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第一話 主人公とツッコミ役

「……オレってなんなんだろうな~」

 記憶喪失の超能力美少年ゼトリクスはフラフラとあてもなく歩いていると、足元にコミックブックが落ちてきた。

 それを何気なく開いてみると、主人公のヒーローが空を飛んでいた。

「うお、かっけぇ! オレもやってみるか!」

 そして、ゼトリクスは高速で走り出し、そのままビョンっとジャンプして、本当にビューンと飛んで行った。


「……えっ⁉」

 クロオビこと、魯王ルー・ワンがふと空を見上げると、ものすごい速さで何かが飛んでいた。しかも、それはまっすぐこちらに向かって……落ちてくる!

 クロオビは焦りながらもサッと何とかよけた。

 何かが落ちた場所を振り返ると……⁉

「いや~、頑張れば意外と空って飛べるもんだな~」

「……は⁉」

 そこには、女性なら誰もが夢中になりそうな美少年がいた。しかし、クロオビは小さな男の子なので、(なんなんだ、こいつは……⁉)としか思えなかった。

「な、何者だ、お前は⁉」

「えっ、オレ? 地底からの死者、ゼトリクス・ザ・アンノウン!」

「いや、地底からの使者って、がっつり空から来てるじゃんか!」

「えっ?」

 そう言うと、ゼトリクスという怪少年はどこからともなく、『今までのこと』と大きく書いてある本をどこからともなく取り出して、その中身をじっと見た。

「本当だ」

「なんだよ、それ?」

「オレも知りたい。どこからともなく出てくるんだよね。見てて」

 すると、パッと本が消えてしまった。と思ったら、また彼の手に本が現れた。と思いきや、消えてしまった。それをゼトリクスは楽しそうに繰り返した。

「なんだこの本、おもしれェ! 魔法みたい! どんな仕組みか知らない?」

「知るわけないだろ! なんのマジックだよ!」

「おお、そうだ、マジックと言えば……」

 すると、今度は上着の内ポケットの中から魔法少女が使うような可愛いステッキを取り出してきた。

「幼女から奪ってきたって言ってた。どう思う?」

「は⁉ 人から奪ったのか⁉」

「あ、よく考えたらそうだな……」

「よく考えなくても分かるだろ、返せよ!」

「はい」

「僕にじゃなくて、それの持ち主だよ!」

「だって、返せって言うからさ!」

「この話の流れでなんでそうなるんだよ! ん、待てよ……」(さっき、奪ってきたって『言ってた』って……ということは、誰かが奪ったのをゼトリクスは渡されたってことか?)

「ところでこれ、どうやって使うの? 知らない?」

「知るわけないだろ!」

「あ、分かったかも? ありがとう」

「なんで⁉ 何も教えてないけど⁉」

「うお~!」

「何してんの⁉」

 怪少年が拘束でステッキを振り回すと、ステッキは神々しい光を帯び始めてきた……⁉

「うわ、何してんだ、ゼトリクス⁉」

「お、これなんかマジカルビーム撃てそうなんだけど!」

「マジカルビームって何⁉」

「やべ、マジでなんか出そう、どうしよう?」

「わかんねぇよ! てか、なんでこっちに向けんだよ!」

 すると、神々しい光線が、クロオビに向かって放たれた!

「ふざけんな!」

 クロオビは素早くよけた。弾丸と同じかそれ以上の速さの光線を……。

 避けられた光線はまっすぐ進んでいき、少しもしないうちに遠くから、「おれの車が~⁉」という悲鳴が聞こえてきた。

「……オレじゃないよ!」

「お前だよ! お前のせいで大事故だよ! 下手したら殺人事件だよ!」

「どうしよう、危険物だわ……あ、そうだ!」

 バキッ!

 ゼトリクスは片手でステッキを折って、天に向かって投げた。それはロケットのように飛んで行き、帰ってくることはなかった……。

「な、何してんだ、お前⁉」

「なんだ、欲しかったのか?」

「違う! さっきの人の物だったんだろ、何してんだ!」

「折って空に向かって投げた」

「知ってるよ! そう言うことじゃなくて……」

 すると、怪少年は空を見上げた。目を細めてよく見ている。

「……どうした?」

「あ、今、人工衛星ぶっ壊したぜ!」

「え、まさか、あのステッキが⁉」

「正解、おめでとうございます!」

「おめでたくないわ!」

「あ、ここら辺に落ちてくる」

「なにっ⁉」

 クロオビも空を思わず見上げてしまった。いつ落ちてくるかわからない恐怖を感じる……。破壊された人工衛星が、落ちてくる……⁉

 ドカーン!

