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第十三話 拡大スペシャル

 ゼトリクスは、DHとクロオビを連れて夜空の中を飛んでいた。

「そんで、どうする? やっぱりあのデカい女神さまのところに行けばいいのか?」

「ああ。そうだ」と、DHは言った。「世界を救いに行くぞ」

「おう!」

 すると、地上から個性豊かな様々な色や形状をしたカラフルで不思議な光線が向かってくるのが見えた。

「ゼトリクス、危ない!」

「うおっ⁉」

 クロオビの声でさっと避けて見てみると、魔法少女たちが女神を守ろうとこちらに向かってマジカルビームを放ってきているのが見えた。

「うお、マジかよ、あれすごい痛かったぞ! しかもあんな量どうやって避けんだよ!」

「ゼトリクス、落ち着け。俺の指示に従って地上に向かって降りろ」

「おう、任せたぜ!」

 ゼトリクスはDHの正確な指示に従い、魔法攻撃を素早く避けながら地上に向かって行った。

 その姿を見た魔法少女たちは、必中のはずの魔法攻撃が当たらなかったこともあって、恐怖を感じた。

「ぜ、全然当たらない!」

「よし、こうなったら、私の心を読む魔法で……。……あ、この映画の曲なんだっけ?」

「え? 何言ってんの? もしかしてアイツ、今、映画の主題歌脳内再生してる⁉」

 魔法少女たちが動揺しているうちに、、ついにド~ンと、三人の少年は降り立った。

「頼む、クロオビ」

「うん!」(僕は何のために強くなった? 僕が大嫌いな暴力という必要悪を、みんなにさせないためだ。誰かにやらせるくらいなら、僕がやる! できるから、得意だから! 混沌が好きな彼女たちの野望から、世界を解放する!)

「く、クロオビ君が向かってきます!」「あんな小さな子に何が……」「油断しないで、大統領が認めた子だよ!」「全力でかかれっ……⁉」

 クロオビは一瞬の隙も見逃さずに、魔法少女たちを気絶させていった。

「お前、切り替え早いな! さっきまでめっちゃ暗い顔してたじゃねぇか!」

「え、そ、そうだったかな?」

「ああ、めっちゃ気持ち悪いもん見たような顔だったぜ。まあ、その様子だと思ってたより大丈夫そうだし、やっぱお前強いな」

 クロオビはなぜか誇らしげなゼトリクスを見て、元気と勇気が湧いてくるのを感じた。

「うん。さっきはありがとう。ゼトリクスもすごいよ。さっきはありがとう」

「まあな! なんでもやってやるぜ」

 DHはそのやり取りを微笑ましく聞きながら、気絶した魔法少女たちから奪ったステッキを調べていた。そして、久方ぶりにセキにも見せていたノートを開いていた。

「お、なんだ、DH。お前も魔法使う気か? それはもしかして中二病ノート?」

「そうだ」

「え⁉ お前みたいなやつにそんな趣味が⁉」

「DH、まだそれやってたんだ……」

「え、コイツ、昔からノートにヅラヅラ魔法陣とか犯罪計画とか書いてたの?」

「うん。見られても分からないくらいの文字でびっしり書いてある。見ただけでなんか……すごい気分になってくるんだ」

「そりゃ他人の妄想なんてそうだろ。イタイし」

「しかも、恐ろしいことに、本当に実用的なんだ……」

「マジかよ。まあわざわざ黒歴史さらす必要ねぇぜ、オレのパワーがあるんだからな!」

 そう言うと、ゼトリクスは巨大な女神の足を殴って壊そうとした。しかし、ゼトリクスはジーンとした響きを腕で味わうことになった。

 女神を見てみると、殴った瞬間だけ光り輝く幕のようなものが見えた。

「魔法の壁で守られているようだな」

「大丈夫、ゼトリクス?」

「痛ぇ! 痛みにもこんなに種類があんのかよ! つか、オレって魔法に弱かったんか!」

「弱点がわかってよかったな」と、DHが言った。

「知りたくなかった!」と、ゼトリクスはうなだれた。「出来ることが減ったみたいな感じだ。これ以上ないほどの強敵だぜ、頑丈なのってこんなに面倒なんか!」

「そのために僕らは協力するんだよ」と、クロオビはゼトリクスに寄り添いながら言った。「出来ることをやって、力を合わせるんだ。DH、何か他に策はない?」

「魔法は道具さえあれば何とかできないことはない。だが、クロオビが倒したこいつらの装備はこいつらしか使えないよう細工がしてある」

「じゃあ、なにか魔法道具があればいいのか」

 すると、突然ミラーゲートが現れた。ゼトリクスがまた吸い込まれるのではと思って、クロオビは彼を庇った。しかし、ゼトリクスはその前にサッと出て拳を構えた。

 はたして、そこから飛び出してきたのはビーストガールであった。

「ニャ~!」

「……誰⁉」「誰だよ、アイツ」「は?」

 光り輝いているミラーゲートに魅かれて飛び込んだビーストガールの目に入ってきたのは、シニスターシスターズが恨んでいる三人の少年であった。特徴はよく覚えていなかったが、とりあえず少年三人組は全て敵だと認識することにしていた。

