金鬼の右腕
玄治元年 如月
会津 向羽黒山 森林
「何者だ!!」
武士の男が白装束に身を包んだ男に向かって刀を抜く
白装束の男が白い札を掲げる
「ぐあああああっ!!!」
直後に武士の男が叫びを上げて倒れ込む
武士の男の体を白い紙の槍が深々と貫いていた
「しぶといな」
「ぐあああああああっ!!!」
雷が武士の男の体を包む
「き 貴様は何者」
「五行の力も知らぬ 愚か者に語る道理はない」
白い紙の槍が武士の男の首を貫く
会津 鬼輪畑
少年が鍬をふるい畑を耕している
近くで農家の男達が3人同じように畑を耕している
「やー 仁が来てくれて助かるわー
でも道場の方は大丈夫なのか?」
「俺は刀よりこっちの方が向いてる
土と畑になら己の誠を尽くせる
剣とか道場とかそういうのは弟に任せますよ」
「そうかー で弟の辰郎の方は元気か」
「剣の方は最高潮
道場は安泰ですね」
「・・・ん~ そうか
なんか最近悩んでるらしいけど」
「に~~~い~~~さ~~~ん~~~」
「うおっ!?」
少年が仁の背後から現れ仁の肩を掴む
「噂をすれば だな 辰郎」
「噂してる場合じゃないよ!!
今日は兄さんも含めた他流試合と合同稽古の日だよ!!
何で畑いじりを満喫して満面の笑みを浮かべてるのさ!?」
「別に どうせ先鋒のお前が5人抜きして勝ちだろ」
「まぁ 今回は北辰系の道場だったから良かったけど」
「剣握ってるより鍬握ってたほうが有意義だしな」
「天然理心流の荒くれとかだったら
試合以前に危なかったし...
第一 兄さんの方が強いじゃないか」
「? そんなわけないだろ
俺は竹刀でお前に勝てたことあったか」
「――――それは
でも兄さんが戦槌斧を使えば」
「それこそ お前の嫌いな天然理心と同じだろう」
「うっ そうと言えなくは」
「まぁまぁ 2人とも そろそろ帰りなさい
辰郎 いえ辰郎様 兄君のお力を賜り恐悦至極」
男はニヤリと笑いながら平伏する
「はぁ やめてくださいよ
僕はまだ元服前だし
跡取りでもないですし」
「それはどうかな」
「兄さん! ほらさっさと帰るよ!!!」
辰郎が仁の首襟をつかんでずりずりと引きずる
「あーーれーーー
まだその畝が完成してから」
仁が首襟を掴まれながらもがく
「仁! 明日も来いよ 待ってるぞ~!」
「あぁ ありがとう!絶対にい」
「明日も合同稽古だからね!」
会津 武家通り 弐天一剣流・道場 会津分館
「あれ おかしいな
客人かな」
辰郎が女物にも関わらず大きすぎる草履を見ながら首をかしげる
「あ?稽古相手じゃないのか?」
「御伽草子じゃないんだから
母上以外に女武者なんていないよ
少なくとも今日来た北辰の門下にはね」
「....なら道場破りか」
仁が腰に付けていた戦鎚斧をそっと構える
ガラッ!!!!
仁が道場の扉に手をかけた瞬間 扉が開かれる
「はーい 御機嫌よう はじめましてっ☆
私の名前は凛だよ よろしくねっ」
金髪を後ろに束ね額から1本の角が生えた女が
片手でVサインを作って片目をパチリっと閉じる
「.....」
「.....」
仁と辰郎の2人の思考が完全に停止し無表情に変わる
「.....あれ?」
凛が道場の中で座っていた仲間と思わしき3人の方へ視線を移す
ぴゅー ひゅー しゅーかすっ
3人はそれぞれあさっての方向を向いて口笛を拭き始める
「兄さん 鬼人の方なのに高貴さを一切感じないよ
どうしよう」
「鬼人っていうのか 角かっこいいな」
会津 さらにこの時代の陽元では亜人―――人以外の獣の特徴を持つ者との混血が進んでおり
特別な名称が付けられることはない
唯一 鬼人の例外を除いて
「元来 鬼人っていうのは幕府の横暴な武士や大名から民を守ったり
戦国の世には乱妨取りから領地の百姓を守ったり
平安の世にはエセ占い師の策謀に陥れられたにも関わらず人々を助けたり
身分や立場に囚われず常に独立的な立場から民を守る
高貴な存在なんだよ
幕府では」
「...なるほど
それでうちに何の用です?」
「ちょっと兄さん!!