「おれの車が~⁉」

 爆発音と悲鳴が遠くから聞こえてきた……。

「アイツ、何台クルマ持ってるんだろうな? ハハハ……」

「いや、笑えないから!」

「二台あるからあと何台か持ってるだろ」

「そう言う問題じゃねぇ! もうどこから突っ込めばいいんだよ! なんなんだ、お前!」

「孤独なアンチヒーロー、ゼトリクス・ザ・スーパーヴィラン!」

「ヒーローなのか悪者なのかはっきりしろよ!」

 すると、アニソンの着信音が流れた。

「あ、オレか……。はい、身元不明者です。……おう。わかった、その日デートな! で、何の話だっけ?」

「どこが孤独だよ! リア充じゃないか!」

「……うお、確かに! しかもデートじゃねぇか!」

 すると、ゼトリクスはウキウキでダンスを始めた。と思ったら、再びスマホが鳴った。

「電話鳴ってるよ?」

「ゼトリクスのがだよ」

「あ、オレか。なんだ、てっきり同じ趣味の友達が見つかったのかと」

「早く出なよ」(なれるならなってあげたいけど……)

「そうだな……はい、超能力者です。……え。あ、はいはい、わかった」

 ピッ。と、電話を切ると、ゼトリクスは真顔になって言った。

「いてほしい時にいないから別れろって言われた」

「な、なんじゃそりゃ⁉」

「まあ、彼女が言うなら仕方ないな」

「え~⁉ カップル二人そろってどんな神経してんだよ⁉」

「じゃあ、このスマホもいいか」

 すると、ゼトリクスは片手でスマホを握りつぶした。と思いきや、何か思い出したかのように「あっ!」と叫んだ。

「なんだ、今度は⁉」

「ゲームのデータ消えちまったじゃねぇか!」

 すると、ゼトリクスは恋人にフラれた後の少年のように暴れ始めた。彼の怪力により、コンクリートの道は砕かれ、強風が吹き荒れた。

「やめろ! 何でフラれた時じゃなくてゲームのデータが消えた時に怒るんだよ! つか自分でスマホ壊したんだろ!」

「……そうだっけ?」

「そうだよ!」

 ゼトリクスは暴れるのをやめたが……まだ暴れたりなかった。肩を、いや、全身を震わせていた。着信が来たスマホか工事現場で土を固めるのに使うバイブレーターのようであった。

