第二話
昨晩のことを思い出してみても、俺は確かにベットで寝ていたはずなのだ。
それなのに、朝目を覚ましてみれば異世界にいたなんて、なんとも受け入れがたいものがあるが、しかし事実としてそうなのだからこれ以上説明できない。
若干しどろもどろになりつつも状況を説明し終えると、黙って聞いていた先生はいつもの飄々とした口調で喋りだした。
「……なるほどな。それで、いつごろ透明化の魔法は習得できそうなんだ?」
「人の話聞いてんのかこのエロ教師が」
生徒の緊急事態だというのに、片岡先生はいつも通りアレだった。もうほんとアレ。
「冗談だ。それに慌てているようだが、何もまたこっちに戻ってくればいい話じゃないか」
「あ、そういやそうか……」
そうだ、何を慌てる必要がある。異世界って言ったって、地球から遠い世界に連れてこられた訳じゃない。
いや、実際には想像もできないほどの距離があるかもしれないが、幸いここには地球に戻れる門がある。すぐにでもここを発って、はやく住み慣れた地球へ戻ろう。
俺は先生との通話をそのままにして、さっきから除け者扱いされてふくれている神様に声をかけた。
「なぁ神様よ。俺を誘拐したことは不問にしといてやるから、とっとと俺を地球へ繋がる門まで案内してくれ」
「そ、それはできません」
「はぁ?」
神様からの思ってもみなかった返答に俺はあっけにとられてしまった。
「できないって、それはどういうことだよ」
「……あなたをここに連れてくる際に、入国の許可なく勝手に私が連れてきたので、あなたがいま門に行くと不法入国で拘束されます」
「……はぁ?」
拘束? 捕まるの? 誘拐した神様じゃなくて俺が?
「ちょ、ちょっと待て。なんで俺が拘束されなきゃいけないんだ。そもそも不法入国ってなんだ?」
「地球同様、ルシャタリウスに正式な手続きなく入国したものを捕らえる規則。いわば法律です」
「ル、ルシャタリウス?」
ただでさえ混乱しているっていうのに、また知らん単語が出てきたぞ。俺、人の名前覚えたりするのマジで苦手なんだが。
「えっと……、地球ではこの世界を、異世界やセカンドアースと呼んでいますが、正式にはここは一つのルシャタリウスという国なのです。まぁ、ルシャタリウスにも色々な地域がありますが、それは後ほど」
「は、はぁ……」
「それでですね。ルシャタリウスに入国するのにも、身分を証明したり、国の安全を脅かしかねない危険物を所持していないか審査する必要があります。そして、安全であると判断されれば、晴れて国民の一員となれるのです!」
「…………」
目をキラキラと輝かせ説明する神様に無性に腹が立った。
てか何でこんなお互いの鼻がぶつかりそうなくらいの至近距離で熱弁してるんだ? この神様は。後光が差すとはまさにこのこと。さっきから眩しくてしょうがないんだが。
「まぁ、要するにだ。その審査を無視して勝手に連れてきたもんだから、俺は本来この国にいていい存在じゃないと?」
「はい、その通りです!!」
朝起きてそのまま地面に座って話を聞いていた俺は、その言葉を聞いてゆっくりと立ち上がり目の前に立つ神様の胸ぐらを掴んだ。
「何がその通りだこのポンコツがッ!! 話聞いてりゃ、全部お前の責任じゃねぇかッ!!」
「あーーっ!! いま私のことお前って言いましたね!! 私、ルシャタリウスを統べる神様なんですけど!!」
「自分で言うかそれ!? 大体神様だって言うんなら、検査官に事情説明してこい!! そしていますぐ俺を地球に帰せ!!」
「それは無理なんですぅ……。あまりにもヘマするので、最近私を見る部下の目が冷たくて……。お願いです! この国に残って魔物を討伐してください! 『またか、ほんとこの人は……』みたいな目で見られるのはもう嫌なんです!!」
「それもお前の日頃の行いのせいだろうがッ!!」
この神様、マジで神様として大丈夫なのか?
話を聞く限りでは、いつもミスして部下から白い目で見られているらしいし。世界を統治する神様が部下に指示もできないなんて、このルシャタリウスとかいう国はもう駄目なのではなかろうか。
その後も、縋り付いて泣きわめき、一介の高校生相手に必死に懇願する神様の姿を見てとてつもなく哀れに思った俺は渋々折れることにした。
放置していた端末を取り出し、その旨を先生に伝えてからまた神様の方に向き直る。
「わーったよ。この国にいてやるから、はやく俺の隠された力とやらを目覚めさせてくれ」
「わ、わかりました!」
俺がそう言うと、神様は涙を拭いさっきまでとは違って嬉しそうに笑顔を浮かべ、俺のそばまでやってきた。
俺が椅子に座り、前に神様が立って手をかざしたかと思うと、地面に今朝見たような魔法陣が出現した。
それから、泣いていたのが嘘のように真剣で威厳に溢れた顔をした神様が呪文、あるいは術式と思われるものを読み上げる。
「神ラウラが命ず。汝、小鳥遊和臣の秘めたる力を解き放ちたまえ」
へぇ、こいつの名前ラウラっていうのか……なんて関係ないことを考えていたら、急に俺の体が光りだした。
え、嘘。進化? 俺ってば進化しちゃうの? キャンセルしないよね? 誰もBボタン連打しないよね?
光は徐々に一か所に収縮し、やがて心臓部分に集まると体に取り込まれるようにして消えた。
「はい、能力の発現はこれで終わりです」
そう言われ、なんとなく腕を回してみたり、手に力を籠めたりしてみたが、別段変わった様子はない。
もしかしたらこいつ偽物なんじゃねぇの? なんて不安になった俺は、満足げにうなずいている自称神様に疑いの目を向けた。
「あの、本当に何か変わったんですか……?」
「えぇ、もちろんです。目に見えるような変化はないので気づきにくいですが、徐々に自分でも能力を自覚できるはずですよ」
「はぁ、そういうもんですか……」
こんな話をしていると、嫌でも異世界に来たことを実感させられる。いやまぁ、来ちゃったと言うよりも、連れてこられたと言う方が正しいが。
よっこらせと、椅子から重い腰を上げる。
立ち上がった先では、神様が不安そうに顔を伏せて立っていた。
「あの、いまさら言うのもどうかと思いますが、この度は私の勝手で魔物討伐に巻き込んでしまい、すみませんでした……」
当初よりも大変しおらしくなった態度に、俺は口元を緩ませる。
「まぁ、なっちまったもんは仕方ない。後はどうにかなるだろ。んじゃ、これからよろしく頼むぜ。ラウラ」
そう言って手を差し出すと、目の前の神様は驚いた表情を浮かべていた。
「どうした? なんか気に障ることでもしたか?」
まぁ、神様の胸ぐらをつかんで、『お前』だの『ポンコツ』だの言っていた俺が言えた義理じゃないが。
「な、名前なんて、初めて呼ばれたもので……」
「あっ、すまん。嫌だったら――「いえ、構いません」――へ?」
呼び方を訂正しようと思ったら、神様が俺の言葉に割って入ってきた。
「こちらこそよろしくお願いしますね。和臣さん」
「……あぁ」
それからお互い握手を交わす。
そんな訳で、こうして俺の異世界生活が始まったのだった。