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第四話「麻雀の神様が現れる」Part B

 奇妙な面子で始まった麻雀。卓と牌は三元牌神の持っていた物を使用する事にした。

 

 誰もが一様に慣れた手さばきで牌をツモり、切っていく。

 それは経験者のマドカも、自称雀プロのゲマオも、そして情報を集める手段として雀荘に出向いているピエールも例外ではなかった。 

 その中でも特にピエールは小屋中に響くような強気の打牌を繰り出していた。


「ところでよ、俺は地獄から来たんだが、黄泉の国なんて行けるのか?」

「わしが特別に取り計らってやろう」

「いいのかよ。神様がそんなことして」

「構わぬ。霊界も現象界と同じように権力と実力で成り立っておる、という事じゃ。まあ現象界ほど堅苦しくはないがな」


 ピエールとは対照的に三元牌神は音も無く牌をツモリ、淀みなく不要牌を捨てた。

 

「麻雀は面白い。自分との限りない勝負じゃからな。

 ただ最短でアガリに向かう簡単なゲームのはずが、多くの者が迷いながら道を踏み外していく。そしてアガれない時はオリればいいと気づかずに、無理に勝とうとするあまりに危険な牌を切って結局は損をする。

 そして気が付けば、ただ手なりに打っているものが勝利を手にする」


 10巡目、ピエールが牌をツモった際、この麻雀が通常とは少し違う事に気がついた。


「なんだこの牌!?」


 ピエールがツモったのは草書体で「犬」と彫られた麻雀牌だった。 


「犬なんて牌あるわけないだろ!ドンジャラかこれは!」


 思い切り場に叩きつけるピエール。


「いやすまぬ、肝心な事をいい忘れておったわ……じゃがまあ捨てた牌は捨てた牌じゃから、ロンをする権利はある」


 三元牌神は手元の13牌を一斉に前に倒した。


「ロン。小三元。8000」


 あまりにも早いアガリに身を乗り出す一同。

 そこにあるのは、マドカ達の知っている「白」「發」「中」の三元牌ではなかった。


「『犬』に『猿』に『雉』だぁ!?なんだその三元牌は!?」

「わしのオリジナル三元牌じゃ」


 マドカはその達筆な字体で彫られた三元牌を手に取り、感心しながらまじまじと眺めた。


「へぇ……『犬』は『白』の代わり、『猿』は赤い『中』の代わり、『雉』は緑の『發』の代わり、と一応、元の三元牌と整合性はあるわね」


 三元牌神はここぞとばかりに持論を展開した。


「日本の麻雀は日本独自のルールなのじゃから、何も中国に合わせる必要はない。日本の麻雀を作れば良いのだ。その意味も込めてわしはこの麻雀を広めようとしておる」


 マドカは頭の団子をはてなマークに変えて首を傾げた。


「でもどうしてこの組み合わせ?」


 すると、ゲマオが口を挟んだ。


「もしやこれは……桃太郎?三元牌神様は桃太郎なのか?」

「フン……その名は大陸に渡る際に捨てたわい」


 三元牌神は、これ以上の質問を遠ざけるようにうつむき、袖に腕を通した。


「マジで桃太郎かよ!生の桃太郎初めて見た!」


 興奮するゲマオだったが、マドカは冷静に三元牌神を観察していた。


「でも待って、その胸のふくらみや長い髪からして、三元牌神様は女でしょ?桃太郎のはずが無いわ」

「神を人間と同じように考えるでない。さ、続きを始めるぞ」


 一同が腑に落ちないまま、次の局が始まった。


 マドカは気を取り直して、三元牌神が自分の元に訪れた理由を聞いた。

 三元牌神は打牌スピードもそのままに、いつとなく語り始めた。


「……それを話すには三元牌のルーツから話さねばなるまい」

「ルーツ?」

「そう。中国では三元牌になる以前は『龍鳳牌』と呼ばれ、『白』と『龍』と『鳳』の三種類だった。それにちなんでわしの使い魔も龍と鳳凰にしたのじゃが、わしの力不足でどちらも封印しきれずに逃がしてしまった」


 苦々しい顔をする三元牌神を見て、いつの間にか一同は手を止めて三元牌神の話を聞いていた。


「アクマさんと同じだな」

「だまらっしゃい!……もしかしてその逃がした龍が……」

「さよう。その龍の霊体が入り込み、人間として生まれ変わったのが竜妃ロンフェイなのじゃ」

「アクマさんと似ているんだよう」


 傍観者のイチメもその話に聞き入っていた。


「竜妃自身、自分を妖怪と思い込んでおるし、妖界でもそう扱っておる。様々な妖術も使いこなせるが、実際はマドカと同じ10歳の女の子じゃ。未熟なところもいっぱいある。そんな竜妃を、わしは野放しにしておく事ができぬのじゃ。