「この怒り、どうやって抑えようか……⁉」

「……なんでこっち見んだ?」

「ダメだ、抑えきれそうにない! ……この世界、破壊してやる!」

「はっ⁉ 怒りの矛先を周りに向けんな!」

「やめてほしいなら、止めてみやがれ! じゃあ、まずはお前からだ、おら~!」

 そして、羽交い絞めにされてしまった! ……ゼトリクスが。

 常人の何倍もの力を持つはずの怪少年が、いとも簡単にやっつけられてしまった。今日会ったばかりの、大人と子供くらいに背丈に差のある少年に。

「おい、ウソ⁉ え、オレやられたの! 力には自信があったんだけど!」

「ジッとしろ! 人や物に八つ当たりしないなら、離してやる!」

「え、おしゃべり?」

「はなしてやるって言うのは、自由にしてやるって意味だよ!」

「おお、そう言うことか! わかった、八つ当たりしない!」

「……よし」

 クロオビはゼトリクスを解放してあげた。

「うわ、アホだわ、すまない。何やってたんだろ……」

「急に冷静になるなよ。つか、お前さ……」

「ん?」

「飛べばよかっただろ、ここにやってきた時みたいに。空中に浮かべば掴まれても地面に僕を叩きつけたり何とかしたりすれば逃げられただろ」

 ゼトリクスは顔をしかめたが、思いついたかのように目を丸くした。そして、拳を構えてやる気満々で言った。

「もう一回やろうぜ!」

「しないからな!」

 ゼトリクスは怒った目つきをしたが、すぐにがっかりした表情をした。そうかと思いきや、歯ぎしりをし始めた。かと思いきや、苦しそうな顔をし、そして、真顔になった。

「忙しいやつだな……。本当に、何者なんだよ……。空飛んだり、怪力だったり……お前、宇宙人?」

「え、オレって宇宙人なの?」

「僕が訊いてるんだよ⁉ なんなんだ、一体……」

「オレはたぶん一人しかいないと思うけど?」

「一体ってそう言う一体じゃない!」

 すると、急にゼトリクスは青い顔をし始めた。

「どうしたんだ?」

「オレ、本当に自分が誰かわからないんだよな」

「……え?」

 本当であった。ゼトリクスは自分が何者か、わからないのである。記憶がなかった。

 クロオビは、彼がふざけているのではなく、本当に悩んでいるのを察して親身になろうとしてしまった。

「……。もしかして、記憶喪失ってことか?」

「あ、まって、何か思い出せそう!」

「え……本当?」

「……あれ、何でここにいるんだっけ? オレの名前なんだっけ?」

「思い出すどころか忘れてるじゃないか⁉ 自分の名前忘れるとかさらにひどくなってるぞ!」

「……いや、マジで、何でここにいるんだっけ? あれ、オレ何してたんだっけ? ……あんた、誰? オレが何してたか知らない?」

「……あ」自己紹介してない。「僕は、ルー・ワン。友達にはクロオビって呼ばれてる」

「え、じゃあ、オレも呼んでいい?」

「……ああ。いいよ」

「よっしゃ! ゼトリクス・ザ・アンノウン! たぶん本名じゃない!」

「そうだろうな! ……ねぇ、本当に記憶がなくて、自分のことが分からないの?」

「……うん」

 ゼトリクスは、本当に苦悩していた。何も思い出せない。頭の中、いや、魂そのものを上書きされたようであった。

 クロオビはお節介で優しいので、見ず知らずの彼を助けたいと思ってしまった。

「ねえ、まだ何ができるかわからないけど、僕でよかったら手を貸すよ」

「え、手を取り外すことができるのか⁉ それでどうやって記憶を取り戻すの?」

「そんなことできないよ! 手を貸すって手そのものを貸すわけじゃないから!」

「なんだ、すごいもん見れると思ったのに」

(空飛んで、何もない所から本出して、怪力がある方がすごいと思うけど)

 そうクロオビが呆れていると、ゼトリクスは拳を構えた。

「……何?」

「もう一回戦おうぜ! 手取り外して役に立てないなら、オレのストレス解消の役に立て」

「なんでだよ! 君と戦いたくないよ」

「お前に勝たないと気が収まらないんだよ! 悔しいし!」

「もういいだろ、戦って喧嘩して何になるんだよ」

「お前こそ、何をお人好しの主人公みたいな事言ってんだよ。復讐はダメだとかみたいにさ! じゃあ聞くぜ、なんで人殺しちゃダメなの? 親の仇とったらダメなの⁉」

「なんでそんなに大げさな話になるんだよ! だけど、そうだな……」クロオビは瞬時に思った事を言ってみた。「なにも生まないから?」

「は⁉ 確かに何にも作ってないけど、オレの心は満たされるかもだぞ?」

「だけど、僕に羽交い絞めされて苦しかったし悔しかったんだろ?」

「おう、そうだ!」

「そんな気持ちになるなら、殴り合ったり、何か壊そうとしたりせずに、しっかり話し合った方が何か生み出せるんじゃないかな? それに、まあ、人によるかもしれないけど、殴り合ったりするより、話したりした方が楽しいし幸せじゃないか? 誰だって幸せな方がいいと思うし」

「それもお前がただオレと殴り合うより話したいだけって言うエゴじゃねえか」

 そう言いながらも、ゼトリクスは自分よりはるかに年下に見える少年からの説教を聞いて、真に受けてしまっていた。いつの間にか、構えていた拳を黒いロングコートのポケットにしまっていた。

 何かに八つ当たりしたい気持ちは失せていて、寂しさと無気力感だけが残った。

「じゃあ、この気持ちはどうしたらなくなるんだ……?」と、ゼトリクスは思わずボソッと言った。

「仲直りしなよ。彼女と。そっちの方が幸せだと思うよ? イライラしているのも、きっとそのせいだよ。突然いなくなって、人とのつながりがなくなるのは、イヤだからね」

「なんだ、訳ありか? お前こそなんかあったの?」

「まあ、うん」

「……そうか。オレ、お前みたいな気分になりたくないわ。仲直りする」

 そう言って取り出した自分のスマホは握りつぶされていた。

「……⁉ なあ、クロオビ……」

「はい、手は取り外して貸せないけど、僕のスマホ貸すよ」

「おお、ありがとう! ん?」

 スマホの液晶画面が奇妙だった。ザザッというノイズ音が鳴ったかと思うと、黒い背景の中に立つ、中指を立てた美少女の顔が写ってきたのだ。

 確かに美少女ではあるが、そのムッとした表情からは恐怖を感じた。

「え、誰? お前も彼女いたの⁉」

「いや、なんだ、これ?」

 タッチしてみるが、何の反応もない。ただ謎の美少女のムッとした顔と中指が写っているだけである。

 すると、どこからか爆発音がした!

「……オレじゃないよ! ステッキ投げてないし、八つ当たりもしてない!」

「わかってる! ……ちょっと、行ってくる!」

「待って、オレも行くぜ! あと、こんな怖いスマホ置いてくなよ!」

 そして、二人は爆発音の聞こえた方へ向かった。


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