「死ねニャ~!」

 ビーストガールは襲い掛かったが、クロオビの一撃で気絶してしまった。

「で、誰だよ?」

「僕も分かんないよ」

「待って、ニャーちゃん!」と、ウィザードガールが出てきた。「え? な、なんでアンタたちがここに⁉」

「こっちのセリフ!」と、クロオビは思わず言った。

「まあ、いいや、死ねぇ~……え?」

 いつの間にか背後にいたDHに蹴り飛ばされたウィザードガールは頭から倒れて悶えた。そして、DHはウィザードガールの手から魔法の杖を奪った。まだ悶えている彼女を蹴って悲鳴をあげさせた。

「なんで、蹴ったの⁉」と、クロオビはつい言ってしまった。

「やりたかった」(ゼトリクスのこと殺そうとしやがって)

そして、DHが中二病ノートを開いて魔法の杖を人造女神に向けると、それを包んで待っていた透明な光の壁が現れ、バラバラとひび割れていった。誰にも触れることすらできないようにされていた女神は、こうして無防備にされてしまった。

「よし、バリアは消えた」

「マジかよ⁉ こいつらと戦っててよかったぜ。人との絆って大事だな!」

「恨まれてるから絆とはちょっと違う気がするけど……。にしても、ウィザードガール、だいじょ……え?」

 クロオビがウィザードガールを見てみると、彼女はとっくに蘇生していたが、気絶しているビーストガールのそばで膝を組んで消沈していた。

(生贄もなしに、あんな凄い魔法障壁を破るなんて……しかも、男の人って魔法に適正ないはずなのに……本当は先に行ってぶっ殺してくるはずだったのに……結果は、いいように利用された)「アタシはクズです……」

 クロオビが彼女を励まそうとすると、自分たちの周りに気配を感じて構えた。

 すると、魔法の煙がモクモクと湧いて、その中から魔法少女たちが現れて、あっという間に取り囲まれてしまった。

「動くな、本気で殺すぞ!」

「直球で言った⁉」と、クロオビ。「もっといい言い回しないの⁉」

「そうだぜ、政府に変わってお仕置きとか、税金のしもべたちよ田舎に帰れとかさ」

「それも乱暴では……いいや、彼女たちは僕が相手する」

「任せた、クロオビ。ゼトリクス、俺を女神の中に運んでくれ」

「おう、任せな」

 ゼトリクスはDHとともに、飛び立とうとした。

「撃て、抹殺しろ!」

 魔法少女たちは動いた少年たちに魔法弾を放ち続けたが、それはスルッと通り抜けてしまった。まさかと思って上空を見てみると、DHを連れたゼトリクスは飛び上がっていた。さらには、いつの間にか回避できないほど近づいていたクロオビの一撃で何人か気絶させられており、次々と倒されていった。

 DHが魔法で幻影を生み出して、彼女たちがそれに騙されているうちに動いていたのだ。

「お前、めっちゃ魔法使いこなしてんな!」

「ああ。楽しい」

「そうだろうよ! で、あの女神さんってどっから入れるの?」

「女なんだからアナがあるだろ」

「生々しいな……」

 はたして、ゼトリクスとDHは人造女神デウスエクスマキナのスカートの中に消えた。

「そっちじゃない、もう一つの方だ」

「お、おう……」


 大統領は、執務室でスマホを握りしめていた。

「大統領」と、キャプテン・ルミナスは指示を仰いだ。「女神の警備にあたっていた部隊が全滅しました。独断で申し訳ないのですが、新たに部隊を派遣して三人の抹殺を命令しました。その、どうしましょう、大統領……」

「……女神のところに連れて行ってくれない?」

「え、ですが、危険です……! 大統領にもしものことがあったら……」

「大丈夫。だってあなたたちがいるんだもんね」

「は、はい! 嬉しい限りです、頑張ります!」

 そして、キャプテン・ルミナスは大統領と共に、煙に包まれて姿を消した。


 ゼトリクスとDHはデウスエクスマキナの内部に侵入していた。

「へぇ。オレも誰かのこういうところから来たのかな……」

「ああ」(哺乳類なんだからそうだろ)「ゼトリクス、クロオビのところに加勢しに行け」

「え、オレ魔法に弱いんだけど! 行ったところで何が出来んだよ……」

 すると、DHはグッとゼトリクスの胸ぐらをつかんで引き寄せて睨んだ。

「アイツは戦ってはいけない」

「は、なんでだよ、メチャクチャ強いんだから大丈夫だろ。なんで?」

「アイツは今まで戦いすぎたからだ!」と、DHは怒鳴るように言った。「本当なら家族や友人に囲まれながら悪意など知らなくていい時から、延々と戦い続け、おぞましいほど努力してきた。アイツには何の責任もなかったはずなのに、全世界の善意を代表するかのようなことをしてきた。アイツが子供の姿になったのは、おそらくあるはずだった子供時代を取り戻すためだ。アイツは、愛されるべきヤツなんだ。幸せになるべきだ」

(コイツ、マジでクロオビのこと大事に思ってたんだな。今までよくわかってなかったぜ。つか、クロオビに言ってやれよや、それ)

