03話 服一着で一悶着
タイトルは上手いこと掛けてそうな感じで書いてますが、そう長く続かない予定です。
そこまで発想豊かではないのです(*´▽`*)
「ん、うぅ……」
朝。
太陽はまだそれほど登っておらず、小鳥が囀り、朝を悦んでいる頃合いではあったが、マルクは独りベッドの上で唸っていた。
温く和かい布団に包まっていたはずではあったのだが、肩から背中にかけて固く締めつけられたような苦しみを覚え、マルクは思わず重い瞼を開けた。
目を開けたその先にはアリエルが微かな寝息を立てて眠っていた。
しかし、彼女の腕はしっかとマルクを捉えていて、苦しみの原因が容易にそれと判断出来た。
──あぁ。僕、拾われたんだっけ。この女に。
苦しみが妙に頭を冷静にし、マルクは状況の整理に沈着した。
時折頬を撫ぜてくる寝息が擽ったかったが、思いの外の腕力で身動きがかなわなかった。
さらりとした栗色の髪で隠れた主の尊顔はさぞ気持ちの好さそうな表情であろうことが容易に窺えたが、マルクは目を閉じ、精一杯の溜め息を一つ吐いて、声でもって苦しみから解き放たれることを選んだ。
「アリエル……アリエル……起きて…………!」
窮屈な中、小さな身体が精一杯絞り出した救いを求める声。
その声色は苦しそうながらもどこか温かさを帯びていた。
「ううん……。 朝か」
澄んだ声に眠気は感じられない。
アリエルは存外に朝は弱くないらしい。
きつく締められた腕が弛み、マルクは解放された。
「やあ、よく寝た」
のそのそと布団の中で蠢き、瞼を一擦りして間の抜けた声を発するはアリエルであった。
マルクは一目散にベッドから這い出て強張った身体を解し、襟に指を掛け、痣等がないか中を覗き見ることに努めた。
「ん。どうした?」
胡坐をかきつつ伸びをして、全身に血を巡らしている姿もなんとも似付かわしい。
しかし、マルクはそんなこともお構いなしであったようであった。
身体に異常がなかったことを一頻り確認し、安堵したマルクは言った。
「……アリエル、おはよう」
「んむ。おはよう。腹はもう好くなったか?」
「ああ、そう言えば……」
この一悶着でマルクの頭から離れていた事実を、アリエルの言葉を受けてマルクは腹に両手を当てて見つめる。
マルクは首を傾げて一頻り物思いに耽った後、降参してアリエルを見つめた。
腹に収めた食べ物は一夜にしてどこへ消えたのかを思案ほど与太なこともなかった。
「まあよい。 今日は街へ出るから案内を頼む。そうだな、買い物がしたい」
「え?」
「私は、この街はまだ日が浅いんだ」
そう言ってアリエルは頭を掻いた。
「ふうん。それなら任して」
役に立てそうな頼みであったためマルクは得意げに応えた。
声にもやや力が隠っているようであった。
「朝餉が済んだら行くことしよう」
「うん。わかった」
「よし、では食堂へ行くか」
アリエルはそう言ってを手を打ち鳴らして立ち上がり、部屋に備えてあったつっかけを履き、寝巻きのままスタスタと部屋の外へ出ていってしまう。
マルクは視線を並行からやや上に向け、その後を早歩きで付いて行くのであった。
◇
「んじゃあ、日暮れには戻ります」
「い、行ってきます」
扉を境に、二人はイルミに挨拶を済ませた。
流暢に挨拶したアリエルに反して、マルクの声はやや吃っていた。
「はあい。行ってらっしゃい」
イルミは気にしていないという風に微笑んで、ひらひら手を振った。
外の空気が店の中に吸い込まれ、イルミの髪が靡く様が似つかわしい雰囲気を醸していて、マルクは目を離すことを躊躇っていた。
「ほれ、行くぞ」
ぺしっ。
軽い音と共に、マルクの頭に微かな衝撃が走る。
次いで数瞬後、頭を叩かれたことをマルクは悟った。
「は、はい」
マルクはアリエルの言葉に我に返って、先に征くアリエルの後ろを追う。
その足並みは些か乱雑に感じた。
「どうしたの?」
小走りで追い掛け、マルクはそう問うた。
