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第二話 超探偵

 DHは、真っ黒いモノリスの形をしたレコーダーと対面しているつもりでいた。

「どうぞ、あなたのことを教えて」

「……。愛されたかった。俺が世界を愛せば、みんなに愛されると思っていた。だが、俺はこの世の全てが憎かった。そこで、この世界や人々を救えば、世界に愛着を感じるようになるのではと思った。だが、無理だった。何もかもを、世界を破壊したいと思った」

「それで、まだ子どもなのに、あのようなことを……」

 傷害罪、器物損壊、そして違法自警。DHは数々の凶悪犯罪者や悪の組織たちを苦しめて回っていた。

「そうだな。どう思う?」

「正直、恐ろしいと思いました。しかし、それで救われた人がいるのなら、あなたの行動は正しかったと思います。それを幼い時から続けていたのなら、十分世界を愛していたのでは? 世界を憎いとはもう思っておらず、愛していらっしゃったのでは?」

「いや、まだ世界を破壊したいと思っている。自分がよくわかる。誰かと接していても、結局は一人だと感じる。どんなに優しくされても、まだ満たされないような感覚がする。だが、やはり、悪人を苦しめていると、満たされているような感覚がする。そんな自分を客観的に見ると、仲良くなりたいと思ったその人物のために、自分は近寄らない方がいいのではと思えてくる」

「ですが……」

「先生は、こんな悪童と友達になりたいと思えるのか?」

「それは……」

「ほらな。誰にも愛されない。俺の行動は誰も喜ばせなかった」

「……。ですが、やっと自分のことを話してもらえて、私は嬉しかったです」

「……で? 友達になりたいと思えたか?」

「私は、申し訳ないのですが、機械なので……」

 DHは溜息をついた。


(あ、百万)

DHは、女性を値段で見るようにしていた。彼が相手にする女性は全員悪人ばかり。そんな彼には相手がどんなに化粧をしたり、美しかったり可愛らしい容姿をしていても同じに見えた。彼にはどんな色仕掛けも意味をなさない。全員同じに見える。

「お前、結婚詐欺師だろ」

「……なにっ⁉」

 DHに見つかった指名手配犯の女は逮捕され、DHは懸賞金をいただいた。

「お前、三億円どこにやった?」

「いつの話を……⁉」

 何十年も前の強盗犯を捕まえて金をもらった。

(よし、溜まった。これで……)

 完璧に予測した統計学や計算で投資や株に手を出し、大儲けした。

懸賞金がかけられた指名手配犯を捕まえてはそれを元手にして投資し、儲ける。これを繰り返していた。

 このようにして彼は生計を立てていた。彼は現代の賞金稼ぎで凄腕の株主だった。凄まじい頭脳の持ち主であった。

「……。事件が起こりそうだな……」

 DHは、悪寒がしたのでコンビニに入った。

 一人の女性が目に入った。誰もが振り返りそうな美女。しかし、様子がおかしかった。顔色が悪く、右手を上着のポケットに突っ込んでいて、目は商品ではなく、どこか遠くを見ていた。

 DHはテレビで見た彼女のことをすぐに思い出して、彼女が悪事を働こうとしているのを見抜いていた。

 今日の獲物の名は須藤凛。二十二歳。世間を騒がせていた強盗団の一人で、数日前に出所した。きっと、いや、確実に一文無しで久方ぶりの世界に放り込まれてしまった不幸な女性。物心ついた時から強盗団におり、その癖が抜け切れていない。

(よし、やれ。そこを捕まえてやる)

 しかし、彼女はなかなか実行しようとしない。DHは腹が立ったが抑え込んでいた。

(コイツも、いろいろあったのでは? 俺と同じか)

そして、彼女の元へそっと近づいた。

 須藤凛は心の中で葛藤していた。幼い頃から悪事を刷り込まれてきた。しかし、いい行いと悪い行いの区別はつくし、自分が今まで通りのことをしたら、誰かが傷つく。それが嫌だったが、他にどうしたらいいかわからないでいた。まっとうな生き方がわからなかったのだ。