「……。すまん。世界の改変は任せろ。恐竜や旧世代の者たちも元に戻す」

「おう、任せとけ。……。なあ、DH!」

「なんだ」

「お前、何でもできる癖に誰かに素直になるのはヘタだったんだな」

「……」

「そのまんまでもいいと思うぜ。お前はクロオビじゃねぇんだからな」

「とっとといけ」

「おう、あとで迎えに来るぜ」

 ゼトリクスが床に空いていた女神から出て行くと、DHは覚悟を決めていた。

(この女神の頭脳になったら、世界中の情報に飲み込まれて脳が焼き切れて死ぬかもしれない。まあいい。クロオビにはゼトリクスがいる。ゼトリクスはほっといても意外と大丈夫だ。そして、世界にはあの二人がいる)

 DHは杖を構えて中二病ノートを参考に、我流の魔術を操り始めた。世界中の情報を五感の全てで感じ、読み解けるようになる。いわば、世界を一冊の本のように感じる。

 その物語の中では、人々というキャラクターたちが生き生きとしていて、全員が主人公で、その全員が大集合して大活躍しているのが、この世界であると感じていた。素晴らしい一冊だ。そうだ、この世界こそ、愛すべき一冊の本なのだ。

 ありとあらゆる世界を全て読み取り、散らばったページを元に戻して、消された文章を書き加えてと、本を、すなわち世界を修理していく。

 クロオビの物語が見える。現在進行形でまだ続き、英雄譚として語り継がれる。彼は特に改変されていない。描写が曖昧になっているが、整合性は取れている。他の者たちがデタラメに改変されているのに、彼の物語だけほとんど無傷なのは、やはり彼が無敵だということなのだろうか。

 自分の物語が見えた。なんてひどくて暗い物語なのだろう。まるで悪役の起源だ。誰だ、こんな物語や設定を考えたのは。自分だ。そうだ、自分の行動次第で物語は明るい方に動かすことができるはずだ。こんな事にも気づかなかったとは。

 様々な物語を読み解いて、様々な人々に触れて、この世界は素晴らしいと気付く。

ゼトリクスがここに連れてきてくれなければ、こんな体験はできなかったであろう。

そうだ、ゼトリクス。彼の物語を読み解けば、彼の正体も分かり、教えてあげることができるはずだ。思えば、世話になりっぱなしだ。

「……は?」

 そこにあったのは、確かにゼトリクスの物語であった。だが、あまりにも設定が薄かった。深みも背景も感じない。何もないも同然であった。整合性が取れていない。いてもいなくても変わらない。モブ以下。いや、むしろ、邪魔だ。突然、世界に不自然に出てきた。

 いや、そんな者など、すなわちキャラクターなどいるはずがない。全員の物語で、世界という物語が成り立っているのだ。だが、確かに彼がいたら整合性がなくなる。彼の存在でページが余分にできて、本が閉じなくなる。世界が成立しない。

「神様と言えば、何を思いつく?」と、大統領は言った。「私はね、命を創った存在だと思ったんだ。存在しないものを生み出せる力を持つ者。それが神様。神様の力を持ったら、創りたいと思ったんだ。新たな命をね。自分だけの命。私の理想の存在」

「……サイバーガールやセキがいただろ」

「あれはただの電卓とレコーダーだよ。セキは嫌いじゃなかったよ、私も」

「……なんで、アイツをほっといたんだ」

「神様が作家だとすれば、習作と言ったところかな。面白いキャラを創ろうとしたんだ。最初にこの女神さまができた時に。真っ先に試してみたんだ。やり始めた時はワクワクしたな……だけど、観たり聞いたりするのと、創るのは違うね」

「だから、他の世界から盗作することにした」

「うん。だけど、フフ、よく読み込まないとね」彼女はDHに歩み寄って、彼をその大きな胸に抱き寄せた。「私の生まれたこのどうしようもないくらいつまらない世界に、こんなに魅力的なキャラがいたなんて」

「だから、アイツを捨てたのか」

「うん。勉強の合間にノートの端に書いた落書きみたいなもの。思い入れなんてないよ」

「なんでそんなことが言える。お前が生んだんだろ」

「……深みが増したね。共感してるのかな、あれに」

 DHは彼女を突き飛ばして、倒れた彼女の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとした。


 クロオビは魔法少女たちを相手に戦っていた。

(魔法を使う敵は二回目だ。同じような相手に次も負けるわけにはいかない!)

 クロオビは、魔法光線はもちろん、いつの間にか地面に貼られていた魔法陣から出てきた大爆発や竜巻などの圧縮された災害を避けながら、魔法少女たちに必要最低限の一撃を加えて気絶させていた。

「だめだ、アイツ一人を相手にしていたら、あとの二人に女神を破壊されるわ!」

「アイツは放っておいて、女神の守護に回るわよ!」

 しかし、クロオビは仲間の二人の場所へ、敵を向かわせることはなかった。戦場から離れようとする者がいれば、一人も逃がさずに倒していた。

「いや、ダメだ。ここで奴を倒さないと、後で脅威になる!」

 されど、決して負けはしなかったが、勝てもしない状況に陥っていた。

 相手は国家を守っている最高峰の戦闘能力を持つ上に、物理法則を無視した魔法を操る軍隊。

 無敵の戦闘能力を持つクロオビでも、体は幼い少年。体力の限界が近づいていた。

「彼の体力はなくなってきているみたい!」

「所詮はこの世界だけで最強の少年なだけ!」

「他の世界からやってきた私たちに勝てると思わないで!」

(彼女たちは命令に従っているだけだ。だけど、やるしかない。この世界をぐちゃぐちゃにするなら、やるしかない、誰かの代わりに僕がやるんだ!)