「このままじゃいつまで経っても買い物に行けないと思ってな」
「……ごめんなさい」
「今日という日は待ってくれん。少しばかり急ごう」
「うん」
「行ってらっしゃあい」
女とは到底思えない大股歩きで征くアリエルと、それに必死で後を付いていくマルクを、イルミは微笑みながら見送るのであった。
◇
宿を後にした二人は買い出しに向かうべく、商店が連なる商業区を目標に歩を進めていた。
昨日の出来事があった場所とはまた別の区画であり、昨日の二人の出会った区画の店は食品を中心とした日用品を売りとした商店が並んでいるのに対して、この商業区は貿易商が多く蔓延るせいもあってか、種類も品数も様々であった。
色とりどりの物が取引されているため、「全ての物が集まる場所」と揶揄する者もいるほどである。
この街で生まれ育ったマルクは商業区に関しては詳しかった。
アリエルの少し先を歩いて案内しているとエスコートしているように思えてきてマルクは苦笑した。
しばらく歩いていると急に赤土の煉瓦で舗装された道になり、それが商業区に入ったことを暗示させた。
ベインズで最も賑やかになる商業区は他地域から往来する者も多いため、歩きやすさや認識を容易にさせるためにこういった、少々行き過ぎた措置がとられている。
「ねえアリエル、まず何を買いに行くの?」
「そうだな。武具屋は近くにあるか?」
「武具屋はここからなら奥のほうだったかなぁ。」
「そうか。ではやはり服屋から案内してくれ」
「え?」
マルクは意表を突かれ、アリエルの方へ振り返る。
「お前のものさ。そんな襤褸を着てちゃ、現状の保護者である私の立場まで危うくなる」
「うん」
これを聞き、マルクは残念そうに自分の服を見つめた。
如何に襤褸と言え、愛着は少なからずあった。
「いかな綺羅とて、いずれは朽ちるものさ。その服もそんなに着られるとは思ってなかっただろうよ」
「……ありがと」
半分の本心と半分の真心が込められたアリエルの言葉に、マルクは素直に感謝した。
「さっ、案内を続けてくれ」
「わかった。ありがとう」
マルクの声に元気が戻ったことにアリエルは少し安堵する。
この言葉で、二人の歩みは再び動き出すのであった。
◇
しばらくして二人は商業区に入って間もない場所の前で歩みを止めた。
流石、商業区というべきか、店の佇まいもそれなりに立派なものであった。
「ここか」
「うん。この服もここで買ったんだ」
「ふむ」
アリエルが扉に手をかけて押しながら中に入った。
からん、からん。
扉についたベルが規則正しく鳴り、辺りに鳴り響く。
衣服が衣紋掛けにかけられ、それがずらりと並んでいる様は容易にそこが服屋であることを連想させる。
幾年か前に訪れた時とあまり変わらない中の雰囲気がマルクをほんの少し安心させた。
──店主は自分のことを覚えているだろうか。
そんなことを思っていると奥から浅い緑色の服にエプロンを纏った女性が顔を覘かせる。
店主の娘だった。
肩ほどまである金色の髪を忙しなく揺らして接客に応じる。
彼女はよく家の手伝いをしていて、マルクとも面識があり、何度か話したこともあった。
「いらっしゃいませ。今日はどんな御用でしょうか?……あらマルクちゃんじゃない」
髪も伸びていたし、覚えられているか心配していたがそれが杞憂だとわかり、マルクは安堵した。
「リリィさん、こんにちは!」
「お母さん、……大変だったね。あれから姿を見なかったから心配してたんだよ?」
「……うん。心配かけてごめんね。でも、大丈夫だよ!」
母の死から困窮に伏していたマルクに贅沢品は手が出せるわけもなく、手元にあった金銭は全て食に回していた。
新しい服などを買うというのはもっての他で必然的に彼女と会うことも当然なくなっていた。
「それはそうと、そちらの方は?」
リリィと呼ばれる女は顎に手を当て、訝しげに問うてきた。
それもそのはずで、マルクの保護者は唯一マルクの母のみであるとリリィは認識していた。
