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お馬鹿コメディ短編集

童貞男のエッチの定義

作者: 湯気狐

 気付けば最後に短編書いたのが一年前だったという……というわけで、久し振りに書きましたお馬鹿短編七作目です。タイトルの『エッチ』という文字に反応したうら若き男性の皆さんに前もって言っておきます。


 この短編にエロ要素は一切ありません。最初から先っちょまでコメディです。期待していた方は「俺達の

期待を返せクソが」と思いながらバックをクリックして下さい。認知して頂けた方はそのまま下にスクロールをお願い致します。

 付き合い始めてもう一年。俺には、幼い頃からの腐れ縁な彼女がいる。


 いつものように登校し、いつものように授業を受け、いつものように下校する。なんて事は無い、そんな当たり前の日々の中で、俺達は互いの隣を付いて歩く。


 だからこそ、俺は思ってしまった。思ってしまったからこそ、口に出さざるを得なかった。


 明日に休日を控えた下校中。俺は前を向いたまま、呟くように話を始めた。


「なぁ莉緒(りお)。俺達っていつになったらエッチするのかな?」


 コーヒー缶を飲んでいた莉緒が肩を跳ねさせ、勢い良く茶色い液体を噴き出した。


「げほっ、げほっ……な、何を急に言い出すのよ!?」


「いやだってさぁ……俺達って付き合い始めて一年経つでしょ? そもそも付き合う前からの付き合いじゃん? それに俺達もう高校生だし、性に飢え出すには良い年頃だと思うんだよ。だけど毎日毎日普通に遊んでばっかで、そういうこと何一つしたことないっしょ? だから疑問に思ってさ」


「確かにそうかもしれないけど……何? エッチしたいの(とら)?」


「……そう言われると……どうなんだろ?」


「いやそれを私に聞かれても困るんだけど……」


 眉間を摘みながら呆れのため息を吐く莉緒。


「そもそもさぁ、彼氏彼女ってしょっちゅうキスとかしてるものなんじゃないの? なんて言うかさ? そういう……イチャつくってやつ? 俺達そういうの全くしてなくね? 基本家でゲームするか、ただ外に遊びに行ってるだけの現状じゃね? それって友達と何一つ変わらない気がするのは俺の気のせい?」


「面倒臭いこと考えてるわね……周りは周りで私達は私達でしょ。恋人に正式な定義なんてないんだから、周りの偏見に捉われる必要なんてないわよ」


「まぁ……そうだな。俺達は俺達だよな。実際現状に不満とか無いし、むしろ満たされてるし」


「なら別に良いじゃない。一体何が不満なのよ?」


「不満って言うか……今日の昼休みにさ。俺とお前の関係についての話になったんだよ」


「ふんふん、それで?」


「それで、俺のその友達にも彼女がいるんだけどさ。もう数え切れないくらいエッチしてんだと。で、俺がエッチした回数を聞かれたわけよ。勿論俺は経験無いって見栄を張らずに言ったんだけど、そしたら俺が童貞であることを遠回しに馬鹿にしてきたのよそいつは」


「あ〜そういうこと。それでそんなに気にしてると」


「そうそう。なんか世の中ってさ、やけに童貞の身の男を小馬鹿にしたような傾向があるじゃん? 経験ある奴は勝ち組で、無い奴は負け組っていう暗黙の定義みたいなさ。別に生き方なんて人それぞれなんだし、経験あろうが無かろうが関係ないだろって思うんだよ俺は」


「そうね、私もそう思うわよ」


「あっ、分かる? 分かってくれますこの俺の気持ち? あ〜、好きだわ〜莉緒。やっぱ俺には莉緒しかいね〜わ〜、マジ愛してるわ〜」


「……嬉しいこと言ってくれてるのに、その口調のせいで全然嬉しく感じられないんだけど」


 またため息を吐く莉緒。


「話長くなりそうだから公園寄って行こ」と提案され、俺はされるがままに莉緒の後について行き、空いているベンチに並んで座った。


「でもさぁ、男に比べて女は良いよなぁ莉緒。童貞は馬鹿にされてる傾向にあるのに、処女は別段馬鹿にされてないだろ? 処女って響きも別に悪い感じしないし、むしろそこにエロスを感じるだろ?」


