二十九 アラス様との約束
「リルア!」
最後に聞こえたのはアラス様の声。
気がつくとふわふわした光の中で浮かんでいた。誰も何もない所で、ずっと一人で、寂しくなって、誰かいないかと探し始めた。それでも音もなく。
やがて諦めそうになった頃、
『リルア。戻ってこい……』
『リルア』
『リルア様』
そんな声のかけらが落ちてきた。
――そうだ。フェンリルのあと、どうなったのだろう?
柔らかな寝具の感触を体に感じて瞼を開けると見慣れた部屋の天井が見えた。周囲の明るさに目がついていかず痛みを感じた。
「ここは……」
「気がついたのか?」
「どうして、アラス様が私の部屋に……」
婚約者とはいえ女性の寝ている部屋に男性がなんて。あ、でも私はまだ子どもでした。
寝台の近くの椅子で座っていらしたのでしょう。心配そうに顔を覗き込んできました。私が目が覚めたことでアナベルは大泣きして喜び、お兄様達を呼びに行きました。
「色々と話したいが、先ずは神官に診てもらわないと」
そう言うとアラス様は微笑まれていた。直ぐに神官や、フォルティスお兄様、公務を後回しにしてやって来たお父様達が見えられて大変だった。
私はどうやらあの樹海の戦いの後、一週間ほど眠っていたみたい。その間、アラス様がつきっきりで看病していたらしく、とても申し訳なく。
そして、皆は無事で傷も癒されて問題も無いようだった。医術の心得のある神官が呼ばれ身体検査や説明を受けながらそのことをフォルティスお兄様から伺った。お母様達も心配して心労でお痩せになっていた。
何せ全ての魔力を放出したので二度と目を覚まさないかもしれないとまで言われていたそうだった。
「あんな凄い癒しの光を使えるなんて、凄いな。リルアは」
「フォルティスお兄様ほどじゃあありませんわ」
――そうか、フォルティスお兄様はまだ光の魔術の最後の禁呪はご存じないのだわ。
「暫く良くなるまでリルアは十分に休養をとらないといけない」
「それに輿入れまでに何かあったら心配ですわ」
お母様とお父様が口々に仰りながらアラス様の方を見遣る。
「本当にアラス殿下には命を救っていただき誠にありがとうございました」
「いえ、こちらの方こそ、リルア王女の助力と癒しの力がないと死んでいたでしょう」
「それでも、あなたがいないとフェンリルを退けることなどできなかった」
お父様が改めてお礼を言うと私も横になったまま肯いた。
アラス様が最後まで戦ってくれたから、それにフリーニャが……。
「そうそう、とても勇猛果敢な女性がいたとか」
「ええ、フリーニャさんはどちらに? 私が雇う約束をしていましたの。女性の護衛騎士が私には必要ですもの」
簡単な経緯もアラス様が話をしてくれていたみたい。でもお父様は少し渋い顔をなさった。
「しかし、本当にあのアマゾナス国の将軍であったのか、その地位にいたのに追放されるのは信用ができるのか。今暫くは騎士団預かりにして護衛が務まるように訓練してからだな」
「分かりました。なるべく早く私の護衛騎士となるようお願いいたします」
――フリーニャを雇えるなんて。ずっとフリーニャでプレイしていたからとても他人のように思えない。とても楽しみだわ。
「それにしてもアラス様はこんなに長く他国にいらしても大丈夫なのですか?」
「まあ、まだ皇太子だからな。それにもうそろそろ帰ろうとは思っていた」
「そうなのですか。それならもう私はこうして目覚めましたので安心してくださいな」
「まあもう少し様子を見てから帰ろうと思う」
「さあ、皆様、目覚めたばかりの王女様にはまだ休養が必要です」
神官に言われて名残惜し気に部屋から出ていった。その後も寝たきりの私にアラス様は毎日様子を見に訪れてくれた。そんなある日、
「随分元気になってきたようだな。少しだけ帰国する前にそなたと直接話をしたかったのだ」
「はい。何でしょうか?」
「そなたは一体何者なのだ?」
「……」
「あの場にいたものはまだ気がついていないようだが、そなたが使ったのは光の魔術の癒しの光ではない。もっと上の術だ。それにその上級の呪文を使った負荷せいでそなたの身体は魔術は使えないほど壊れてしまった。悪ければ命を落としていたかもしれないのだぞ。全く無茶なことをしたものだ」
「……あれは何かと申し上げることはいずれ私の身の上のことと合わせてお話できる日が来るかもしれません。それとあのことを無茶とは思っていませんわ」
アラス様は私の言葉にかなり不服そうだった。だけどアラス様が再び言い出す前に私は続けた。
「私の命よりエードラム帝国の皇帝になるアラス様の方がより多くの人を救えます。フォルティスお兄様だって、フリーニャだって。それにアラス様、あなたがいないと世界の滅亡は止められない。それを私は知っているだけなのです」
「世界の滅亡……」
私は自分のしたことに後悔はしていなかった。だからアラス様を真っ直ぐ見据えるとお互い暫く見つめあっていた。エードラム帝国が闇の神の陣営に付かれるとエイリー・グレーネの滅亡にも繋がる可能性がある。だから……、
「……そなたがあと五歳上なら、誰に何を言われても私の側に置いて離さないのだがな」
――はい? どういうことですか? 魔術が使えなくなった虚弱王女ですよ? 必要あるのでしょうか?
「ふっ、小さき光の我が王女。早く大きくなれ」
「あの、私は魔術も使えなくなりました。何もできないので、その、婚約の話は白紙にとかにしないのですか?」
「……魔術のことはまだそなたも幼い。何かの治療法が見つかるやもしれぬ。だが、婚約を白紙ということは二度と口にするな。もし今度そのことを言ったならば有無を言わさずそなたを我が国へ連れて去って婚儀を行うことにするぞ」
何故か最後はちょっぴり怖い声で言われてしまいました。
そんなの冗談に決まっていますわよね? まさか、皇帝が幼〇趣味とか……。ありえませんわ。だって、『薔薇伝』でも一番人気でしたもの。
お読みいただきありがとうございます。




