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第一話「アクマさん、SMクラブに行く」

あくまでアクマさんです。悪魔さんではありません。悪しからず……

火風鼎かふうてい。三人寄れば文殊の知恵。三人で事をなすべし。

 ……火に囲まれた鍋の卦か。悪くはないけど、火あぶりは嫌だなぁ」


 五霞町ごかまちマドカは自分の占い屋敷の中で客が来ない間、自分で易占いをしていた。

 占い屋敷と言っても、サーカスのテント小屋を改造した簡素な家なのだが、そこら中を草が張り巡っており、周囲とは雰囲気を異にする奇っ怪な屋敷と化していた。


 カーテンで仕切った小屋の中で怪しげな道具を使って易占いをしていたマドカの元に一つ目の妖怪が大慌てでやってきた。


「アクマさ~ん」

「あら、イチメ。どうしたの?」

「大変だよう!情報屋が妖怪に襲われているんだよう!」

「ちっ、あのエロピエロか。あんなやつ妖怪に食われちまえばいいのに(まあ、大変、すぐに助けてあげなくっちゃあ!)」

「アクマさん、本音と建前が逆だよう!」


 この占い屋敷に住んでいるのは、アクマさんことマドカと、巨大な一つの目が体の半分を占める浮遊妖怪のイチメ、あとエロピエロこと情報屋の地獄比絵呂ヘルピエロ、通称ピエールである。ピエールはスパイとして妖怪の情報を集めてくる役目なのだが、格好がピエロなので毎回すぐに見つかり、捕まってしまう損な役である。


