04話 奇麗な手の平
二人は服屋を出て、隣の武具屋へと歩を進めた。
歩を進めたといっても目と鼻の先ではあるのだが、ようよう陽射しも強くなり、二人は武具屋作り出した日陰を速足で目指した。
石造りで出来た建物から生えた煙突からは、煙が墨汁のような色の一条の煙が途切れなく棚引いていた。
マルクは日陰でマルクは首襟を摘み、しきりに動かして服の中へ空気を送り込んでいた。
「ここか」
アリエルはじんわりと浮かぶ額の汗を拭い、日陰の中で武具屋を見上げてマルクへ問うた。
「うん」
マルクは短く答えた。
直射の日光とそれに伴う暑さがそうさせるのか、二人の口数は少ない。
「……お前にも一つくらい得物を、と思ってな」
「え?」
咳払いを一つ吐き、アリエルはマルクを手で制止し、続けた。
「男たるもの剣の腕は磨いておくべきだ」
「は、はい」
マルクは粘ついた唾を飲み込み、返事する。
どこまでの水準を要求しているのか、これから先、何をさせられるのかについて、マルクは全く知らなかったが、アリエルのモノとなった今、覚悟を決める他なかった。
ましてやマルクはまだアリエルの素性すら全く知ってはいない。
昨日今日出会った間柄のため、当然と言えば当然であった。
「暑い中こんなこと話しても仕方ないか。さ、中へ」
アリエルは扉を開けて、店内へと入る。
石造りであるためか、湿気は感じるものの、中は幾分か涼しく感じた。
ややもせぬ内に奥から青年がやってきて応対してくれた。
青年は小奇麗な服を身に纏っていて、整えられた髭は清潔さを感じさせる。
「こんにちは。本日はどういったご要件でしょうか」
青年は商業用の笑みで以って、幾度となく反復したであろう文句を二人にぶつけた。
「最近物騒でな。この子にナイフかダガーを見繕ってやってくれないか」
武具屋に足を運んでいる以上求めている物など誰も似通っているだろうに、わざわざ問うてくる青年にアリエルはやれやれと言わんばかりの表情で答えた。
「ええ、と。護身用ならナイフを、戦闘用ならダガーをお薦めいたします」
ナイフとダガーの違いは主に使用用途にあった。
一般的に、護身用としては多目的に使用でき、持ち運びの便利なナイフが好まれ、戦闘用としてはダガーが好まれる。
ナイフも十分に戦闘用としては使用できるものの、殺傷能力を鑑みた場合、ダガーの方が有利と言える。
したがって、それぞれに用途に伴った形状をしており、目に見えた違いとしてはダガーには柄がある。
勿論、両手剣や片手剣の類の物の方が刃渡りから見てもダガーより有利と言えるが、マルクが扱うには少々荷が勝ちすぎている代物であった。
「そうだな。それじゃあダガーを見せてもらえないか?」
「ダガーですね。かしこまりました。当店自慢の物をお持ちしましょう」
青年は店の中に展示されているダガーを数本持ち出して机に並べた。
並べられたダガーは大小様々で、諸刃作りの物がほとんどであったが、中には片刃の物もあった。
「私はダガーは使わないし、この子はまだ戦闘を経験したことがなくてな。お主の意見が聞きたい」
「そうですねぇ……」
青年は髭を撫ぜ、少しの間を置いて、そのまま続けた。
「長さは慣れと経験でカバー出来ますが、初心の者は握りが甘くなる傾向があります。普段使う分には良いですが、戦闘となると汗や血などで持ち手から滑りやすくなります。ですので握りに溝が入っている物や柄頭がやや膨らんでいる物を推します。……そうですね、私と致しましてはこの辺りをお勧めします」
小間使いの青年は数本の中から条件に適った二本のダガーを選り分けて差し出した。
どちらも溝が掘られてあったが、長さに違いがあった。
一つは刃渡り丁度一尺ほどの、黒を基調とした両刃の物で、
もう一つがそれに三寸ほど足りない鈍色の片刃の物であった。
「だ、そうだ。マルクはどちらが良いと思う?」
「あの、実際に手に取って見てもいいですか?」
「ええ、よろしいですよ。命を預ける物なので慎重にお決め下さい」
マルクは二本のダガーの内、長い方から手に持って軽く振って何もない空間を切り裂く。
ヒンッ、と心地よい乾いた音が店内に鳴り響く。
その後、短い方に持ち替えて同じ動作を繰り返した。
何やら思うところがあったらしく、もう一度長い方を持ってその握りを確かめていた。
「こっちの長い方が好い、かな」
マルクは妙に納得した表情で、黒く、長い方のダガーを青年に見せた。
鈍色のそれはマルクの眼鏡には適わなかったようであった。
「こちらですね。こちらのダガーは黒曜鉱から出来ており、その頑丈さ故、初心の方でも熟練の方でも使われる方は多いですよ。お値段の方は鞘やベルトも含めまして銀貨四枚と二分の一が相場となっております」
青年の言葉にアリエルは微妙に眉を動かしたが青年は笑みを崩さなかった。
用意していた文句にはまだ続きがあるようであった。
「大切な命を預かるもの故、当然作りに手抜きはしておりませんし、そこの坊ちゃんの命に値を付けている訳ではありませんが、もし、そう考えるとしましたら、銀貨四枚と半分で命を守れるとしましたらお安いものかと……」
青年は満足気に、二人にダガーの好さを語ったが、アリエルは酷くつまらなさそうに話を聞き流し、頭を掻いた。
「気が進まないな」
アリエルが短く青年に返した言葉は否定のそれで、言葉の通りを意味していた。