彼女は多分 原色の鬼! 御三家の大名格と同じ武位だから!!」
辰郎が仁の頭を抑えて地面に平伏する
「兄さんが とんだ失礼を」
「大丈夫よ 空気的には私が一番下だし
地面に埋まってる いやもう地面を数里貫通して
...うん 自業自得なんだけどね」
「「.....(なんだろうこの微妙な空気)」」
弐天一剣流・道場横 休みの間
「...そういうわけで私達 金鬼の右腕として共に来てほしいの」
「お断りします
堅苦しい武家は絶対にいやですよ」
「兄さん!
もっと敬意を」
「そうよねぇ
今どき下手な武家や鬼の配下よりは
この大きな道場を継いだほうが実入りはいいだろうし」
「俺はただ土を触って畑をしてる方が」
「なりません!!!!」
「母上!
もうお戻りに」
「えぇ」
目つきが鋭い白髪交じりの女性が休みの間に入る
身の丈に合わないほどの大太刀をまるで箸でも扱うようにすらりと横に置いて座る
「お お父さんもここにいたよぉ」
仁と辰郎の父が弱々しく手を振る
「あなたがいながら何をしているのですか
後でよいですね」
「――はい」
「(父上 半殺しだな これは)」
「それより我が家の長男をあなたに仕えさせることは出来ません
仁には道場を継がせます
辰郎がそれを支える
それ以外の道は私がこの刃で切り裂きまするゆえ」
母が太刀を前に出す
「....分かりました
一旦 引き下がりましょう
ですがこの地に厄災が迫っています
どうか 1日だけでもご子息のお力を貸していただければ」
「―――良いでしょう
この街の平穏を守るのも我らが剣の役目というもの
そんなものは来ないとは思いますが」
「いえ 近々必ず」
翌日 明け陸ツ刻
金物屋
「おぉ 仁!? どうしたんだ
また包丁が切れなくなったか」
「いや おやっさんのあれ売ってくれ」
仁は屋内に布をかぶせている太刀を指差す
「!? おいおい
ありゃあオメェのへそくりじゃあ」
「金ならある」
仁は懐から金を取り出す
畑仕事を手伝い作物を売って稼いだ金である
「たしかに
おめぇ 人でも斬る気か?」
「俺の剣の腕は知ってるだろ
それに今日は特別な日なんだ」
「!!!
ったくお前ってやつはほんとに不器用だな」
「これしかやり方が分からなくてな」
「そうか もう辰郎も元服かぁ
早いもんだなぁ」
「それとおやっさん
昨日 金色の髪の鬼人知ってるか」
「おぉ 街の方じゃずいぶんと噂が立ってるぜ
何でも原色の鬼っていう
天下でも4人しかいない特殊な妖術使いって話だ」
「いや 見た目的には明らかに武人だったがな」
「おめぇ 直で見たのか!
どんなだった?」
「何か変 かな
だが腕は相当立つな
母上でもその妖術ってのを出すまでもなく絶対に勝てないだろう」
「あの狐御前が!?」
「昨日は脅してはいたけど
実際の戦いになれば手も足も出ないだろう」
「それ ほんとにこの世のもんなのか」
「さぁ... だが悪い奴じゃあない
そこは安心してくれ」
「ふん それならいいがな
真国の司仙や帝国の七星龍みたいに俺たち四民の味方ならいいがな」
「そこは大丈夫だろ
辰郎が言うには義賊みたいなもんらしいし」
「...だといいがね」
明け巳ツ刻
会津 鬼輪畑
3人ほどが畑の作物の全体的な見回りをしている
「遅かったかな」
「仁! 今日は遅かったじゃねぇか
心配したぞ」
「? 何かあったのか?」
「向羽の方でお武士様が殺されたんだよ」
「!!!
...仇討ちとかか」
「いいや
真面目に勤めてただけの奴でよ
俺ら一家も不作の時に年貢の相談に時々乗ってもらって」
「そうか
一体誰が...
(凛さんが?
いやそんなわけがない
だが確かめないと)」
「おい どうした顔色が悪い」
「ごめん 行くよ」
「おっ おい!!」
ゴッ!!!!!!!!!