「いやそれは分からないけど……」


「いやズルいわぁ莉緒。俺なんて『童貞なの? うわダッセー』とか言われたことあるのにさ? 莉緒は『処女なの? うわ時代遅れ〜』みたいに馬鹿にされたことないんでしょ?」


「まぁ……無いけど」


「でしょ? ズルいわぁ莉緒。狡い女だわぁ莉緒。女贔屓だよ女贔屓。唯一子供が生める存在だからって調子こいてんじゃね? 逆に男がいないと子供できないのに偉ぶってるとか見過ごせないんですけど〜」


「だからそれを私に言われても困るって。少なくとも私は調子こいてるつもりはないし、偉ぶってるつもりとかもないから」


「あ、そう。なら良いんだけど……」


「んっ、納得してくれたなら良かったわ」


 しーんと静まり返る俺達。


「……で、俺達っていつエッチするのかな?」


「いや戻すんかい話!」


「当たり前だろ。まだ答え出てないんだからさ」


「答えも何も、寅は別にしたいとは思ってないんでしょ?」


「そう言われると……否定し切れないなぁ。少なからず俺にも疚しい気持ちはあるし。ちなみに莉緒は俺がエッチしたいって言ったらエッチしてくれるの?」


「…………」


 白い目で俺を見つめて来る莉緒。


「何だその目は。つまりは駄目だってこと?」


「駄目って言うかさ……なんか色々とズレてるのよ寅は」


「ズレてる? 髪型が?」


「いやそうじゃなくて」


「なら存在か。ごめん生きてて」


「なんで発想が極端に悲観的なのよ。だからそうじゃなくて、寅のその言い方に問題があるって言いたいのよ私は」


「言い方に問題が? 悪い莉緒、お前の言ってることは難し過ぎてよく分からん」


「何も難しいことは言ってないんだけど……。じゃあ逆に私が聞くけどさ。寅は私がエッチしたいって言ったらエッチしてくれるの?」


「ん〜……いやそれはちょっと。エッチしたいって言われてエッチするのはなんか違うと思う。つーか何? 莉緒は俺とエッチしたいの?」


「なんで私が欲求不満ポジションに差し替えられてるのよ……ほら、答えは既に自分の中で出てるじゃない」


「……あぁ、なるほど。つまり莉緒はエッチしたいって言われてエッチしたくはないと?」


「そういうことよ」


「……じゃあ逆に聞くけど、俺はどうしたら莉緒とエッチできるんだ?」


「…………さぁ」


「なんで分からないんだよ、おかしいだろ。このままじゃ俺達一生子供ができないじゃないか。どうなんだよ? どうなんだよ莉緒?」


「うるっさいわね……来るべき時がいずれ来るだろうから、それまで待ってれば良いんじゃないの?」


「来るべき時ってなんだよ? いつなのか分からないじゃないかそんなの。莉緒はそれで不安にならないのか?」


「知ったことか」


「冷たいなぁ……でもそうだな、少し言い方がストレート過ぎるという自覚はあったし、まずその一歩手前の段階を確かめるか」


 というわけで、改めて俺は聞いてみる。


「莉緒はさ、俺がおっぱい触りたいって言ったら触らせてくれるの?」


「…………」


 また白い目で見つめられた。


「あっ、駄目? エッチどころかエッチいボディタッチも反対だと?」


「いやだからさ……口で言われて頷くわけないって話になったばかりでしょ今さっき」


「……というかそもそもなんだけどさ。おっぱいって一体何のためにあるの?」


「何のためにって……そういう生き物なのよ女は。胸があって当然の生き物なの」


「いや違うな、この世にあるものには全てに必ず意味があるはずだ。身体的な理論で俺を丸め込もうったってそうは問屋が卸さんよ」


「そんなこと言われても……。ん~、他にはそうね……自慢できるものとしか言えないわね」


「自慢? それって大きければ大きいほど自慢できるとかいうアレ?」


