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彼女を待ちながら  作者: 斉賀 朗数
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閑話

 雨の降る中、俺は阪神高速三号神戸線から第二神明道路を通過して加古川バイパスを西へ向かい、姫路バイパスを経由したら播但連絡道路を北へ北へと車を走らせていった。

 フロントガラスに突き刺さる雨の音とエンジンの音、タイヤが道路を踏みしめていく音が車内に充満する。

 その音の重なりに圧迫感を感じながらもまだ一度もパーキングエリアには寄らずにいた。一度休憩を挿んでしまうと、仕事を抜け出してあの地へ向かおうとしている事が馬鹿らしく思えてしまう、そんな気がしそうで怖かった。

 先輩が残した、出発点も終着点も繋がっている。と書かれたメモを助手席から取り上げて、前に走る車がいないのを確認してそれを眺める。

 今更先輩の右肩上がりで大きさもばらばらの文字を確認した所で、何の変化が起こる訳でもないのだが、最期に先輩が向かった場所に行く上でどうしてもそれを確認せずにはいられなかった。

 それを見る事で、多少ではあるが自分の意志を確固たるものにしようとしていたのかもしれない。


 先輩がいなくなってから半年。

 俺は先輩が調査していた行方不明事件の事を調べ上げた。と言っても俺が調べるよりも早く、先輩がほぼ全て――先輩がいなくなる半年前までの記録のほぼ全て――調べ上げていて、その調査の関連ファイルは先輩のパソコンのデスクトップ画面の真ん中に堂々と腰を据えていた。


 行方不明事件は俺が後を継ぐ事になった。

 その時に俺は初めてこの事件の氷山の一角に触れる事になったのだが、あまりの厄介さに頭を痛めた。

 先輩が言っていた養父町で行方不明になった女は、存在しているはずのない人間だった。

 戸籍がないというだけではない。いつ何処からどの様に現れたのか、それは霧や靄の様に、若しくは養父市に隣接する朝来市にある竹田城址付近で放射冷却の影響により見られる雲海の様に、気付くとそこにいて、気付くと消えた。


 一番最近で彼女の存在が確認された――実際に存在しているのかが曖昧なのだが――のは、牧田純也という大学生が行方不明になった時の事だ。彼は同級生の五人を自宅で殺害し、その後、忽然と姿を消した。

 彼の住むマンションには監視カメラが設置されており、そこに何故か彼女が映っていた。


 牧田純也は行方不明当日、自宅に友人五人を招き飲み会を催していたらしい。

 十五時三十四分に前田陽一郎と共に自宅へ入っていき、その後十六時十分に飲み会の料理を頼んでいた業者の男が一人宅配にやってきた。

 この男には念の為話を聞いたのだが、何も知っている様子では無かった。ちなみにこの男は商品の受け取りに出てきた前田陽一郎を確認していて、彼がその時までは生きていた事を証明する事となった。

 十六時十三分になると村田涼香がインターフォンを何度か押してから電話を掛ける様子が確認出来た。そして、誰か――監視カメラの向きの関係で見えない――が玄関扉を開けると、村田涼香はするりと殺戮の現場へと入っていこうとする。

 その時に一瞬映像が乱れて、一人の女が村田涼香の後ろに現れた。

 それは村田涼香の背中にぴったりとくっ付いて、牧田純也の自宅へ入っていった。ただの心霊映像と言うにはあまりにもくっきりとしているその女の姿は、驚きや衝撃、恐怖などといった感情よりも、興味というものを俺の心に抱かせるものであった。

 しかし、この段階では女の顔は確認出来なかった。


 それから一時間の間に、桃井千秋、馬久地翔太がそれぞれ別々に現れて、扉の先に入っていく。

 この日が誕生日だった三上遥香だけが、十八時五十二分と遅れて牧田純也の自宅に入っていった。

 それからしばらく経った十九時二十九分に玄関が再び開いた。

 村田涼香が扉の中に入っていった時と同じ映像の乱れが起こり、そのノイズがひどく、見えにくい映像の中に現れた女。それは間違いなく養父町で行方不明になった女で、靄や霧や放射冷却の影響により見られる雲海の様に途端に現れ途端に姿を晦ます女で、過去を持たない女である、後藤みかだった。


 俺は後藤みかの姿と不気味な表情を思い出して身震いした。

 先輩が残したメモを再び助手席へと無造作に放り投げて、ハンドルを握る手に無意識に入っていた力を緩めてから深呼吸をする。

 相変わらず車内にはフロントガラスに突き刺さる雨の音とエンジンの音、タイヤが道路を踏みしめていく音が充満している。

 俺はその空気を少しでも車外に放り出して気持ちを軽くしようと運転席の窓をほんの少しだけ開ける。跳ねた雨が右手の甲に当たり、ほんのりとした冷たさは俺を癒し、開けた窓の隙間から入り込む風の涼しさは俺に安心を与えた。

 俺は進行方向の先にあるまだ見えない土地を見る。

 向かう先は養父市。かつて養父町が存在したその場所で、後藤みかの出発点の痕跡を、先輩の終着点の足跡を、そしてその二つを結ぶ円を探しに、まだしばらくの間、俺はアクセルを踏み続ける。

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