第三話「上には上がいる。働き者にもニートにも」Part A
「離為火の四爻……とうとう最大凶の、この卦が出てしまったか」
マドカは神妙な顔つきで、易の結果を示しだす算木を見つめていた。
易は六十四卦に加えて爻と呼ばれる6つの分かれ道がある。つまり合計で三百八十四種類の占い結果があるという、実は結構本格的な占いなのである。
「『突如訪れ、焼き、殺され、棄てられる』……それは私か、或いは別の何かか……」
マドカの不安をよそに、斜向かいに住むヘンプとリネンがやってきた。
ヘンプが更生してからおよそ一週間は経っている。
「マドカ。ヘンプお兄さんを占って欲しいんだけど、いい?」
「いいわよ。筮竹と算木は使用中だから、コインでやりましょう。その方が家で自分でやる時にも便利でしょ」
コインでできると聞いて、リネンが身を乗り出してきた。
「コインでもできるの?」
「ええ、10円玉5枚と100円玉1枚があれば十分よ。よし、それじゃあ合計150円でレクチャーしてあげる」
「え~、有料なの~?」
「有料にした方が当たるわよ。占いだって本気にならなきゃ当たらないんだから。人間ってのはタダで手に入るものには注意も敬意も払わないものよ。大人しく払いなさい」
そう言って、手をクイクイと招き入れ、リネンから小銭を出させた。
「占いたい事を念じたら、コインを下から上に向けて、1枚ずつ並べていく。これは本人がやった方がいいわ」
半信半疑のヘンプが言われたようにする。
「どっちが表なんだ?」
「絵柄や漢字だけの方が表。数字の書いている方が裏よ。さあ、何を占うの?」
「仕事についてだ。どうしていくべきか知りたい」
「じゃあその事を念じて」
ヘンプはコインをジャラジャラと手の中でかき混ぜ、額に持ってきてしばし念じた。
それから丁寧に下から上に向かって並べると、コインはこのような形になった。
表
表
裏
表
裏
表
「上の3つが上卦、下の3つが下卦。3つの表裏の組み合わせが合計で8つだからちょうど『八卦』になるでしょう?」
「ホントだ」
「八卦の内容は、天・沢・火・雷・風・水・山・地。組み合わせは、まあ慣れれば勝手に覚えるわ。この場合だと上卦は風、下卦は火だから『風火家人』という卦になるわ」
「100円玉は何の意味があるの?」
「爻と呼ばれる、6つの分かれ道を占う為のものよ。卦の中でもどの爻になるかによって吉凶が変わるから、ちゃんと占ってね」
ヘンプは自分の占い結果を、真剣に見つめた。
「俺のは100円玉が一番下にあるぞ」
「それなら初爻ね。風火家人は基本的に良い卦よ。初爻は、何だったっけな。ちょっとカンニングして……と。」
マドカは自分の顔よりも大きい、易経大辞典を開き、手慣れたようにパパッとめくり、目的のページを探りだした。
「『風火家人』の初爻は『引きこもり』の卦だわ」
「うぉい!また引きこもるのかよ!」
「引きこもりというより、家事手伝いって感じかなぁ」
「同じじゃねーか!『家事手伝』と書いて『ニート』と読むんだよ!」
憤慨するヘンプ。女子供には態度がでかいのもニートの主な特徴である。
「まあまあ、次は変爻を見るから。大事なのはこれからの行動よ」
「変爻?」
「100円玉の部分をひっくり返して、今後どうなっていくかを占うの。100円玉を裏返してみて」
ヘンプはわけもわからないという風に100円玉をひっくり返した。
「上卦はそのままで、下卦だけが『火』から『山』に変わるわね。そうしてでた『風山漸』という卦の同じ部分、つまり初爻を見るの。そうすれば、今後の変化が分かるわ」
「で、俺は一体どうなるんだ?」
息を飲むヘンプ。マドカはもったいぶって、少しタメを効かせてから結果を告げた。
「水鳥の如く一歩踏み出す。そのまま進めば危険。慎重に行動する事。凶」
「凶かよ!」
「あくまでこの本の解釈だからね。まあ一歩踏み出せるんだからいいじゃない」
「納得いかないぞ!もう一回占ってくれ!」
「そんな事しても無意味よ。出た占いが自分の心にどう突き刺さったかが大事なのよ。それを理解せずに何回占ってもダメ」
「そ、そうか……そうだな。すまん」
わずか十歳の少女に説教される、大卒ニートのヘンプ。
しばしの間、ウンウン唸っていたヘンプは、何かを思い出したように話を切り出した。
「そうだ、引きこもりで思い出したけど、俺の知り合いに俺よりもっとひどい引きこもりの先輩がいるんだ。その人も治してやってくれないか?」
「ええぇ~……私、引きこもりの更生係じゃないんだけど……」
「頼む!その人は初出勤の日にショックを受けて、そのまま会社をやめて以来、10年間引きこもってるんだ。ネットで知り合ったんだけど、俺の聞く限りではかなりヤバイ状態で、いつ樹海に飛び込むか分からない状態だ」
マドカは暫くしぶっていたが、ついに覚悟を決めた。
「いいわ。やってあげる。でもやるなら徹底的にやるわ。お金も取る」
「その辺は大丈夫だ。そいつは金なら有り余ってるから」
「それが原因なんじゃないの……?まあいいわ。準備ができたら連絡してちょうだい」
マドカはヘンプとリネンを見送った後、貫禄のあるプロの占い師のように、椅子にもたれかかった。
そして着物から白い腕をのぞかせながら、手に顎を乗せてため息をついた。
「忙しいのはいいことだけど、仕事内容がねぇ……。この間みたいに強い奴でも現れないかしら……」
その時、リネン達の代わりに情報屋のピエールがマドカの占い部屋に入ってきた。
「おいおい、あんなのはもうごめんだぜ」
「相変わらずの地獄耳ね。……この間は敵前逃亡した分際で」
「俺は情報を集めるのが仕事なんでね。本当は戦うのは好きじゃないんだ」
「嘘ばっかり」
マドカの言葉にピエールはニタニタと笑った。
「それより、今回も俺の出番は無さそうだな」
「命令よ。イチメと一緒に付いてきなさい」
「はぁ?なんでだよ!」
「なんでもよ!」
バン!と机を叩くマドカ。その迫力にピエールのニタついた笑顔は瞬時に消えた。




