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彼女を待ちながら  作者: 斉賀 朗数
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閑話

 兵庫県神戸市長田区にあるマンションの一室で女性が殺害されているのが発見された。

 発見された部屋に住む男性が行方不明になっている事から、この男も事件に何かしらの関係があるとみて行方を捜索している様だが、きっとこの男が見つかる事はないだろう。

 私はネットニュースの中から見付けたこの記事に《彼女》の存在を感じていた。殺害された女性については興味がない。どうせ彼女を殺したのは、行方不明になっているこの男だろう。

「関連性はどこにある?」

 私はインターネットで《彼女》に関する情報を探し求める。


 この《彼女》による一連の行方不明騒動は二十年前に起こった、今は存在しない兵庫県養父郡養父町で起こった行方不明事件――地元では女隠しと呼ばれている――が発端だと私は踏んでいる。

 その養父町で起こった行方不明事件は、なんとも奇妙なものであった。

 実際に現地に言って調査をして聞いた話だ。


 行方不明になった女性は突然、養父町に現れたらしい。

 彼女は何かに怯える様に家を借りる場所を探して大家――私が話を聞いた男性――の元に来たそうだ。

 何故引っ越してきたか理由を聞いても答えず、保証人を立てる事も出来ないと言う彼女に大家は難色を示したのだが、懇願する彼女の美しい姿と二重瞼でぱっちりと開いた目に見つめられて、心を許してしまい――この時の大家の表情と言ったら下品で仕方なかった――自身の保有する六畳一間と狭いながらも築年数の浅いメゾンを紹介した。


 彼女は家具を何も持っていなかった。持っているものと言ったら身体に似合わぬほど大きなボストンバッグ一つ。

 大家は聞いた。

「荷物はそれだけかい? どれ、重たいだろう、持ってやろう」

 大家の紹介した部屋は二階で、階段を上がらなければならない。

 良心――若しくは下心――で言ったその言葉に彼女は青ざめて大袈裟な程にそれを固辞した。

 そこまで言うならと大家は荷物を持つのを諦めた。

 その時大家はそのボストンバッグから妙な違和感を感じたそうだ。

 しかし部屋に着いてすぐ、入居に際して必要な諸々の金にプラスして、半年分の家賃というまとまった金を彼女から受け取り気分を良くして、ボストンバッグの事など忘れて自身の家に帰ったらしい。


 その翌日、大家が彼女に伝え忘れた事があったのでメゾンの二階の彼女の部屋に向かった。

 ノックをしても返事が無い。

 ドアノブに手をかけると何の抵抗もなくドアノブは回転し扉が開いた。

大家は躊躇しながらも中を覗き込んだ。

 部屋の真ん中にボストンバッグが開いたまま置いてあった。

 大家は何故か導かれる様に部屋に一歩踏み入れた。

 更に一歩。

 一歩。

 一歩。

 一歩。

 ボストンバッグの中には何も入っていなかった。ただ奇妙な事に、中が濡れていた。


 そして彼女はそれ以降一度も姿を現さなかった。

 このあたりの地域では、こういう事がよくあったらしい。

 一人でこの地にやってきた女性が忽然と姿を消す事が。そして彼女らは必ず、何かに怯える様にしていたそうだ。

 しかし、それだけでは《彼女》による一連の行方不明事件の発端とは言えない。この話が《彼女》の発端として確信を持った理由は、大家がこれ以降に語った内容にある。


「まあそんな感じの話なんだけどな、ここからが妙なんだよ」大家は私に身体を寄せて小声で言った。

「俺は確かに契約書も書かせたし、金も受け取ったはずなんだけどな、どちらも存在しないんだよ。ただ、いつもの慣例で入居者の写真を撮ってるんだ。その写真は残っていてな」

 そう言って大家が見せてくれた写真には、シニカルな表情で写真に収められた女の姿があった。

 靴は……残念ながら写真には収まっていないが、大家は奇抜な靴を履いていたと証言している。

 そして極めつけはこれだ。

「この女がいなくなってからな、女隠しはすっかり無くなったんだよ。あれから二十年か? その間、女隠しは一度たりとも起きてない。不思議な事もあるもんだよな」

 確実に何かがあると踏んだ。

 この女が《彼女》ではないかと。


 スマートフォンの画面が明るく光った。

 電話だ。

 非通知。

 私は画面に触れて、スマートフォンを耳に当てる。

「今の生活に満足している?」

 その声は私の背中越しに聞こえた。

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