「まぁそうね。女の子にとって胸の大きさはシビアな問題なのよ」


「はい出た、出ましたよその定義。胸が大きい方が女として立つとかいう訳の分からない格差社会。まさか莉緒もそれに捉われていたなんて、俺はとても残念だよ」


「な、何よ。胸が大きいことに越したことはないじゃない」


「越したことじゃないっつの。俺からしたら大きいから何?って話なんだよ。なんで大きいと自慢できるんだ? なんで小さいと自慢できないんだ? 別に良いじゃん小さくても。胸が小さくても綺麗な人はこの世にいっぱいいるじゃん」


「まぁ……そうね。でも大きい方が身体的にお洒落というか……」


「お洒落? つまり莉緒は、胸が大きい方が女の子として見栄えが立つと思ってるわけだな?」


「そうだけど、それに関しても何か文句があると?」


「……お洒落ってさ、基本周りの目に見られることを気にして着飾る意味のことを指すよな?」


「はぁ……それがどうかした?」


「つまりさ、莉緒は胸をお洒落パーツの一つとして捉えてるわけだろ? 即ちそれは、周りから見られるためにあると言っているわけだ」


「……? 何が言いたいのよ?」


「莉緒さ、大勢の男から胸を見られてどう思う?『お洒落でしょ私?』って思うか?」


「……いや、その前に不快な気持ちになるわね。じろじろ見てんじゃないわよ気持ち悪いって」


「だよな? そう思うよな? ほら、矛盾してね? 莉緒が言う胸は周りに見せるためにあるって言ってるのに、いざ見せることになったらめっちゃ拒んでるじゃん」


「うっ……た、確かにそうだけど」


「つまり莉緒のおっぱい理論は成り立ちません。異論は認めない」


「なんでこんなくだらないことで論破されなきゃ……ていうか、寅は何のために胸があるって思ってるのよ?」


「俺? 俺はそうだなぁ……揉むためかな」


「…………引くわね」


「バッカ莉緒、お前バッカな莉緒。莉緒お前本当馬鹿だわ。本当馬鹿な莉緒」


 頰を殴られた。グーで。


「ま、まぁ冗談はこの辺にしておいて……じゃなくてさ。実際俺は本当に揉むためにあると思うんだよ。勿論異性にね?」


「……一応理由を聞いておきましょうか」


「理由も何も、おっぱいの感触って気持ち良いじゃん。それで欲求解消になるでしょ色々と。俺は一度も揉んだことないけど」


「じゃあ聞くけど、なんで胸を揉んだら気持ち良いのよ? 揉むだけならソフトボールとかも同じといえば同じ感触じゃない」


「……それもそうだな」


「そこ納得しちゃうんかい!」


 すると、下に俯いたところで、丁度よく軟式のソフトボールがすぐ近くに落ちていた。


 拾い上げて何となくソフトボールを弄ってみる。あらゆる角度から見つめ、あらゆる箇所を撫で、あらゆる部分を揉んでみる。


「……全然ムラムラしてこないんだけど」


「いやむしろソフトボール揉みしだいて興奮する方が怖いわよ」


「つまり、ただ丸くて柔らかい物を揉んだところで意味はないってことだな。やっぱりおっぱいだからこそ揉む価値があるんだよ。おっぱいだからこそ欲情するものがあるんだよ」


「おっぱいおっぱい喧しいわよ」


「そうだな……莉緒が納得できるように説明するのなら、女性のおっぱいはエロいという概念が全ての男に予めインプットされているんだよ。おっぱい=エロという認識が既に覆せないものと化してしまっているんだよ」


「つまり寅は、『女性の胸はエロい』という常識に捉われているということね」


「いや違う、これは常識じゃない。強いて言えば、男の本能ってやつだ。男はおっぱいを見たら興奮せずにはいられない生き物なんだよ。一種の病気みたいな……あれ? そう考えるとなんか怖くなってきたんだけど。男って怖いなおい」


