スライムまみれでヤバすぎる!?
ともあれ、さっそく買ったコンパスと地図を頼りに東の森へ向かうことに。途中、通りかかった馬車に乗せてもらって、案外すぐにつくことができた。空はまだ明るい。この様子だと、この世界ではまだ昼前なのかもしれない。
「スライムって見たことないんだけど、僕が想像してるようなのであってんのかな?」
「多分ね。ほら、早速いたよ」
言いながら、ペティが茂みの中を指さす。僕には何も見えなかった。
「それっ!」
ペティが短剣を取り出し、茂みを横薙ぎに切り裂いた。すると地面に水色の液体がびしゃりと広がり、飛び出してきたスライムが苦しそうにもがきながらギェェと断末魔をあげて倒れた。
「結構グロいな」
数秒後、倒れたスライムを中心に小さな光の柱が現れ、スライムを包み込むと、スライムごと消えた。
「なんだ?」
「転送されたのよ。死んだモンスターはああやってどこかに転送されて、酒場を通してギルグと変換されるの。じゃないとホントに倒したかどうかわからないでしょ?」
「どこかって、どこに?」
「さぁ? それより、どんどん来るわよ」
「え?」
ペティが言い終わるや否や、茂みがガサガサ揺れ動き出す。それだけではない。森全体が騒がしくなった気がした。
「さっきのスライムの血の匂いを嗅ぎつけて、これから他のスライムがどんどん集まって来るはずよ」
「へぇー」
関心していると、いつの間にやらイアンとマードラも各々の杖を取り出し、戦闘体制に入っていた。不恰好ではあるが、肉弾戦のペティと僕が先頭、遠距離のイアンとマードラがその後ろと、理にかなった陣形が出来上がっていた。
「大丈夫だとは思うけど、うっかり二人の射線に入らないように気をつけてね」
「あ、あぁ」
「きたっ!」
目の前の背の低い木の茂みから、さそっくスライムが飛び出して来る。
「やぁ!」
すかさずペティが短剣で切り裂き、濃い青色の血が飛び散る。さっきより濃い色のスライムだった。個体差があるのかもしれない。
「そっちはまかせた!」
「え?」
言いながら茂みに突撃していくペティ。
それを皮切りに、ペティから逃げ出してきたスライムが続々と現れる。
「ど、どうすれば」
右手のメリケンサックを握りしめ、とりあえず殴る。スライムたちはひざ下くらいの体長しかないので、かがみながら殴る形になる。なんとも不恰好だがしかたない。
振り返ると、二人も各々の方法で応戦していた。
「えいっ」
ヒーラーのマードラは杖から吹き出す氷の小魔法でスライムを凍らせ、
「や、やぁっ」
見習い魔法使いのイアンは手のひらから出した火の小魔法でスライムたちをまとめてこんがり焼いていた。
「いや杖使わないのかよ」
大ぶりな杖の割に、魔法は結構地味だった。
対して僕は、
「どりゃ、このっ、このっ、こんちくしょう!!」
なんとういうか、地獄絵図だった。
右手にはめた小ぶりのメリケンサック、もといハンドアーマーはスライムの血でベトベトで、体にもそれが飛び散っている中、膝下ほどのサイズの弱小スライムをぶちぶち殴って潰していくという、悪行。
せっせと働くなんの罪もないアリたちを容赦なく石で潰す子供の気分だった。
「へぇー、スライムにも打撃って効くんだ」
戻ってきたペティもやはりスライムの血で顔が半分青かった。朝ドラなんて思い出してる場合じゃない。次々と現れるスライムたちを間髪入れずに殴り潰さなければ、足元がスライムで埋め尽くされてしまいそうな勢いだった。茂みからはなおも滝のようにスライムたちが湧き出て来る。
「ねぇ、もうとっくにノルマ達成したんじゃない?」
「ですねっ、僕もMPが尽きてきました」
イアンはMPの残量がよほど深刻らしく、もはや杖でスライムを叩き潰していた。みかけによらず残酷である。
「私もです! かなりきついかもです。でも、回復用のMPは残してあるので、そこは安心してください」
マードラも枝のような杖でスライムをぷすぷす刺して応戦しているようだ。二人ともかなり消耗していた。
「そういえば、スライムってどう攻撃して来るんだ?」
今のところわかりやすく攻撃らしい攻撃を受けた感覚がない。せいぜい飛びついて来るのを振り払っているだけだ。
「スライムは触れるだけでHPを吸い取ることができるんです、知らない間にHPが減らされるので、HPの残量には注意して下さい!」
「マジか! ホントだ、もう半分くらいになってる」
ペティに教わった方法でHPバーを確認すると、思いのほか削られていた。
「それで飛びついて来るのか!」
「そうよ! でもHPはマードラが管理してくれてるから、そこは心配しなくて大丈夫! っ、突っ込みすぎないようにだけ気をつけて」
言いながらも、お互いスライムを倒す手は止めない。全員スライムの体液で全身ベトベトに成り果てたころ、スライムたちに異変が起きた。
「なんか、さっきより大きくなってないか?」
数はかなり減ってきたが、一体一体のサイズがひとまわり以上大きくなり、気づけば腰を超えるサイズのスライムたちに囲まれてしまった。陣形を変え、ヒーラーのマードラを囲むように三人で背中合わせに立つ。
「私もMPが少なくなってきました! そろそろ戻りましょう!!」
「そうね、でも、道を空けないと!!」
二人が声を張り上げているのは、そのくらいに森が騒がしいからだ。
「帰り道は西だったよな? その方角だけ集中狙いしながら進もう!」
「そうね!」
僕が先陣を切って進み、スライムたちを殴り飛ばして強引に道を切り開いていく。その後ろにペティ、マードラ、イアンの順で進む。マードラが最後尾じゃないのは、スライムたちが後ろからついて来るからだ。こちらもやはりイアンの大ぶりな杖が役に立ち、スライムを叩き飛ばして無理やり進んでいく。
「このメリケンサックも、案外使えるな」
「そうね。……バカにしてごめん」
素直に謝られると、かえって反応に困った。しかし確かに、ペティの短剣ではこんな芸当はできないし、イアンやマードラの杖では火力不足なため、現状のパーティでは僕にしかできない役目だった。
「帰ったら、同じのもう一個買おうかな」
今後も群れに囲まれる状況は少なくないだろう。そんな場において、短剣よりも小回りの効くメリケンサックは思いのほか有用な武器となりそうだ。重い大ぶりなハンマーや大剣には真似できない、メリケンサックならではの技だ。
「宿屋でシャワー浴びてからにしましょ」
「それもそうか」
しばらくそうして突き進み、ついに茂みが終わって道がひらけた、そのときだった。