会津の街全体を四角い透明な膜のようなものが包みだす
「何なんだ!!!
街が!!!」
「俺が行く あの透明な中は入らないでくれ!
街の外にいる人に出来るだけ伝えてくれ」
仁が戦鎚斧に腰に駆け出す
「わ わかった!
おいおい 俺たちは夢でも見てんのかよ」
「夢じゃない
あれは結界だ (戦槌斧をまた使うことになりそうだな
だがなぜ陰陽師がこんなところに)」
明け巳ツ刻
会津 街
「ぐっ!!」
「嫌だ 力が抜けていく」
「頭がいてぇよ!!!」
街の人々が次々と倒れていく
「ヴァル! 呪返しを」
凛達を結界が包む
「力と気を吸い取る結界ね
武芸者ならある程度は持ちこたえられるけど」
凛が街を見回すが既に立っている者はいなかった
「主! 返します
みつる殿と潤殿もお手を!」
ヴァルと呼ばれた男が自らの指を噛み
血で紙に式を描く
みつると呼ばれた小さな少年と潤と呼ばれた女が
紙に手を触れる
「穢れし龍の血にして誓う
汝の静謐
今ここに断ち切らんことを
黒衣を与え
黒き雫を滴らせ
獄門輪の苦渋を巡らす
虚龍式符術・壱 魔弾禦き纏<ジェリスト・シュラウド>」
凛 みつる 潤の3人を結界の色と同じ透明な衣を纏う
「わざわざこっちの言葉で言わなくてもいいのに」
「何を言いますか 主
陽元の言葉は美しい
呪言と言えどやはりこの地の言霊を尊重し」
「ヴァルさん
話ながいよ それよりどうするの
潤さん 怒ってるみたいだけど」
「この結界 わ! た! し!の肌が乾燥してくるんだけど
流し尽くしてやる」
「っと 式神もいるのか
鎌鼬式符術 線風」
ズバババッとあたりの屋根に潜んでいた式神
紙で出来た人形を切り裂く
「符術勝負なら僕とヴァルさんが良さそうだね
相手は相当下手みたいだし」
「そうね
これがこの地の厄災
本当は厄災が起こる前に右腕を保護しておきたかったのだけれど」
ズザザザッ!!!
仁が凛の前に飛び出す
「凛さん
あなたなんですか?
この結界も
昨日の武士の刃状も」
「残念だけど」
凛が三叉の大槍を構えて仁に向かって飛び出す
「っ!!!」
仁が戦槌斧を構える
「はああああっ!!!!!」
ゴウッ
ズバァァ!!
と凛が振るった大槍が仁の後ろに迫っていた白い巨大な紙を引き割く
「...あ」
「残念ながら私達も分かってないのよね
この式神の陰陽師達については」
「ごめんなさい!「
仁が頭を下げる
「どうしたの」
「俺はあなたを疑ってしまった
本当は分かってたのに
己の誠を尽くせなかった」
「―――なら謝るべきは私じゃない
自分自身に でしょ」
「そう ですね」
「俺がこの異変を終わらせる」
「それはだめ」
「どうしてですか」
「私達で 終わらせましょう」
「っ! はい!」
「それとこれを」
凛が金色に輝く石を仁の首にかける
「これは?」
「鬼石よ
私と同じ力を使えるようになるお守りみたいな
この結界の中でも体力が奪われないご利益もあります」
「主 いくら何でもそれは説明雑すぎでは」
「あんな槍さばきの力を?」
「あー 武術の方じゃなくて
こんな風に」
凛が大槍で地面を叩くと
ゴゴゴゴッ
地面から尖った土の凸起が幾重にも飛び出す
「よ 妖術!?」
「詳しくはこの異変が終わってから
ヴァルに聞いて
行きましょう」
会津 武家通り 弐天一剣流・道場 会津分館
仁が道場に駆け上がると
「母上!!」
仁の母が倒れていた
「この傷は...
それに傷の周りに紙片が」
「式神ね
潤 頼める?」
「はいはい
まさかこの私が赤の他人に商品を無償提供なんてね」
「つけといてもいいと思いますよ
俺じゃなくて道場に」
「よーし!今の言質取ったよ 坊や!」
潤が懐から薬品をバラバラと取り出し
仁の母の傷口に塗りこんでいく
「...仁?」
「母上 意識が戻られて」
「辰郎を 辰郎を取り戻して」
「!?」
「白装束の男達に連れ去られて
式神の御子にすると 奴らが」
仁の母が再び気を失う
「必ず
自分自身に誠を尽くすためにも」
磐戴山 ふもと
凛と仁が山を駆け上る
「大丈夫なんですか?