「自分のことでしょうが……。でもなんか納得いかないわね。本能って言い方で上手いこと丸め込まれてる気がするんだけど私」


「んだよ、確証が欲しいってか? だったらそうだな……あっ」


「何? 何か思い付いたの?」


「あぁそうだ、俺はすっかり忘れていた。おっぱいには柔らかさの他にまだ魅力があったことを思い出したよ」


「……何よそれは?」


「乳首」


 また白い目で見つめられて、少し距離を取られた。


「なんだよその反応。魅力あるじゃん乳首。いやむしろ乳首があるからこそ、おっぱいという存在はエロいものになってるんだよ。だってほら、ソフトボールには乳首なんてないだろ? やばい俺天才じゃね?」


「いや、極度のガイジだと思うけど」


「彼氏に向かって酷いこと言う奴だなぁ。なら莉緒は自分のおっぱいに乳首が無くても良いって言うのか?」


「言いわけないでしょ。将来子供できたらどうやって母乳を飲ませ……あっ」


「うん? どした莉緒?」


「……この話の原点ってさ。なんで胸が存在するのかっていう話だったわよね?」


「そうだけど……それがどうかした?」


「うん。自分で言って気が付いたんだけど……女性の胸がある理由って、母乳の役割を果たすためにあるんじゃないのかなぁって思ってさ」


「そう言われると……一番答えに近いかもなそれ」


「でしょ?」


「うん」


 再びしーんとなり、少しの間だけ沈黙が流れる。


「……で、俺達っていつになったらエッチするのかな?」


「無限ループ? どんだけエッチしたいのよ!」


「いや別にしたいって思ってるわけじゃないけどさぁ……」


「なら良いでしょ。何度も言うけど、来るべき時に備えて待っていれば良いのよ」


「こっちも何度も言うけど、その来るべき時が分からなくて気になるからこうして議論を交わしてんだっつの」


「くどいわ! もう正直になりなさいよ! エッチしたいならエッチしたいって言いなさいよ!」


「何? じゃあやっぱり莉緒は、俺がエッチしたいって言ったらエッチしてくれると?」


「……いやそれは無いけど」


「何なんだよ!? 言えって言ったのに結局それかよ!? 莉緒は一体何がしたいんだよ!?」


「どう考えてもそれは私の台詞でしょーが! 急に逆切れしてんじゃないわよ阿呆か!」


「いや別にキレてるわけじゃない。気を悪くさせたならごめん」


「う、うん……別に私も怒ってないけど、取り敢えず一旦寅は落ち着きなさい?」


「いや俺は元から落ち着いてるぞ」


「そ、そう。それはそれで問題大有りなんだけど……まぁ良いわ」


「ん~、そうだなぁ……。あっ、ならさ莉緒。いつになったらエッチをするのか、という疑問を違う方向性で考えさせてくれないか?」


「違う方向性? というと?」


「『いつ』じゃなくて『どうやったら』に置き換えるんだよ。つまり、何をどうしたら莉緒は俺とエッチしてくれるのかっていう考え方だ」


「どうと言われてもねぇ……というかさっきも同じこと言ってなかった?」


「頼むよ莉緒、少しだけでも良いから俺に確証を得られる発言をくれ」


「はぁ……ならもう言っちゃうけどさ。そういうのってやっぱり雰囲気が大事なのよ」


「雰囲気? つまりどういうことだ?」


「だ、だから……その……と、とにかく雰囲気が大事なの! 逆に極端に言ってしまえば、良い雰囲気になったらエッチができるってことなのよ!」


「何っ? それはつまり、ついに俺は答えの一歩手前に辿り着いたということだな?」


「ま、まぁそういうことになるわね……」


「ということは、俺がその雰囲気を作るようになれれば、この疑問をようやく解けるというわけだな。ちょっとモチベ上がってきたわ俺」


「……ねぇ、本当に今エッチしたいわけじゃないの寅?」


「あぁ……まぁ……今は別に求めてないわ」


「ハァ……。本当、寅が何を考えてるのか分からないんだけど……」


「よし、それじゃそろそろ行くか莉緒」


 そう言いながら俺はベンチから立ち上がる。


「行くって……何処に?」


「何処って、ドラッグストアだけど」


「は、はぁ? なんでまた?」