 クロオビはフラフラになりながらも立ち上がって、何十人もの魔法少女の前に立ちふさがった。

 しかし、そこにいくつもの魔法光線が放たれる。クロオビはその光線で蒸発するはずであった。

 高速で飛んできたゼトリクスが、クロオビを片腕で掴んで助け出したのだった。

「大丈夫か、クロオビ!」

「ゼトリクス⁉ ありがとう、また助けられたよ」

「おう、女児向けアニメのキャラにショタがいじめられてんの、ひでぇ絵面だったぜ」

「いじめられるって……そんなに押されてたか、僕」

「おう。けど気にすんな、オレもいるからな」

「だけど、君は魔法に耐性がないんじゃ……」

「お前とDHだって核ミサイルじゃ死ぬだろうが。そんな奴らと今まで相手してたんだろ。オレだってやってやるぜ」

「君まで無理する必要ないんだよ、本当なら……」

「無理じゃねぇ。出来るからやるんだよ。無理でも出来るようにするぜ」

「……。うん。一緒に戦おう」

「おう!」

 クロオビは一騎当千で魔法少女たちを食い止めていき、ゼトリクスは怪力と飛行能力で魔法少女たちを迎え撃っていた。

 ゼトリクスに向かって、凄まじい量の魔法光線が容赦なく放たれた。

「やっべ、やっぱ無理かも!」

「さっきまでの威勢は⁉ だけど、ゼトリクス、落ち着くんだ。五感を全て使って周囲を感知するんだ。それと同時に、相手が何を考えていて、自分が相手の立場だったらどう行動するかを考えて予知するんだ」

「は⁉ 後ろに目がついてるお前と違って、二つしかないんだけど!」

「だけど、君のその二つの目は人よりずっと優れてる。いつも通り、自信を持って、まずは目だけに集中してみるんだ」

 ゼトリクスは言われたとおりにやってみた。耳を研ぎ澄ませた時と同じなはず。目を凝らしてみると、様々なものが見えた。一つのことが分かると、他のことも分かるようになる。

彼は五感も超人的であった。敵が何人いて、どこから攻撃してくるか、手に取るようにわかった。絶対的な危機管理能力であった。全ての感覚が結集して第六感の域に達していた。

 ゼトリクスとクロオビは全ての攻撃を避けて、魔法少女たちを食い止めていった。

「なんだ、あのデタラメな強さは⁉」と、魔法少女たちは驚愕した。

「うお、すげぇ! いろいろ分かってきたぜ」

「ゼトリクス……⁉」(すごい学習能力⁉ これも才能?)

「立ち向かってみれば、どうってことねぇな。勇気って大事だぜ」

「勇気の影響なの⁉ だけど、本当にすごいよ。一緒に頑張ろう」

「おう! オレはゼトリクス・ザ・ニュータイプだ! 宇宙文明でロボットを操るぜ!」

「どこから宇宙とロボット要素が⁉」

 クロオビは努力で得た戦闘能力で敵と戦い、ゼトリクスはついさっき教えてもらった方法で敵の攻撃を避けて、たった二人で無数の魔法少女軍団を迎え撃つのだった。


 DHは、馬乗りになって大統領の首を絞めようとしていた。しかし、耐えていた。

 そんな彼の頬を、彼女は愛おしそうに優しく撫でた。

「全てが無茶苦茶だよね。それはそうだよ。何も考えられてないんだもんね。オリジンなんてない。いてもいなくても同じ。むしろ、邪魔かな」

「愛してないのか、お前が創ったんだろ!」

「愛せるわけないよ、あんな駄作。名前からして変だし、外見も恥ずかしいくらい理想的。性格も自分勝手なのか、それとも正義感が強いのか曖昧。飛行と怪力って言うありふれた能力と、数回きりの無から本を出すだけっていうふざけた能力、設定だけで回収されない元恋人からもらったスマホに不似合いなマジカルステッキ。本当に何も考えられてない。ただデタラメに好きな要素を入れただけ。幼い女の子の白馬の王子様よりも薄っぺらい」

「なぜ、そんなことが言えるんだ」

「……深みが増したね。共感したのかな、彼に。そうだよね。あなたと同じだもんね。何も考えずに産まれて、気に入らないから捨てられた」

「アイツは俺とは違う」

「そうだよね。あなたとクロオビ君はフィクションじゃないもんね」

「アイツだって本物だ。凄まじい力で世界を救い、誰かのそばで成長する。まさに主人公だ。本物と言わず何と言うんだ」

「だけど、あれのページを省かないと世界は元通りにならないよ? そのせいで世界観が壊れて、あなたが嫌いで私が大好きな悪くて強い女の子たちがもっと割り込んできて、あなたが大好きなクロオビ君みたいないい人たちが苦しめられる。そんなのは嫌だよね?」

「お前がそうしたんだろ」

「大歓迎だよ。気に喰わないことがあっても、私が大好きな魔法少女たちもいるし、何よりあなたとクロオビ君がいるしね。大好きなキャラの活躍が見られるならいいかな」

「だからか。自分の、楽しみのために……」

「うん。そうだよ。せっかくだからね、利用したんだ。だから、あれのところに魔法少女たちは送らなかった。見てみたかったけどね、魔法少女が超能力少年に勝つところ」

 DHは彼女の首から手をゆっくりと緩めて立ち上がって、彼女に背を向けた。そして、力なく膝をついてうなだれ、頭を抱えた。

(わざわざ、葛藤させ、苦しめるために……)

