年。

 それらはあまりにも生々しく目を背けたくなるが、つい見てしまうような魅力をDHは感じていた。

 ふと背後のエレベーターを見ると、それがチーンと鳴り、ひとりでに開いた。そこには、今は亡きモノリスの姿をした精神科医セキがいた。

 セキにはいつも通り自分の姿が映る。しかし、その姿は自分であって自分ではなかった。そこには、幼い時の自分の姿が写っていたのだ。

 その姿を見て思い出した。絵画に描かれていた幼い少年は、自分だった。

 バキッ!

 その音と共に、セキに血管のような亀裂が入る。そして、そこからドロドロとした赤黒い血があふれ出てきた。その勢いはだんだん強くなり、ついに高波とのなって押し寄せてきた!

「いつの話してんだ」

 DHはどこからともなく蝙蝠傘を出して開いた。それに守られて、血を浴びずに済んだ。

「記憶なんぞ、過ぎたこと。ただの夢だ。意味のあることだけ思い返せばいい」

 DHは悪夢から目覚めた。

 すると、女子高生が飛び乗って来て、首を絞めてきた。

「お前なんて、産まなきゃ……」

 DHは彼女の顔を思い切り殴った。すると、彼女は跡形もなく消えてしまった。

 DHは、今度こそ悪夢から目覚めた。恐怖の二段構えであった。

「クロオビ、ゼトリクス……!」

 DHは走った。今を生きて、未来につなげるために。


 クロオビは、宿泊客を脱出させていた。

 外ではパトカーと救急車が行き来し、今度はなんだと騒ぎを聞きつけた住民やマスコミでいっぱいだった。

 今月新しくオープンしたホテルが禍々しい光に包まれていて、中では超常現象が起こっていたらしいではないか。

「さあ、みんな、早く!」

「ありがとう、ありがとう! だけど、君は?」

「僕は助けに戻ります」

「な、何考えてるんだ、ここはもう我々に……」

 警官の静止も聞かず、クロオビは呪われたホテルにまた突撃して行った。

 すると、開いていたはずの扉がバンっと閉まって、どんなことをしても開かなくなってしまった。

「た、大変だ!」

「こうなったら爆弾とかで扉を吹き飛ばせ!」

「やめろ、この光、放射能かなんかかもしれないだろ!」

「どうすればいいんだ……⁉」

 街の人々は見守るしかなかった。


 その頃、ゼトリクスは無心で恐怖に歯を食いしばりながら、無限ともいえる体力で逃げ回っていた。

(こいつ、いつになったら止まるのよ!)と、ゴーストガールは思い始めていた。

 そこに、ゼトリクスとDHを助けにやってきたクロオビが走ってきた。

「ゼトリクス! DH! どこ⁉」

「うお、クロオビ! 逃げろ!」

「ゼトリクスって、どんな状況⁉」

 巨大で恐ろしい血だらけの姿をした悪霊の少女に、二人はホテル中追い回された。

「ど、どうすればいいんだよ~⁉」

「とにかく、出口まで走ろう!」

「いや、絶対鍵がかかってるに違いないぜ、絶対そうだよ!」

「行ってみないとわからないだろ、走れ!」

 何とかホテルの広いロビーにやって来て、ドアを開けようとするが、開かなかった。びくともしない。ロビーの方にある回転ドアは隙がないほどにグルグルと高速で回っている。

「何か洗濯できそうだな……」

「なに言ってるんだよ……」

「アイツ、来ねぇな。逃げ切ったんじゃないって言ったら来るんだよな……」

 すると、本当にバッと突然現れた。ロビーをいっぱいにするほどの大きさで、髪の毛を伸ばして血を滴らせて、ギョロギョロと目を見開いている。

「ほら、見ろ!」と言いながらも、ゼトリクスは直視できなかった。

「ゼトリクス、DHのところに行って逃げるんだ」

「え、ちょっと待って、お前は⁉」

「いいから、行け。怖いなら無理しないでいい!」

 ゼトリクスはここにクロオビを置いて行くのが嫌だった。そして、クロオビの隣に立って震えながらも拳を構えた。

「ゼトリクス⁉」

「なんか、ここに置いてく方が怖くてさ……つか、部屋わかんねぇし!」

「やっぱり!」

 しかし、ゼトリクスはなぜかクロオビといれば何とかなるような気がしてきた。心なしか、巨大なゴーストガールが怖くないうえに先ほどより小さく感じた。

「その調子だ」

「DH⁉ 来てくれたのか!」

「よっしゃ、これで無敵だぜって……え?」

「何見てるのよ……あ、あああっ……⁉」

 三人の前には、恐ろしい幽霊の少女ではなく、実態を持った美少女がいた。

「おい、どういうこと⁉」