街中の式神をみつるくんとヴァルさんに任せて」
「えぇ
言っとくけどみつるはあなたより強いし
ヴァルに至っては天下でも数えるほどしかいない
知ってる限りだと杏のところの忍者ぐらいかしら」
「そ そんなに?」
「仁は武力はある程度わかるみたいだけど
鬼気の強さを完全に見落としてるから気をつけて」
「鬼気?」
「武人が発する肉体的な研磨によって発する気と違って
鬼石の所持者や符術を使える人間じゃないとそもそも持てない気ね
この式神を操ってる陰陽師ももちろん鬼気が使える
見た目がひょろひょろだからと言って絶対に油断しちゃだめよ」
磐戴山 山頂付近
辺り一帯から猛烈な鬼気が溢れ出している
「ようやく 式車が完成したか」
白装束で全身を包んだ男達が虎戦車と布がかけられた荷車を取り囲んでいる
「式気の高まりがいい
京では漆鬼にやられたが
流石に会津の地では鬼人は出てくまい」
「ようやく 京での引導を渡せるというも」
ドガガガッドガガガッドガガガッドガガガッ!!!
「ぐああっ!」
「あ 足があああっ!!」
白装束の男達の足元から土の突起が飛び出し
足や腰を突き刺す
「本当は正面から叩き潰したかったのだけれど」
ドゴッ!!!
バキッ!!!メキッ!!! ゴォォォッ!
凛が上空から降り立つと同時に
白装束の男を大槍で薙ぎ払う
「街の人の安全確保が最優先なのよね」
「貴様は
なぜ鬼人がここに!」
白装束の男が視線を一瞬だけそらし首を振る
「ん?」
ダッ!!!
と辰郎が凛の首めがけて太刀を振るう
「仁!」
キィィンッ!!!
太刀が戦槌斧の槌側に当たって金属音を響かせる
「辰郎! いや違う 操られているのか」
「それだけではない」
白装束の男が符を虎戦車と布がかけられた荷車へと投げる
ギギギッ!!!
虎戦車が動き始める
「何!?」
「さらに我が式達よ!!
万物を破壊せよ!!!」
男が投げた白い符が巨大化して大きな白い人型を模した形に変わる
「流石にこれは...」
「ヨソ見カ 余裕ダナ」
「しまっ!!」
仁の戦槌斧が押し飛ばされ仁が引き下がる
仁の左腕からじんわりと血がにじむ
「仁 式神と戦車は私が
辰郎くんはあなたが倒す いい?」
「それしかなさそうですね」
仁が戦槌斧を取って辰郎へと戦槌斧を振るう
仁の戦槌斧と辰郎の大太刀が再びぶつかり激しい金属音を響かせる
「辰郎! 目を覚ませ!!!」
「ダマレ 俺ノ道場ヲ奪ッタ男!!」
辰郎の蹴りが仁の腹に突き刺さる
「くっ!」
仁が下がる
「記憶を元に操っているのか
なんて下劣な」
「貴様コソロク二道場ニモ来ナイ男ガ
道場ヲ継グ!」
辰郎の大太刀が仁の頭上に構えた戦槌斧へと振り下ろされる
凛の大槍が虎戦車の口を捉えて空中へと跳ね上がる
ドガァァァッ!!!
落下と共に虎戦車が炎上しながら崩壊していく
ヒュヒュヒュッ!!!
と石礫が頭上が降り注ぐ
「こっちが厄介ね」
空中に浮いた式神が次々と石礫を投擲する
凛は躱し 掴み 蹴り落としていく
ドドドドッ!!
布のかぶさっていた荷車から砲弾が幾重にも放たれる
「っと!」
凛が飛び下がって躱す
それと同時に式神が頭上から石礫を投げつける
「手が込んでるのね」
石礫をすべて大槍で弾き返す
「でもこの程度なら」
凛が大槍で地面を叩く
大地が裂け巨大な筍状の突起が飛び出る
ズガガガッ!