「消臭元買いに」


「いや雰囲気作りってそういう意味じゃないわよ!」


「あっ、莉緒はスプレー派だった? ごめん空気読めなくて」


「だからそういう問題じゃないから! 空気読む読まないの話じゃないから!」


「いやだって、エッチするには環境面は大事だろ? めっちゃ腐臭が漂ってる場所とかでエッチしたいとか思うか莉緒?」


「それはまぁ……嫌だけど」


「だろ? 何事においても段階があるように、雰囲気作りにも段階ってやつがあるんだろーよ。だから俺は初歩的なことから手を出して考えようと思ったわけ。別におかしなことじゃないだろ?」


「う、う~ん……それはそうなんだけどさ。というか寅、もしかして今から実践に移すつもり?」


「当たり前だろ。見るよりも身体で覚えろってよく言うじゃん」


「なっ!? つ、つまり結局はエッチするまでに至らせるってこと!?」


「いやそれはない。あくまで俺はエッチに必要な雰囲気の作り方を知りたいだけだし」


「なら紛らわしい言い方するんじゃないわよ!」


「紛らわしい? 何がだよ?」


「だ、だから……あぁもういいわよ! ほら! とっととドラッグストア行くわよ!」


「あっ、待って莉緒。消臭元かスプレーかまだ決めてない」


「どっちでも良いわよ!」


「あ、そう……」




〜※〜




「よし、これで部屋の匂いの問題は解決した」


「で? 次は何するつもりよ?」


「次? ん~、そうだなぁ……取り敢えず俺の家行くか。後のことはそこでじっくり考えるわ」


「……それって私も行く前提の話?」


「そりゃそうだ。エッチの対象者である莉緒がいないと意味がないだろ」


「しつこいようだけど、本当に今の寅にエッチするつもりはないんでしょうね?」


「まぁ……無いな」


「さっきから気になってたけど、なんでこの質問する度にそんな溜めるのよ!? 裏がありそうで怖いんだけどぶっちゃけ!」


「大丈夫だって、本当に無いから。俺が今まで莉緒に嘘付いたことがあるか?」


「それはまぁ、一度も無いけどさ。そもそも嘘を隠そうとしても顔に出るでしょ寅の場合」


「だろ? だから不安を抱く必要なんてないってば。というかまた逆に聞くけどさ、莉緒は俺とエッチしたいとか本当に思ってないのか?」


「……まぁ……別に」


「人に言っといてそっちも溜めてるじゃん」


「うるさいわね! 良いのよ私は! 帰るならとっとと帰るわよ!」


「なんでさっきからそんなに怒ってるんだよ、悪いと思ってるよ俺の都合で振り回してさ。でもこういう話は一番信頼してる莉緒が相手じゃないとできないんだよ実際……」


「だ、だから別に怒ってないわよ私は。ただ単に呆れてるだけだから」


「あ、そう。なら良いけど」


「……その切り替えの早さには若干イラっと来るけどね」


 ドラッグストアから数十分程歩き、俺が住んでいるアパートに到着。


 俺は一人暮らし中なので、家族に気を遣う必要もなく莉緒を家の中に招き入れた。まぁいつもの流れだ。


「ほぼ毎日来といて今更思ったけど、寅の部屋って元々良い匂いするから消臭元なんて必要ないんじゃないの?」


「自分の部屋の匂いなんて分らんし、ホントに今更だなそれ。まぁ良いよ、折角買って来たから置いとく」


 ついさっき買って来た消臭元を部屋中央のちゃぶ台に置いて、莉緒と隣り合わせになって各々楽な姿勢で絨毯の上に座り込んだ。


「それで、次は何をするか思い付いたの?」


「あ~……そうだな。思い付いてはいるが、その前に莉緒に確認しなくちゃいけないから……聞くよ?」


「あぁそう……でもなんとなく察しがついたわ」


「あ、そう? じゃあ質問せずに直球で言っちゃうけど、服脱いでくれない莉緒?」


「ホントにド直球過ぎるわよ!!」


「なんだよ、全然察せてないじゃん。所詮莉緒も口だけか」


 今度は思い切り頭を殴られた。グーで。


「喧しいわ! 寅の思考が常人よりも頭首一つぶっ飛び抜けてるのが悪いのよ! 何!? 寅にとって私は痴女にでも見えてるっていうの!? 誰の前でも裸になるような尻軽女だとでも思ってるわけ!?」


