第四話「麻雀の神様が現れる」Part A
『雷山小過……身を引いて謙虚になるべき時。』
マドカは壊れた刻印ペンの事が気にかかり、占いにも余り身が入ってなかった。
そして八卦妖怪を操れなかっただけでなく、その妖怪に敗北しそうになった事実もマドカの心を掻きむしっていた。
そんな中マドカを訪れたのは、イチメだった。
「アクマさん、無理せずに占い屋は休んでもいいんだよう」
「バカ言わないで。少しでも生活費を稼がなきゃやっていけないじゃないの。最初に始めた妖怪サーカスは全然儲からなかったし……もう占いで稼ぐしかないわ」
「妖怪退治をビジネスにしたらどうかよう?」
マドカは首を振った。
「そんな事をしたらビジネス目的で悪い妖怪を増やそうとする人間が現れるかもしれないじゃない。ビジネスにはしないわ」
その言葉を聞いて、どこからか聞き慣れぬ声が割り込んできた。
「それは残念じゃ。妖怪退治の依頼をしようと思っていたのじゃがな」
いつの間にか小屋の入り口に立っていたのは、長い銀色の髪の若い人間だった。
確かに人間ではあるのだが、その存在を感じさせないほど、空虚で繊細なイメージをマドカ達に感じさせた。
胸はあるが、その声だけでは性別を判断する事はできそうになかった。
「占いのお客さん?」
「いや、わしはお主自身に用があって来たのじゃ」
「私に?」
その人間は孔雀の柄が入った赤い着物に腕を入れて、ゆっくりと話し始めた。
「私は三元牌神という者じゃ」
「神って……神様のこと!?」
「うむ。まあ神と言っても、ただ霊体として長生きしているだけに過ぎぬがな。ある目的があってこの世に実体化してきたのじゃ」
「目的?」
「そう。それはお主が先日戦ったある妖怪、いや、人間と関わりがある」
「それって竜妃の事?」
三元牌神は頷いた。
「話が長くなるから、続きは麻雀でもしながら話すとするか……お主、易をやるなら当然麻雀くらいはできるな?」
「そりゃまぁ……でも、他にできるのは情報屋くらいしかいないよ?イチメは……そもそも牌を持てないし」
「まあ、準備をして待っていよう、さすれば自ずと四人目が現れるじゃろう」
「さ、さすがは神様……懐が深い」
マドカとピエールと三元牌神は、それぞれの席に座りながら卓を囲んで四人目を待っていた。
「とうとう見つけたぞ!」
唐突に小屋に入ってきたのは、全身火傷を負った病衣姿の男だった。
「誰?」
「あんたに部屋を焼かれたラミーだ!ヘンプに場所を聞いて病院から抜けだして来たんだよ!」
マドカはドキリとした。ニートを更生させるどころか、全身を火傷にした挙句、凍りづけにして放置していたのだから、恨まれて闇討ちされたとしてもおかしくはない。
「あ、あ~。ごめんね~。あれは色々と予期せぬハプニングが起こって……」
「いいさ。過程はどうあれ、部屋を出る事ができたからな。むしろ感謝しようと思ってここに来たんだよ。この火傷の後も本物の魔王みたいで気に入ってるし」
容姿は見るも無惨だが、魔王歴十年の貫禄は健在だった。
「ところで、今やろうとしてるのは麻雀か?」
「そうよ」
「よし、俺も入れてくれ!」
マドカは四人目がラミーである事には薄々気付いてはいたが、あえて意地悪をする事にした。
「あんた働くんでしょ?麻雀なんてしてないで仕事でも探せば?」
「俺は気付いたんだ。もう俺にはゲームしかない。子供の頃からゲームをやってきて、もう『ゲームとは何か』を哲学するにまで至ってしまった、生粋のゲームバカだ。
だからお前ら、これからは俺の事をゲーム魔王、いや、ゲー魔王と呼んでくれ」
「ゲイ魔王?」
「そうだ……いや、違う!その言い方だと違う!」
まともに相手にする気のないマドカは、肘を付いてそっぽを向いた。
なおも熱く語るラミー。
「俺は現実でゲーム魔王として君臨するんだ!」
「はいはい、それなら部屋の隅っこでゲーム実況でもしてなさい」
「そういう事じゃない。麻雀みたいにアナログのゲームだって山程あるだろう。俺はそういうものにも手を広げていこうと思うんだ。それに、こう見えても麻雀の腕はその辺の雀プロにも負けないつもりだぜ」
本気だかどうだか分からないような、自信のある顔でラミーは自分に親指を向けた。
「ゲー魔王……そうだ、俺は初めからこうやって生きていけば良かったんだ。どうしてこんな事に気づかなかったんだろう。俺はもっと胸を張って好きなものを好きと言えば良かったんだ!」
「はいはい、分かったから早く座りなさい、ゲマオ」
「ゲマオ!?」
妙なアダ名に納得いかないまま、ゲマオは最後の空席に座った。
何はともあれ、これで四人が揃った。
場はようやく静まり返り、四人とも緊張した面持ちとなった。
マドカはこの闘争のような緊張感を楽しんだ。
「こうなると何か賭けたいわね」
「そう来ると思って、さっきから考えておったのじゃが」
三元牌神は呟くように話し始めた。
「おぬしらの最も大切なものを賭けるというのはどうじゃ?」
大切なものと聞いてマドカとゲマオは顔を曇らせた。
「私の大切なものは壊れちゃったし……」
「俺の大切なパソコンも火葬されちゃったし……」
しょげる二人を見て三元牌神は笑った。
「他にもっと大切なものがあるじゃろう」
「何?」
「魂じゃ」
魂と聞いてギョっとする一同。
「最下位になったものは魂を磨く為に、肉体を越えて黄泉の国まで行ってもらう。何、体を術でキープしておけば、いつでも帰って来られる」
あまりのトンデモ話に顔を見合わせるマドカとゲマオ。
マドカは恐れ多くも麻雀の神様に質問した。
「もし三元牌神様が負けたら……?」
「私は現世での肉体を賭けよう。つまり命を賭ける」
「そんな!」
「大丈夫。伊達に神の名を持ってはいない。さ、始めるぞ」