「で、情報屋がどこにいるかっていう情報はあるの?」

「それが無いんだよう。LINEで知っただけなんだよう!」


 妖怪がLINEで繋がっているというのも奇妙な話である。


「しょうがないなぁ……じゃあ100均トランプ占いで探してあげるわ」


 マドカが安物のトランプをばら撒くと、空中に飛んだ中から一枚を無造作に取った。

 イチメは空中にふわふわしながら頭をかしげた。


「易占いは使わないのかよう?アクマさん。仮にも占い師なんだよう?」

「あんなやつ、これで十分よ……クローバーの8。たぶん西ね!」

「よし、行くんだよう!」

「ちょっと待って、身支度身支度」


 マドカは長めの前髪をモミアゲでキュっとまとめ、てっぺんは団子になるように髪の毛を結いはじめた。 

 そして白い布で覆われた巨大な包みを抱えると、無造作にイチメの体の上に乗っかった。


「ちょっとアクマさん!外出てから乗るんだよう!」

「いいから早く行きなさい!」


 イチメはゆらゆらと浮遊しながら表に出て、そのままひょろひょろと上空に向かって飛び始めた。

 短い手をバタバタさせながら飛ぶイチメの姿は滑稽だった。


 たどたどしかった飛行も安定してくるなり、マドカは濃い紫色の着物の、胸のあたりから小さな望遠鏡を取り出した。


「どれどれ、デブピエロはどこかな……?」


 ピエールのオレンジの衣装の横しまに使われている蛍光色が透けて見えるこの特殊望遠鏡を使えば、建物の中に居てものぞく事ができる。

 マドカにとって、ピエールは妖怪を誘い出す囮役なのであった。


「いたわ!あの『SMクラブ』とか書いてる建物よ!」

「SMクラブ!?アクマさん、それは子供の行く所じゃないんだよう!」

「そんな事言ったって、行くしかないでしょ!」


 マドカがSMクラブの建物にたどり着くと、そのドアは鎖で頑丈にロックされていた。


「怪しいわね。まるでこの中で『犯罪的な事をしてます』と言っているようなものだわ」

「SMクラブだから飾り付けという可能性もあるんだよう」

「確かめてみるしかないわね」


 その時、マドカが持ってきた白い包みが大きく揺れ始めた。

 マドカが白い布の覆いを取ると、そこにマドカと同じほどの背丈の、巨大な万年筆のようなものが現れた。


「刻印ペン!」


 マドカはくるりと体を使って大きくペン回しをしたかと思うと、その巨大なペンを思い切り前方に振った。

 その尖った切っ先から黒いインクが一直線にSMクラブに向けて放たれた。

 鎖の付いたドアにインクが達した瞬間、インクは自動的にある一文字を描き始めた。


『剥』


「アクマさん、これは何なんだよう!?」

剥卦はくけ・ディゾルブマジック!」


 刻印ペンは八卦の組み合わせが作り出す、六十四卦全ての卦を刻印する事ができる。

 『剥』の文字が光り始めたかと、鎖はいともたやすくブチブチとちぎれ始めた。


「ほーら、ディゾルブマジックが効いたって事は、この鎖は飾りじゃなくて、中に人が入って来ないように故意に付けられたって事じゃない」

「なるほど、さすがはアクマさんだよう!」


 ふふん、と鼻高々に構えたマドカは、さっそくドアを蹴破って、中に突入した。

 マドカは中の暗闇に注意を払いながら、刻印ペンを背負った。


「イチメ、危険だからあなたは私の後ろから付いてきなさい。背後に気をつけてね」


 その言葉にイチメは一つしかない目を潤わせた。


「機嫌の良い時のアクマさんは何て優しいんだよう……」


 SMクラブの中は、まるで光を嫌うかのように、異様なほど真っ暗だった。

 窓は全てカーテンが閉められており、薄気味悪い夜を演出しているかのようだった。


「凄まじい妖気ね。それに廊下に薄赤い血のようなものが無数に散らばっているわ」

「これはきっとSMに使うロウだよう。ほとんどは固まってるよう」

「一体何なのよSMって……俄然興味が出てきたわ」


 マドカがピエールのいるドアをそっと開ける。

 すると、中にはおみやげのように綺麗に縛り上げられて小包みにされたヘルピエロがぽつりと佇んでいた。


「!?」

「(情報屋が亀甲縛りされてるんだよう!)」

「(何あれ……何だかゾクゾクする……ところであの状態でどうやってLINEのメッセージを送ったのかしら)」


 マドカは内側から込み上げてくる熱情(と疑問)を感じた。

 しかしそれが何なのかはわからなかった。


「(それよりアクマさん、妖怪はどこなんだよう)」

「(暗くて分からない。けど、妖気は部屋全体に満ち満ちているわ!)」


 その時、薄っすらと開けていたドアから黒い霧のようなものが漏れだした。

 マドカとイチメはそれに気づかずに、中を覗いたままだった。


 その霧はやがて実体化し、マドカの首元に現れた。

 マドカがギョッとした瞬間、実体化した女の首が、マドカに噛み付こうと大口を開けた。


「アクマさん!」


 イチメが目を見開くと、イチメの眼球から強い光が発せられた。

 それは建物の窓という窓全てから漏れ出すほどの強い光だった。


 強い光に驚き、実体化したのは女の吸血鬼だった。

 女は目が潰れたのか、手で覆った目からは血を流していた。


「この妖怪は!」

「アクマさん、知っているのかよう!」

「吸血貴婦人、カーミラよ!男を誘い込んでは虜にする残忍な吸血鬼よ」

「そうか、SMクラブなら簡単に男を誘い込んで好き放題できるんだよう!考えたんだよう!」

「とにかく、今のうちにピエールを助けるわよ!」


 マドカはピエールの縄を解こうとしたが、その絶妙な縛り方に感心と、更には諦めを覚えた。


「何よこれ!全然解けないじゃない!ええいまどろっこしい!刻印ペン!」


 マドカは刻印ペンを再び振りかざし、ピエールにインクを飛ばした。


剥卦はくけ・ディゾルブマジック!」


 再び刻印された『剥』という字が光り出すと、ピエールが目を覚まし、ピエロらしく奇声を発した。


「うおおおおおおおお!」


 マドカの刻印によって縄は解かれた。更にそれだけでなく、ピエールが扮しているピエロの化粧も全て取れてしまったのである。


 ピエールの正体はふくよかな肉に包まれた、金髪のおっさんだった。

 