「落ち着けって莉緒、深読みし過ぎだって。でもそうか、これでまた分かったよ。莉緒は俺に服を脱いでくれって言われたら脱いでくれるのか、という質問をするつもりだったんだけど……その反応は嫌ってことで捉えて良いんだよな?」


「当たり前でしょーが! そんな恥ずかしい真似するわけないでしょ!」


「……でもそれっておかしなことだよな」


「はぃ!? ついに頭イカれちゃった寅!? おかしな点なんて全くないでしょどう考えても!」


「原点回帰して考えるんだ莉緒。そもそも人間が誕生した頃、人間は服なんて着ていなかった。故人は裸でいることに何も抵抗を感じていなかったってことだ。それなのに今の現代人は、服を着ていない者を犯罪者として取り締めてしまっている。これは人間の原点となった人達への冒涜だとは思わないか莉緒?」


「エッチの話でついに大昔の時代にまで遡っちゃってるんですけどこの彼氏……。昔は昔で今は今でしょ。その考え方は変質者扱いされるわよ寅。悪いこと言わないからその辺で止めておきなさい」


「違う莉緒、違うんだ。俺が求めているのはそんな辛辣な答えなんかじゃない。いいか莉緒? 人間が生まれた時は裸だ。つまり、人間の本来あるべき姿は当然裸なんだ。しかし莉緒は裸になることを恥ずかしいことだと言っている。これはおかしなことですよ莉緒さん? あるべき姿を恥ずかしいなどと宣うだなんて、それは自分で自分の価値を否定してるようなもの。莉緒は魅力的な女の子なんだし、もっと自分に自信を持っても良いんだよ?」


「最後に良いこと言ってるのに、結論に至るまでの前段階のせいで微塵も嬉しくない! 理論で説明しようがしまいが、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」