突起から針状の網が伸びていき頭上の式神の紙を引き裂く
「上は終わり 下の方は」
ギギギッ
砲弾を放つ荷車が向きを変えて仁の方へと筒を向ける
「間に合わないっ!」
ドォォォォォッ!!!
砲弾が仁へと迫る
「――――(砲弾がゆっくりに見える
いやそんなことはどうでもいい
ここでやられたら
誰が辰郎を正気に戻すんだ
今こそ己に誠を尽くす
全力で!!!)」
仁の鬼石が輝き
仁の足元から巨大な土の壁がせり出す
ドゴォッ!!!
土の壁に砲弾が突き刺さり壁が崩れていく
「貴様モ
鬼ノカヲ!!!!!」
「そんなことは知らないさ
俺はただお前を倒して辰郎を取り戻す」
キィィィィン!!!!
鬼石の輝きが強くなり
戦槌斧を地面から伸びた鋼の欠片が覆っていく
「貴様
オノレェェッ!!!」
「1つだけ言っておく
俺は道場を継ぐ気はない
辰郎なら知ってるはずだ!!!」
仁が戦槌斧を振るい斧の部分に当たり辰郎の太刀を弾き飛ばす
「弐天壱槌斧流<にてんいぶりゅう> 閃斧一迅<せんぶいちじん>」
仁の戦槌斧の槌が辰郎の体を捉え
辰郎の体が上空へと弾き飛ぶ
「それと辰郎はこんな弱くない」
翌日
弐天一剣流・道場横 休みの間
辰郎と仁と両親が真剣な面持ちで座っている
「母上 父上
俺は道場を継がない」
「兄さんには好きなことをしてほしい
僕も剣術 好きなことをやってるし」
「...そんなことが許されると?
仁 あなたは長男よ」
「母上 譲れないんだ」
「それに兄さんは僕に勝ったんだ」
「!? 本当か?」 「ありえないわ」
「...(あれは式神の力で)」
「式神に取り憑かれた時
意識だけは抑えられていたけど
体の潜在能力全部引き出せてたんだ
おかげで今は全身が激痛だけどね」
「...分かった 仁
お前の好きなようにやりなさい」
「父上!!」
「し しかし」
「母さん 認めてやろう
俺があなたに認められたように
第一 道場にまともに来ない奴に任せてはおけんだろう」
「あなたという人は
...いいでしょう
ですが半端なことは許しませんよ
まずは百石分の畑を持つこと
それまで本道場への立ち入りは禁じます」
「はっ!」
「それと仁 辰郎に渡さなくていいのか」
「あぁ これ元服祝いだ 1日遅れだけどな」
仁は太刀を辰郎に渡す
「兄さん こんな立派な太刀を」
「母上の大太刀だけじゃ お前には物足りないだろ
二刀流とかどうだ?」
「はは ありがとう 兄さん」
弐天一剣流・道場 入り口
「本当に良かったの?」
凛とヴァル みつる 潤が仁を迎えるように囲む
「俺は土いじりの方が好きだし
それに天下に名高い原色の鬼なら
土地が余ってたりしないですかね」
「そうね なら私持ってる領地に
ちょうど100石分ぐらいの荒れ地があって
そこを使うのはどうかしら?」
「主 露骨過ぎて盗み聞きがバレバレですよ」
「そーだね それに道場の立ち入りが禁止なだけで
帰ってきちゃだめなわけじゃないし」
「ちょっと! いい感じにカッコつけようと思ったのにぃ」
「治療に使った薬のツケの請求はここに置いときますよ
狐御前殿」
「はい 利息も揃えてお返しいたします」
「ちゃっかりしてるんだから 全く」
「凛さんが武術以外に雑すぎるだけでしょ」
「へー みつる?
帝国のカステイラは要らないのかしら」
「ぐぬっ 僕はもう大人だ
甘いものぐらい我慢できるさ」
「あらあらまだ12歳よね
仁より年下なのにぃ?」
「う うるさいなぁ
もう恋の酸いも甘いも知ってるぞ
恋に敗れてはや10回 文を交換する恋人も出来たし
凛さんよりも恋愛経験は上だもんね」
「ぐぬぬっ!!!