 そこでアクマさん。おぬしに協力を仰いで、やつに引導を渡してやろうと思ってやってきたわけじゃ」

「なるほど、そうだったの……」

「三元牌神っつったか?神様のあんたなら人間の女の子くらいどうにでもなるんじゃねぇのか?」


 ピエールは神の力を推し量るかのように尋ねた。


「わしには大した戦闘能力はないよ。今でも3匹の使い魔はおるが、竜妃を止められるかどうかは怪しい。恥を忍んで他の雀神じゃんしんにも協力を仰ごうと思っているくらいじゃよ」

「他の雀神って……まだ他にもいるのかよ?」


 三元牌神はニヤリと笑った。


「もちろんじゃ。盟友の国士無双神こくしむそうしんじゃろ、八つ手の九蓮宝燈神ちゅうれんぽうとうしんに、おっちょこちょいの嶺上開花神りんしゃんかいほうしん混老頭ほんろうとう清老頭ちんろうとうもおるぞ」

「なんでもござれだな」


 三元牌神は袖に腕を通した。


「しかし『麻雀』そのものの神というものはわしでさえも見たことはない。それほどまでに上を見ればキリがないのが神の世界じゃ。さ、続きを始めるぞ」


 一同はしばし、無限に広がる神の世界に思いを馳せた。

 


 そして勝負再開。その12順目のことである。


「ピエロリーチ!」


 先ほどの負けを取り戻そうとリーチをかけるピエール。

 その行為を諭すように、蔑むように三元牌神は嫌悪感を示した。


「ふん、自らリーチでフタをするとは愚かな。初心者が犯す間違いの最も典型的なものじゃ」

「何だと!?」


 リーチを咎められたピエールは三元牌神に食ってかかった。

 だが三元牌神は涼しい顔で自分の意見を述べた。


「その手はリーチをかけなければまだ伸ばせるし、回避もできる。それをわざわざ逃して可能性を自ら閉ざしてしまうのは愚行じゃ」

「さっきは最短でアガれと言ってたじゃねぇか」

「リーチをかけろとは言っていない。リーチはかけたが最後、手牌を変えられなくなるから最短・最善ではない事が多いのじゃ。リーチをかけるには細心の注意が必要ということじゃ」


 三元牌神はピエールのリーチも気にせず、三元牌を鳴き始めた。

 初めに「犬」をポンし、次に「猿」をポンする。

 一同はその偶然性に恐怖すら感じた。


「ま、まさか………嘘だろ?二局連続……?」


 ピエールは『その牌』を掴んだ瞬間、雄叫びを上げた。

 そして場に最後の三元牌、「雉」を叩きつけた。


「二局連続、小三元かよ!?やってらんねぇぜ!」

「何を言っている?二局連続ではない」


 そう言って三元牌神はパタリと手牌を倒した。

 そこには「雉」がすでに二枚存在していた。


 愕然とする一同。


「三元牌が3枚ずつで……だ、大三元!?役満じゃねえか!?」

「二局目にしてピエールが飛んだ!雉だけにぶっ飛んだわ!」


 こんなにも早い決着は誰もが予想するはずもなかった。

 しかし負けを認められないピエールは必死に三元牌神に食い下がった。


「インチキだ!三元牌を操作して自分のところに来るようにしてたんだろ!」

「何をバカな。神はサイコロを振らないが、例え振ったとしてもそこには何の意図もない。

 ……ただひとつ言える事は『牌は己を好く者を好く』という事だけじゃ」

「っざけんじゃねぇ!三元牌神だか何だか知らねぇが黄泉送りにされてたまっかぁ!」


 最下位は黄泉送りになるというルールを思い出し、憤慨するピエール。

 ピエールはピエロの鼻を取って強制的にピエロ封印(仮)を取った。

 マドカはピエールの暴挙に多大なるショックを受けた。


「ああ!私のピエロ封印が!」

「封印ごっこなんざもうやめだ!こいつを黄泉送りにしてやる!」


 拳を鳴らして三元牌神に近づくピエール。


「愚かな。黄泉がえりの経験などなかなかできるものではないと言うのに」


 向かってくるピエールを前に、三元牌神はスッと袖に隠していた一つの牌を取り出した。


「いでよ!影狼かげろう!」


 すると、牌が大きな犬のような、白い狼のような姿に代わった。

 その体長は二メートル以上あり、四つ足でも三元牌神の肩に届くほどの高さであった。

 

「影狼、そこにいる似非えせピエロに食らいつけ!」


 命令を聞くと、影狼は鋭い眼を光らせて獲物を睨み付けた。

 そして恐ろしいほど速いスピードでピエールの腕に食らいついた。

 