「しまった!『ピエロの封印』まで一緒に解けちゃったじゃない!」

「アクマさん!ヘルピエロは地獄からの使いなんだよう!封印が解けたらヤバすぎるんだよう!」

「うっせぇ目玉焼き!知ってるからこそ封印してたんでしょうが!」


 ザンギリ頭にふんどし一丁と化したピエールは久々に開放された肉体をポキポキと鳴らし始めた。


「ふぃ~、久々に大暴れできるぜぃ」


 実体化したカーミラが部屋に入ってくるや否や、ピエールはジャンプしてカーミラに殴りかかった。

 ピエールの大きな拳はカーミラを捉えたかのように見えた。だがカーミラは紙一重で体の一部を黒い霧に変えてサッと空中に身をかわした。ピエールの一撃は建物を揺らすほどの衝撃となって壁を粉々に破壊した。


「ちっ!俺の嫌いなタイプだぜ!アクマさん!何とかならねぇのかよ!」

「仕方ないわね」


 マドカは刻印ペンを構え、今度は地面に突き刺した。インクは地面を這っていき、カーミラの真下で文字を刻みだした。


『艮』


艮卦ごんけ・アップヒーバル!」


 すると建物の下にあった地面が急に盛り上がり、尖ったスピアのようにカーミラごと貫いた。


「すげぇぜ!アクマさん!」

「『艮』という字は山の意味。このはどこに居ても使えるから便利だわ」

「アクマさん!まだってないよう!」


 カーミラはスピアが当たる寸前に再び体を霧に変えて回避していた。

 だがマドカは至って冷静だった。


「仕上げはここからよっ!」


 そうしてアクマさんはその出っ張った地面に対してインクを叩きつけた。


解卦かいけ・スキャッターマジック!」


 するとその出っ張った地面は粉々に砕け、砂塵が宙を舞った。

 飛び散った砂の破片は霧状になったカーミラの水分を吸収し、強制的にカーミラを実体化させた。

 砂にまみれたカーミラは咳き込みながら地面にへたり込んだ。


「ほら、仕上げよピエール」


 ピエールは盛り上がった筋肉で思い切り拳をカーミラに叩きつけた。

 カーミラの体はベコリと凹んだかと思うと、ボロ雑巾のように飛んでいき、無残に壁にたたきつけられた。


「ギャー!」


 カーミラは全身の骨が砕かれ、地面に大量の血を流しながら突っ伏した。


「まだよピエール、こいつはこれくらいじゃ死なない」

「分かってるよアクマさん、その為に俺は建物中にロウを撒き散らしていたんだぜ」


 そういうと、ピエールは大きく息を吸い込んで、思い切り炎を吐き出した。その真っ赤な炎は生き物のようにうねり、あっという間に建物中に燃え広がった。


「ちょっと!私達が脱出してからにしなさいよバカピエロ!

 早くズラかるわよ、イチメ!」

「分かったよう!情報屋は重くて乗せられないから徒歩で帰るんだよう!」

「おう、先帰ってろ」


 燃え盛る火の海に、ピエールはカーミラの体を投げ込んだ。

 イチメとマドカは窓を蹴破って、もう暗くなった夜の空に向けて飛び上がった。


「ふう、今日も何とか解決したんだよう、アクマさん」

「これくらい、他の八卦妖怪はっけようかいを呼ぶまでもなかったわね」


 マドカは早く帰って、ピエールを縛っていた縄の縛り方を早く研究したい、と思った。



――次の日の夜。マドカは徒歩で帰ってきたピエールを縛り上げ、拷問部屋に吊るしあげた。

 そこではピエールの汚らしい声が響き渡っていた。


「あぁ!アクマさん!もっと!もっと鞭で叩いて!」

「あんたって奴は!私達が中にいるのになんで火吹いたのよバカ!」


 亀甲縛りされたピエールを鞭で叩くマドカ。

 マドカは完璧に亀甲縛りをマスターすると同時に、自分の中にあるSっ気に目覚めたのである。


「そもそもなんであんたはSMクラブにいたのよ!」

「それは……秘密だぜアクマさん!SMは秘密だから燃えるんだぜ!」

「この変態ピエロが!」


 その日の夜はいつもより長かったという……



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