色恋が憎い おのれええええ!!!」
「噂に名高い原色の鬼 金鬼 これほど賑やかで愉快な方だとは
これからはどうか息子をよろしくお願いします」
仁の父が頭を深く下げる
「お任せください
「彼を立派な大百姓にしてみせます
時々 危険なこともあるかもしれないですけど」
「...不敬かもしれませんが 仁を婿にどうでしょう」
「ええっと... いいんですか? 年差とか」
「私と妻も同じぐらい離れてますし 2回り近く」
「...考えておきます(仁のお父上が若作りなんじゃなくて
お母上が年上なだけなのね)」
「凛さん!!早く行きましょう!
俺の農地に!!!
ようやく手に入れた俺が真に誠を尽くす畑! 土へ!!!」
「ふふっ そうね
仁 金鬼の右腕として歓迎するわ」
ヴァルド・クレシェントブラッド(ヴァルさん)と仁
会津 とある街道にて
「さぁ やってまいりましたよ 主
ようやく私の出番が!!!
主と仁殿がさっさと敵の本拠に乗り込んだせいで
私とみつる殿の活躍は一切なし!!!
嗚呼 悲しきかな」
ヴァルが街道沿いの切り株に座り込む
「じゃあお願いね ヴァル」
「これから始まるのは鬼石の解説でございます
仁殿に鬼石の力を分かりやすくお届けしたいと」
「助かります」
「僕も聞いてみようかな」
「おや みつる殿までこれは嬉しい」
「あっちの団子屋 よもぎが入ってるのね 肌にいいかしら
ちょっと買ってくるわ」
「私も」
「潤殿は相変わらずですね.... って主まで!?」
潤と凛が近くにあった団子屋に入っていく
「ごほん それでは気を取り直して」
「よろしくおねがいします」
「まずは鬼石の定義から参りましょう
何事も定義が大事ですので」
「えー 何か西の国っぽい発想だね」
「えぇ 私は元帝国人ですので」
「へー 続けへ ガジガジッ」
みつるが懐から鰯の干物を取り出して噛み始める
「鬼石とはその名前の通り
鬼の力を宿した石のことでございます」
「はい この石があれば凛さんと同じ
あの地面が隆起して棘になる技が使えました」
「えー まぁ正確には仁殿が出したのはただの土角と呼ばれる
初歩の初歩ですが」
「うん まぁ一朝一夕でできるもんじゃないよね
モグモグッ」
「しかしこれらの力は誰でも引き出せるわけではございません
適合者と呼ばれる 正しき心を持った者にしか鬼石はその力を引き出させないのです」
「ふーん じゃあ鬼石を盗んでも意味がないんだ」
「まぁ 我々も含め原色の鬼と右腕以外にとってはちょっときれいな石
ぐらいの価値しかないでしょうね
先代の時代に一度盗まれた時などは二束三文で質屋に出ていたそうですし」
「でも正しい心って かなり曖昧ですよね
定義っていうのがないような」
「いいえ これは原色の鬼の色によってそれぞれ定められているのです
蒼ならば真っ直ぐな情熱
赫ならば何事をも飲み込む穏やかさ
金ならば己への誠実さ
漆黒ならば全てを食らおうとする好奇心」
「へー そんな人 すぐに見つかりそうじゃない?
なんで右腕探しに全国行脚してたのさ 僕らは」
「まぁ 鬼石自体の好みもありますからね」
「へ? それじゃあまるで鬼石自体に意思があるような」
「ありますよ その石には原色の鬼に代々受け継がれてきた意思が込められているのです
”意思だけに石に!”」
「ヴァルさん....
帝国だとそういうの流行ってたり?」
「いえ 氷魔具でもそこまで空気は冷えないと言われておりました」
「じゃあ やめときゃいいのに もぐもぐ」
「でももっとこう 色んな人が力を使えるようにしたら便利になるような気が」
「扱える者を極端に絞らなければならないほど
この力を浪士など不当な輩に絶対に持たせてはならない
原色の鬼すらも殺せるほどの力なのですから」
「...(でも何でそんな力をわざわざ残したんだ
普通に考えれば民を守る力は原色の鬼だけで足りるような)」
「どうしました?
なにか気になることでも?」
「はい 原色の鬼がなぜ右腕という自らを殺せるほどの力を常に備えておくのか」
「確かにねー 僕もおかしいと思ってたよ
正直 凛さん1人で幕府軍全軍倒せそうだし
浪士が何やろうが余裕じゃない?」
「...いいえ そうでもないのです
世の中は武力だけで盛衰が決まるわけではない とだけ言っておきましょう」