「いでぇええええええええ!分かった!俺の負けだ!黄泉でも冥府でも外宇宙でもどこでもいいから飛ばしてくれぇ!」


 相変わらず降参の早い男、ピエール。

 三元牌神は影狼に攻撃を中止するように命令した。


 ……しかしその時を待っていたと言わんばかりにピエールはニヤリと笑みをこぼした。


「……なんて言うかボケェ!」


 ピエールは卑怯にも牙を離した影狼に向かって、思い切り蹴りを放った。

 影狼は子犬のような高い声を上げながら後ろに仰け反った。


 その時、影狼の姿がみるみるうちに小さくなり、やがてそれは小さな狛犬こまいぬに変わってしまった。


「何だぁ?ただの小せぇ犬っコロじゃねぇか。……それによく見ると俺の腕も何ともない」


 卑怯なピエールに対しても、三元牌神はただ少し顔をしかめただけだった。


「影狼は威嚇用の召喚獣、故に実際に相手を傷つける為の生き物ではない」


 ピエールは痛覚までしっかりと感じた三元牌神の幻術に不思議な感覚を覚えながら、その腕をさすった。


「この俺がいっぱい食わされるとはな……ってちょっと待て!今袖から三元牌を出したよな!?お前まさかイカサマで大三元をアガったんじゃねぇだろうな!」

「……」


 ピエールはすごい剣幕で、場にあるすべての牌を開いていった。

 マドカはそれを止めようとピエールに近づいて言った。


「ピエール!失礼なことはやめなさい!」


 だが、マドカは次の瞬間、ピエールに異変を感じた。

 ピエールは場の全ての牌を開けると、固まったままブルブルと震えていたのである。


「どうしたのピエール?もうすべての牌は開けたでしょ?三元牌はちゃんと4枚ずつあるじゃない」


 ピエールが固まっていたのはそれが原因ではなかった。


「見てみろアクマさん、三元牌神の次のツモ……」

「……嘘でしょ……?」


 三元牌神の次のツモは『雉』だったのだ。


「俺がロンされなくてもツモってたってのかよ。ありえねぇ……」


 三元牌神は袖に腕を通したまま、それが日常茶飯事であるかのような余裕の表情を見せた。


「……これで格の違いが分かったか?ちなみに他の神はわしの事を大三元神だいさんげんしんと呼ぶ」

「大三元神……」


 一同はその深遠な名前に息を飲んだ。

 三元牌神はニヤリと笑った後、少し寂しそうにして首を振った。


「わしにはそんな大それた名前はいらぬ……わしなんぞ、ただ三元牌を愛しておるだけの老いた霊体に過ぎぬよ」


 三元牌神は狛犬を胸に抱え、その毛並みを愛おしそうに撫でながら言った。

 それは我が子を愛する親のような目であった。


「アクマさんも手のかかる妖怪を飼っているようじゃの。じゃがまあその位の奴でないと黄泉送りにしがいがないと言うもの。早速今夜黄泉送りにしてやろうではないか」

「しゃーねーな。もはや一度死んだ身だ。黄泉でもどこでも連れてってくれ」


 その言葉に、傍で見ていたゲマオが反応し、勢い良く席を立った。


「パイ神さま!」


 突然の事に驚きを表す三元牌神。


「……パイ神?」


 ゲマオは三元牌神のふくよかな胸を見ながら言った。


「パイ神さま!どうか俺も黄泉に連れていって下さい!魔王として強くなりたいんです!」

「誰が魔王じゃと?」

 

 真顔で自分に指を向けるゲマオ。

 三元牌神はその全身火傷で見るも無惨な姿になった哀れな男の姿を舐めるように見た。


「ふむ……お主は何か凄惨な人生を歩んでおるようじゃの。わかった。お主も特別に黄泉送りにしてやろう」

「パイ神さま!」

「その呼び方をやめぃ!……今夜また来るぞ。アクマさん」


 そう言って三元牌神は席を立ち、牌を浮かせて鞄にしまったあと、スタスタと小屋を出て行ってしまった。


「パイ神さま……今夜また会えるのか」

「ゲマオ……あんた黄泉がどんな所か知ってて志願したわけ?」


 マドカは呆れるようにゲマオに話しかけた。


「知らねぇよ。でも天国でも地獄でもなけりゃ、そんなに悪い所じゃないだろ」

「綺麗な所ではあるけど、文字通り『生きた心地』はしないわよ。悪い事は言わないからやめておきなさい」

「いや、俺は決めた!」


 マドカは無知なゲマオに呆れ果てるように、はぁ…と溜息をついた。


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