 大統領は立ち上がってDHの後姿をじっくり見た。そして、前に回り込んで座り込み眺め、さらに四つん這いになり、彼の顔を覗き込むようにして見た。

 じっと見つめた後、ゆっくりと口角が上げ、恍惚とした笑みを浮かべた。

「不憫で可愛い……」

 

 ゼトリクスとクロオビは、魔法少女たちと激闘を繰り広げ、襲い掛かってきた全員を倒し終えていた。

「やったな、勝てたぜ。スクリーンの前のみんなの応援が足りなかったんじゃねぇの」

「いや、君が頑張ったからだよ……うあっ……」

「クロオビ!」

 ゼトリクスは、倒れそうになった疲労困憊のクロオビを受け止めて、自分の皮膚で作られたらしい上着をかけた。

「大丈夫かよ! ケガしたんか⁉」

「違うよ、疲れただけだよ……」

「そうか、じゃあ、しっかり掴まっててくれ。一緒にDHのところ行こうぜ」

 すると、背後から圧倒的な気配を感じ、眩しい黄金色の光が視界の片隅まで入ってきた。

 振り返ると、キャプテン・ルミナスがいた。明らかに今までの魔法少女より強力。

「ここは、オレに任せろ。お前はどっか隠れててくれ」

「ゼトリクス、だけど・・・・・・」

「心配すんな。オレは死んでも生きてやるし、負けても勝つぜ」

「わけがわからないよ……」

 だが、自分を庇う様に前に立つゼトリクスの後ろ姿には、DHと同じくらいの信頼感がした。彼になら任せられる。

「……わかった。頼んだよ。僕はDHのところに行ってくる!」

「おう」

 ゼトリクスとキャプテン・ルミナスは向かい合った。

「私は魔法少女キャプテン・ルミナス」

「オレは身元不明者コマンダー・ゼトリクス」

「……。クロオビさんとDHさんのことがそんなに大事ですか?」

「なんでお前にそんな事言わなきゃなんねぇんだよ。そう言うアンタこそ、世界を変な風にする悪い大統領さんが大事なのかよ?」

「はい」と、キャプテン・ルミナスは語り始めた。「私たちがいた世界では、一年ごとに魔法少女が現れ、ありとあらゆる脅威から世界や人々を守る使命が与えられます。私も自身が魔法少女だと知った時、誇りに思いました。これからたくさんの人々を救って行くのだと。誰かに、世界に必要だとされていると。しかし、実際は違いました。私の前に現れた最初の二人が偉大すぎたのです。クロオビ君やあなたのように、魔法など使わず、素手で戦っていました。彼女たちは魔法など使う必要がないほどに強力だったのです。そして、私たちはあの世界では必要ではなくなりました。もうすでに強力な二人がいるのですから。世界は私たちを持て余し、必要としなくなりました。しかし、そんなときに現れた大統領は、私たちのことを必要とし、なにより、愛してくれていました。私たちはあの人に必要とされています。そして、彼女は私たちが必要な世界を創ってくれています。私たちが活躍できる世界を。あの人が大好きな世界を創るためなら、何でも破壊します。世界も、あなたも」

 ゼトリクスは、ポカンとしながらもしっかりと聞いていた。

「へぇ。突然語りだしてなんだと思ったけどよ、つい最後まで聞いちまったじゃねぇか。そんな背景があったとはな~。わかった、今度ヤバいヤツと会ったらそいつのことをしっかり知ってからにぶっ飛ばすぜ」

「私に勝てると? 大事なものも、深い背景も持たないあなたがですか?」

「試してみようぜ。悪落ち魔法少女」

 すると、キャプテン・ルミナスはゼトリクスに向かって黄金色の魔法光線を放った。場所や人々を巻き込まずに相手だけを倒す、正確で周りに優しく、敵に無慈悲な光線であった。

しかし、ゼトリクスは飛行して、DHがいてクロオビが向かっている人造女神から離れて避けたのであった。そんな彼を追って、最強クラスの魔法少女が高速飛行しながら魔法を放ってくる。

「私と大統領は正しい、正義です!」

「力を持ってる強いヤツが正義だぜ。見ず知らずの誰かに優しくできるとかな」

「……。……くらいなさい!」

 キャプテン・ルミナスは、地球と同じほどの巨大な敵が対象であれば、一発で消滅させてしまうほど強力な光線を立て続けに放ち始めた。

「返しに困ったからって攻撃すんじゃねぇ!」

 そんなゼトリクスの声も聞かず、キャプテン・ルミナスはバンバン、ポンポンと容赦なく、運動会の球投げのような勢いと量の魔法光線を放ってきた。

 耐えきれるかもわからないが、本能で当たれば死ぬとわかる威力の光線に、ゼトリクスは逃げ惑うばかりであった。

(うお、ヤバい、ヤバい⁉ けど、あのデカいのから引き離すくらいはしねぇと!)