「アリエルという。訳あってこいつの保護者をしている。以後お見知りおきを」
アリエルは丁寧に一礼をして挨拶を済ませた。
「あら、ご丁寧にどうも。リリィと言います。今後ともご贔屓に」
「ああ。今日はこの子に普段着と思ってな。色々見せてくれるか?」
「はい。少々お待ちください」
リリィは店の奥に服を取りに行く。数分程の時間経ち、リリーはその両手に様々な服を抱えて戻ってきた。
「よっと。マルクちゃんに合いそうなのはとりあえずこんなもんですかね」
どさりとカウンターに服が一緒くたに置かれた。
それをアリエルは選り分けながら物色していく。
「む? これは子供用じゃないな」
アリエルはやや大きめなシャツを取り出してそう口にした。
「あら。混じっちゃったのかしら」
「うむ。でも似合っているんじゃないか?」
アリエルはマルクには大きなそれをマルクに当てて感想を述べる。
マルクの首から膝までくらいの大きさのそれは、さながらワンピースのようだった。
「わあっ! とっても似合ってますね」
リリィも便乗してアリエルに賛同した。
「んもう! ふざけないでください!」
マルクはたまらず反発した。
目的とともに、女児として扱われることで矜持まで失いかねないと踏んだからであった。
「くっくっく。まあ、一寸した冗談さ」
「そうよ。マルクちゃん、気を悪くしないで」
アリエルとリリィは心が込められていない言葉でマルクを宥めた。
くつくつと喉を鳴らすアリエルを見て、マルクはそっぽを向くことに努めることにした。
「まあ、時間を食いたくないのは確かだ」
アリエルは右手で頬を掻きながら、雑多に積まれた服の方へ歩み寄り、若菜色の服を取り出した。
「これなんかいいんじゃないか?」
アリエルは上下で一対の服を取り出してマルクに見せた。
ノミが湧かないように藁で燻してあるせいか、焦げた匂いが鼻を突き抜ける。
「うん。これがいい」
「ええ、もっといいのがありますよ」
リリィは服の山から、あれこれ取り出して、マルクにあてがって見せた。
必死に勧めるところを見るに、アリエルの選んだ服が安価であったことを容易に想像させた。
「リリィさん、ごめんなさい。これがいい」
マルクは申し訳なさそうにリリィの勧めを断った。
マルク自身、代り映えのしない控えめなものを好んでいるようであったということもあったが、今回のお金の出どころがアリエルの財布であり、マルクも遠慮したというのが大きな要因であった。
「すまない。次に服を買うようなときはまたここで服を買うことを約束しよう」
アリエルも少しばかり申し訳なさそうにリリィを口説いて見せた。
「そう……。では、こちら銅貨七枚頂戴致します」
「有難う」
アリエルは勘定台の上に黒ずんだ銅貨をこつ、こつ、と心地よい音を立てつつ規則正しく並べて置いていった。
七枚全てを並べ終えるのを見るや否やリリィは口を開いた。
「銅貨七枚ですね。お釣りは銅貨一枚です」
「は?」
リリィは並べてあった銅貨から1枚摘み取ってアリエルへ渡した。
アリエルも少しばかり動揺した様子であった。
「次回も来てくださるということですので、約束料ですわ」
「なるほど、参ったな。次は好いものを仕立ててもらいに来ないとならなくなるな」
「はい! 次はアリエルさんのもご用意しておきますね」
そう言って、リリィはしてやったりと満面の笑みを作って見せた。
「もちろん」
アリエル笑みを浮かべて応え、銅貨を受け取って袋へと戻した。
ちゃり。っと、金属がぶつかる乾いた音が空しく響いた。
「リリィさん、有難う。また来るね」
「はあい。待ってるわ。元気でね」
マルクはリリィに一礼をし、踵を返した。
次に立ち寄るときは自分の財布を握りしめて来ると心に決め、服屋を後にしたのであった。
商業の話題など、それっぽく書かれてますが、想像で書いてます(笑)
これぞフィクションの醍醐味なのかもしれませんね。