「おそらく」と、DHは残念そうに言った。「彼女は相手の恐怖心から力を得て様々な超常現象を引き起こす能力を持っているのだろう」

「え、じゃあ、怖がらなければいいってこと?」

「そうだ、クロオビ。ゼトリクス、今あいつはお前の恐怖心から力を得ている」

「ゼトリクス、勇気を持つんだ」

 今のゼトリクスは恐怖を克服し、勇気に満ち溢れていた。

「おっしゃ、かかってこい!」

「ふん! 何が勇気だ! こっちはもう何百年分も恐怖をため込んでるんだ! お前らの魂でもっと強くなってこの世界を呪い殺してやる!」

「理不尽すぎる! なんでそんなこと?」

「わたしのコウモリのアダムス君が死んだのに、お前らは生きてるからだ! 死ね~!」

 そして、彼女は手から呪いで作り出した大量の刃を放とうとした。しかし、飛距離が足りないうえに、フラフラと力なく浮いて、床に落ちてしまった。

(……恐怖心が、打ち消されているだと⁉)と、ゴーストガールは恐怖した。(今まで怖がらせてきた者たちの恐怖心より、あいつら三人の勇気の方が勝っているというのか⁉)

「よし、ゼトリクス、やれ」

「おっしゃ⁉」

「うわ、来るんじゃないわよ!」

 そう言って、ゴーストガールは呪いの障壁を生み出したが、ゼトリクスの怪力によってすべて破壊された。

「え、ウソ、うわ~⁉」

 そして、彼女はゼトリクスの怪力によって、どこかに飛ばされていった。

「またふっとばした⁉」

「……本物が見たかったな」と、DHは言った。

「え、もしかして能力者じゃなくて、本物の幽霊がってこと?」

「ああ」

「え、DH、怖くなねぇのか⁉」と、ゼトリクスは言った。「人間よりオバケの方が怖いって言ってたじゃん!」

「恐ろしいが見たくないとは言ってない」

「え、わざわざ怖いものが見たいなんて変わってるな……」

「いや、ゼトリクスもさっきもっと怖い話せがんでたじゃん」

「そうだっけ?」

 そして、三人はホテルを出ることになった。

「彼女を倒していただき、ありがとうございます」と、ホテルのオーナーに言われた。

「いや、気にすんなよ」

「我々一同、これで成仏できます」

「え?」

 すると、その場にいたはずの客や職員たちがフッと消えてしまった。周りの人々も、突然そばにいた人々の何人かがいなくなってしまったので驚いた。

 ホテルはボロボロになり、元の廃墟に戻ってしまった。

「どうやら、あのゴーストガールの力で本物のように見せていた上に、この街で亡くなった者たちの幽霊を縛り付けていたようだ。そして、彼らの霊力からも力を得ていたと」

「ええっ、じゃあ、僕ら最初からあの子に騙されていたってこと⁉」

「そうだな」

「恐ろしい女の子だな……あれ、ゼトリクス?」

「ギャ~……⁉」

 ゼトリクスは悲鳴を上げて逃げていた。

「ぜ、ゼトリクス! あいつ、可愛そうな目に遭ってばかりだな……」

「俺は本物の幽霊に会えて満足だ」

「そ、それはよかったよ……」

 こうして、なんやかんや三人は街を出発した。

 その街の人々は恐ろしいゴーストガールを倒してくれた三人の少年に感謝していたが、同時にこう思った。

「あいつらの方が怖くね?」

「それもそうだけど、ゾンビ事件もあったし、住民の半分以上が、実は幽霊なうえにみんな成仏していなくなるなんて。この街の将来も恐いんだが……」

「市長、うまい事言ってるつもりでしょうけど最高にスベッてます……」

「うぐ……」

 しかし、数日後、世界中からオカルトマニアやホラーマニアなど、そう言うジャンルが好きな者たちがやって来て、閉鎖された研究所や廃墟と化したホテルは観光名所となり、街は賑わい始めた。

 DHが世界中のメディアに街がもう安全で、事件のことを世界中に広めたからであった。

「やりましたね!」「ホラービジネスですよ!」

「いいのかな……まあ、いっか」

 誰もがゾンビと幽霊のことを話していたが、それは嬉々とした様子であった。誰も恐がっていなかつた。

「フフフ……本当の恐怖はまだこれからだ……!」

 ボソボソ呟きながら、街に戻ってきたゴーストガールであったが、何の恐怖も感じなかった。しかも、自分の起こした事件を元にしたお土産や施設で街は賑わっている。

 何の恐怖も感じない、平和で賑やかな街であった。

「……。帰る」

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