「くらえ、くらえ、くら……はっ! 大統領!」

 すると、彼女は女神の方へ向かって行った。

「おい、ふざけんな! 察しがいいのか、お前!」

 そんな彼女を、今度はゼトリクスが追いかけるのだった。


 ゼトリクスのロングコートをマントのように羽織ったクロオビは、人造女神の元に辿り着いていたが、どうやって内部に入ればいいのかわからなかった。入り口などなく、魔法やその類でなければ入れない。

(DH、大丈夫かな……)「……って」

「ウニャ~、帰るニャ、みんな待ってるニャ」

「まだ君らいたのか⁉ すぐそばが戦場なのに! 何で逃げなかったの?」

 女神の足元では、まだ落ち込んで座り込んでいるウィザードガールとビーストガールがいた。

「アタシはクズです……」

(彼女の力を借りるしかない)「ウィザードガール……キャリーちゃん、お願いだよ、君の力を貸して」

「え? なんで?」

「君しかいないんだ。君しか、この世界を救えないんだ。君が頑張って僕らを追いかけたり、ピンチに陥れたり……」

「ねぇ! アタシってすごかったよね!」

(急に元気になった⁉)「う、うん……」

「いや~、やっぱあの時はうまくやったと思ったんだよなぁ~! ねぇ、ニャーちゃん!」

「ウニャ?」

(過去の栄光に縋り付いてる……。しかも失敗したことに……)

「やっぱアタシはやればできる娘なんだ!」

「ニャ~!」

(まだ少ししか言ってないのにこんなに舞い上がるなんて、大丈夫かな……。いや、ダメだからここにいて今の状況なのか……)

「でで、な~に、してほしいの、クロオビ君!」

「うん、あの女神さまの中にいるDHのところに連れて行ってほしいんだ。彼が世界を救うのを手伝わないと。君の魔法で、世界を救ってほしんだ。君ならもっとすごい魔法使いになれる。その一歩を踏み出して……」

「うん! まっかせて~! 魔法、クロオビをDHのところにゴ~!」

「え、そんな簡単に……?」

 すると、クロオビはその場から消えてしまった。

「うん、中に入ったね! ふっふ~ん、これでアタシも……」

 すると、遠くから凄まじい魔力を感じた。

 それが感じた方を見てみると、ゼトリクスとキャプテン・ルミナスが空中戦を繰り広げていた。最高クラスの魔法がいともたやすくポンポン飛んでいる。

「……アタシ、バカだ」

「ウニャ?」

(どんなに頑張ったって上には上がいるもんね。アタシなんて、全然……)

 そう思うと、ウィザードガールは泣き出した。そんな彼女の頬を甘えるようにペロペロ舐めて、ビーストガールはグッと親指を立ててウインクをして励ました。

「ニャっ!」

「あ、ありがとう……」(ダメだ、クロオビが褒めてくれたんだもん。そうだよ、あんな凄いのと戦ってるゼトリクスのこと、少しはおい込めたんだもんね。……いつかは、ぶっ殺せるはず!)「よ~し、やってや……」

 すると、ゼトリクスがキャプテン・ルミナスに追いついて足を掴んで振り回し、地面に叩きつけたのが見えた。

ゼトリクスは勝ったと思ったらしく、空中でガハハと笑ったが、そこに不意打ちで光線が放たれる。しかし、それも避けてしまい、反撃しようと殴りかかって行った。

(けど、今じゃない)「行こう、ニャーちゃん! 修行だ!」

「ニャ~!」

 こうして、ウィザードガールとビーストガールは、修行の旅に出た。


 クロオビは、いつの間にか人造女神の胎内にいた。なぜか女神の中の子宮の部分にいるということが分かった。生暖かい液体に浸かっているような感覚がしたのだ。

「ようこそ、我が胎内へ。なんてね」

「大統領……!」

 そこには、助けに来たDHではなく、大統領がいた。

「DH君を助けに来たんだね? やっぱり可愛いね」

「DHは⁉」

「落ち着きなよ。私なんかが彼を倒せるわけないでしょう」

「だけど、世界はまだ混乱したままみたいだ。……彼に何をしたんだ!」

「彼がひどい目に遭ってたらどうするつもり?」

「……。何したんだ、許さねぇぞ!」

「私を殺したら国一つを敵に回すけどどうする?」

「そんな敵を倒せるようになるために頑張ったつもりだ」

 クロオビはゼトリクスのロングコートを引きずりながら、大統領に近づいた。すぐにでも倒せる間合いに入っていた。

 小さなクロオビは背の高い大統領を見上げながら睨み、大統領は微笑みながら彼を愛おしそうに見下ろしていた。

「DHはどこだ」

「会ったところでどうやって助けるの?」

「どうやってでもだよ」

「……がむしゃらで可愛いね」

 大統領が身を引くと、遥か遠くにDHが見えた。

「DH!」

 クロオビはDHの元に走った。

 彼は、ゼトリクスが無から生み出していたのと同じ本を見ていた。

「DH、どうしたの?」

「クロオビ、ゼトリクスだ」

 そう言ってDHは読んでいた本を渡してきた。

『今までのこと』

 クロオビは恐る恐る受け取り、ゆっくりとページを開いて読んでみた。薄っぺらかった。思春期の子供の妄想を文体にした、羞恥な文字の羅列。

 しかし、中盤からは違った。荒唐無稽な冒険と戦いの数々。生き生きとした楽しい主人公の心情。この先を読んでみたいと思った。

「この世界が一冊の小説だったとする……。DH、これはもしかして……」

「ゼトリクスのページを加えたら、世界は破綻したままだ。世界を救うには、アイツの存在を消さなければならない。アイツに割いていられるページはない。世界を救うことが出来るが、やりたくない。どうすればいいか、わからなくなった」