「でもお風呂とか入る時は裸になってるじゃん」


「そりゃあね!? じゃないと身体洗えないからね!?」


「なら今ここで裸になることだってできるはずじゃん?」


「できるはずないわよ! 見られてるんだから!」


「見られてるって俺一人じゃん。それでも脱げないのか?」


「脱げないわよ!」


「……彼氏失格だな俺。別れるか?」


「別れる判断基準が極端過ぎるわ! こんな阿呆みたいな理由で別れるなんて嫌だわ!」


「なら何が原因なんだ? 俺にはさっぱり分からないんだが……」


「むしろなんで分からないのよ!? 馬鹿なの!?」


「はい馬鹿です」


「うぅん、なら仕方な……くないわよ! 少しは羞恥心とか乙女心とかいうものを学習しなさいよ!」


「いや怠いから結構です」


「今してる話の方が何倍も怠いわ!!」


 何度も大きく息を荒げて項垂れる莉緒。


「いつにも増して止めど無いマシンガントークだな。今日どうした莉緒?」


「だから寅に言われたく……ハァ……もう良いわよ」


「良いって……何が?」


「だ、だから……私が脱げばいいんでしょ。今ここで」


「あ、いや、いいです。今脱ぐって言ってくれたんで、エッチする時に脱いでって言えば脱いでくれることが分かったんで」


 渾身の一撃を顔面に放たれた。中指尖らせたグーで。


「これ以上私で遊ぶつもりなら本気でぶっ飛ばすわよ?」


「もうぶっ飛ばしてるじゃん……嫌なら嫌って最初に言ってくれればいいのに……」


「嫌とかじゃなくて、今のは乙女心を傷付けられたことに怒ったのよお馬鹿」


「え?……俺は今、莉緒を傷物にしちゃったってことなのか……?」


「その言い方止めい! 違う意味に聞こえるでしょーが!」


「いやホントごめん、今死んで償うからそれで許して」


「だから極端過ぎるんだって! 何度も言うけど落ち着きなさい寅!」


 手のひらを突き付けられて、俺自ら一旦話を止める。


 お互いに深呼吸をして呼吸を整え、今一度いつも通りにまた話を再開させる。


「ハァ……どうして私はこんなに疲れてるんだか……」


「莉緒が嫌ならもうこの話止めるけど?」


「……別に気を遣わなくて良いわよ。なんだかんだ言って楽しんでるから私も」


「マジでか。やっぱり良い女だよ莉緒は。好きだわ~、愛してるわ~、一生傍に居たいわ~」


「だからその言い方を止めなさいっつってんでしょ。言うなら真面目に言いなさい真面目に」


「……好きだぞ、莉緒」


「……律儀に良い直さんでええわい」


 赤い顔になってそっぽ向かれた。


「あれ? 今ちょっと良い雰囲気になった気がするんだけど……俺の気のせい?」


「私は知らん。何も知らん」


「じゃあなんで顔赤くしてるんだよ。それになんか嬉しそうだぞ。口元緩んでるし」


「う、うるさいわね。そんなこと言われたらこうなるに決まってるでしょ……」


「そんなことってどんなことだよ?」


「だ、だから……分かるでしょ?」


「いや分らんけど」


「あぁもうまどろっこしいわね!? だから、私も寅のこと愛してるんだから、寅から愛してるって言われればそりゃ恥ずかしくなるに決まってるでしょ! ってことよ!」


「おぉ……」


「あぁもう何なのよ……」と呟きながら、真っ赤になった顔を両手で塞ぐ莉緒。


「いやぁ、凄いなぁ莉緒。俺に愛してるだなんて恥ずかしい台詞がよく言えたな。いや凄いッスわ~莉緒さん。俺にはとても恥ずかしくって言えないッスわ~。正面切って愛を囁ける莉緒さんマジカッケ~ッスわ~」


「いい加減張り倒すわよ!? というか散々好きだ愛してるだ一生傍に居たいわだって言ってたでしょーが今さっき! そっちのが幾倍も勇気いるわ!」


「まぁ俺は慣れてるしな。本心ぶつけることに抵抗とか感じないし」


「……悪かったわね、日頃本音言えなくて」


「いいよ謝らなくても。人の気持ちって口に出さずとも伝わるものがあるだろ? 俺はちゃんと莉緒の気持ちを分かってるつもりだし、無理して口に出さんでも…………」


「……? どうしたの?」


「……あぁ、なるほど。そういうことか」


「そういうことってどういうことよ? 何今度は一人で納得した顔になってるのよ。ここまで付き添ったんだからちゃんと私にも教えなさいよ寅」


「良いの? 多分引き返せなくなると思うけど」


「……野暮な発言だったわね」


 赤くなってそっぽ向く莉緒。


 俺はそれ以上何も語らず、莉緒の背中に両手を回した。


「……なぁ莉緒。最後にもう一つだけ聞いてもいいかな?」


「…………」


 口に出さずとも伝わることはある。無論、それはエッチする時もきっとそう。俺達のような間柄なら尚更だ。現にこうして、莉緒が今「良いよ」と言ってくれたことが理解できたのだから。


 緊張した様子で照れたまま固まる莉緒に向かって、俺は微笑みかけながら莉緒の耳元に囁いた。


「最後にダイエットしたのって……いつだ?」


 鼻の骨を折られた。グーパンで。

 はい、というわけで最後の最後まで殴られて終了というオチでした。これを読んでくれた皆さんは何か思うところがあったりしましたでしょうか?(笑)


 まぁ、私に彼女なんてことは既に過去の遺物ですので、ここで恋人ができたらどうこう等と偉そうに宣うことはしません。というかそんな資格まず無いので悪しからず。


 もし恋人持ちでまだ経験の無い方は、冗談半分でこういう話を弾ませてネタにする、というのも一興なのかもしれません。清い交際をしている方限定……ですが(笑)


 では、次の八作目でまたお会いしましょう!

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