オソラカン山に到着
その日の晩フォーゼ宅に伺ったヒルバ。
いつも通り依頼の内容は簡潔に述べられた。
だが太守フォーゼ氏の憔悴しきった顔を見てゾッとした。
覇気がなく弱々しい彼はいつもより半分程の大きさに見えた。
奥では奥様が声を殺して泣いている。
流石に裏稼業が長いと気配に鋭くなる。
これは職業病の1種だろう。
理由を聞きたいが聞けない。
そんな雰囲気のままフォーゼ宅を去った。
仕事は2日後。
籠で囲われた要人をここから3キロ程離れた山にお連れする事が仕事である。
状況から見て察すると《生贄か人売》だろう。
どちらにせよろくな物じゃない。
ヒルバは深く溜息をつく。
今回の裏稼業はかなりやりたくない仕事であった。
しかし引き受けたからには必ずやり遂げる。
それが裏稼業の掟である。
「ふぅ、、、、、」
それにしてもよく溜息がでる日だ。と感じた。
仕事を受ける前から何やら嫌な予感がしていたのだ。
それがまさか的中してしまうとは、、、
ヒルバは頭を横に揺らしまた大きく溜息を吐く。
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とうとう裏稼業の仕事をする当日になってしまった。
あれからフォーゼさんには会っていないがどうやら憔悴しきっている様だった。
まぁ《生贄か人売》だからだろう。
でも太守が必要と感じてやらなければならないのだろうとそう思って割り切った。
要人は小さな竹で編んだ籠に入れられていた。
その隙間からとても綺麗な洋服がチラチラと見て取れる。
顔には頭から布が垂れ下がり窺い知る事は出来ない。
まぁ知ってどうなるという訳でもないのだが。
ヒルバが要人を引き取るとそのまま街の外へと歩き出した。
後ろから悲鳴にも似た奥様の声がしたが悪者とはこういうものなのだ。
今までが健全過ぎたと思って諦めよう。
ヒルバはそう考えていた。
また仕事が減るなぁと思いながら。
「重くないですか?大丈夫ですか?」
籠の中から声が聞こえる。
「はい。大丈夫ですよ。」
これは明らかに少女の声だ。
透き通るような美しい声は街にいる人なら誰でも知っている人物だった。
ヒルバは眼をひん剥いて驚きが隠せない様子。
しかしそれでも籠は前に進む。
少女は道中ずっと話していた。
まるで生き急いでるかのように。
終始話を聞きながらヒルバは思った。
何故彼女なのだろう。どうして私じゃないのだろう。長く生きてきた私が代われるものなら変わってあげたいとまでに。
しかし彼女は首を横に振った。
私じゃないとダメだと。
まだやっても無いことを諦めないでと言ったが無駄に終わった。
彼女の決心は固かったのだ。
もしも代役が失敗すれば街は壊滅する。
それこそが最も彼女が恐れる事である。
たった1人の犠牲で街が救われるならと志願にも似た決断だった。
本当は気高に振舞っているだけだった。
アンの足や手は恐怖で震えていた。
化け物に食べられる為に山に行くのだ。
怖いわけが無い。たった9歳の女の子だ。
特段死霊が恐ろしいわけでないが暗いところに1人で待つのだ。
生きたまま食べられるのか、痛みを伴うのか、それともなぶり殺されるのか。
不安で不安でしかたなかった。
籠が移動を初めて約1時間。
約束の山の麓に着いた。
たった3キロを1時間かけたのはヒルバが出来るせめてもの延命だからである。
切り立った山々はオソラカン山と呼ばれていた。
空には飛龍が数匹飛ぶも山に住まう飛龍は縄張り内に入らなければ攻撃しない性質を持つ。
ヒルバの任務はオソラカン山の山頂付近にある大きな杉の木に籠を置くことだ。
勿論彼らの縄張りに足を踏み入れる事になる。
そこでヒルバが用意したのは属性龍の胆汁だ。
龍種の魔物は上から古代龍、属性龍、進化龍、地龍、飛龍、龍擬きとなっている。
飛龍は自分より上の階級には決して手を出さない。
そこには大きな差があるからだ。
古代龍とは長き時を行きた叡智と卓越した戦闘能力に特化。
属性龍とは各属性のスキルや技を会得しそれは周囲の環境さえも変化させるほど。
進化龍とは地龍や飛龍が生きる上で進化の過程を辿りその姿を変貌させた龍種のこと。
地龍とは飛べないが力や速さに特化した龍。
飛龍とは飛べる龍。
そして龍擬きとは龍になりそねた蜥蜴を祖先に持つ爬虫類を指す。
ここオソラカンには多くの爬虫類がいるが属性龍程の個体は居ない。
属性龍の胆汁を体に振りかければ魔物の襲撃リスクを大幅に減少させることが出来るのだ。
属性龍の胆汁は属性龍を討伐する時に得られる胆嚢を組織破壊し、かさ増しレシピと共に胆汁を量産する事にギルドは成功している。
勿論金額は高額だが命には変えられないと使わざるをえないときもある。まさに今日がそれであろう。
ヒルバ達は属性龍の胆汁を体に振りかけ最後に籠にも念入りに振りかけた。
属性龍以下の龍であることを願って。
属性龍の討伐には大陸をあげて討伐隊が組まれる。
それほどまでに脅威なのだ。
属性は火、水、電、煙、毒など様々いるが最も厄介な属性は毒である。
毒属性の龍は皮膚から臓器全てが毒性を秘めている。
皮膚には痺れ系の毒。肉には遅効性の毒。
内蔵には即効性の致死毒。
目玉には空気経由で毒に犯す成分が排出される。
まさに毒の龍。胆汁も手に入らないことからギルドも研究対象から外す程だ。
ヒルバが今日用意したのは最も弱く定番の火属性の龍の胆汁。
燃えるような鱗を持つ龍種で討伐には氷系や水系の魔術師が必須。
3名以上を推奨される災害レベルの魔物である。
ヒルバは山の麓で大きく深呼吸すると腰から90度曲げてお辞儀をする。
古くから伝わる裏稼業を始める前の作法である。
勿論この山に入山するからという理由もあったがお辞儀をする相手が籠である事からその意図は明白であった。
深々とお辞儀するヒルバ達は中々頭を上げることが出来なかった。
これから起こることに何もすることが出来ない自分達の無力さと不甲斐なさに吐きそうだった。
それでも1分たった時に籠の中から「そろそろ行きましょうか。」と聞こえたのだ。
目には熱いものが込み上げる。
こんな所で泣く訳にはいかない。と奮起しヒルバは頭を素早く上げる。
連られて他の6名も頭を上げる。
そしてヒルバ達一行はオソラカン山に入っていった。