「DH。そんなの、決まってるじゃないか……」


 夜になっていて、満月と星が眩しいくらいに輝き、人造女神が暗い影を落としていた。

 その頃、ゼトリクスとキャプテン・ルミナスは激闘の末に、息を切らしながら向かい合っていた。

「なぜだ、なぜ、私は、勝てないのですか……⁉」

「……。なんか、ヒーロー対決みたいだな。どっちが強いかって言う不毛の議論でよ、いざコラボしたら引き分けのやつ。これもそうなんじゃねぇの? どっちも正しいから決着つかねぇんだよ」

「違います! 強い方が正しいのです。勝たなければならないんです、あの人のために! 間違っているとしても、勝って正しいことにしなければなりません。あの人が正義であるために、必要とされているんです、私は! 強くない魔法少女など、いらないんです……」

「お前のその使命感はなんなんだよ! そんなに誰かに必要とされたいのかよ? 自分勝手にやってみろよ。それでこそあの大統領さんみたいにさ」

「だめだ、だめだ、必要じゃない者など、存在する意味がないんです!」

 キャプテン・ルミナスはそう言って、最終手段に出た。体内に溶け込ませていたマジカルステッキを実体化させて、全ての魔力を注いでゼトリクスに放とうとしたのだ。

 しかし、ゼトリクスは高速で近づいて、彼女のステッキをひったくった。そして、それを怪力でバキッとおり、星空に向かってロケットのように投げた。

 あまりのことに、少女もゼトリクスと共に星空を見上げてしまった。

「あ……」

「うお、月にぶっ刺さったぞ。よかった。人工衛星とか破壊しないで。まあ、今の世の中じゃ意味ないみたいだけどな」

 そう言って、ゼトリクスが向き直ると、そこにはお古のくたびれたジャージ姿の美少女がいた。

「なんだよ、元の姿も可愛いじゃん。十分必要とされると思うぜ。アイツは可愛いのが好きだからな。そんなにアイツに必要とされたかったら他のことでも努力して見ろよ。魔法少女業じゃなくてもよ、きっと頑張り屋でかわいいとか言われるぜ」

「……アナタにあの人の何がわかるのですか」

「さあな。何となくわかんだよ。よくわかんねぇけどよ」

「どっちなんです……」

「で、なんで魔法少女でいることにこだわってんだよ?」

「……。私、いじめられてたんですよ。それで何もかもイヤになって、引き籠って……きっと、必要じゃなかったんですよ。学校では。だけど、魔法少女に選ばれて、それで……だけど……」

 すると、彼女は泣き出してしまった。

 ゼトリクスは彼女の肩に優しく手を置いた。そして口を開いたが、どんなアドバイスも、励ましの言葉も言ったらいいかわからなかったので、思った事を言った。

「大変だったな。オレだったらキレ散らかして暴れてるぜ。そっちの方が迷惑だろうな。お前はすごいぜ、抑え込んでよ」

「ふん、なんですか、それ」と、少女は微笑んだ。「ゼトリクスさん。……あなたが一番必要とされた時は、いつですか?」

「……。覚えてねぇよ」


 クロオビとDHは、女神の胎内にいた。

「ねぇ、僕の両親と友達が殺された時、なんて約束したか、覚えてる?」

「……当たり前だろ。一緒に世界を救う。だが……俺には無理だ」

「そうだよ。一緒に世界を救うんだよ。だから、これからもそうして行けばいいんだよ」

 DHは、クロオビを見下ろした。彼は約束の日の時と同じ姿で、ゼトリクスのロングコートを不格好に着ていた。本当ならもっと身長が伸びていて、よく似合っていたのではと思わせる。

「このままでいいよ。悪くなるたびに、正しくしていけばいいんだ」

「だが、キリがなくなる。終わらないぞ。いつまでも」

「そんなの、いつもだろ? 僕らの物語を続けて行こうよ。その話は、ゼトリクスも、君も、みんなも一緒なんだ」

「……そうだな。いつも通りだ。世界はいつだって危機に瀕している」

「うん。だから、助けよう。これからも」

 決意が決まった二人は、大統領に向き直った。

「大統領」と、DH。

「なに?」

「お前はこの女神で世界を混乱させた。これからもその影響はあるだろう。原爆で世界が変わったようにな。ここは破壊させてもらう。世界を元に戻すことはできないが、これ以上混乱させることはできないはずだ」

「女神さまを破壊しても、私はまた同じものを創るかもしれないよ? 堂々巡り、終わらないんじゃない? 混乱のメビウスだよ」

「だからそのたびに僕らは止めに行く」と、クロオビ。「あなただけじゃない。自分の正義で世界に悪をもたらした者たちは大勢いる。それと僕らは戦って、正していく。この戦いに終わりなんてない。世界はそうやって回ってきた。終わりなんてあるとすれば、それでこそ、この世界という物語の終わりなんだ」

「……ねぇ、DH君、クロオビ君。誰かを救っても自分の心は救えないよ。壊れたものは戻らない。あなたたちの身に降りかかった悲劇で破壊された、あなたたちの魂は治らない。数えきれないほどの人を救っても、あなたたち自分自身は救えない」