「差支えなければ、この無知な私めにお教えいただきたいものです」
青年はまだ笑みを崩さずに、必死に対抗した。
「マルク。私が言わんとしてることがわかるか?」
「ん。うん、多分だけど」
「うむ、宜しい」
多少自信なさ気ではあるものの、マルク自身気づいている風であった。
「なっ」
マルクのような幼い少年にまで何かしらを見抜かれていたことに青年は動揺を隠せないでいた。
青年は手を口で押さえ、笑みが崩れたことを隠そうとした。
「坊ちゃん、なぜそう思われるのです?」
青年は観念して、マルクに教えを乞う。
「ええと。これ、多分だけどお兄さんが作ったものじゃないよね?」
「あっ」
アリエルの想定した回答とは違ったのかもしれないが、マルクはただ、思ったことを口にした。
しかし、そのここに置いてある剣たちより鋭く尖った言葉が、青年には大きく深く突き刺さったようであった。
「ま、そういうことだ」
アリエルは頷き、マルクの頭の上に手を乗せ、そのまま続けた。
「外の煙突を見るに、ここで武具は作られてるんだろうが、お主の言葉は命を語るには軽過ぎに感じてな。お主の手がその証拠よ」
青年はアリエルの言葉にはっとして、自身の両手を見る。
青年の眼には何の変哲もない手が映った。
「その綺麗な手がこのような代物を生んだとは到底思えなくてな。これからは火傷の一つくらいはつけておくことだな」
青年は両手を見ながら、徐々に震え始め、それを隠せないでいた。
「さ、そろそろこのダガーを作った御仁に合わせてくれまいか」
アリエルはあまり虐めては悪いと感じたのか、笑みを作り少年に問いかけた。
むしろアリエルの一番知りたかった部分もそこにあった。
このダガーに関して、高すぎるから反発したのでは決してなく、銀貨四枚程度ではむしろ安すぎる買い物であると感じていた。
そこに違和感を感じたこともその要因の一つではあった。
「わーはっは。若いの、うちのモンが失礼した」
店の奥から、皺枯れた、太い大きな声が急に店内になだれ込む。
それに伴って、どかどか忙しない足音もだんだん近くなってくる。
やがて、奥から小柄ではあるが、逞しい体躯の男が姿を現した。
小奇麗な青年とは正反対で、髭は手入れされおらず伸びきっていて、首が見えないくらいの長さであった。
腕も相当に太く、ごつごつとした手には火傷というには生易しいほどの焦げた跡がついていて、容易にこの武具の主人であることを暗示させた。
「こいつぁまだ見習いなんだ。それくらいで勘弁してやってくれぃ」
男はそう言って青年の頭を乱暴に掻き乱した。
「はは。少し冗談が過ぎました。こちらこそ非礼を詫びさせてください」
アリエルは自分より二回りも大きな体躯の男に委縮することなく、笑顔で応えて見せた。
マルクの頭に乗ってる手からも動揺は感じられなかった。
そんなアリエルと一緒だからか、マルクも強面と相対しているが不思議と恐怖は感じなかった。
「いやはや、非礼を詫びるのはこちらの方よ。すまんかったな」
店主の図太く真っ直ぐな声が店内に響く。
「で、どうだい、わしがこの童と同じことを言ったら信じてくれるだろうかの」
店主が訝し気にアリエルに問う。
アリエルを見定めるように、鋭い視線が向けられた。
アリエルは臆することなく、口を開いた。
「さて、それはどうでしょう。剣が進化を発揮するのは敵と対峙した時と相場が決まっておる故」
アリエルは目を瞑り、手をひらひら空を仰いでそう言った。
「がーはっは。そいつぁ違ぇねえ。おい、小僧、お前の言い値の半額で譲ってやれ。」
「はい!?」
青年は仰天して反射的に大きな声を上げる。
「見込みのある奴にゃそれくらいでいいんだよ。今後贔屓してくれりゃ最終的に得するのはこっちなんだ」
「くっくっく。そんなことを大声で言っていいのですか? 取引相手が眼前にいるのですが……」
くつくつと喉を鳴らしてアリエルはそう問うた。
毛むくじゃらの店主は動じず続ける。
「これっきりなら、お前がそれまでの人間ってこった。魔物にやられて野垂れ死ぬか、そこら辺にいる唯々狡猾な人間か……。そん時ゃワシの眼が曇ってたってことよ」
「仕方ない御人だ。然らば意地でも生きて帰り、この店の評判を街中に伝えねばなりませんね。それも飛びっきり好いものを」
「頼んだぞ、若いの。この店の命運は主らに掛かっておるのだからな」
店主はそのごつごつした手でマルクを乱暴に撫ぜた。
一頻り撫ぜ垂れた後、マルクは乱れた髪を直すために頭を振り、手で整えていた。
「さ、代金はこれで宜しいか」
アリエルは皮袋から取り出した銀貨を二枚取り出して青年に渡す。
「うむ、確と」
「は、はい、ありがとうございます」
店主にやや遅れて青年の声が店に鳴り響いた。
◇
代金のやりとりを終えると青年は手際よくマルクの腰にダガーを装着させた。
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
この言葉には商業的な意味合いも勿論あるが、武器屋や防具屋にとってのこの言葉には生還の祈願という側面も含まれてあり、欠かせない文句として定着している。
この青年もそういった常識自体は叩き込まれていて、作り込んだ精一杯の笑顔でそう口にした。
「ありがとう。また来るよ」
「あ、ありがとう」
アリエルが踵を返し、マルクも小さく感謝の述べ礼をして翻り、アリエルを追って武器屋を後にしたのであった。