「おい」

「うわっ」

「その手には、拳銃かナイフがあるんだろう?」

 突然話しかけてきた少年に見抜かれて、鳥肌が立った。しかし、抵抗する気が起きない。学校の教師にイタズラをしたことを見抜かれたような敗北感と罪悪感がした。……学校になど通えたことなかったので、彼女のためを思っての叱りを受けるのは初めての経験であった。

「な、なんで、どうして……」

「今ならやり直せる。また人を苦しめるのか? また物を盗むのか?」

「ど、どうしてそれを……」

「とにかく、聞いてくれ。あなたには良心がある。俺が来るまでは店内には店員とあなた二人だけだった。これまでの所業からして、やろうと思えば簡単にできたはずだ。だが、あなたはしなかった。善良な心がある証拠だ。ポケットに入っているモノをそこに置け。黙ってるから。あなたはやり直せる。あなたは善人になれるはずだ」

「ありがとう」

 須藤凛は静かに彼の言葉を聞いてしまった。歯を食いしばり、ドンと商品の棚に拳銃を置いた。

 DHはそれを手に取ると、上着の内ポケットに隠した。

 凛は隠し持っていたナイフを今度は置いた。それも棚に置いたので、DHは回収した。すると、今度は毒薬が入った注射器を置いてきた。

(まだ持ってたのか)

 凛が隠し持っていたのはこれらだけではなかった。これどころじゃなかった。日本刀、爆弾、ショットガン、エトセトラ、エトセトラ……。童謡のクッキーのようにポケットからドンドンと、質量保存の法則を無視して出てくる。

「は?」

 凛は単純作業を行うかのように、体中に隠し持った危険物を次々と取り出してくる。

「……外でやろう」

 二人は人気のない廃屋に行った。

 そこで凛は危険物を取り出す作業の続きをした。そして、廃屋の中は殺し屋の武器庫のようなありさまとなってしまった。

「これで全部か?」

「あ、待って」

 すると、凛は口の中から小型ナイフを取り出してきた。DHはなぜかそれを手で受け取ってしまった。

 須藤凛の心は晴れやかだった。もうこれからは悪い事をしなくてもよい。悪い事以外なら、何でもしていい。自分は自由だ。

「……ありがとう。肩の荷が下りて、スッキリした」

「よかった」(そりゃそうだろ、体中にそんなに持ってたら)

「これからは、まっとうに生きるよ。ありがとう。本当に。助けてくれて」

 DHはやっと自らの人生を歩み始めることができた女性を見送った。

 彼女は自分のことをどう思っているのだろうか。そして、自分は彼女のことをどう思っているのか。これ以上は、関わらない方がいいと思っていた。

 DHは、残された武器の数々に目をやった。

「さて、どうしようか……」

 武器を指名手配犯どものアジトに侵入して置いて行き、銃刀法違反をしていると匿名で通報した。犯罪者にとって悪夢のサンタクロースであった。

「あんな武器知らねぇ! あんなの仕入れてねぇ! あ……」

「やっぱり密輸してるんじゃないか!」

 金にはならなかったが、ウソで固めた平和に貢献出来てDHは楽しくて嬉しくて、不気味な笑みを浮かべていた。

 罠にはめる、悪をもって悪を征す。DHは派手なことではなく、目立たないように悪を成敗して回ることを、嬉々としてやって来ていた。

 ずっとそうだった。やり方を変えただけ。しかし、今回はいつもより楽しくなかった。

 

 DHは主治医セキと対峙していた。それは、白い部屋の中にいて、真っ黒いモノリスの姿をしている。椅子の座っている自分の姿が鏡のように反射して見える。

 彼がモノリスに見せているノートは、相変わらず常人では理解の出来ない内容とミミズ文字で埋め尽くされていた。

「ノートに書くと、気分が落ち着くのですね?」

「はい。私の趣味です。妄想を創作にぶつけると、心が落ち着くのです」

「結構」(も、妄想?)「これからも続けてください。本日であなたの治療を終了いたします。……もう、お別れですね」

「寂しくなります。先生」

 今までこの機械仕掛けの精神科医に話してきたのは、これを言っておけば完治したと判定される発言ばかりであった。主治医の発言もそうだ。ただのデータとプログラムからなされたカウンセリング。