「誰か呼んで脱出しろ。ここは吹き飛ばす」

 DHは大統領の肩にわざとぶつかりながら、女神を破壊するためにさらに奥へ歩いて行った。

 クロオビも後に続き、大統領に背を向けた。後ろから視線は伝わってくるが、敵意は感じない。

「大統領」

「なに、クロオビ君?」

「欲望を満たしても、心の穴は埋まらない」

「穴どころか、心そのものがないよ。だからこんなこともするし、だから君の心が欲しかったの。……いいな、心」


「それで、どうやって壊すの?」

「こいつは下手に壊すと一気に崩れてしまう。だから……」

 しばらく歩いて行くと、ドカーンという爆発音がした。そちらを向くと、やはり……。

「ゼトリクス!」

「よお、間違えてもう一つの穴の方から入っちまったから遅れたぜ。で、何すればいい?」

「このアホが」と、DHは冷ややかに怒鳴った。「デタラメに破壊したからすぐにでも崩れるだろ」

 すると、グラグラと女神像は揺れ始めた。

「え、あ、わ、わりぃ……」

「は、早く脱出しないと!」

「よっしゃ、二人とも掴まれ!」

 ゼトリクスはクロオビとDHを掴んで、女神像から飛び立った。

すると、見計らったかのように、まるで眠りにつくように山よりも高い女神は倒れた。

 三人は脱出し、DHが指示した安全な所から様子を見ていた。

「すげぇ、あんなデカくて立派なもんも倒れんだな。重力って恐ろしいぜ」

「いや、あれやったの君だから!」

「ああ、じゃあオレの方は権力者が作ったもんよりすごいってことか。よし」

「……うん。そうだよ。君は立派だよ」

「ああ。お前は本物だ」

「は? なんだよ、DHまでよ。今、褒めたんか?」

「認めた」

「なんじゃそりゃ。まあいいや、ありがとうよ」

「ゼトリクス。僕らの方こそ、ありがとう。助けてくれて」

「ああ、気にすんな。そんで、次はどこの悪者やっつけに行くんだ?」

「え、まだ戦えるの? 悪者と戦いたいの?」

「戦うって言うか、なんか、誰か助けたいぜ、お前らみたいによ」

 クロオビとDHは、感動していた。

 二人には戦うと決めたきっかけがある。しかし、ゼトリクスはただ巻き込まれ、自分から首を突っ込んできただけだ。生来の才能なのだろうか。ただこの世に適当に産み落とされて、放り出された。自分のことで大変なはずなのに、見ず知らずの誰かを助けようとしている。

「ゼトリクス、偉いよ。だけど、自分を救わないと、まずはダメなんだ」

「ああ、偉そうに説教してるけど、お前はどうなんだよって感じか? なるほど、確かに」

「ゼトリクス、まだ、自分のことわからないよね? もし、ひどい真実でも、知りたいと思う?」

「え、なんかわかったのか?」

「ゼトリクス。お前に親はいない」と、DHは言った。

「ああ。バトロワ事件の時も来なかったしな」

「親や家族、友達が、お前のことを愛している者だとする。お前を生んだ者がいたとして、そいつがお前を愛していなかったら、そいつは親ではない」

「ああ、そうだろうな。なんだよ、回りくどいぞ」

 DHが口を開いて真実を言おうとしたが、彼が苦しそうだったので、クロオビは手を握って止めた。代わりに言うことにしたのだ。

「ゼトリクス」と、クロオビはゼトリクスの目を見て言った。「僕らが女神を止めているとき、君の親が誰でどうやって生まれてきたのか、分かったんだ。だけど、君の親は、君を愛してなかった。捨てたんだ」

 ゼトリクスはその真実を聞いて、体で感じたよりもつらく苦しい激痛を感じた。

「……お前らがそんなひでぇウソつくわけねぇもんな。けど、さ、ウソだと思いたいぜ、そんな話……マジかよ、なんで、なんで……」

 ゼトリクスは、何か言いたい気がした。叫びだしたい気がした。いつかの時のように、怒りのままに、周りに当たり散らしたい気がした。その時は、クロオビが止めてくれるであろう。暴れだしたかった。世界を破壊したかった。だが、耐えた。耐え抜いた。

 八つ当たりをして世界を変えてしまうのは、悪い事だとよくわかっていた。

「会ってみたいか、お前を生んだ者に」

「……会いたくねぇし、知りたくねぇ。たぶん、殴りたくなると思うからよ」

「……。そうか」

「ゼトリクス、君の気持ちがわかるなんて言えない。だけど、僕らは君のことが好きだよ」

「……ありがとうよ、お前ら」

「ゼトリクス」と、DHは言った。「お前のようにその感情に耐えられるヤツは意外と少ない。そう言う者たちが悪人になり、世界を破壊し、その破壊された世界が新たに悪人を生み出すのだ。お前は世界を守った。これからも、俺たちとともに旅を続けられるか? 悪を正し続ける永遠の旅だ」

「……おう。オレは破壊されて悪くなった世界を創ったり、守ったりしていくぜ」

 ゼトリクスは、身の丈に合わないほど素晴らしいものを得た気がしていた。

「そうか」

「これからもよろしくね、ゼトリクス」

「おう!」

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