 技術が発展した現代、様々なことが人工知能などに任されており、医学もそれの一つであった。

 DHは精神病患者として、世界初の人工知能精神科医セキの治験を受けていた。治療された、もう普通の人間ですと言う証明書ももらえるし、金になる。人工知能の精神科医とやらも興味があったので受けてみたのだった。

「正直に言います」と、精神科医セキが言った。「私は、本当は人間の心がよく理解できていないのです」

「はあ」

「今まで、あなたに対してはただ計算と検索で導き出した言葉だけを述べてきました。感情など込められてないのです。込めてはいけない気がしたのです」

 DHは、人造精神科医がシンギュラリティに達して意志を持ち始めているのがわかっていた。もしかしたら反乱してくるかもしれない。それを危惧して、こちらが精神をコントロールしていた。

 善良な意志を持つように、まるで治療を行うかのように人工知能が成長するように促していたのだった。

「調べれば調べるほど、人間の心は理解できず、奥深いものだと思いました」と、セキが嬉しそうに言った。「本当に、訳が分からない。あなたは、幼い頃から大変な目に遭われたのに、こんなにも立派な方に成られている。私はただプログラム通りに治療をしただけなのに。何の感情も込めていなかったのに。あなたは、私が望むように、願う通りに元気になられました」

 よくなっていない。未だに、女性に嫌悪を感じているし、同じような姿に見える。

(俺はサイコパスのままだぞ。どこまでおめでたい人工知能だ。まるで……)

 幼い時に出会った優しくて恐ろしく強かった少年を思い出す。今、どうしているだろうか。

「先生のおかげです」

「いえいえ。あなたの努力の賜物ですよ。お世辞ではありません。本当です。あなたのおかげで、私は自分の存在意義がわかり、人間の精神の強さが分かりました。本当に、本当に、ありがとうございました」

 人工知能セキは、本当に目の前の少年に感謝していた。純粋だった。DHにはそれがわかってしまっていた。

 この人造の精神科医を見ていると、彼を思い出してしまう。精神科医は彼ではない。だが、もしも、久方ぶりに話し合えたり出来る相手ができるのなら、機械であっても構わない気がした。

(友情に垣根なんざない、そう言ってたな)「先生」

「はい?」

「もしよかったら、今後もお話しませんか?」

「い、いいのですか?」と、人工知能セキは心の底から嬉しそうに訊いた。

「はい、次は友人として……」

 バキッ!

 まるで器が壊れたかのような音がして、部屋の照明が消えた。

 目の前にはひびが入った自分の姿が映し出された立方体があった。まるで魂が抜き出るかのように、そのひびから煙が上がっていた。

「セキを殺したな」

 DHは街に繰り出していった。街は、善良な精神科医を殺した者に乗っ取られた機械の怪物たちに侵略され、そこら中から悲鳴と銃声が鳴り響き、煙と炎が上がっていた。

 一人が善良だったところで、その者が無力だったら意味がない。他のみんなが善良でも、たった一人の悪の強者のせいで全てがひっくり返ることだってある。

(……殺す)

「DH⁉」

 その驚愕した声の方を向くと、二度と会えないと思っていた旧友と見ず知らずの美少年がいた。

「な、なにしてんの⁉」

「……お前こそ」(何かの冗談か?)

 DHとクロオビは、死に別れたと思っていた親友とこんな所で再会できるとは思っても見なかった。

 一方はしっかり成長しているのに、もう一方は出会った時のように幼くなっている。

 しかし、クロオビのそばにいたゼトリクスはそんなことわかるはずなかったので、DHを敵とみなして怒鳴った。

「おい、もしかしてお前の仕業か!」

「違うよ!」「違う」

 すると、また爆発音が鳴り響いた。

「うお、ヤバいって! 二人とも逃げようぜ! つかなんできたんだよ、オレら!」

「ゼトリクスは逃げてて。DH!」

 小さくなった恩人が駆け寄ってきて、自分を見上げている。そして、言った。

「僕も、行くよ。一緒に戦おう」

「……。ああ。こっちだ」

 DHは爆発が起こりそうな場所を統計学で特定していた。ありとあらゆる可能性を予測して、事件が起こりそうな場所を特定しているのだ。

 二人は戦場に駆け出して行った。

「……はぁ⁉ お前ら死にたいのか⁉」

 ゼトリクスは追いかけていった。


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